41 王宮探検と婚約者 ④
「ここからが東の庭だ」
ヴァレリーが示した先には、大きな壁のように見える木が植えてあった。それを避けて中に入るようだ。
壁のような植木は左右に続き、その間が通路のようになっていて二人が並べばちょうど納まるほどの広さだ。
そうか、迷路みたいになってるのか――秋乃は入り組んだ構造を理解して、そしてそれが開けた先にあるものを見て目を見開いた。
「・・・桜?」
迷路の先は大きく開けていて、その中心に一本の木が満開を迎えていた。
薄紅色の花は、桜にしか見えない。そこから少し離れたところに、赤い花を付けた小さめの木が二つ並んでいた。よく見ればそれは梅の花である。迫力としては桜に押されているが、秋乃は小さな頃から見慣れてきた梅の花も好きだった。
曾祖母が好きで庭にあったのである。
「カオル姫が植えられたものだ。向こうのウメという花は、ヒナコ様が植えられた」
なるほど、と秋乃も納得する。
しかし今は春なの。季節的に梅と桜が同時進行ってどうなの――秋乃はこの世界の季節感がさっぱり解らなかったが、とりあえず綺麗に咲いているのでいいかとも思う。
詳しく考えても、ここに居ること自体が日常ではないのだ。
深く考えても答えはないだろうと秋乃は満開の花に眼福した。
「綺麗・・・この下でお花見とか最高だろうなぁ」
「オハナミとは?」
ヴァレリーから手を離し、上を見上げても空の色が少ない桜の木を見上げていると、少し離れた男が聞き慣れない言葉を確かめてくる。
この人質問多いな――秋乃は思いつつも答えられることは答えたい。
「花を見ながら、お弁当を広げることです」
「・・・オベントウをヒロゲル?」
あ、その意味も通じないのか――簡単に言葉が通じるものだから、理解するものだと思っていたが、こちらにない習慣は翻訳もされないようだ。
秋乃はひらりと落ちてきた花弁を両手で捕まえながら笑った。
「この花の下で、お酒を飲んだりご飯食べたりするんです」
「なんのために?」
「なんの・・・?」
訊き返されて、秋乃も眉根を寄せる。
お花見はお花見で、お花見をするのはお花見のため――秋乃はもしかして日本人にしか解らないことなのかもと思い直す。
「ええと、寛ぐためとういか、ただ花を見るより、仲のいいもので集まって親睦を深めるための行為というか・・・」
しかしその実態は宴会である。
秋乃も会社の付き合いのお花見は宴会なことが事実なのを理解している。友人とする集まりもそう変わらない。
飲んで食べて、たまに花を見上げても会話に夢中になったりする。
それがお花見である。
秋乃が少し戸惑いながら説明したことに、ヴァレリーは訝しみながらも納得したようだ。異文化とはそういうものだと思ってくれたのかもしれない。
「ここは入れるものが決まってくる。お前は陛下と王妃殿下が許しているから自由にして構わないだろう。しかし、飲食は禁止だ」
「――解ってます」
「だがここまで来るのに、ひとりでは難しいだろうから、結局誰かと一緒に来るように」
「・・・・・・」
実は、秋乃は手を取られて進むままに歩いてきたので、ここまでの道順を覚えていなかった。
どうしてそれがバレてるのだろう――そう思いながら、ヴァレリーと視線を合わせることはしない。迷うことを知られていると、解っているが素直になれないのは秋乃の性格とヴァレリーとのこれまでの付き合いからである。
「返事は」
不機嫌な顔の男が強要する。
秋乃は子供に対するみたいに言うの止めてと外した視線を向けて睨んだ。
「わかりました!」
本当に子供みたいに返事をしてしまったが、ヴァレリーは返事があったことに満足したのかひとつ頷いた。その眉間に皺はない。
不機嫌な顔から無表情な顔になっていた。
秋乃はその感情の判断に迷う。
これって怒ってるわけじゃないんだろうけど楽しくもないってことかな――考えつつ、そりゃそうかとも思う。
ヴァレリーは普段なら仕事中のはずなのだ。その時間に、王さまの命令で秋乃に案内をしている。あとで溜まった仕事をするのだろう。そう思うと社会人として秋乃も不憫に思うのは仕方がないことだ。
たとえ、気に食わない男であったとしても。
秋乃は周囲を見渡して、この開けた場所に二人きりだということを確かめた。そして少し離れた男を見つめる。
この機会に、訊いてしまいたい。
「あの・・・ちょっといいですか?」
「なんだ」
内容が内容なので少し躊躇った声になったが、ヴァレリーからまっすぐの視線を返されてさらに躊躇う。
なんでこう、視線が強いの――日本人は目と目を合わせるのが苦手だと言うが、秋乃も苦手だ。付き合いの深い相手だとか、仕事中だとか、必要に駆られてだとか、理由があるなら出来ることだが、普段はこんなに目を見ない。
しかも相手の顔が整っていれば緊張しない方がおかしい。
不機嫌であり、憎たらしくもあり、嫌な人だとも思うが、造形は整っているのも事実だ。
濃い茶色は日陰では黒くも見えるが、今は透き通って見える。日本人の顔ではない。体格も良い。騎士だというのだから、鍛えられているのだろう。腰に佩いた剣は飾りではないのだ。そして制服姿というのが秋乃には適面に聞いた。
ハリウッドスターを近くで見るとこんな感じ?――秋乃は戸惑ってしまう自分に少し困惑する。
この男の中身を知っているだけに、見かけだけに戸惑う自分が許せないのだ。
頑張って自分を強く持ち、目に力を込めた。
「その・・・王妃さまとかが言っている、こ、婚約者ってことについてですけど」
「・・・ああ」
戸惑った秋乃に、ヴァレリーは思い出したように頷いた。
「貴方は、それを、どう思っているのかと思って・・・」
言いながら秋乃は馬鹿だと思った。
最初に、この人も迷惑にしていたのを知っているのだ。
こんなに整った顔をしていて、しかも地位も高ければ、相手は両手に余るほど居たっておかしくない。なのにカオル姫や曾祖母と繋がっているというだけで、秋乃と婚約させられるなんて不愉快だろう。
ヴァレリーも言っていたが、今はいないものの言葉を尊重して、今いるものの言葉を聞かないのはおかしい。
「あ、えっと、そうじゃなくって、婚約者っておばあちゃま――ヒナコ様とかが、勝手に考えたことでしょう? だから私たちが従わなくったってヒナコ様は怒らないと思うし、気にしないでもらえると助かるというか・・・というか、今ここで、貴方と私が、その、そういう関係だってどのくらい知られているの?」
改めて考えると、強制的に婚約者だと言われていることが、どの程度広まっているのか秋乃には解らない。もしかして王さまたちだけが言っていて誰も気にしていないのなら、自分がこんなに気にしてしまっていることが恥ずかしい――秋乃は顔が少し熱くなったが、確かめずにはいられない。
ヴェレリーは珍しく、視線を少し外した。
強く睨むくらいいつもまっすぐだった視線が外れると、それはそれで気になるものである。
「・・・ヒナコ様に繋がるもの、つまりお前がここに現れたことは、王宮の上層部は知っている。あとは必要関係者にはそれとなく通知しているが、口外するなとも言ってある」
それなら、広まっていることはないのかもと、秋乃は杞憂にほっとする。
しかし、ヴァレリーは視線を合わせない。
「じゃあ、別に気にすることないんですね」
「・・・そうだな」
秋乃の存在が知られていないのなら、ヴァレリーに婚約者がいるということも広まっていないだろう。それなら秋乃たちが気にしなければ、何もないのと同じである。
秋乃はほっとして、その時、ヴァレリーの返事が少し遅れていたことに気付かなかった。




