3 おばあちゃまの箪笥 ①
幅1メートル、奥行き45センチ、高さ1、8メートルの大きな箪笥は、8畳のフローリングでベッドの次に大きな家具だ。
お蔭で部屋は狭く感じるが、簡易クロゼットのほうが収納力も高いと解っているが、秋乃はこれだけはどうしても手放すことが出来なかった。
これは曾祖母が、秋乃にくれると言って残したものなのだ。
そもそも秋乃を育てたのは、母親でも祖母でもなく曾祖母なのだ。
産まれは明治という曾祖母は、最後まで矍鑠とした女性だった。
背中をまっすぐに伸ばし、常に淡い色の着物を好み、大きな古い家を一人で管理していた。
もともとは資産家で、贅沢を許されるような家だったようなのだが、曾祖母の子供たちはあまりできた人ではなかったようで、ただ資産を食いつぶすだけだったようだ。
残ったのは、この古い家とそれを維持するだけの資産だ。
秋乃が10歳になる頃に、曾祖母は他界した。
その頃には、秋乃はすでに一人で食事も作れるようになっていたし、身の回りのことはひとりで出来るようになっていた。
それを見届けるかのように、曾祖母は逝ってしまったのだ。
秋乃の祖母、曾祖母の子供は曾祖母より早くに他界していた。息子たちは主に戦争でらしい。一人残った娘は、また一人だけ娘を産むと先に逝ってしまった。
その残された娘が秋乃の母親だが、曾祖母が手塩にかけて甘やかしてしまったおかげで、一人では何もできない大人に育ってしまった。
最初に結婚した相手との間に秋乃が出来たのはいいが、そこから離婚と再婚を繰り返し、子供を育てる能力がないと早々に判断した曾祖母が秋乃を育てた。
孫を甘やかした反動だろうか、曾祖母は曾孫には厳しくしつけをした。
それでも優しく、愛情があったことは秋乃自身がよく解っている。
子供の秋乃から見ても、母親はだめな大人に見えた。
それを曾祖母に言うと、彼女は困ったように笑った。
「女の子を見ると、ついかおるさんのように思えて甘やかしてしまうの・・・駄目ね」
かおるというのが曾祖母の妹で、曾祖母が若いころに神隠しにあって行方不明のまま帰ってこなかった人らしいというのは秋乃も聞いていた。
そのかおるのために、幼いころ物語を作っていたというのも、なんとなく秋乃は察している。
その曾祖母が、亡くなる前に秋乃に言ったのだ。
「いつか・・・この家を手放すときがあるかもしれないわ。でも、あの箪笥を大事にしておいて欲しいの」
床に伏すことが長くなった曾祖母の真剣な言葉に、まだ10歳にならない秋乃も真面目に受け止めた。
「あれは秋乃さんにお願いするわね。あなたならもしかしたら――・・・かおるさんに会いに行けるかもしれない」
神隠しにあった人に?
秋乃はどういう意味だ、と問いただそうとしたが、曾祖母は目を伏せて眠りについていた。
大きくなっても、その意味は解らないままだ。
しかし、この部屋の面積を占め圧迫感を出す箪笥を、秋乃は曾祖母の言う通り手放すことは出来ず、こうして引き取っているのだった。