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週末☆トリップ  作者: 秋野真珠
第一部
39/56

38 王宮探検と婚約者 ①


リリアの言葉の意味を詳しく聞くのは、後日ということになった。

突然現れた秋乃がどうしようもないのだが、その日王妃さまには公務があったのだ。王さまであるクリフォードも然り。近衛司令官であるヴァレリー然り。

休みだと思って遊びに来たのは秋乃の都合で、遊んでいいのは秋乃だけである。

ああ、こうなると、時間の使い方に困る――秋乃はいつもの部屋に案内されて、シエラにお茶を淹れてもらい一息ついてすでに時間を持て余していることに気付いた。

正直なところ、ここは秋乃の中で小説の世界――夢の国であり、どんなところなのか探検したくないという気持ちがないわけではない。

ただ、秋乃はもう無鉄砲な子供でもなかった。

勝手に表れた異世界の人間が、勝手に城内をうろついていいはずもないということは解る。

どうしようかな。なんか本とか持って来れば良かった――そう思いながら、ふと思いついて控えてくれるシエラに声を掛けた。

「ねぇ、シエラ。こういうとき、お姫様とかお嬢様って何をするの?」

「こういうとき、ですか?」

きょとんと首を傾げる仕草はまさに愛玩動物そっくりで、秋乃はそれさえ見れれば満足できると思いつつ続けた。

「えーと、身分のある方って、あまり出歩かないのよね? 部屋でいつも、何をして時間を潰しているのかなって」

本で読んだ知識なりのことを思っていると、シエラは理解してくれたのかいくつか教えてくれた。

「そうですね、皆さまお好きなことをされて寛いでいらっしゃいます。読書に励まれる方ですとか、刺繍やレース編みがご趣味な方もいらっしゃいます。あとは、サロンなどに集まられて他の方とご一緒にお話をされたり、楽師に曲を奏でてもらい無聊を慰めておいでです」

「う、うーん・・・そっか」

秋乃の答えは納得したものの喜ぶところがないのに少し残念に思った。

そのどれもが、秋乃には出来ないものだったからだ。

だってこっちの文字読めないのに、本も読めないし、刺繍やレース? それって編み物も出来ない私には無茶ぶりです――秋乃は眉間に皺を寄せて考えながら、ふと思い出した。

「あ! パッチワーク!」

「はい?」

学校の授業で、端切れを合わせていく作業を習ったことを思い出したのだ。

曖昧な記憶だけれど、考えなくても出来るし難しそうでもないだろう。秋乃はとりあえず時間を潰すのにはもってこいだと、シエラに向かった。

「パッチワーク、って解る? ちょっと暇つぶしにしてみたいと思うんだけど・・・」

「・・・パッチワーク、ですか?」

残念ながら、この世界にその言葉はないようだ。

秋乃はとりあえず、簡単に説明した。

「ドレスや小物を作ったりするのに、いろんな布があるかな? その布の、端切れを貰いたいって言ったら許可がいる? 本当に端っこでいいの。ただ、いろんな色や柄がたくさんあると嬉しい」

「端切れ・・・ですか? アキノ様が望まれるのでしたら、どんな布地もご用意いたしますが」

「あ、ううん。大きな布じゃなくって、端切れがいいの。もう、捨てるだけになったようなのが最適」

「・・・はい」

シエラは納得しかねる顔付きだったが、頷いてくれた。

そうして、城内からありったけの布地の切れ端を集めてくれたのである。

「本当に、このようなものでよろしいのですか?」

何度も念を押されたが、いろんな色と柄があって秋乃はむしろ喜んだ。

「これでいいんだよ、ありがとう!」

「これで・・・何をなさるのですか?」

「うん、あとは鋏と針と糸さえあれば、いいの。まぁ出来上がりを見てのお楽しみってことで」

「私もお手伝いを・・・」

「ううん、これはリリーが仕事をしている間の私の暇つぶしだから、シエラはシエラの仕事が他にあるなら、そっちを優先して?」

「私の仕事の優先事項は、まずアキノ様のことです」

真面目に答えられて、秋乃は驚きながらも困った。

「・・・うん、嬉しいけど、そんなにしてもらうことがないのよ、私も」

なにしろただ部屋にいるだけである。

何かあったときのために、控えているのが侍女の仕事だと言われても、同じ部屋でじっと立っていられることは秋乃にとって不自然極まりない苦痛である。

お姫様にはなれない――秋乃は自分自身にそう思い知りながら、用意された鋏を手にした。

「この鋏・・・よく切れるね。というか、本当に裁ち鋏でびっくりだけど」

手にしたのは布を裁つための鋏である。何もかも洋風だと思っていただけに、柄は黒く、和裁用としか見えない鋏に秋乃は感心した。

シエラは秋乃の言葉に目を輝かせて答える。

「その鋏は、カオル様がご発案されたものなのです」

「・・・かおる様?」

「はい! カオル様は仕立物に秀でておられ、その際作業が捗るためにと、この鋏をおつくりになられたのです!」

まるで神様からの授かりものですと言わんばかりのシエラの勢いに、秋乃は納得しつつも少し引いた。

うん、思いっきり、日本のものを取り入れてるね――こういうのもテンプレの一種かなと秋乃は思いつつ、少し血のつながりのある曾祖母の妹に苦笑する。

カオル姫の物語は、まさに秋乃の理想の物語である。

小説のような話だと思っていたが、事実だとすれば、それはなんて心躍る物語だろう。

その時その場所で、どんな夢膨らむことがあったのか――秋乃は夢の中の、曾祖母の話してくれた物語を思い出しながら作業に没頭した。

考えなくても出来る作業は、妄想を楽しむための大事なものだと秋乃は知っていたのだった。



晩餐を一緒に、というリリアの希望で、国王夫妻の自室での食事に秋乃は招かれた。

リリアもクリフォードも服が変わっていたが、秋乃は同じものだ。食事をするのに服を着替える習慣はやはりない。ただ、お姫様と王子様が着飾るのは賛成だと眼福でありながらおいしい食事にありついていた。

テーブルマナーは見よう見まねだが、この年になるとなるようになるものである。

「アキノ、今日は面白いものを集めていたんでしょう? 何をするの?」

面白いものって、布の切れ端ですが――秋乃は子供が遊びを教えてもらうかのごとく目をキラキラさせたリリアに苦笑する。

「そんなに、面白いものってわけじゃないよ。暇つぶしだから、出来の悪さは関係ないし・・・まぁ出来上がったら見せてあげるね」

「本当?! 楽しみにしているわ!」

「アキノは手先が器用なんだな」

クリフォードも感心したように頷くのだが、秋乃は素直にそうですとは言えない。

器用であるなら刺繍だって熟せるはずなのだ。

「いや、あれは器用とかって話しじゃないですよ」

なにしろ、パッチワークは切って縫うだけである。待針で一枚一枚を合わせながらちくちくと延々縫い続けるのだ。

ミシンがあればな――と思わないでもないが、それなら時間が潰れない。そしてこういった単純作業を秋乃は嫌いではない。

異常なしとして返却された秋乃の荷物の中身は、着替えと化粧道具。そしてお菓子だ。暇つぶしのものはない。

このお菓子とか見て、あの不機嫌な男は何も思わなかったのかな――秋乃は少し疑問に思ったが、相手が気にしないのなら気にしないことに決めた。

そのヴァレリーは今日も部屋の隅に控えていて、見られながらの食事は慣れないと秋乃は感じた。

それを振り切るために、秋乃はリリアに話しかける。

「そういえば、リリー、私に何か用があるんだっけ? ほら、昨日の、助けるとか助けて欲しいとか・・・」

「・・・それは」

それまでニコニコとしていたリリアは、一瞬で顔を曇らせた。

この世界中から愛されているような王妃さまを落ち込ませるなんて、いったいんどんな事件がと誰もが動揺するだろう。

秋乃は隣の王さまに相談すれば、なんでも叶えてくれそうな気がするのだが、リリアはそのクリフォードをちらりと見ただけで、秋乃に辛そうな顔を向ける。

「ここでは少し・・・明日の夕方からなら、時間が取れるの。そこでお話しさせてくれる?」

「あ・・・ああ、うん、私は大丈夫だよ」

大丈夫だけど大丈夫じゃないっていうか――秋乃は笑顔のままの王さまの視線が怖いと思った。

王さまってば王子様みたいなくせに嫉妬深いとか! どんだけリリーを好きなの! でも同性に嫉妬するってのも狭量だよ!――秋乃は固まった笑顔で返しながらも心で叫んだ。

初対面は優しそうで話しの解りやすい王さまだと思ったのだが、どうやら好きな奥さんのことに対してはただの男のようだ。

「――アキノは暇つぶしをしていると言っていたね。時間を持て余しているんだろう。自由にさせてやれないことを許してほしい」

「え? いいえ、別にそれは」

リリアたちの状況も理解しているし、謝られることでもないと秋乃は目を瞬かせたのだが、クリフォードは穏やかな口調のまま続けた。

「明日、王宮内を案内させよう。好きな場所を見て回るといい。入ってはいけない場所は案内役が心得ているから大丈夫だよ――なぁ、ヴァレリー」

「・・・・・はい?」

このお城を探検できる――そう聞いて喜ばないはずはない。

しかし、案内役が誰かということについて秋乃は耳を疑った。理解したくなかった。

「護衛を兼ねて一緒に回ってあげるといい。婚約者なのだし、少しはお互いを知ることも大事だよ」

「え・・・っえ?! ちょっと、待ってください? 私、別に、この人に案内されなくても」

「それは素敵ね! 東の庭園もぜひ案内してあげてね、ヴァレリー!」

消極的でもきっぱりと断ろうとした秋乃に、リリアが喜んで重ねてくる。

不機嫌な顔のままの近衛司令官兼護衛兼婚約者の男は、さらに目を据わらせながら、どうしようもないというように深く息を吐いた。

「――ご命令なら」

「ヴァレリーは仕事ばかりだから、命令でもしないと動かないから仕方ないかな」

「クリフ、どんなことでも、二人が一緒にいることが大事なの」

「そうだね、リリー」

にっこりと笑い合う国王夫妻に、秋乃は盛大に罵りたかった。

命令って! 笑顔でなにまとめてんの?! てか、これ嫌がらせだよね?!――秋乃は嫉妬深い王さまが秋乃の気持ちを理解している上での発言だとよく解った。そしてヴァレリーも解っているだろう。無邪気なのはリリアだけである。

探検は嬉しい。心からしたいと思う。しかし、一緒に居る相手が相手だ。楽しめるとは思えない。

秋乃は笑顔の王さまに、リリアの悩み事が解っても教えてやらないからと決めてそっと睨んだ。

この人も、嫌なら婚約者とか呼ばせてないで、はっきり断ればいいのに。命令だからって何でもきいてると王さま増長しちゃうよ――秋乃は八つ当たりの気分で不機嫌な男もそっと睨んでおいた。

じろりと睨み返されたことに、慌てて顔を戻したが、明日時間があるのなら、はっきり断ってもらうよう言ってみようと決めたのだった。




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