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週末☆トリップ  作者: 秋野真珠
第一部
38/56

37 チョコレートと忘年会 ④



日常に戻った秋乃は、週末に起こったことなど一蹴するような忙しさに見舞われた。

まさに、目が回るほどだ。

年末に向けて、仕事は前倒すものや終わらせなければならないもので溢れ、さらに年末なのでと片づけるものも増えて、28日にはきっちり仕事を終えなければならないという社則にもなるような目標のために、誰もが慌ただしかった。

さらに秋乃たち営業部は忘年会の幹事でもある。

纏める秋乃は日々の仕事を終えても家に帰れず、休日というものももちろんなかった。

それもこれも、年末休暇をきっちり取りたいという欲のための我慢だ。

誰もが休んでいるのにひとりだけ休日出勤だけは避けたい。それが秋乃たちが頑張った理由である。

急がしすぎるとテンションがあがるのはどうしてだろう――秋乃はいつものことながら、この慌ただしさでやっていけていることを不思議に思いながら、忘年会当日を迎えたのだった。

朝から仕事納めはほぼ片付けのみで、幹事である秋乃たちは昼から会場であるホテルに向かい、最終打合せをして用意にはいる。

後続で営業部の仲間が手伝いに入り、会社全体が終業を迎えてホテルに移動する夕方、どうにか準備が整っていることに誰もが安堵した。

忘年会が始まってしまうと、賑やかな勢いにのまれ、スムーズに進むのはいつものことだ。

秋乃たちがすることは、食べ物や飲み物の補充であったり、社員の家族たちのためのサポートと催し物の進行で、それらも恙無く進んだ。

「どうにか、順調に終わりそうですねぇ」

騒がしいというか賑やかなまま終わりそうな会場で、隣に立って眺める筑波がほっとした声で呟いた。もう一人の赤松はホテルにそのまま泊るという社員たちのための部屋の確認に走らせている。

秋乃はひとつ頷いて、

「そうね、もう何かがあることもないと思うわ・・・みんな楽しそうでなによりよね」

「楽しそうですよねぇ! もう、幹事だとこの雰囲気に入れなくて、結局仕事のまま一年が終わるのが不満です!」

筑波は秋乃と一緒に仕事と幹事を無事やりとげた優秀な社員であるが、自分が楽しめないことについて文句がないわけではない。秋乃はそれにも同感だと笑った。

「そうだと思って、ホテルの部屋をひとつ幹事ように押さえてあるの。ホテルにオードブルもお願いして、幹事の打ち上げを用意してるわ。筑波さんは、どうする?」

明日から休暇の年末である。幹事の営業部としても、家族のあるものはそのまま帰宅するものが多い。独身のものたちが多く、集まる予定にはなっていた。

秋乃はもちろん参加する。最後に飲まないで年が越せるかと思っているからだ。

「もちろん、参加ですよ! 飲みます! 食べますよ!」

目を輝かせた後輩の返事に、秋乃も笑った。

「最後にちゃんと忘年会して、新しい年を迎えなきゃね」

そうして幹事もちゃんと忘年会を迎え、休暇に入ることが出来たのである。



ホテルで雑魚寝状態で迎えた翌日、秋乃たちはそれぞれ帰宅して、年末休暇に入った。

秋乃はもちろん、箪笥の向こうへ行くことを楽しみにしていたのだ。向こうで思い切り楽しむために、頑張っていたと言ってもいい。

飲み疲れをゆっくり休めた次の日、大掃除とは行かなくても部屋をある程度片付け、泊まり込みの用意をして大きな鞄を持った。

何かをあげるのは無理かな――前回の失敗を思いつつ、秋乃は少しのお菓子を鞄に入れる。こっそりだと大丈夫かもしれないと思ったからだ。

綺麗な王妃さまには、笑顔でいてもらいたい。秋乃のストレスを発散してくれるような、輝く笑顔を貰いたいのだ。

いたずらを考える子供のような笑みを浮かべて、秋乃は箪笥の前に立った。

動きやすいカットソーにジーンズと春ようの上着。それからショートブーツと旅行鞄。まさに旅行に行く装いだったが、立っているのは部屋の真ん中だ。

まるで本当に、どこでもドアがあるみたい――そう思って、そのまんまだと思い直し笑った秋乃は、この向こうに確かに夢の国があるのだと、初めて心から楽しみだと思って箪笥を押した。

「――う、たっ」

この衝撃さえなければ――秋乃はまた変な奇声を上げてしまったと倒れ込む衝撃に耐えた。

しかしいつもは閉じられていて暗いクロゼットの中が、今日は視界がすでに明るい。

その扉が開放されているのだ。部屋の中の、午前中の明りが秋乃の後ろの箪笥まで届いていた。

瞬いて見上げた先には、この部屋の主ではなく、まだ若い少年のような騎士が驚いて秋乃を見ていた。

誰だろ――首を傾げた瞬間、向こうは自分の仕事を思い出したように慌てて動き出した。

「あ、アキノ様ですね?! 暫くお待ちください! 隊長を呼んでまいります!」

元気よく飛び出して行った彼を、引き止める時間は秋乃にはなかった。

隊長ってあの男でしょう? そんな呼んでこなくていいよ――むしろこっそりリリアに会いに行けるようにシエラを呼んでほしい。

秋乃のそんな願いは聞き入れられることはなく、しばらくして不機嫌な顔の男とまた再開することになったのである。

「――なにをしていた」

なんだその言葉。

秋乃は上から目線で、しかも絶好調で不機嫌です、という顔をしたヴァレリーに見下ろされ、自分の目も据わるのを感じた。

最後に会ったときの、あの笑顔。笑ったことを、忘れていたわけではない。

むしろ、忘れられなくて困って、仕事に没頭して誤魔化していた。いつも不機嫌で、それ以外の顔なんてないと思っていたのに、突然秋乃の心を乱すような顔をする男がなんだか憎らしい。そう思って夢だと思うことにもしていたのだが、今になってやはり夢だと思った。

この男は、やっぱり不機嫌な顔なままなのだ。

「仕事ですけど」

休みもなく働いていたのだ。誰に文句を言われることがあろうかと秋乃は胸を張ってヴァレリーに言い返す。

「今まで?」

「今まで」

「ずっとか」

「ずっとです」

見下ろされる目は、呆れたものを隠さないものだった。

それに笑顔で答えることも腹が立って、秋乃は真正面から向かう。

「その荷物はなんだ」

秋乃は手にしていたブーツをすでに履き、肩から掛けた旅行鞄は今まで見せたことがないので酷く目立っているのだろうと理解した。

「泊りこめるための荷物です。しばらく休みなので、こちらさえよければ泊らせてもらおうかな、と思っていて――」

「――確認させてもらう」

中身を、ということだろう。

秋乃は一瞬ためらったものの、前回のチョコレートのこともあって、それは仕方のないことかもしれないと思い直して鞄を肩から外す。

秋乃の手には両手で持っても少し重たいものを、ヴァレリーは片手で軽々と受け取った。

その瞬間、何の前触れもなくヴァレリーの執務室である扉が大きな音を立てて開いた。

「――アキノ!」

現れたのは、王妃さまであるリリアである。

まさに急いで、走ってきたのかと思うほど息を乱して、慌てた様子がよくわかる。そして付き従っている侍女や従者、護衛たちが後ろで慌てているのも大きく開いた扉から見える。

それを振り切るように走ってきました、というのが見える構図だ。

びっくりした秋乃だが、リリアも驚いた顔で、そして秋乃を確かめるなり綺麗な顔をくしゃりと歪めた。

「アキノ――アキノ、来てくれたの?」

「え・・・えっ? はい、来ました・・・」

いったいその様子は何事かと驚いた。

まさか来てはいけなかったのだろうかと不安になるくらいだ。

しかしリリアはよろよろと秋乃に近付くと、そのまま抱きしめるように秋乃に手を伸ばした。

リリアは秋乃より少し背が低い。目線が少し下がった位置から、腕をしっかりと取られて、形良い目に薄い膜が張っている。

「もう、来てくれないのかと思ったの・・・私が、ひどいことを言ったから、もう私のことなんて嫌いになったのかと思って」

「・・・ちょ、えええ?! なんでそんなことに?! リリーを嫌うことなんて世界がひっくり返ってもないよ!」

むしろリリアに会いに来ているのだ。

綺麗な目から零れる涙はやっぱり綺麗なものだなぁとこれも眼福だと思いながら、秋乃はリリアが悲しんでいることに心を痛める。

「どう、どうしたの? 何かあったの?」

縋りつくようなリリアの泣き顔を見て、自分も落ち着けと思いながら理由を聞く。それに答えてくれたのはリリアではなく、開いたままの扉からゆっくりとした足取りで現れた王さまだった。

「君が約束の日を過ぎても現れないから、だよ」

「――は?」

相変わらず見目麗しく、神々しいような王さまであるクリフォードが困った声でありながら笑って歩み寄る。

「アキノは七日ごとに休みがあると、こちらに来ると言ったそうじゃないか。なのに前回から七日を過ぎても現れない。音沙汰がない。ついにはここで寝ずの番をして待つと言い出すリリアをどうにか部屋で落ち着かせて、泣いて暮らすのを宥めるのが僕の仕事だったんだ」

「あ・・・あ――ああ、えっと」

なるほど、と秋乃は思った。

リリアに七日ごとに休みになる、と言ったのは自分だ。それをひとつ開けてしまったのも自分だ。仕事で先週は休みどころではなかったし、ついいつもの癖でそれを誰かに伝えることもなかった。

秋乃が忙しいときは友人にも連絡しないのはいつものことで、用があれば向こうから連絡がくる。それを普通と思っていた秋乃は、この夢の国に伝えることも忘れていたのだ。

リリアの動揺に納得し、そして王さまって笑顔で嫌味を言えるんだなと納得したのだ。

秋乃は自分の腕から掬うように、優雅に取り上げられたリリアの身体を愛しそうに抱きとめて泣き顔を拭ってあげているクリフォードの様子を見て、眼福だと感じつつ独占欲強いなとも感じていた。

自分の奥さんが女の腕の中にいるのもいやとか、笑顔だけど王さま、テンプレすぎるよ――それはそれで見ていて楽しいのだが、と秋乃は思いながらいつの間にか人の集まった部屋から視線を集めてしまっていて、とりあえず頭を下げることにした。

「ええと――リリア様、陛下。連絡しなかったこと、申し訳ありませんでした」

部屋にはリリアの侍女と護衛。そしてクリフォードの護衛や侍従。ヴァレリーとその部下たちも揃っていて、広い部屋だが窮屈そうに見える。

この場では、秋乃は礼儀を守って然るべきだと理解出来た。

「忙しくて、というのは言い訳ですが、仕事に集中しすぎて伺えないという連絡を入れなかったのは私のミスです。今後は同じことのないように心掛けますので、またこちらに訪問させてもらえるようお願いします」

リリアがこの調子で泣いていたのなら、さっきのヴァレリーの態度もなんとなく解る。

問い詰めるような言い方になったのも、理解出来た。遊んでいたわけじゃないというのは秋乃の言い分だが、仕事だと言っていなかったのはミスでもある。

きっちりと頭を下げた秋乃に、王さまは鷹揚に笑った。

「許す。これからもリリアと仲良くしてやってほしい」

「アキノ、そんなにお仕事が忙しかったの? お休みももらえないなんて、そんなお仕事」

「リリー」

クリフォードの腕の中で、泣いても綺麗な顔を歪めたリリアに、秋乃はその先を遮るように声を掛けた。

「休みなく忙しかったのは、長い休暇をもらうためです。今日から七日、お休みを貰うためだったんです」

秋乃の言葉を理解したリリアの表情の変化は見ものだった。

まるで華が開いたような、とはまさにこのことだろうという笑顔は、秋乃に向けられていて、そのまま王さまの腕から飛び出してくるものだから、秋乃は少し焦った。

クリフォードの視線は笑顔だが理解出来るものが含まれていたからだ。

王さま! 実は嫉妬深いんですね!――秋乃はそう思いながらも、腕に飛び込んでくる綺麗な人を拒めるはずもないし、嬉しくないはずもない。

「アキノ! じゃあずっと、ここに居てくれるのね?!」

「――はい。お休みの間、許可いただけるなら」

嫉妬深い王さまが許可してくださったらですけど。

「私と居てくれるのね?!」

「――はい、リリーの空いている時間に、ご一緒させてください」

王妃さまが忙しいのは解ってますので。

秋乃はクリフォードの様子を見たが、肩を竦めて頷いただけだ。

どうやら、許可は一応貰えるらしい。良かったよかった、と秋乃も肩を撫で下ろすが、そのほっとした空間に、リリアはまた爆弾のような言葉を落としたのだ。

「アキノ、貴女は私の希望なの。きっと、貴女が私を助けてくれるって、ずっと思っていたのよ」

いったい何を言いだすのこの綺麗な人は。

秋乃は目をキラキラとさせた王妃さまに、笑顔でいながら冷ややかという器用な王さまと、不機嫌なままの近衛司令官と、そして何とも言えない顔をした部下たちの視線を振り返って見て欲しいと切実に思ったのだった。




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