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週末☆トリップ  作者: 秋野真珠
第一部
30/56

29 あけた日常 ②



秋乃は結局、日曜日の夕方になる頃、向こうの世界から帰った。

リリアが晩餐を一緒に、と誘うので、あの夜は一緒にご飯を食べた。その時にリリアの服装が変わっていたので、やっぱり王妃様ってことあるごとに服装を変えるものなんだ――と秋乃は感心しながら眼福も味わっていた。

綺麗な人が綺麗な恰好をするのを見るのは好きだ。

テレビに出る芸能人でも、綺麗だなと思う人は男女問わず見惚れている。雑誌に載るモデルなんて、同じ人間とは思えない均等の良さでまさに眺めるというのが正しい。

しかし、リリアは綺麗だ。

表情がよく動くから、さらに綺麗で可愛いとも思う。

こんな奥さんがいたら、旦那は溜まんないな――秋乃は旦那であるところの王様を思い出し、あっちもあっちで見劣りしない容姿だったことを思い出した。

国王なんて、国のトップにいる人間は、やはり国民の憧れでもあるべきだと思う。

仕事が出来ること、それは第一だけれど、それでもこんな綺麗な二人ならさぞかし国中から羨望の眼差しを受けているだろう。

そうか、綺麗で格好良いことも仕事のうちか――秋乃はどこか外れたことに納得しながら、綺麗な王妃様と夕ご飯を一緒に取った。

クリフォードは仕事が忙しいらしく、秋乃の客室で二人だ。

クリフォードの身体があかないときはひとりでとることが多いらしく、だから今日は秋乃が一緒で嬉しいと素直に微笑むリリアに、秋乃は眩しさで目を眩ませた。

くそう可愛い――秋乃は充実した夕食に満足し(もちろん美味しいご飯でした)充実した眠りにつく。

自分の給料じゃ払えない高級ホテルに泊まっている気分だった。

起きた日曜の朝はこれまた天気も良く、目覚めは最高に良かった。

想像出来ないような日常を話してくれるリリアは楽しいし、この国のことを教えてくれるシエラにも感謝していた。

心地良い空気で、非日常に秋乃も浸りすぎていたのだろう。

リリアのお召しかえの時間に(そんな時間があることがすごい)何故か秋乃もその気になってドレスを着てしまった。

黒歴史になると思う。

酔っ払ってハイになった気分に似ていた。

しかし勢いに乗ったリリアとシエラたち侍女に、着せ替え人形よろしくドレスを着せられてウィッグを付けられて化粧をされて――ちょっとお姫様な気分を味わえたのが嬉しかったことも事実だ。

和やかなランチを頂いて、さてそろそろお暇しようかな、と告げた秋乃に向けられたリリアの子供の様な顔は忘れられない。

まるでもう二度と会えないのではないかと言うような、親犬に捨てられた子犬みたいな――反則だ。

宥めるのに一苦労した。

クリフォードも一緒に説得してくれたことに感謝だ。

秋乃としても、現実の世界に帰らなければならないが、ここの留まりたいと思わないわけでもない。

しかし実際には箪笥ひとつで繋がっていると解ってしまえば、秋乃は安心して帰れるしまた来ようとも思える。

お金の掛からないプチ旅行のようなものがこれから味わえると思うとなんともお得――というか夢にまでみたどこでもドアがここに?! と秋乃は気付いた瞬間目を輝かせたのは言うまでもない。

「一週間後、また来るね」

リリアにはそう約束して、きっとよ、絶対ね、と何度も念を押されたが納得してくれた。

リリアだって王妃様としての仕事がある。お互い仕事をして、休日を過ごせればそれでいいんじゃないかと思うのだ。

穏やかに帰る挨拶をして、そうしてさあ帰ろうと当然のように案内されたのは、最初に襲われた部屋で、秋乃は一瞬入るのを躊躇ってしまった。

そういえばここに来なきゃ帰れないんだった――秋乃は今更のように居心地の悪さを思い出し、この部屋の主をそっと窺う。

本気で信じているわけではないが婚約者だなんて言われた男は、今日もやっぱり不機嫌そうな顔をしていた。

まるで自分の部屋へ通すことがこの上なく不快なことだと、隠しもしないで。

それでもここを通らなければ帰れないのだから仕方がないじゃない――秋乃は決意してその前を通り過ぎようとすると、押し殺したような、そして初めて言葉を交わしたときのような、嗤った声が耳に届いた。

「――人形遊びは満足したのか?」

その場で言い返さなかった自分がすごい――秋乃は震える拳を掴んで、一気に他人のクロゼットに入った。

人形遊びとは、秋乃がドレスを着て遊んだことに他ならない。

リリアと侍女たちしかいなかったのに、どうしてこの男が知っているのか不思議だが、自分でも黒歴史だと思っているのにそれを嗤われ――知られていることにここに穴を掘って埋まりたくなる。

こんな男の部屋なら構うもんかと穴を掘ってやりたい。

薄暗いクロゼットの壁にある、場違いな和風箪笥。

その空いたままの小引出を両手で一気に押さえつけると、秋乃の身体が向こうに倒れた。

まるで支えている地面が柔らかで不確かなものに変わったように、秋乃は向こうの現実へ、自分の世界へと帰ったのだ。

「――った!」

今度は鼻は打たなかったが、倒れ込んだ衝撃で膝を打った。

座った場所はたしかに自分の片づけていないフローリングの床で、いったいどういう仕組みになっているのか変化のない箪笥が後ろに控えていた。

しかし秋乃の意識を奪っていたのは今出て来た夢の世界ではない。

秋乃に真正面から吹き付ける、生温かな風を送る現実の風――それは週末中、誰もいない部屋を暖め続けた、エアコンのものだった。




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