2 日常 ②
秋乃が勤めるのは中堅どころの商社だ。
そこの営業事務に配属になって、今年で2年目を迎えた。
しかしながら新卒で入社し自社の酸いも甘いも身体に叩き込まれた秋乃には、部署がどこになろうとやるべきことをやるだけ、というモットーが基本となって動くだけである。
ただ、この部署になって何が一番面倒かというと、それはひとつに絞られる――忙しい。
ただひたすらに、忙しい、のだった。
出社して目の回るような仕事を必死に片付けていると、気付けば夕方だ。
残業だってないことが珍しい。
仕事に夢中になったあげく、昼食を抜くことはすでに珍しくもない。
パソコンの前に座って画面を睨んでいたり、重たい資料を集めて整理したりしていると、本当に体中がバキバキと嫌な音を立てる。
これはエステ決定――秋乃はようやく終えた一週間を振り返り、首を回しながら腕時計を億劫そうに見ると時刻はすでに夜9時を回っている。
金曜の夜に、遊びにも飲みにも行かずこの時刻。最早自分の夕食を作るのも食べる事すら面倒くさくなってしまう。
帰り道、コンビニの明かりを見つけてふらりと入るのは働く大人の習性だと思う。
身体に悪いし、栄養もなにもあったもんじゃないと解ってはいるが、好みのチョコレートとスポーツドリンクとお茶。それだけを買って家までの道中口を動かしながら帰る。
「あー・・・」
吐く息も白いなか暖かいお茶が喉を通ると、ほっと息がこぼれる。
そして本屋によることを忘れたのを思い出した。
近くの本屋はすでにしまっている時間だ。
夜遅くまでやっている大きな本屋は引き返さなければならない。
ここまでくると戻るのも面倒で、秋乃はため息を吐いて諦める。
「エステのついでにいこ・・・」
週末の予定の中に無理やり詰め込んで、秋乃はとりあえず帰路を急いだ。
秋乃のマンションは駅から15分歩いたところにある6階建ての一人暮らしようのマンションだ。
大学生になったときから、秋乃の部屋はここだった。
それまで住んでいたのは都心から少し離れた一軒家で、敷地もほどほどに広い平屋の大きな家は、昭和の匂いを漂わせる雰囲気ある日本家屋だった。
最終的にそこに住んでいたのは秋乃と母親だけだったのだが、大きな家は維持管理にいろいろな面で大変なものだった。
秋乃が高校を卒業するころ、母親が再婚という形で家を出ることにした際、ついでに手放すことにしたのだ。
大学生になる年で、親と暮らしたいと思うこともなく、自動的に秋乃も一人暮らしとなった。
産まれた時からずっと住んでいた家だが、母親にとってみればあまり愛着もないようだった。
身の回りのものだけを持って、あとは処分することに躊躇わなかった母親に、秋乃はその家の形見――というか、どうしても捨てられないものだけを引き取った。
それが、1Kのマンションで秋乃を出迎えてくれるもの――桐で出来た、時代を感じる大きな箪笥だった。