27 箪笥の向こうの国 ②
マグリート王国――それがこの国の名前だった。
大きな湖を挟んだ東に公国シュエラン、山脈を境にした西側にオディール王国がある。
前者は交友関係が良く、穏やかな関係が続いている。対して後者とは3年前まで大きな戦争をしており、どうにか和解に繋げたものの緊張がはらむ微妙な関係だ。
マグリート王国は北に肥沃な森と、南に大きな港を有する豊かな国で、オディール王国はそれを欲しているとは子供でも知っていることだった。
国の南側に立つこの王宮は、少し高台に建っており、その中でも高い場所からは海が望める。
王宮から港までは市街が広がり、国で一番賑わっている場所だ。
海を挟んだ向こう側や、北のほうにもたくさん小さな国があって、ちょうど人の行きかいがしやすいこの町はとても交易が盛んで、いろいろな人種が住み、栄えていた。
クリフォードが王位を継いだのは戦争が一応と言う形で終結した3年前で、前王は妃とも健在だが、早々に譲位を決め北のほうにある自地領で穏やかに暮らしていた。
戦争――そう聞いて、秋乃が少しながらも動揺したのはシエラには伝わらなかったようだ。
現代の日本では、戦争と言う言葉からは遠く離れた場所にいる。
国を守るための警察や自衛隊はあったとしても、徴兵制度もなければ戦争をしに行けと言う政治家もいない。
しかしここでは当たり前のように戦争があり、また現在もいつ引き起こるか解らないのだ。
クリフォードは国が豊かで穏やかであるために、日々国政に勤しんでいるらしい。
クリフォードがリリアと結婚したのは、その戦争が始まったときだ。
終わってからじゃなくて? と秋乃が首を傾げたのだが、シエラはさっき見せたのと同じ目の輝きで語ってくれた。
「貴方を絶対に寡婦にはしない。その誓約を守るために、結婚してほしい――陛下がリリア妃殿下におっしゃった言葉は、王宮で知らないものはいません!」
「へ・・・へぇ」
秋乃は頷きながら、とてもじゃないが同じ顔にはならない、と微妙に顔を歪ませた。
プロポーズの言葉を全員が知ってるってどうよ――秋乃はそう思ったのだが、シエラはどこかに行ってしまったようで帰ってこない。
しかし急に振り返り、秋乃に向かってにっこりとほほ笑んだ。
「王妃様は誰にも手を差し伸べる優しさをお持ちで、カオル姫の再来と言われているほどなんです」
「ああ――なんとなく、解る」
秋乃は綺麗な笑顔を思い出し納得する。
顔が綺麗なだけの美人には、あの笑顔は出せないと思っている。
手を差し伸べられたら喜び、下を向いていると手を出したくなり、笑っているとつられて一緒に笑ってしまう。
リリアは王妃という立場にはぴったりの、素晴らしい女性だ。
「いろいろな事後処理もあって、ヴァレリー様が落ち着かれたのもこの1年ほどのことです」
「事後処理って・・・戦争の? あの人、近衛司令官って言ってたよね?」
「ええ。司令官ですもの。軍を率いて真っ先にご出陣なさいます。戦争が終わっても各地で起こる小さな諍いに躊躇いなく自ら足をお運びになって、収めていらっしゃいます。それに戦争でなくても市街でもいろいろな諍いがありますし――」
「え、ちょっとまって、軍って、戦争だけじゃなくて? それって、警察みたいなこともしてるってこと?」
「ケイサツ・・・?」
秋乃が驚いたことに、シエラは首を傾げている。
軍を率いて戦争をする――軍隊の司令官だと言われればそうか、と納得も出来る。
しかし市街の諍いということは戦争とは違うものだろうとシエラの言葉から判断すると、軍を持ちながら仕事の幅が大きすぎると驚いたのだ。
「ええと、この国でも、犯罪とかってあるのよね? 市民のケンカとか、いろいろ」
「はい、ございます」
「そういう小さな諍いを諌めたり治めたりするのが、私の世界では警察っていう機関なのよ」
「それは、騎士様たちのお仕事とは・・・?」
「騎士様のお仕事が、軍に入っているってことなら、警察とは別にそういう機関があるわね」
「そうなのですか」
驚きながらも納得したシエラに、秋乃はため息を吐いた。
忙しい人なんだな、あの人――秋乃は強制的に婚約者にさせられそうになっている男の顔を思い浮かべた。
どうしても不機嫌な顔にしかならなくて、自分の顔も不機嫌になりそうだった。
まぁそういう人なら、あんまり会うこともなさそうだし。喜んでるリリーさえ押さえておけば婚約とかバカみたいなことは忘れてしまうかも――秋乃は不機嫌な自分の顔を力を入れて笑みに直し、美味しいシエラのミルクティを堪能することにした。
そしてそのまま忘れていたのだ。
自分の部屋に帰るには、その不機嫌な男の部屋のクロゼットを通過しなければならないことを――




