21 婚約者 ①
ないないないないありえない――秋乃は自分を指して自分を全否定し、首をぶんぶんと左右に振った。
表情が硬く、引きつったように笑っているのは冗談だとこのまま笑ってしまいたいと願っているからだ。
しかしクリフォードもリリアも秋乃の表情などまったく気にせず、笑顔のままヴァレリーを紹介する。
「ヴァレリーは今年35になる。釣り合いも丁度いいと思う。アキノが来るのを信じて独身のまま待っていたのだから、中々可愛いところもある男なんだ」
「待ってないし信じてもないしかわいくもない」
クリフォードの言葉をヴァレリーは誰よりも早く全てを否定する。
その顔はやはり不機嫌にしか見えず、秋乃は最前からずっとこの表情だった意味を漸く知った。
そりゃ、私なんかと結婚しろとか言われたら機嫌も悪くなる――秋乃は押しの強そうな国王夫妻に一つひとつ刃向かうヴァレリーに少し同情してしまう。
「ハーヴェスト様――ヴァレリーの曽祖父なんだが、彼とヒナコの想いがようやく叶うんだ。二人を幸せにしてやりたいと思うだろう?」
それってどういう意味なのおばあちゃま――秋乃は本格的に泣きたくなってきた。
ここには居ない、もうどこにも居ない曾祖母に、どういうことか説明を本気で求めた。
もういないなんて、ひどい――亡き人に対して言っても仕方のないことだが、本当に秋乃は不機嫌なままのヴァレリーに顔を向けることも出来ず、情けない顔をしていた。
ヴァレリーはクリフォードの勝手な言い分を諦めたように聞いていたが、最終的にはやはり不機嫌なものを隠さないまま口を開く。
「曽祖父とヒナコ様が何を考えてどうしようと思っていたかなど、俺には関係のないことだろう。そもそも、二人とももう居ないんだ。居ない人間の意見を尊重して当事者の意思を無視するなんてお前それでも国王か」
真っ向から国王に向かってかかるヴァレリーに、秋乃は少し驚いた。
ヴァレリーの立場は近衛司令官と言った。
なにやら強そうで偉そうな、と勝手な想像をするが、それでも相手は国王だ。
こんな物言いが許されるのであろうか――とこの二人の関係がよく飲み込めなくて無意識にリリアの背に隠れるようになる。
リリアはそんな秋乃の様子にすぐに気付いて、優しそうな笑顔で手を取った。
「ヴァレリー、そんな顔をして、アキノがびっくりしているわ。もう少し優しい顔は出来ないの?」
「そんなものを俺に期待するな」
リリアの言葉にもあっさりと跳ね除けるヴァレリーに、リリアは困ったように笑って秋乃に振り向く。
「クリフとヴァレリーは子どもの頃から一緒に育ったようなものなの。公の場ではヴァレリーも態度を改めているから安心して? 私も幼い頃から二人には仲良くしてもらっていたから、3人でいるうちはつい昔の態度が出てしまうの」
秋乃の心配を正確に読み取ったリリアの説明に、秋乃はそういうものなのか、と納得した。
納得せざるを得ない。
なにしろ、秋乃は今までファンタジー小説を飽きるほど読んできたが、やはりそれは本の中のことで、実際に国王とか王妃とか近衛司令官などという存在に会ったこともないのだ。
そんなことあるのね――と頷くだけだ。
頷いた秋乃に、ヴァレリーがじっと視線を向けていることに気付いた。
「な・・・なに?」
リリアの隣にいなかったら、迷わず回れ右で逃げているような視線だったが、とりあえず聞き返すことも出来た。
ヴァレリーは視線の強さを変えることなく、何かを探るような目をまっすぐに向けてくる。
「お前・・・俺と結婚したいのか?」
「んなわけないでしょ! 強姦魔なんて絶対にいや!」
低い声で問われた質問は、思い出したように秋乃の沸点を簡単に越えさせた。
反射で答えた秋乃は言い切ってからしまった、と背筋に冷たいものを流したが、後悔しても遅い。
ヴァレリーの視線は、さらに一層不機嫌なものになってしまっているのに、秋乃はどうすることも出来なかった。




