17 おばあちゃまの秘密 ⑤
「失礼いたします、王妃殿下。アキノ様の着替えをお持ちしました」
小さなノックと一緒に、シエラの声がする。
リリアが許可すると、シエラが他にも何人かの侍女を連れて部屋に入ってくる。
そしてその手にある大量の服に、秋乃は目を丸くさせた。
それって、全部私の着替え――? それにしては、多すぎる。
いったい何日分の着替えだ。
秋乃が驚くなか、侍女たちはひとつひとつをリリアと検分してどれを秋乃に着せるかを考えている。
並べられた衣装は、服ではなくドレスだ。
すべて裾は床まであるような、リリアが来ているような汚すことも着ることすら躊躇うようなものばかりで、さらに色が華やかすぎて、秋乃は無意識に首を左右に振る。
「ちょ、ちょっと待ってください、それって、私の着替えなの・・・?!」
「そうよ。アキノはどれが好みかしら? この紅色にレースのコサージュのついたものは?」
「は? いや、いやいやいやっ待って! お願い待って!」
示された先にあったのは、本当にゴージャスなドレスで、秋乃はそれはない、と慌てて大きく首を振る。
このネグリジェのような服を脱げるのはありがたいが、そこからこの豪華なドレスに着替えるのはもっと無理だ。
「もっと、もっとシンプルで! と言うか、昨日私が着てたスーツはどこに?」
もうあれでいいです。あれがいいです。
秋乃が視線を巡らせても、あの地味なグレイのスーツは見当たらない。
「まあ、でもこれもとっても似合うと思うわ」
美人のお願いでも、秋乃はどうしても頷けない。
「お願いします! スーツで! あのスーツをください!」
両手を顔の前で合わせる秋乃に、リリアは本当に残念そうに溜息を吐いた。
「シエラ、あの服を持ってきて」
「・・・ですが、王妃殿下」
「いいの。アキノの言うとおりに」
なにか食い下がるようなシエラにリリアは全員下がるように伝えた。
そして改めて入ってきたシエラの手には、昨日秋乃が着ていたシャツとスーツが揃っている。
しかも、転寝までしていたせいでくしゃくしゃだったはずなのに、なぜか新品のように綺麗になっている。
いったいどんな魔法だ――秋乃は不思議に思ったけれど、ただ感謝するしかない。
「ありがとう! ありがと!」
思わず持ってきてくれたシエラに立ち上ってハグをする。
165センチと日本人女性の平均より少し高い秋乃より、頭ひとつくらい低いシエラは腕にすっぽり収まるくらいで、その心地よさと丁度良さに秋乃はしっかりと抱きしめてしまう。
「え・・・っあ、いいえ、あの、」
腕の中で真っ赤になって戸惑うところも可愛い――秋乃は思考がおやじ化しているのにも解っていたが、可愛いものは可愛い。
そして愛でたい。
遠慮なく愛でられるのは女の特権――とばかりにぎゅう、とシエラを抱き締め、そして満足して解放する。
「ごめん、ちょっと着替えるねー」
秋乃はそう言って固まったままのシエラから服一式を受け取ってベッドの脇に移動して着替えを始める。
服の中には秋乃の下着まで入っている。
当然ながら、ネグリジェの下は違うインナーだった。
寝落ちしたあとで、いったい誰が着替えをさせたのか、気になるところだったがおそらくこの侍女と呼ばれる人たちだろう、と納得させて、慣れた手順で服を着る。
これは秋乃の戦闘服と同じものだ。
毎日着て、会社と言う戦場に向かう秋乃は、慣れでこれを着ると背中がまっすぐ伸びる気がした。
「あ、アキノ様・・・!」
あっという間に着替えた秋乃に、すぐそばでシエラが泣きそうな顔で立っている。
「え、どうしたの?」
手を伸ばしかけて止めている、シエラの手を、秋乃は思わず取った。
それに悲しそうなまま脱力しているシエラに、ソファで待っていたリリアが楽しそうに笑った。
「まあアキノ、着替えるのがとっても早いのね。シエラが手伝う暇がなかったわ」
そういえば、王妃様の前で着替えるのってどうなんだろう――秋乃はそう考えながら、リリアが怒った様子はないのにスルーすることにしてシエラの手を取ってソファに戻る。
「手伝い? 着替えるのに手伝ってもらうことなんかないよ。こんなのちゃちゃーっと着れちゃうよ」
「そうねえ、あまりに早くって驚いたわ」
秋乃はリリアのドレスを見て、そりゃそうだろう、と頷く。
こんな豪華なドレスは一人では着れないだろう。
そして髪も美しく結いあげられて、化粧もばっちりで、キラキラ今日も輝いているリリアの御支度は、きっと想像以上に時間がかかるものなのだろう。
秋乃は自分にそれはないな――と実感する。
これで歯を磨いて顔を洗ってメイク終了までの時間は15分だ。
決して手を抜いているわけではないし、基本的な基礎化粧は抜かさないが、こんなものは慣れでどうにでもなる、と秋乃は知っている。
そして思い出して自分の顔に触れ、気付いた。