16 おばあちゃまの秘密 ④
なにしろ、時間経過が同じと解れば、昨日寝落ちしたのはまだ金曜で、今日は絶賛土曜日の休日なのだ。
これで寛ぐのにまったく問題はない。
リリアは隣で一緒に微笑んだあと、それから少し眉根を寄せて怒った顔になった。
美人って怒っても可愛いもんなんだな――秋乃がぼんやり思っていると、リリアは真剣に秋乃を見つめる。
「アキノ、朝食は取らなくてはだめよ。身体に良くないの。もうすぐ昼食だから、一緒に食べましょう。明日の朝も、少しでも何かを食べるべきよ」
「・・・はい」
この年になって、母親からもされたことのない説教を受けたが、秋乃は反発することもなく、大人しく頷いた。
曾祖母が生きていたころは、同じように言われたことを思い出したのだ。
規則正しい生活をしていれば、食事も規則正しくなる。不規則になればなるだけ、身体を壊しやすいものだ。
曾祖母の教訓は、いつの間にか仕事の忙しさの中で忘れてしまっていたものだった。
秋乃の返事に満足したのか、リリアは笑顔に戻った。
ああ、綺麗な人の笑顔って癒される――エステで疲れを取ろうとしていた秋乃は、思わぬ美人効果に顔が緩んでしまう。
「シエラ、秋乃の服を用意して」
「はい」
壁に控えていた彼女はリリアの一言に頷いた。
しかし部屋を出て行く前に、リリアが引きとめる。
「先に紹介しておくわ。アキノ、この子はシエラ・クリムトー。貴方付の侍女として仕えてもらうの。何か用事があるときは、シエラになんでも言って頂戴」
「じ・・・じょ?」
メイドさんではなく、侍女というのか、とう事実と、その侍女が自分に仕える、という現実に秋乃はうろたえた。
生まれてからずっと、曾祖母にしつけられ母親の世話をしたことはあっても誰かに世話をしてもらったことなどないのだ。
「え、待ってくださいリリー、私、侍女とかお世話されるようなことは・・・」
「アキノ、私には普通に話して頂戴。せっかく会えたのだから、仲良くしたいの。余所余所しい話し方をしないで」
今度は拗ねたような顔で見つめられ、これに勝てる人間がいたら連れてこい、と秋乃は誰かに罵った。
「・・・了解です」
頷くしかない秋乃に、その間にシエラは部屋を出て行ってしまった。
もう一度笑顔に戻ったリリアは、両手を胸の前で合わせて指を絡める。
「何から話したらいいのかしら。もうずっとずっと、私、貴方に会うのが楽しみで、今までたくさん、会えたら話すことって考えてたのよ。でもどれから話したらいいのか解らなくって」
どうしよう、と微笑むリリアにどうしよう、と秋乃は同じ笑顔で固まった。
どうしよう! グリグリして抱きしめたい!
こんなに可愛い生物が存在していいのは、やはりここが異世界だから――?
秋乃の不安と期待とトキメキに、リリアはひとつ落ち着くように溜息を吐いた。
「まず、落ち着くことね。アキノは、昨日とっても驚いていたみたいだから、もしかして私たちがここにいることを知らなかったのかしら、と思ったのだけど」
首を傾げられて、素直に何度も頷いた。
知らない。知りません。まったくもって、想定外でした。
秋乃の顔は説明を求めているものになっているはずだ。
リリアたちは秋乃の世界のことを知っているようだった。
帰り方まで知っているのだ。
そしてなにより、昨日最後に聞いた名前は、間違ってなければ秋乃の大事なひとの名前だった。
「そうなの――私はでも、小さなころから、クリフたちと一緒に聞かされてきたの。いつかきっと、私たちの新しいお友達が来てくれるって、信じていたわ」
「新しい、お友達――?」
「そしてそれは、ヒナコ様に繋がる方に違いないって」
また出てきた。
秋乃は曾祖母の名前をこんなところで聞くとは思わなかった。
「カオル姫が、ずっとずっとおっしゃっていたんですって。いつかきっと、会いにきてくれる。だからそのときは、暖かく迎えてほしいって――」
だから心から歓迎するわ、とリリアが続けたが、秋乃は目を瞬かせた。
かおる姫は、曾祖母が聞かせてくれた寝物語の主人公のお姫様だった。
そしてそれは、曾祖母が若い頃に神隠しにあった、妹の名前のはずだったのだ。