15 おばあちゃまの秘密 ③
しかし他人様の家――というより、こんな豪華な絨毯を傷つけられるはずもなく、秋乃はとりあえず、目の前のリリアに向かって深く頭を下げた。
「ご迷惑をおかけしたようで・・・申し訳ありません」
「あら、迷惑なんて思ってないわ! 私、貴方が来てくれるのをずっとずっと待っていたの!」
「・・・はい?」
目をキラキラと輝かせたリリアに手を取って見つめられ、秋乃はきょとんとするばかりだ。
いったいどういう意味だ――理解することも出来ず、そういえば昨日から、彼らは秋乃より秋乃がここにいることに対して動揺したふうもなく、むしろ当然のような態度で迎えてくれていた気がする。
そう思うと考えるより聞いたほうが早い、と秋乃はソファに座りなおすリリアに従って隣に大人しく座った。
「貴方がすごく混乱しているみたいだったから、クリフとヴァレリーと話して、ゆっくり説明することにしたの」
「あ、はい、お願いします」
秋乃の混乱具合も知られてしまっていては、最早従うしかない。
その時、もう一度ドアがノックされて、リリアが入って、と声をかけた。
開かれたドアから入ってきたのはワゴンを押した――まさにメイドだ。
深い藍色のワンピースに、襟と袖口には真っ白なレースで縁取りがされていて、シンプルだけど美しい、というものの見本に思えた。
「失礼いたします」
一言だけ告げて入ってきたメイドは落ち着いた所作で部屋の壁側でワゴンに乗ったポットから飲み物をカップに注いでリリアと秋乃の前に置いた。
湯気が上るカップからはとても甘い匂いがする。色はクリーム色で、ミルクティかな――と秋乃は考えながら迷うことなく手に取った。
「いただきます」
淹れてくれた彼女に軽く頭を下げて、秋乃はカップの縁に口を付けた。
甘い匂いが顔に掛るが、口に入れた飲み物はまさにミルクティで、思ったより甘くない。
紅茶とミルクが絶妙なバランスで混ざっていて、温度も丁度良い。
人に入れてもらうお茶って美味しいけど、これはさらに美味しい――秋乃は幸せな気分に浸ってミルクティを飲みほした。
「はあ、」
一息ついたところで、隣のリリアが笑っているのに気付き、はっと思いだした。
しまった! 王妃様より先に飲んじゃったよ! てか飲みほしたよ?! これっていいんだっけ?!
秋乃が慌ててどうしたら、ととりあえずテーブルに戻したカップに手を掲げていると、リリアは壁側に控えている彼女に合図した。
「もう一杯入れて頂戴。秋乃は喉が渇いているの――昨日から何も口にされてないものね。お腹は空いてない?」
最後は秋乃に向かって聞いてきたが、普段から朝は食べられない秋乃は今のミルクティで満足しそうな勢いだ。
「大丈夫です。朝は食べないので――」
答えてから、はっと気付く。
今って、朝? なの?――秋乃は時間の感覚がないことに慌てた。
数々読んだ小説の中には、自分の世界と異世界との時間差が恐ろしいほど違うものだってあった。
ここでくつろいでいるのはいいけれど、帰ってみたら浦島太郎状態になってるのは困る。
「あ、あの、今は朝なんですか?」
窓から入る光は柔らかなものだけど、これが朝か昼かなんて秋乃に判断出来るはずもない。
リリアはひとつ頷いた。
「そうよ。でも朝というより、もうすぐ昼食の時間ね」
「・・・・・」
いったい自分はいつまで寝ていたんだ、と秋乃は顔が赤くなるのを止められない。
「あと、アキノの世界の時間と、ここの時間は一緒なのだそうよ」
「・・・そうなんですか?」
秋乃の疑問をあっさりと答えてくれるリリアに、驚くしかない。
「聞いた話だから、私が実際に確かめたわけではないの。でも、同じ時間を過ごしているのだと思うわ」
それに秋乃は深く息を吐いてほっとした。
目の前に新しいミルクティが差し出される。
これも嬉しい。
秋乃は顔を上げて出してくれた彼女に笑いかけた。
「ありがとう」
メイドの格好をした彼女は一瞬驚いた顔をして、それから少しはにかんで一礼、そしてもう一度壁側に戻って行った。
なんだ! この可愛い子!
思わず写メに撮りたい永久保存だ――と思ってしまうほど、可愛い子だった。
栗色の髪を後ろにまとめて、真っ白なレースで結んでいる。
目はくりっとしていて口は小さく愛らしい。
リスさんがいるよ、ここに!
秋乃は思わず抱きしめたくなる可愛らしさに、ここって綺麗で可愛い女性しかいないのかな――としばらく眼福を楽しむことにした。