11 箪笥の向こう ⑥
「タンス? タンスと言ったの? 本当にタンスなの?」
リリアは秋乃に縋りつかんばかりに問いかけてくる。
そう箪笥箪笥と繰り返されては違うものにも聞こえるが、確かに秋乃が縋って倒れたのは箪笥だった。
秋乃が何度も頷くと、今度はクリフォードが真面目な顔で秋乃を見る。
「ハヤマアキノ、と言ったか? ならハヤマアキノはニホン人なのか?」
「――?!」
驚いたのは秋乃だ。
まさか秋乃が日本人であることを知っているとは、いったいここはどこなのだろう――秋乃が驚きながらもう一度頷くと、今度は首を傾げられた。
「しかし、ニホン人にしては、髪の毛が黒くない――それに、女性にしては短いと思うのだが・・・」
「最初は少年の間諜に見えた」
ヴァレリーが意見を足すのに、秋乃はもしかしてこの中で、自分の顔は幼く見えるのだろうか、と気付いた。
欧米人に比べ、アジア人のつくりは幼く見えるらしい――とテレビで言っていたのを思い出す。
それでも、30にもなる女が少年に見えるのもおかしい話だ。
このヴァレリーという男の目がおかしいんじゃないだろうか、と思うがそれは置いておいて、秋乃は自分の短い髪に手を当てて答えた。
「この色は、染めてるんです。もともとは黒髪です。あと短いのは、楽だからです」
「まぁ! どうして染めたりするの? 勿体ないわ」
リリアは心からそう思っているのか、悲しそうな顔で秋乃の髪に手を伸ばしてくる。
細い指が、秋乃の髪を優しく梳いた。
こんなに綺麗な人にこんなに近くで見つめられたのは初めてだ――秋乃は同じ女性とはいいながら、ドキドキするのを抑えられず知らず頬を染めた。
「長い髪もきっとお似合いでしょう」
「いや――えっと、短いと、本当に便利なので。長いと何かと面倒だし」
「ハヤマアキノは――」
「や、あの待ってください。フルネームで呼ばないでください。秋乃で結構ですから」
話しかけるクリフォードの言葉を秋乃は一度止めた。
フルネームで繰り返されると微妙な気分になる。
クリフォードは苦笑して、言い改めた。
「そうか、名前がアキノか。どこで区切るのか解らなかった」
言われて、そりゃそうか、と納得する。
彼らの姓名は名前が前だ。ならば秋乃も外国人に挨拶するように、名前を前にするべきだったのだ。
なまじ言葉が通じるものだから、癖って怖い――秋乃はそう思いながら、改めて言葉が通じていることにも驚いた。
「あの・・・すみません、普通に話してますけど、皆さんが話しているのは、日本語じゃないですよね?」
「もちろん、我々が話しているのは公用語であるガクライ語だ。だが日本人とは言葉は通じる。ただ――文字は違うらしいのだが」
「はぁ、そうなんですか」
秋乃はあっさりと言われて納得したものの、何かがひっかかる、と首を傾ける。
「どうしたの?」
一緒に首を傾げるリリアに、可愛いことするなぁ、と思いながら、秋乃は込み上げてくる疑問と不安を、ゆっくりと言葉にした。
「あの・・・みなさん、なんだか、私が日本人であることに驚かないですよね? さらに、言葉が通じてでも文字が違うとか・・・どうして、知ってるんですか?」
「それは、こちらに来た日本人はアキノが初めてではないからだよ」
それに答えてくれたクリフォードの笑顔は、やはり王子様にしか見えなかったけれど、秋乃を驚愕させるには充分な言葉だった。