10 箪笥の向こう ⑤
秋乃を押し倒した野蛮な男はヴァレリー・K・クロヴィス。
それから入ってきた男はクリフォード・A・ブルクハルト。
お姫様な女性はリリア・ルト・ブルクハルト。
改めた自己紹介をしてくれたのは、そのお姫様であるリリアだ。
リリアは秋乃を見るなり驚いて、そして部屋にいた二人に強い視線を向けた。
「まぁ、女性をベッドに座らせてお二人で何をしてらっしゃるの?」
ヴァレリーが呆れ、そして笑いながらクリフォードが説明したところに、リリアはまた驚いた。
「ヴァレリーが強姦? まぁなんてことを! 35にもなる殿方が、サンヴェスク王国の近衛司令官ともあろう方が、女性を強姦! ヴァレリー、貴方、そんなことをしなくては女性を口説くこともできない人だったかしら?」
「・・・いい加減にしろよ、お前らは!」
ヴァレリーが低い声で唸ったのは、ヴァレリーを責めるリリアの声がまさに笑っているものだったからだ。
リリアはヴァレリーの機嫌には頓着することなく、するりと秋乃の傍に近づきベッドにやわらかそうなドレスのまま座った。
「私は陛下――クリフォードの妻で、ヴァレリーの友達でもあるの。一応、子供のころからヴァレリーを知っている立場として、どうしてヴァレリーが貴方にそんなことをしたのか、覗ってもいいかしら?」
「へ・・・へいか?」
思い返せば、ぼうっとしていた秋乃の前で、この黒髪の男は陛下と呼ばれていた気がする。
そしてヴァレリーは近衛司令官というらしい。
ファンタジー小説を読み漁っていた秋乃には、なんとなくその立場がどんなものか解る。
恐ろしく、立場の高い人間なんじゃないだろうか。てゆうか、へいかって陛下?!――秋乃が改めて二人の男を見ていると、優しい顔をしたクリフォードはさらに優しくにっこりと笑った。
「初めまして――どこから来られたのかは知らないが、新しい客人をこの国の全てを持って歓迎しよう」
国王陛下、という響きに、秋乃は現実を理解する何かが振りきれそうになった。
王子様と思ったのに、王子様を通り越して国王陛下? てか、じゃあその妻っていうからにはこの女性は――秋乃は壊れたロボットのようにギリギリと首を動かしてリリアに視線を戻し、その姿を確かめる。
お姫様だと思ったのに――そう思いながら、乾いた唇を開いた。
「・・・王妃様?」
「そうよ」
あっさりと肯定されて、秋乃は崩れ落ちそうだった。
いったい、この展開はなんだ。
ファンタジー小説の中に入り込んで、突然男に犯されそうになって、そしてそこで現れたのはこの国の王と王妃だという。
なんかこれおかしい――秋乃はまっすぐに考えることが出来ず、頭が揺れた。
その揺れを止めたのは、いまだ不機嫌さを隠さない低い声だった。
「お前らな、得体の知れない人間にあっさり近づきすぎだ。少しは警戒しろ。護るほうの身になれ!」
優しい顔をする王様と王妃様に呆れながら、秋乃に冷ややかな視線を向けるのはヴァレリーだ。
それが、秋乃を冷静に引き戻す。
参考になるのは、今まで呼んだ小説たちだ。
突然現れた異質な人間を受け入れるほうがおかしい――というヴァレリーの意見には秋乃自身も賛成だ。
改めて身の潔白を証明するのと、この状況を正しく理解するべく、秋乃は自己紹介することを始めた。
「私は、羽山秋乃、29歳、ただのOLです。さっきまで自分の部屋にいたんです。でも、箪笥が突然倒れて、それと一緒に私も倒れて、気付くとあの向こうの部屋にいました」
秋乃の説明に嘘はない。
しかし3人とも同じような顔で驚かれ、その食いつきように秋乃のほうが驚いた。