滝本信彦 2
「お前が書いた小説が評価されたってよ。で、ちんけな仕事やってないで小説書いてみないかって、兄貴が言ってたぜ。どうだ、やってみないか」
銀髪オールバックを撫でつけながら、編集長がそういったのは、あと一か月で年が変わるって時だった。
編集長のお兄さんは、某出版社に所属している。そのお兄さんが俺の小説を読んで、声をかけたらしい。
「で、でも、俺、まだここで仕事したいし、それに、小説なんて……」
「あのよ、お前よ、小説家目指してたんだってな。いいじゃねえか。やってみろよ。お前ならできるはずだぜ」
図星だった。
俺は幼いころから文学少年だった。将来の夢は小説家で、新人賞に応募して最終候補まで行ったこともある。
それでも夢破れてで、スペコポにいる。
「まあ、すぐになれとは言わねえけどよ。年越しまでにお前の返事を聞きてえな」
そう言うと、編集長は扉を指差した。俺は軽く頭を下げて家路についた。
ふかふかのソファに寝そべっている間も、俺の頭はこんがらがっていた。
小説家への道が見えたのはうれしかった。でも、やはりここで仕事をしていたい願望もあった。
もし、ここで小説家をあきらめたらどうなるだろう。
六十過ぎまで月刊宇宙人で仕事して、まあまあの給料もらって、田舎で老後を過ごす。
悪くないけれど、俺の名前が後世に残るわけではない。
結局、十二月も後半になるまで、答えは出なかった。