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第六話『共喰い 上』





 

 その瞬間、僕は唐突に思い出した。


 闘う力を持たない弱者が、圧倒的な力を持つ強者に支配されるのは、この世では当然の摂理だと言う事を__














 __


 学園内高等部普通科__




 


「はい、それじゃあ後ろから回してー」


 竜胆先生の声を合図に教室内は一気に動き出す。後ろから用紙を受け取ると、僕も前の席へと答案用紙を回し、その解放感から一つ息を吐いた。



 今日で前期中間テストが終了し、明日からいつも通りの授業が再開する。だから今日はテスト期間最後の午後休となる。そのため学園内はいつもの何倍も騒々しかった。

 テストが終わった途端、生徒達は素早く席を立ち教室を出て行く。その足取りは解放感からかいつもより軽く弾んでいる。でもそれは僕も同じで、昼食を口実に狼君と弥子君に会いに行こうと少しばかりそわそわしながら席を立った。


「回道さん」


 いつかの日と同じように凛とした声に名前を呼ばれた。顔を上げるとそこには泉波さんが僕を見ていて。


「泉波さん、どうしたの?」

「突然すみません。この間の進路希望の話なのですが、回道さん文学部に決められたのですね。それも日文科に」

「あ……うん、そうなんだ」


 あの日____泉波さんの提案で学園内を見て回ることにした日、僕は彼女に連れられて沢山の学科を見て回った。その中で、僕は最後に見た日文科を大学棟から進む学部に決めたのだ。この学園に来てから沢山の言葉に救われて、僕ももっとこの国の言葉を識りたいと思った。最も、その大半の理由は言葉について語る彼女に心動かされたのが大きいのだが……。


「この国の言葉が、とても綺麗だと思って……。僕ももっと言葉を識りたいと思ったんだ」

「まあ!素敵ですわ。(わたくし)も大学棟からは文学部ですの。ですから回道さんも同じだと聞いて……、また一緒に学べますわね」

「泉波さんも……、嬉しい」


 どこか嬉しそうにそう言った彼女に、僕も素直に嬉しいと思った。彼女だけじゃない、クラスメイトだって、この学園の人達はとても暖かい。優しい人達ばかりで、むしろそれが怖いとすら感じる程に。


「回道さん、良い出逢いがあったのですね」


 そう言われて、僕は彼女を思い出した。学科が違うのか、あれ以来この広い学園で彼女の姿を見かけたことはない。名前も歳も学科も……、何もかも知らない訳だから当然なんだけど。それが余計に、あの日の出来事が幻なのではないかと思わせた。


「……回道さん?」

「……っあ、うん!泉波さんのおかげだよ、ありがとう」


 ぼーっとしていた僕は泉波さんの声にハッとしてそう返した。泉波さんは「いえ、(わたくし)は何も」とやはり謙遜して、あまり動かない表情筋を優しく緩めた。


「っお、おい回道、高専寺達来てるぞ」

「へ?」


 突然肩を叩かれて振り返ると、何やら興奮した様子のクラスメイトがいた。「お前のこと呼んでる……」と言われて扉の方を見ると、そこには会いに行こうと思っていた狼君と弥子君が僕の方を見て立っていた。僕は泉波さんに一言告げてその場を離れ、二人の元へと駆けて行く。


「ふ、二人とも、どうしたの?」


 お互いの学科試験に集中するため、テストの間僕は二人に会うことがなかった。だから約1週間ぶりに見る二人の姿に少し声が上擦ってしまった。


「ちょっとお前に話があってさ、一緒に来てくんね?」

「話?」









 



 __


学園内保険診療所 医務室____




 2人に連れられて来たのは、学園に立つ大きな保険診療所だった。狼君はガラッという音を立てて勢い良く扉を開ける。


廃人(はいじん)、連れて来たぜ」


 慣れた様子で中へと入って行った2人に、僕も釣られて中に入った。そこには2人に廃人と呼ばれた白衣姿の男性が、椅子に浅く腰掛けて煙草を吹かしていた。


「……てめーら、入る前はノックしろって言ってんだろ。何回言や分かんだ」

「わりーわりー、次からはそうするワ」


 「てめーらの次は何回あんだよ」と、目付きの悪い目で此方を見た男の人は眉を顰めてそう言った。全く悪いと思って無さそうな狼君は言葉だけの謝罪を口にし、ドスンと脚を組みながらソファーへと腰掛けた。

 そんな状況に戸惑う僕に、小さく手招きした弥子君が隣にきた僕の肩に手を置いて言う。


「そんな事より廃人、連れて来たよ」


 目の前にズイっと立たされた僕に、男性は咥えていた煙草を手に持って僕を見た。


「てめーが回道か。わざわざ来てもらってわりーな」

「い、いえ……」


 相変わらず眉を顰めたままの男性は、僕にそう言うと癖のある黒髪を揺らしながら顎でソファーを指し、そこに座れと促した。

 立ち上がって窓を開ける男性を横目に、僕はソファーに腰掛ける。そして同じく隣に座った弥子君に「あの人は…?」と気になっていた事を問い掛けた。


「この人は稲見 仁(いなみ じん)保険診療所(此処)の医師で臨時医学部講師だよ」

「……お医者さん?」


 再び椅子に腰掛けて煙草を吹かす男性__稲見先生は顔色の悪い顔で此方を見た。その細い体と、顔色の悪さからはこの人が医者だなんて想像出来ないけど、羽織っている白衣が彼が医者である事を示していた。


「あとこの人、SS級の異能力者」


 ………………………………。


「え゙」


 SS級って……………………、


「SS級!!!?」


 狼君や弥子君達よりも上の幻のSS級!!?この人が!?

 

 とてもそんな風には見えない稲見先生は、僕の大きな声にさらに眉間の皺を濃くした。そんな稲見先生の様子を見て、僕は慌てて口を塞ぐ。


 この人は一体、どんな能力者なんだ……。


 そんな気持ちが顔にまで出ていたのか、僕の顔を見た弥子君が可笑しそうに笑った。


「わかる、廃人がSS級には見えないよね」

「……その、廃人っていうのは…?」


 僕がそう聞くと、弥子君は狼君と2人で悪巧みをしている時と同じような悪戯な顔をする。


「死んだ目でいっつも煙草ばっかり吸ってる重度のニコチン中毒者の稲見 仁だから、廃人______いてっ」


 ナイスネーミングだとでも言わんばかりにそう言った弥子君に、稲見先生はポケットに刺していたボールペンを見事おでこに命中させた。


「んな話はどうでもいい。さっさと本題に入るぞ」


 そう言って稲見先生はデスクにあるパソコンをいじった。暫くカタカタとタイピングをした後、パソコンの画面を僕達の方へと向けた。そこには僕の顔写真と一緒に、全身写真や人体模型図等が映し出されていた。


「これは……?」

「これはお前についての調査資料だ」

「僕の?」


 「どうして……」と、疑問を投げ掛けた僕を稲見先生は相変わらずの死んだ目で見る。


「てめーの能力は未登録だからな、研究するのは当たり前だろ。編入時にした血液検査もそのためだ」

「あ……」


 その時は気にも留めていなかったけど、そういえば編入時に血液検査してたな、と僕は今になって思い出した。


「科学部の実験好きな変態共のせいで余計に時間かかったわ、クソが」

「そ、そうなんですね……」


 煙草を吹かしながら不機嫌そうに稲見先生は言った。長い前髪から除く瞳はいつもより鋭く光っている。……それにしても口が悪いなこの人。

 そんな事を思いつつ、僕は隣に座る弥子君に「ねえ、科学部の変態共って……?」と問いかける。


「大学棟にある科学部は、その名の通り観察や実験を通して様々なものを研究する学部なんだけど。そんな学部なだけあって、研究熱心な人達ばっかりなんだよ……それも変態級にね」

「……なるほど」

「特に回道は不死身の能力者だからね。そんな能力者の血を研究するなんて、彼等にとってはご褒美だ」


 げんなりした顔の稲見先生を見るだけで、相応苦労したのなんて容易く想像できた。


「今は回道の血で我慢してるけど、回道の姿なんか見かけたら飛びかかってくるだろうから気を付けてね」

「え」


 さらりととんでもない事を言ってきた弥子君に顔が引き攣る。飛びかかってくるって、科学部は野生動物か何かなのだろうか。


「まぁ、その変態共のおかげでてめーの身体(能力)について分かった事がある」


 「今日はそれを伝える為にてめーを此処に呼んだんだ」、そう言った稲見先生に僕は漸く自分が此処に呼ばれた理由(わけ)を知った。稲見先生は画面に映し出されている人体模型図へとマウスを動かし、僕を見ながら口を開く。


「まずその不死身の身体についてだが、傷の治る速度は同じじゃねぇ。傷が浅ければ浅いほど速く修復し、深い傷になる程修復は遅くなる。

 それから普通の傷と違って、妖の力によって付けられた傷は格段に修復スピードが落ちる。

 

 ……お前、前回の御役目でかなりの深手を負ったらしいが、思い当たる事はねーか?」

「……!」


 そういえば、あの妖が出す黒い靄を吸い込んで肺が切り裂かれた時、中々肺の傷が治らなかった。その時はただ目の前の事にいっぱいいっぱいで、傷の治りが遅いことなんて気にも留めていなかった。


「……あるみてーだな」

「はい……。妖の力によって切り裂かれた肺の傷が、中々治りませんでした。だから、その後に受けた傷も…………って、あれ?」


 その時の事を思い出していると、僕はもう一つ思い当たる事に気付いた。


 そういえば、あの時_


「それが二つ目に分かった事だ。てめーの身体はどんだけ致命傷を負わされても死なねーし、例え塵も残らねーぐらいに消し炭にされたとしても、またどこからともなく再生する。


 ……ただ、てめーの能力は万能だけど優秀じゃねぇ。一度に全ての傷を修復する事は出来ねーんだよ。だから一度に複数の攻撃を食らった場合、一番最初に食らった傷から修復しようとする」


 何かに気付いた僕の声に被せて、稲見先生はそう言った。先生の言った通り、僕はあの時肺の修復が追い付かないせいで、次に受けた沢山の傷の修復が全く出来ていなかった。今までただ死なないとしか知らなかった自分の能力に、僕はごくりと唾を飲む。


「つまりてめーの能力は、妖によって致命傷を負えば、それは妖に敗北する大きな要因になる」

「……っ」


 稲見先生に確信を突かれ、僕の額には冷たい汗が滲んだ。先生が言うように、僕はあの時傷の修復が追い付かないせいで妖にのまれそうになったのだ。たまたま狼君と弥子君に助けて貰って何とかなったけれど、僕一人だったら確実に敗北していた。


 明るみになった能力の欠点に、僕は目に見えて肩を落とした。そんな僕を稲見先生はちらりと横目に見ると、煙草の煙をゆっくりと吐き出した。


「だから、攻撃を食らわねー術を身に付けろ」

「……へ?」


 聞こえた声に顔を上げると、稲見先生は画面に視線を向けたまま僕に言う。


「自分の欠点が分かったんなら、まずはそれを補う努力をしろ。落ち込むには、まだ早すぎんだろ」


 ぶっきらぼうに、吐き捨てる様にして言われたその言葉は、言い方に反してとても優しかった。


「素直じゃないね廃人、元気出せって言ってあげればいいのに」

「…………んな事思ってねーよ」

「またまたぁー、ほんとツンデレなんだから」

「ほんっとに可愛くねーなてめーは!」

「あいたっ」


 揶揄うように言った弥子君に、額に青筋を浮かべた稲見先生は、声を荒らげながら近くにあったファイルで勢い良く頭を叩いた。

 

 …………どんだけ懲りないんだ弥子君は。


「すぐ叩くんだから廃人は……」と、頭をさする弥子君と目が合うと、彼はいつものように笑って。


「こんな感じだけど、廃人はツンデレで結構優しいんだよ」

「だからちげーって言ってんだろ!!」


 ダンッとデスクを叩いて言った稲見先生に弥子君はケラケラと楽しそうに笑う。全くと言っていいほど学ばない弥子君に僕は苦笑いを浮かべた。だけど、稲見先生が優しいと言うのは僕もそうだと思ったから。


「……稲見先生、ありがとうございます。僕、ちゃんと頑張ります」

「……おー」


 僕をちらりと見た稲見先生は、やはりぶっきらぼうにそう答えた。




 煙草の煙が、室内を舞う。先生が開けた窓から、暖かい風が入ってくる。その風が僕達の元にやって来て、優しく髪の毛を揺らした。






 


 

「あ、飲みもん忘れた」


 そんな中、狼君の声が風を切った。そういえば先程から全然喋っていなかった狼君に視線を向けると、狼君は机の上に昼食を広げてもぐもぐと口を動かしていた。


「まったてめーはァ!!此処で食べんなって何回言や分かんだ!!!」

「ぶっ」


 弥子君の時と同じく声を荒らげた稲見先生が、口を動かす狼君の頭をまたもやファイルで叩いた。狼君は口の中のものを飲み込んだ後、同じように頭をさすりながら口を開いた。


「別にいいじゃねぇか。廃人だって食べてんだろ」

「俺はいいんだよ、俺は。おら、ちゃんと見ろ、飲食禁止って書いてんだろーが」


 稲見先生は、コンコンと後ろの壁に貼ってある貼り紙を叩いてそう言った。そんな稲見先生を見て、狼君は肩肘をついて悪戯に口角を吊り上げた。


「そうだな……、ついでに禁煙とも書いてんな」

「………………」


 狼君の言うように、飲食禁止と書かれた貼り紙の横には、室内禁煙と書かれた貼り紙が並んでいる。狼君の言葉に稲見先生はゆっくりと煙草を口から離した。

 

「りんどーに知られたらまた怒られるな」

「てめー……っほんっっとに可愛くねーな!」


 煙草を口から離して額に青筋を浮かべた稲見先生は、眉を釣り上げてそう言った。そんな稲見先生達を見つめる僕に、弥子君が優しく教えてくれる。


「廃人、りんどーとは幼馴染でさ。俺達と同じように幼稚舎からこの学園にいるんだよ」

「そうなんだ。………………弥子君達は、昔から竜胆先生と稲見先生と知り合いなの?」

「……………」


 軽い気持ちでそう問い掛けた僕に、弥子君は酷くその目を見開いた。言葉を詰まらせた弥子君は、スッと僕から視線を外して立ち上がる。


「……うん、とても小さな頃から知ってる。二人共、俺達の兄貴みたいなものだよ」


 その静かな声は、どこか寂しさを孕んでいて儚げだった。立ち上がった弥子君の顔は見えない。そんな弥子君が僕にはどうにも寂しそうに見えて、そっとその腕を掴んだ。


「弥子君……?」


 見上げるようにしてそう言った僕を、弥子君はいつも通りの笑顔で見下ろした。その笑顔からはさっきまでの寂しさ微塵も感じなくて、あれは僕の気の所為だったのだろうか。


「俺達も狼と一緒にご飯食べよ」

「う、うん」


 そう言った弥子君に連れられて、僕達も狼君と同じようにご飯を広げた。僕達も怒られるかも……と、ちらりと稲見先生を見ると、同じく此方を見ていた先生と目が合う。


「…………次はねーからな」


 いやほんとに優しいなこの人。


 ペットボトルの水を狼君に手渡しながらそう言った稲見先生に、僕は素直にそう思った。「てめーら恭平に煙草の事いうんじゃねーぞ」と、吐き捨てる様に言った稲見先生は新しい煙草に火をつけた。


 

 僕達四人しかいないこの医務室には、お昼ご飯の良い匂いと稲見先生の吹かす煙草の匂いが混じって宙を舞っている。



 

 知り合ったばかりの稲見先生は、言葉と態度こそ乱暴だけれど、その中身はとても優しい人で。そんな稲見先生と一緒にいる時の狼君と弥子君は、小学生の子供のように幼く見えて。小さな頃からの知り合いだという彼等を、僕はなんだか羨ましく思った。









 


 すっかり昼食を食べ終えた僕は、「食べ終わったんならさっさと出てけよ」と言った稲見先生の声を無視して医務室に居座り続ける狼君と弥子君に合わせて、ソファーの上に小さく居座り続けていた。全くもって言う事を聞かない狼君達に手を焼く稲見先生は、本当に二人のお兄さんみたいだ。


 一通り騒ぎ終えた狼君が、深く息を吐きながらベットへと腰掛けた。目の前にある開いた窓から入り込んできた風が、狼君のその綺麗な銀白髪を持ち上げてサラサラと靡かせる。良く晴れた空に浮かぶ太陽が窓から射し込んで、狼君の銀白髪を金色に反射した。


「…………てめー、兄貴に似てきたな」


 届かない誰かへと想いを馳せるように、稲見先生は狼君を見てそう言った。その言葉に狼君と弥子君の動きがピタリと止まる。その光景に僕は、先程まで騒がしかったこの室内の時間が、まるで止まってしまったかのような錯覚を覚えた。



 

 何だろう、急に二人の様子が____



 


 

 そう思った瞬間、ダダダダダダダッと忙しない足音が廊下から響いて来た。

 何だ?と思う暇もなくそれは僕達のいる医務室へと一直線にやって来て、ガラッと勢い良く扉を開いた。


「廻君!御役目ですよ!」

「ゆ、悠太君?」


 ゼーッゼーッと肩で息をしながら現れたのは悠太君だった。僕の後ろでは稲見先生が「だからノックしろって言ってんだろ」と不機嫌に言ってるけど、興奮している悠太君の耳には届いていないようだった。


「どうしたの?そんなに慌てて……」

「だから御役目です、御役目!」


 肩にダッフルバッグをかけた悠太君の手には見覚えのある紙が握られていて。僕はまさか……と冷や汗を流す。


「僕達同じ御役目を担う事になったんですよ!ほら、行きましょう!」


 悠太君はそう言って僕の手を掴むとグイグイと引っ張って僕を連れ出した。そのあまりにも突然過ぎる出来事に、僕は慌てて首だけ後ろに向けて稲見先生に声をかけた。


「あのっ、お邪魔しました……!」

「怪我すんなよ」


 ヒラヒラと手だけを此方に向けて軽く振った稲見先生が、やはりぶっきらぼうにそう答えた。僕は手を引く悠太君に連れられるがまま、医務室を後にする。後ろから、御役目へと向かう僕をゆっくりと追いかけるように出てくる狼君と弥子君の姿を後ろ目に。







 



 慌ただしく医務室を出て行った回道と仲平を追いかけるため、高専寺と狐塚も腰を上げる。ゆっくりとした足取りで出口へと向かい扉を開けて医務室を後にする。先に医務室を出た狐塚の後ろで、高専寺は扉に手をかけて背を向けたまま稲見へと問い掛けた。

 

「……なあ、廃人」

「んだよ」


 そんな高専寺に稲見は椅子に腰掛けたまま、深く煙草の煙を吐き出した。


「何で、言わなかった?」

「……何の事だ」


 妙な間を置いてそう返した稲見に、高専寺は再度問い掛ける。


「とぼけんな、分かってんだろ。彼奴の身体(能力)について、まだ話してない事あっただろ。


 ____なあ、何で言わなかった?」

 

「………………………………」







 

 

 








 



 __


 千葉県某所____




 


「着きました!」

「此処って…………工事現場?」


 手を引く悠太君に、御役目だと連れられて来られた場所は工事現場だった。歩道のすぐ隣に立つその工事現場は、何やら商業施設の改修工事を行っているようで、ドリルの音や重機の音が忙しなく鳴り響いている。しかしそれ以外には何の変哲もない、ただの工事現場にしか見えない。スマホと目の前の工事現場を交互に見比べる悠太君は、「此処で間違いないようです」と再確認するように呟いた。


 そんな悠太君に、僕は前回の御役目の時と同じようなことを問い掛ける。

 

「やっぱり今回の御役目も、どんな妖を祓うかは分からないの?」


 平日の昼下がり、人の疎らに行き交う歩道で、僕は隣に立つ悠太君へと語りかけた。僕の声にくるりと此方を振り向いた悠太君は、肩にかけたダッフルバッグをかけ直し、スマホ片手に話し始める。


「調べたところによると、どうやらこの工事現場では何人もの死傷者が相次いで出ているようです」

「えっ、分かるの?」


 驚いた僕の声に、悠太君は「はい、調べれば分かりますよ」と、不思議そうな顔をして言う。そんな悠太君の言葉に、僕は後ろにいる狼君達を振り返った。


「でも狼君、前に詳しい事は分からないって……」

「調べねぇとそりゃ分かんねぇだろ?」


 さも当たり前かのように狼君はバッサリとそう言った。


「つーか、わざわざ調べなくても其処行って祓ってくれば良くね?なあ弥子」

「そうだね」


 欠伸を一つ零して当然のようにそう言った狼君に、隣に居た弥子君もスマホを弄りながら同意した。やっぱりS級の二人が考える事は僕には理解出来ないな……と痛感した僕は、再度悠太君へと向き直る。


「その死傷者って言うのは、やっぱり妖の仕業なの?」

「はい。初めはただの事故だと思われてたみたいですけど、流石に立て続けに起こる不審事故に、この辺りでは呪いや祟りなんて噂されてるみたいですね」

「呪いや祟り……」


 確かに、普通の人間には妖の姿は見えていないのだから、そう思うのも当然なのかもしれない。何人もの死傷者が出ているという事実に、僕は少し身震いした。

 そんな僕とは対照的に、悠太君はいつものように眩しい笑顔で、僕の手を引いた。


「まあ、とりあえず行ってみましょう!」








 工事現場の中へと入ると、其処は外よりも大きな音を鳴り響かせていた。ヘルメットを被った男達が休む事なくあちこちへと動き回っている。


 そんな工事現場の中、僕達は作業員に見つからないように隠れもって商業施設の中を探っていた。


「うーん…………、一体何処にいるんでしょう」

「ねえ、これって見つかったら相当まずいんじゃ……」

「勿論見つかったら追い出されちゃうんで、廻君も気を付けてくださいね」

「む、無理だよ、そんなの!」


 辺りをキョロキョロと見渡して妖の姿を探す悠太君に、僕は小声で抗議した。そんな僕の声を全く気にも留めない悠太君は、キョロキョロと辺りを見渡しながら移動する。これは駄目だ……と、僕は傍にいる狼君と弥子君に「狼君と弥子君もなんとか言ってよ……」と声をかけるけれど。


「見てよ狼、こことか今にも崩れそう」

「ちょっと動かしてみようぜ」


 …………一体何しに来たんだこの人達。


 と、僕の御役目に着いてきてくれた二人に、僕は失礼ながらもそう思った。

 この二人も駄目だと再度悠太君の方へと向き直ると、彼は少し先の開けた場所で立ち尽くしていた。そんな悠太君に僕は小さく靴音を鳴らして駆け寄ると、悠太君は大きな窓がくり抜かれた場所から、じっと上を覗き込んでいた。


 

 そして____




 

「見つけました」



 近付いた悠太君の声に僕も同じように上を見上げると、其処にはヘルメットのように硬そうな皮膚をした妖がギョロギョロと妖特有の目を動かしていた。尻尾が生え、四足歩行で壁を這い、時折口から蛇のように長い舌を出すその姿は、まるで巨大な蜥蜴のようだった。

 作業床で作業する一人の中肉中背な従業員を覗き込むようにして、五本指の生えた手を壁に張り付けてペタペタと蜥蜴のように動き回っている。


「ひっ……」


 その妖の不気味で気持ちの悪い動きに思わず声が漏れる。そんな僕とは対照的に、悠太君は「蜥蜴みたいですね……!」と心なしか目を煌めかせていた。


「シ、ゴト、ィヤダナ」


 ポツリと、作業員の周りを動き回っていた妖が言葉を発した。


「ハ、ダラ、キタクナ、イナ」


「キュウ、リョ、ャスイシ」


「オ、カネホ、シィシ」


「オレ、ガ、ヤシナワ、ナ、ィト」


 ペタペタと壁を這い回りながら作業員の周りで言葉を吐き続ける妖。妖の声のせいか、徐々に作業員の手の動きが鈍くなる。ついにぼーっと壁を見つめたまま動かなくなる作業員。


 そんな彼の真横に張り付いた妖はピタッとその動きを止めて、不気味にググッと顔を覗き込むと____



「デモ、ゼンゼン、ミ、ァ゙ッテ、ナ゙イ」



「ッヒ、うわぁぁあああ!!!__ぅぐッ」


 長い舌を覗かせた妖のその悍ましい姿が見えたのか、作業員は恐怖に怯えた顔で尻もちをついた。

 そんな彼の首を妖は前脚の五本の指で掴み上げると、中肉中背な彼の体はいとも簡単に引き摺られた。首を絞め上げられて苦しそうな呻き声をあげる彼に、妖は心底楽しそうにギョロギョロと目を回す。


「や、ゃっめて、くれ……っ!」


 首の手を退かそうと、口からだらしなく涎を垂らしながらもがき苦しむ彼の体は足場の外へと吊るされる。助けを乞う彼に、妖はニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべてゆっくりと一本ずつ指を離していく。足場の無くなったそこから手を離されると、彼の体は重力に従って真っ逆さまに落ちて行くだろう。そんな事になれば、彼がどうなるかなんて考えなくても分かる。


「ヒッ、やめろ……っ、し、死にたくな__」


 涙ながらの悲痛な叫びも虚しく、妖は最後の指を何の躊躇もなく離した。絶望に染まる彼の表情は、勿論重力に従って真っ逆さまに下へと落ちる____









 


 ガシッ


「ふんっ、ンぬぉぉおおおおおお!!!!」


 作業床へと勢い良く倒れ込む勢いで、悠太君は落ちていく作業員の手を掴み止めた。

 

 妖が彼の首から手を離す直前、僕達は勢い良く地面を蹴って飛び出した。妖が手を離すと同時に、僕は体当たりする形で妖に突っ込み、改修工事中の壁へとその体を突き飛ばした。同じく悠太君は作業員の元へと全力で駆け出し、何とかギリギリ落ち行く手を掴めたようだった。何とか危機は脱したものの、以前宙ぶらりんのままの作業員は、その高さに酷く怯えた声を上げている。


「め、廻君っ……助けてくださいっ。僕っ、体育は2なんです……ッ」


 緊迫感溢れる悠太君の声に、僕は妖に体当たりした勢いで転がっていた地面から起き上がる。視線を動かすと作業員の手を必死に掴む悠太君の身体は今にも作業床から落ちそうになっていた。重力がかかった中肉中背の彼の身体を一人で支えるなど、男子高校生、ましてや体育2の悠太君には厳しいのだろう。


 僕は急いで駆け寄って、ズルッズルッと徐々に作業床から身を乗り出している悠太君の身体を掴んだ。


「ま、まずいです廻君……くっ……僕はっ、体育2なんですっ」

「しっ、てるっっよッッ!!!」


 グッと全身に力を込めて、悠太君の身体を後ろへと全力で引っ張る。ドサッと重いものが床に落ちる音をさせながら、勢い良く尻もちをついた僕達はなんとか作業員を引き上げることに成功した。

 僕達は肩を激しく上下させながら、床に手を付いて怯えたままの作業員に近寄る。


「大丈夫ですか?」

「あ、あぁ……っありがとう」

「此処は危険です。今すぐ他の作業員の方を連れて、建物から離れてください」


 悠太君はテキパキと手馴れた様子で指示を出し、作業員をこの場から離れさせた。そんな中、僕は叩きつけられた壁からペタペタと這い出た妖を目に、悠太君へと問い掛ける。


「悠太君、どうするの……?」


 僕の問い掛けに悠太君は生返事をしながら、肩にかけていたダッフルバッグを開けた。

 

 そういえば僕を迎えに来た時からずっと持っていたけれど、中身は何なんだろう。

 

 ジジッとファスナーを下ろすと、悠太君は中から紙風船と木製バットを取り出した。


「……さてと、僕__久しぶりの御役目です」












 


 

 


 

 カキーンッと甲高い音が建物内に響いた。



 

 紙風船と木製バットを取り出した悠太君は、いつかの日と同じように紙風船を握った右手を左腕に添えて妖の方へと向けると、能力を使ったのかピィィンと聞いた事のある音を鳴らした。音の後、握っていた紙風船を手離すと、即座に木製バットに持ち直して全速力で妖の元へと駆けて行く。


 そして____




 カキーンッという甲高い音と共に、妖の硬そうな身体に木製バットをめり込ませた。まるで野球ボールを打つかのように、綺麗なフォームで何度も何度もバットを振るう。

 その異様な様子に呆気にとられていると、隣に弥子君がやって来た。


「なかなかユーモアのある祓具だよね」

「弥子君……」


 悠太君を見ながらそう言った弥子君の顔には小さく笑みが浮かんでいる。


「やっぱりバット(あれ)が、悠太君の祓具なの?」

「そうだよ。仲平はああやって、妖の特徴に合わせて能力を発動して、あのバット(祓具)を使って祓うんだ」


 「だから、野球みたいな音してるでしょ?」と妖を指差した弥子君に、僕もそちらへと視線を向ける。確かにヘルメットのように硬そうな身体は、なかなか攻撃を通しそうにないのに、まるで紙風船とヘルメットの平均値をとったかのような質感に変わって、確実にバットは衝撃を与えていた。


「やっぱり悠太君、凄いや……」


 僕は心の底から感心の声を漏らした。


 「ていやっそいやっ」とバットを振るう悠太君の姿に、この御役目は悠太君一人で良かったんじゃ……?だなんて思っていると……。


 着実に、そして段々と悠太君の動きが鈍くなる。

 

 どうしたんだろうと思っていると、その動きはついに止まってしまう。見ると悠太君は、ゼーゼーと肩で大きく息をしていて、


 そして____


 

「た、体力の限界です……っ」

「嘘でしょ!!?」


 此方を振り返った悠太君に僕は声をあげた。悠太君は心底疲れ果てた顔をして、僕を見ている。そして僕は思い出した、彼の体育の成績が2だと言う事を……。

 

 こ、これが体育2か……と、僕の心には寧ろ感心の気持ちが芽生え始めていると、ダメージの回復した妖が悠太君の背後で足音を鳴らした。


「悠太君!!危ない!」


 そんな僕の声と同時に、妖は前脚で悠太君を壁に吹き飛ばした。

 ドガァンッという大きな音と共に建物全体も大きく揺れる。壁に叩きつけられた悠太君の姿は瓦礫と土煙に隠されて見えない。体力の限界によって悠太君の異能力が解けたのだろうか。妖の力は先程よりもずっとずっと強いように感じる。


「っ悠太君!!!」

「……ぐ、けほっ……ッ」

「血が……っ、大丈夫!?」


 駆け寄った悠太君は、頭を強く打ったのか額から血を流していた。傷付いても治る僕の身体とは違って、傷付けば簡単に死んでしまう身体が怖くて堪らない。そんな震える僕の手を、悠太君は優しく包み込んだ。


「大丈夫ですよ廻君……、ちょっと怪我しちゃっただけです」

「でもっ、悠太君の身体は僕みたいに治らないんだから、怪我なんて……」

「廻君…………」


 ただ焦る僕の言葉に、悠太君は目を見開いて何か言いたげな顔をする。何だ……?と口に出そうとした瞬間、妖は尻尾を鞭のように使って僕達目掛けて振りかざした。


「ぅわッ」


 悠太君に覆い被さるようにして姿勢を低くする事で尻尾はすぐ上の壁に当たり、僕達は何とか尻尾の攻撃を受けずに済んだ。

 

 でも、ずっと避け続けていても意味が無い。何とか妖の目を潰して祓わないと……。


「早く、祓わないと……。目は、一体何処に」

「それなら、もう見当はついてます」

「え……」


 ごしごしと乱暴に額の血を拭った悠太君は、少しふらつきながら立ち上がる。いつもの笑顔とは違う、真剣な表情をした悠太君と目が合う。


「だから、僕達二人で祓いましょう」








 





 ピィィンと再度音を鳴らして、先程と同じように悠太君が異能力を使った。その音を合図に妖の元へと駆け出した僕は、まずその鞭のようにしなる尻尾目掛けて刀を振り下ろした。

 

 ザシュッと嫌な音を鳴らしながら尻尾が切り落とされる。「キュエッ」と気持ちの悪い呻き声をあげて妖は暴れるが、やはりその身体が消える事はないようだ。


 すぐに僕は妖の左前脚の方へと移動し、滑り込みながら前脚を胴体から切り離した。「ギュェェエッッ」と奇声を発して妖が暴れる。

 僕はすぐさま次の右前脚を狙って駆け出すが、ドシドシと暴れる妖の右前脚が近くにいた悠太君の体を吹き飛ばした。勢い良く壁に叩き付けられた悠太君が、「ガハッ」と口から血を吐き出してズルズルと床に倒れ込んだ。


「悠太君ッ!!」


 僕は急いで方向転換をして悠太君の元へと走り出すが、叩き付けられた拍子に悠太君の能力が解けたのか、妖はその右前脚を使って僕を掴み上げ固いコンクリートの床に叩きつけた。


「がぁッ」


 勢い良くコンクリートへと叩き付けられれば、僕の身体でも簡単に骨が軋み、上手く空気が吸えなかった。


「ッ廻君!!!」

 

 即座に動く事が出来ない僕に、妖はその蛇のように長い舌を伸ばして勢い良く僕の左肩へと突き刺した。文字通り串刺しにされた僕は「ぁぐッ」と呻き声を漏らす。


 そして次の瞬間____



 

 バァンッと何かが弾け飛ぶような音と共に、左側からびちゃびちゃと大量の血が飛び散った。


「ッッぁあああ゙あ゙あ゙!!!!!」


 刹那伝う、体験した事ない猛烈な痛み。今までのどの暴力からも感じ事のない激痛に涙が滲む。

 その場所を抑え込むようにして庇おうとするが、そこには何も感触はない。そっと左肩の方を覗き込むと、肩から下の腕が内側から爆散するように跡形もなく無くなっていた。初めての光景に歯がカチカチと音を立てる。視覚で自覚すると、痛みは何倍にも膨らんで僕に襲いかかって来た。


「っそんな……、廻君ッ!!」


 酷く焦ったような悠太君が、此方へと駆けて来る。


 駄目だ、このままじゃ妖が祓えない____。


 僕は痛みに震える歯を強く噛み締めて、右手で刀をグッと握った。僕の身体の真上では、妖がその蛇のように長い舌を見せびらかしながら目を動かしている。

 僕は刀を握る右手に全ての力を込めて、その妖の顔目掛けて刀を強く振りかぶった。


 




__




「見当はついてるって……悠太君、あの妖の目が何処か分かったの?」


 やはり額の傷が痛むのか、悠太君は小さく顔を歪めた。


「あの妖は子供なんです」

「子供?」


 じわりとまた流れ出てくる血が、悠太君の額を伝って流れる。


「自分の宝物を見せびらかして喜ぶ……子供と同じ。だから、その宝物が奪われそうになった途端、それを自分の中に隠すんです。実際あの妖を叩いた時、僕を目の前にしてそれを見せびらかす事はしませんでした」


 悠太君の言わんとしている事に、僕も漸く気付く。流れる血を拭う事はせず、悠太君は真っ直ぐに僕を見た。


「僕に考えがあります。だから一緒に祓いましょう、廻君____」





 __






 その瞬間、妖は口の中に()を引っ込める。


 

 ____ああ、悠太君の予想通りだ。


 


 僕が振りかぶった刀はザシュッと妖の口を割いて、だらーんとだらしなくその口を開けさせた。



「悠太君ッ!!っ今だよ!!!」


 僕の声に此方へと駆け寄る足を止めた悠太君は、ハッとした顔をして一瞬躊躇する顔をしたけれど、意を決した顔で妖の元へと駆け出した。

 僕に口を切り裂かれたことで閉じるのことの出来ない妖の口からは、僕の腕を爆散させた舌が動いている。額から血を流しながら妖の元へと一直線に駆け出した悠太君は、強く地面を蹴って飛び上がる。そして怯えたように動き回る妖の舌目掛けて大きくバットを振りかぶった。


 


 バコーンッッ!!と音を立てながら、悠太君のバットが妖の舌を叩き割る。ぐちゃりと気持ち悪いの悪い音と共に潰れた舌に、妖は奇声を発した。みるみるうちに妖の蜥蜴のような身体は膨れ上がり、そして僕の腕を弾き飛ばした時のように四方八方に爆散した。


 ビシャビシャと妖の血液のようなものが飛び散って、僕達や辺り一帯を赤く汚す。爆散するようにして弾け飛んだ妖は跡形もなく消え、周囲には赤色だけが残った。しかしそれも束の間、ジューッと蒸発するようにして、周辺を汚した赤色は徐々に消え去った。




「廻君!!!!」


 ぼーっとしていたのか、僕は駆け寄ってきた悠太君の声に意識を取り戻した。片腕を無くして上手く起き上がれない僕を、悠太君が震える手で抱き起こしてくれる。


「すみませんっ、僕が能力を解いちゃったばっかりに、廻君が……っ」


 今にも泣き出しそうな顔をして悠太君はそんな事を言う。


 何でそんな事を言うんだろう。悠太君がそんな顔をする意味が、僕には分からない。だって、僕は____


「大丈夫だよ……、悠太君。僕、死なないから。だから全然大丈夫。腕だって、もうすぐ治りそうだし……」


 そう言って、僕は骨が生え徐々に元の形を取り戻しつつある左腕を見る。稲見先生の言った通り、妖から受けた傷はなかなか治りにくい様だったけれど、それでも確実に修復しようとしていた。だから僕は大丈夫だよ、という意を込めて、痛みを必死に堪えながら悠太君に視線をやると、酷く顔を歪めて僕を見る悠太君がいて。


「違うじゃないですか……。どうして、廻君はそうやって……」

「悠太君……?」


 その言葉は怒気を帯びて。いつもの笑顔じゃなくて、とても不愉快そうに顔を歪めて。




 

 

 悠太君はどうして、どうしてそんなに悲しそうな顔をしてるんだろう。






 




 

 ジャリッと誰かの足音が聞こえて、僕達は同じ方向に振り返った。一体いつから見ていたのか、其処には建物を出て行った筈の作業員の姿。

 

 僕達は迷わず彼の元へと駆け寄った。


「ど、どうしたんですか!?外に出たはずじゃ……」

「……っき、君達が残った、まま……だったから、心配に、なって……」


 問い掛けた悠太君に彼は酷く怯えた顔をして答えた。


 どうしたんだろう、何か様子が……


「あの、大丈夫ですか__」

「ヒッば、化け物っ……」


 恐怖と嫌悪____。学園に来てからは、誰も僕をそう呼ばないから。誰も僕を嫌う事がなかったから。


 それは、久しぶりに聞いた、名前の無い僕の名前。


 酷く怯えた顔をしてそう言った彼が、いつから其処にいたかなんて分からない。でも、すっかり元通りに治った右手を差し出した僕に、恐怖で怯えた顔をした彼を見れば、そんなのすぐに分かる事だった。


「っ……、廻君はッ__」

「悠太君」


 何か言おうとした悠太君を僕は言葉で引き止めた。


「帰ろう」















 __



「廻君これも美味しいですよ!それからはこれは期間のやつで……、あっこれ最近人気の!」

「ゆ、悠太君、前見て歩かないと危ないよ……」


 御役目を無事に終え、学園への帰り道を行く僕は、両腕に沢山のお菓子を抱えた悠太君と一緒に歩いていた。

 

 御役目を終えた後、工事現場を出て学園へと帰る僕達は、少し寄り道して帰るからと言う狼君と弥子君とは別れ、二人で帰路に就いた。一緒に着いて行こうとする悠太君に、二人はすぐに追いつくからと言い僕達の背を押した。


 そんな訳で僕達は二人で学園に帰っているのだけれど……。途中でコンビニに寄りたいと行った悠太君は、見た事もない程大量にお菓子を買い込んで、それを僕の口に放り込んでいる。


「悠太君、こんなに買って食べ切れるの……?」

「僕は廻君と一緒に食べるんですっ」


 そう言って、悠太君はまた一つチョコレートを僕の口に放り込んだ。


 でも、何となく分かってる。

 

 きっと、悠太君は僕を励まそうとしているのだろう。やはり外では化け物と呼ばれた僕を、彼なりに元気づけようと。

 悠太君が気にしないようにしたつもりだったけど、やっぱり優しい彼には隠せなかったみたいだ。僕を気遣って、敢えてその事を口に出す事はせずに、悠太君はいつもの眩しい笑顔で笑った。



 


 口の中で溶けたチョコレートが、喉を伝って痛んだ心に優しく染み渡っていく。









 







 綺麗な青空の下、人も疎らな道を、僕達は文字通りはしゃいで歩いた。


「廻君!これ僕の好きなやつなんです!」

「ちょ、悠太君っ!あんまりはしゃぐと傷口開いちゃうよ……!」








 


 ふと、トンっと肩がぶつかる。


 僕の方を向いて逆向きに歩く悠太君の肩が、通りすがりの人の肩にぶつかった。何も珍しい事は無い、何処にでもある光景の一つ。

 

 ぶつかった人の持っていたシュークリームが、びちゃっと無惨にも地面に叩き付けられる。


「わっ、すみません!……あっ、シュークリームが……!」


 よろよろとよろめいた男性は、無惨に飛び散ったシュークリームを見つめたまま動かない。申し訳なさそうに眉を下げた悠太君が、背を向けたまま動かないひ弱そうな男性へと謝る。

 

 薄手の大きめのパーカーを着て、膝下丈のハーフパンツに黒のレギンスを履いたひ弱そうな男性は、心配そうに近付いた悠太君の方をゆっくりと振り返った。

 肩の長さまで伸ばされた薄紫色の柔らかそうな髪の毛は緩くハーフアップに束ねられていて、真ん中で分けられた前髪から覗く目は気怠そうに此方を見て開いている。何よりも、僕と同じように目の下に刻まれた隈がとても印象的だった。


「え……君は__」






 

 バァンッという音と共に、目の前が真っ赤に染まった。



 

 

 びちゃびちゃとその赤を撒き散らしながら、辺りを赤く染める。


「ッめ…ぐ、るく……、にげ__」


 バァンッとまた一つ音が鳴れば、ドサリと力無く倒れて動かなくなった。



 


 なにが、起こった____?


 


 どうして、真っ赤に染まった悠太君が倒れてるんだ?





 振り返った男の手が悠太君の右腕に触れたかと思うと、男を見て目を見開いた悠太君の右腕が爆散するように飛び散った。勢い良く飛び散る真っ赤な血が、僕も、悠太君も真っ赤に染め上げて。酷く焦った様子の悠太君は、何か言いながら残った左手を使って僕の体を後ろへと押し出した。背後の男の手が、そんな悠太君の右下の背中辺りに触れたかと思うと、バァンッと音を立てて触れた部分が弾け飛んだ。右下の背中に大きな穴を開けた悠太君の身体は、四方八方に血を撒き散らしながらドサリと力無くその場に倒れる。



「ゆう、たくん……?」



 地面に横たわったまま動かない悠太君からは返事がない。悠太君の周りに出来る赤い水溜まりは、どんどん広がっていって、腕に抱えていた大量のお菓子達が、辺りに散乱して水溜まりに沈んでいく。



 

 何が、起こった。



 何で、悠太君は動かないの。



 何で、何で、悠太君は息をしてないの____





「ッッ悠太君!!!!!!!」


 漸く状況を理解した僕は、血の海に横たわる悠太君に駆け寄る。その身体を抱き起こすと、右腕を無くし右下の背中部分が欠損した悠太君の身体は、びちゃびちゃと音を立てて持ち上がった。どれだけ呼び掛けても、薄く目が開いたままの瞳には何も映る事はなくて、小さく開いた悠太君の口から音が発せられる事はない。何の力も入っていないであろうその身体は、鉛のように重たい。



 う、嘘だ……ッ、こんなの嘘だ…………!!


 

 口や鼻から血を流して、欠けた身体からはとめどなく血が溢れ出て、僕の問い掛けに答えることも無く、呼吸の止まった悠太君の姿は……。


 

 これじゃ、まるで……



 悠太君は死んでるみたいじゃ____






 

「あー、最悪……外側から壊した……チッ、汚ったな…」


 不自然にこの場に響く声に、僕はゆっくりと顔を上げた。


 先程悠太君と肩のぶつかった男性が、不機嫌そうに眉を顰めて舌打ちを零す。彼の衣服にも悠太君の血が沢山飛び散って、血で汚された服を見ては汚い物を見るようにそう吐き捨てた。


「……君が、やったの…?」


 酷く呼吸の乱れた僕が、静かにそう問掛けると、彼はやっと僕の姿を瞳に映した。彼の黄緑色の瞳が、気怠げに僕を見下げる。


「何でっ、こんな事するんだよ……!こんなのっ、人間じゃなッ__」


 自分の言おうとする言葉に、僕ははたと気付く。

 




 ____人間じゃない?





 確か、竜胆先生は言っていた。

 妖は階級が上がる事に、その形は僕達人間そっくりに成っていくと。人の言葉を話し、その姿は普通の人間と区別がつかなくなっていくと。

 



 もしも____



 もしも彼が、人間じゃないとしたら__?




 S級よりも遥かに上の、知能を持った僕達人間そっくりの妖だとしたら?




 彼は____



「……君は、SS級の……、妖…なのか?……っ」


 その言葉に彼はピクリと反応した。ゆらりと僕の目の前に立った彼は、見た事もない程の冷たい瞳で僕を射抜く。


「は……?僕をあんな気持ち悪いやつ等と一緒にしないでよ」


 その瞳に背筋がゾッと冷え、僕は言い様のない恐怖に震え上がる。



 殺される____、僕は率直に思った。


 



「っ……なんで、ッこんな…酷い事、するんだよ……っ悠太君が、何したって言うんだッ……」


 涙を滲ませてみっともなく震え上がりながら、僕は目の前に立つ彼に言葉をぶつけた。さっきまで楽しそうに笑ってた悠太君が、僕を気遣う優しい悠太君が。何で、血の海の中、力無く横たわってるんだ。


 震え上がる僕を見下ろす彼は、その言葉に力無く首を傾けて。



「何でって……、弱いからでしょ」

「…………………は」

「弱いから、死ぬ。弱いから、僕に殺される。弱い奴が強い奴に殺されるのなんて、当たり前の事でしょ」


 まるで温度を持たないその声が、容赦なく僕達を突き刺す。道端に転がる石ころのように、固く動かない僕達を、彼は冷たい瞳で突き刺してくる。

 

 いつの間に脱いだのか、サンダルを脱いだ彼の裸足の足がゆっくりと持ち上がる。後ろへと少し助走をつけて、道端の石ころを蹴るように彼の足が僕の目の前に迫る。








 

 


 その瞬間、僕は唐突に思い出した。


 闘う力を持たない弱者が、圧倒的な力を持つ強者に支配されるのは、この世では当然の摂理だと言う事を__














 



 


 ____バァンッ


 第六話『共喰い(ともぐい) (じょう)』-完-

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