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第三話『陰の名前 上』







 

 


     影はどんな顔をしているのだろう___









 

 

 

___




 

 「っはあ…はあっ…はっ」


 たらりと冷や汗が背中を伝う。ドクドクと鳴り響く心臓に、体力の限界を伝える足。もう無理だと震える身体を必死に動かす。



 

 なんで、こんなことに_____










 




 「廻くーん!あともう少しですよーっ」



 

 学園内高等部体育科専用トレーニング施設__


 

 5月、良く晴れた休日の朝、シリアスな雰囲気には到底似付かない、明るく元気な声で悠太君が僕に呼び掛けた。声の主はというと、眩しい笑顔でゴールと大きく書かれた旗を振りながら僕に声援を送っている。


 ここは体育科敷地内に創設されている、体育科専用のトレーニング施設である。



 ………もう一度言おう、ここは体育科専用のトレーニング施設である。

 

 身体能力向上の為、ありとあらゆる設備が備え付けられたこのトレーニング施設で、僕は背後に迫る岩石の様な見た目の妖から逃げる為、悠太君の待つゴール目掛けて必死に足を動かす。

 「不死身とはいえ、毎度毎度妖の攻撃モロに食らってたら流石に足手まといだわ」というなんともシビアな狼君の言葉を発端に、僕の基礎体力、身体能力の向上も兼ねて、妖からの攻撃を交わしながら3km先のゴールを目指す、実技トレーニングを行っている。

 

 悠太君の待つゴールはもう目前だが、それと同じくらい背後の妖もギョロギョロと目を回しながらすぐそこまで迫っている。ずっと走りっぱなしの足は限界だし、上手く避けきれずにできた傷で身体中が痛い。そもそもなんで学園内に妖がいるんだ。思考が低下する頭の中でぐるぐると考えていると、


 「廻君、後ろ!!」


 悠太君の大きな声で反射的に後ろを振り向く。いつの間にか僕に追い付いていた妖のその硬く大きな腕で勢い良く殴り飛ばされた。


 「ッゴホ」


 モロに食らった攻撃に一瞬呼吸が止まる。必死に立ち上がろうとするも、強く壁に叩きつけられた痛みで身体に力が入らない。そうこうしている間に妖は目の前に迫り僕の体に影を落とした。そして、その勢いのまま再度僕の頭上から硬い腕を振り落とした。


 やばい、潰される___ッ


 「はい終了〜」


 すると、その言葉と共に妖の腕は僕の頭の上ギリギリでぴたりと止まった。まるで魂が抜けてしまったかのように妖はウンともスンとも言わなくなった。

 当然のように妖を止めた狼君は「大丈夫かよ?」と言いながら手を差し伸べてくれる。僕は震えた息を吐き出しながら、有難くその手を取って立ち上がっている。そんな僕達の元へ悠太君や弥子君も駆けつけてきた。


 「いや〜惜しかったですね」

 「最後のとこ仲平見えて油断したでしょ」


 「あ、もう傷治りかけてる」なんて言う弥子君にその通り過ぎて何も言えない。


 「やっぱり僕一人で妖を相手にするなんて難しいと思うんだけど…」

 「まーでもちゃんと体動かせてるし、妖から逃げようって自分で考えて動けてんだからマシにはなってんだろ」


 結局弱音を吐く僕に、励ましなのかは少し微妙な言葉を狼君はくれた。本当に大丈夫なのだろうかと治りかけの傷を撫でながら、「それにしても…」とずっと気になっていた事を口にする。


 「この妖は何で狼君達の言う事を聞いてるの?」


 突然体育科専用のトレーニング施設に連れてこられ、トレーニング内容をザッと説明をされた後、当然の様に此処に放り込まれた妖の存在が僕はずっと気になっていた。


 「ああ、これは妖じゃねぇよ?(あやかし)ロボな」

 「妖ロボ?」


 とても機械には見えないけど…、と思いながら完全に動きが止まってしまった妖ロボを見る。そんな僕の気持ちを見透かした様に、隣に立った弥子君が教えてくれる。


 「妖ロボって言うのは、主に対妖用トレーニングのために工業科の生徒達が試供品として学園に提供している試供品ロボの事だよ」

 「これを生徒が作ってるの!?」

 「工業科はものづくりに関する専門的な知識と技術を習得する学科だからね、その道に強い異能力や知識、技術を持った生徒ばかりなんだ」

 「ほんと何度見ても良く出来てますよね、本物にしか見えません」


 本物ではないと聞いてもどう見ても本物にしか見えないその妖ロボに思わず感心する。それと同時に本物じゃなかったのかと密かに安堵した。本物の妖を通して実践を積まなくても、この妖ロボで慣れていけば僕にも祓えるようになるかもしれない。

 

 あれ、でも____


 「これ機械って事は壊しちゃったらまずいんじゃ、」

 「あー大丈夫大丈夫」


そう言って狼君は停止している妖ロボの前に立ち腕を軽く引いて、その妖ロボに向かって躊躇無く拳を打ち出した。

 

バコーンッ!!


 豪快な音が響いて妖ロボは一瞬で砕け散った。チリチリと火花を散らしながら砕け散る妖ロボを尻目に、此方を振り返った狼君は清々しい程の笑顔で言う。


 「これ試供品だからさ、壊れても平気なんだわ」



 

 いや、壊したよね____???




 

 「そ、そうなんだ……」

 「ちょっと狼、最近壊しすぎなんじゃないの?これじゃ回道のトレーニング出来ないよ」

 「お前も昨日4体粉々にしてたじゃん」


 「あれは仕方なかったんだよ」なんて話してる弥子君と狼君に、そもそも何でこんな簡単に壊せるんだ、と僕はその場にしゃがみ込んだ。狼君の拳で粉々に砕け散ってしまった妖ロボは今やただの破片となり、無惨にその辺に散らばっている。その破片を1つ手に取ってみると硬い金属の感触が伝わってきて、本当に機械だったんだな、と改めて思った。


 「廻君どうかしました?」


 そんな僕を不思議そうに見つめながら悠太君が問いかけてくる。


 「いや、こんなに硬いものを軽々と破壊しちゃうなんて、狼君の力って本当に凄いなぁって」

 「本当にそうですよね、狼君も弥子君も本物のヒーローみたいで憧れちゃいます」

 「ヒーローか…、たしかに」


 そう言った悠太君に、狼君と弥子君が僕を学園に迎えに来てくれた時の事を思い出して納得する。顔を見合せながら笑う僕達2人を狼君と弥子君は不思議そうに見ていた。


 「狼君や弥子君みたいに一瞬で妖を祓えるような能力が、僕にもあれば良かったんですけどね」

 「あ……そういえば、悠太君の異能力ってどんな能力なの?」


 僕は悠太君の異能力について、竜胆先生から聞いた普通科には珍しい僕と同じB級の能力者という事しか知らない。

 

 「あ、そういえばまだ言ってませんでしたね」

 「えっと、たしか、竜胆先生が僕と同じB級の能力者だって…」

 「そうですそうです!僕も廻君と同じB級の能力者です」


 そう言った悠太君は少し頬を染めて嬉しそうに頷いた。


 「僕の異能力は「平均値」。対象としたものの力の平均値をとり、その力を平等にする事が出来ます」

 「平等に……?」


 悠太君の説明にいまいちピンとこなくて首を傾げる。そんな僕に悠太君は笑って言う。


 「実際見てみないと良く分からないですよね」


 そう言った悠太君は、狼君、弥子君、僕の3人の距離を円になるようにグッと近付ける。すると次の瞬間、スッと悠太君の纏う雰囲気が変わり、僕の背中には謎の緊張が走る。そんな僕とは裏腹に狼君と弥子君は慣れた様子で一連の流れに身を任せているようだった。

 悠太君は右手を左腕に添え、左手を肩の高さから真っ直ぐに伸ばしたまま手の平を徐々に閉じてゆっくりと下げていく。そして、左の手の平を閉じた悠太君が目を伏せる。


 


 ピィィン_____


 



 その一瞬、空気が弾ける様な音が響いた。そして、フッとほんの一瞬全身の力が抜ける様な感覚に陥る。それは気の所為かと思う様な程度のもので、その他には何の変化も見られないように思う。


 「えっと……、これは一体…?」


 僕がそう聞くと、いつもの雰囲気に戻った悠太君が笑って言う。


 「僕の異能力「平均値」は対象としたものの力の平均値をとり、その力を平等にします。僕の言う力とは人が生まれながらに持つ力の事で、基礎体力や身体能力、僕達能力者にとっての異能力を指します。

 そして、僕が対象に出来るものは一度に僕の視界に映るものだけなので、今、狼君、弥子君、そして廻君を対象に能力を使いました」


 なるほど、だからさっき僕達3人の距離を近付けたのか。先程の悠太君行動の意図に気付き、小さく頷いていると、悠太君は僕を見つめて少し眉を下げて笑った。


 「だから今、狼君、弥子君、廻君の力は同じ値……つまり、3人の力からとった平均の力になっているんです」

 「僕達3人の力が同じ値に…?」

 「はい、3人の力は今同じ値です。今回の場合、対象が狼君、弥子君、廻君の3人なので、狼君と弥子君の力の強さのお陰で平均値は大幅に上がってます。なので廻君は今、普段よりも強い力が出せると思いますよ」


 そう言った悠太君の言葉に少し気分が上がり、ソワソワした気持ちで手の平を眺めてみる。すると突如、背中からゾワッとした気配を感じた。

 バッと後ろを振り返ると同時に狼君が空中から僕の顔目掛けて大きく脚を振りかぶっていた。何で、と思う暇もない程一瞬の出来事に、僕は咄嗟に顔の前で腕をクロスさせ防御しようとする他なかった。


 パァンッッと強烈な破裂音が辺り一体に大きく響いた。それと同時に僕の腕には痺れるような痛みが走る。


 「ナイスカバー」


 ビリビリと痺れる腕に顔を歪ませながら、その原因である狼君を見上げると、当の本人は口元に緩く弧を描いて僕を見下ろしていた。


 「ろ、狼君……、これは一体、どういう事?」

 「わりぃわりぃ、仲平の能力試すのにこれが1番分かりやすいと思ってさ〜」


 地上に降り立った狼君は、痛い、と少し涙目の僕に向かってそう告げた。未だビリビリと痛む腕を摩りながら、気が抜けて思わず座り込んでしまった僕はどういう事だろうと狼君を見上げる。


 「普段のお前なら俺の蹴り、受け止めきれねぇだろ?そもそも俺が後ろから狙ってんのにも気付けてねぇだろうしな」


 _____あ、確かに


 「でもまあ同じ力とはいえ、狼は元々の身体能力が化け物級だから加減しててもかなりの威力だったでしょ、しかも不意打ちで」


 「ごめんね」と、まるで子供のした悪事を親が代わりに謝るような言い方で弥子君は僕に謝った。そんな彼に、僕は気にしないでという意をやんわりと伝えた。


 「それにしても悠太君の力凄いね、同じ階級だなんて思えないや」


 悠太君の力に感心し、自分の力と比べて僕は小さく肩を落とした。


 「……それがそうでもないんです」


 そう言って悠太君は座り込んだままの僕に手を差し伸べる。僕は有り難くその手を借りて起き上がり、悠太君の声に耳を傾ける。


 「視界に映るものを均一に同じ力にできるとは言っても、その数が多ければ多いほど能力の持続時間は短くなりますし、僕の体力では、今まで2人の人間に対しておよそ1時間半の持続が限界でした

 それに、狼君や弥子君のような僕より遥かに強大な能力を持った者に対しては、たとえ能力を使ったとしても簡単に破られちゃうんですよ」


 ね?、と同意を求める様に悠太君は狼君と弥子君に言う。

 だとしても僕なんかよりもずっと凄い力を持つ悠太君は凄いと思うんだけど……。そんな僕に気付いてか悠太君は更に続ける。


 「あと、僕自身には能力は発動しないんですよ」


 どこかその事実がマイナスな要素の様に語る悠太君に、僕はどうしてだろうと首を傾げる。だって、悠太君自身が能力の対象に含まれないと言うことは、使い方によってはかなり強い能力になるじゃないか。


 「でもそれって、低い平均値をとれば悠太君はとても強くなれるんじゃ__」

 「僕、体育2なんです」


 …………………………。


 「え?」


 僕の言葉に被せる様に言った悠太君に、僕は言葉の意図が分からなくて思わず聞き返す。悠太君はいつもと変わらない眩しいくらいの笑顔で答えてくれる。


 「僕、体育2なんですよ」

 「それはどういう__?」


 やはり意味を理解出来ない僕に、悠太君は少し考えた素振り見せた後、キョロキョロと辺りを見渡して足元に落ちていた妖ロボだったものの欠片を一つ拾った。そして僕達から20m程の距離を取って、そこから「廻君、行きますよーっ」なんて言って手を振っている。一体何をどうするのだろうと思って見ていると、悠太君はそれをグッと握りしめて、まるでピッチャーの様な綺麗なフォームでそれを僕目掛けて勢い良く投げてきた。




 


 と、思ったけどその欠片は悠太君のすぐ足元に落下した。


 「…………ん?」


 何だこれは……と呆気に取られている僕の横で、狼君と弥子君は「あれ逆にどうやってんだろな」「むしろ難しくない?」なんてこの状況を見慣れた様子で語っている。

 当の本人である悠太君は何でもない様子で足元に落ちた欠片を拾ってまた僕達の元へと戻ってくる。


 「あの、悠太君、これは一体……?」

 「廻君、日本の学校では成績を5段階で評価しますよね」

 「え?あ、そうだね」

 「5段階の中で最も普通で平均的な数字は何だと思いますか?」

 「えっと、3……?」

 「そうです、成績をつけるに当たって評価の基準となる数字は3になります。その3を基準に、上に上がれば平均以上、下に下がれば平均以下、という評価になるんです」


 何が言いたいのか分かりますか?とでも言いたげな目をして悠太君は僕を見る。


 「つまりですね……僕がどれだけ能力を使って低い平均値を取っても、大体の場合、僕の力はその平均値と同じくらいの力、またはそれ以下の力でしかないので、ボコボコにされちゃうんですよ」


 「僕、体育2なので!」なんて言って花が咲きそうな程の清々しい笑顔を僕に向ける。…………いや、全然笑えないよ悠太君、とは言えず、僕は「な、なるほど…」と当たり障りない返しをした。悠太君の異能力と僕が同じ階級である事に自信を無くしかけていたけど、その事実に少しホッとしてしまった事は絶対に墓場まで持っていこう。


 「僕も狼君や弥子君みたいにかっこよく一瞬で祓いたいんですけどね〜」


 「結局いつも苦戦しちゃうんですよ」なんて言う悠太君の言葉に、僕はここにきて重要な事実にはたと気付いた。


 「あれ、そういえば僕の能力ってどうやって妖を祓うの…?」


 僕の発言に3人はきょとんとした顔をする。そんな3人を見つめながら「僕の……、不死身って身体だけじゃ祓う事なんて出来ないと思うんだけど…」と不安気に続けると、大丈夫だとでも言う様に悠太君は僕の顔の前で人差し指を立てた。


 「それは、廻君がまだ祓具(ふつぐ)を持っていないからです」

 「…………ふつぐ?」


 初めて耳にする言葉に首を傾げる。そんな僕に悠太君は優しく言葉を続ける。


 「祓具は祓う道具と書きます。その名の通り妖を祓うための道具の事です。祓具は能力者にの力によって創り出されたもの、又は能力者の血を含んで作られたものの2種類に分かれます。

 廻君も知っている通り、妖は僕達能力者の力でしか祓う事が出来ません。なので僕や廻君のように直接ダメージを与えて祓う事のできない能力者の殆どは祓具を使って妖を祓うんですよ」

 「なるほど……」


 悠太君の説明に頷きながら答える。そんな武器があるのなら僕も攻撃的な妖にも対抗できるのかもしれない、と考えていたところでまたもや浮かび上がってきた疑問に気付く。


 「でも僕、祓具持ってないよ?」


 そんな僕の問いに狼君と弥子君は顔を見合わせる。そして2人で何やら軽く言葉を交わしたあと、弥子君は軽く咳払いをして言う。


 「いや、先に体づくりしてからの方が良いかなって思ってたんだけど……、確かに祓具があった方が想像しやすいかな」


 弥子君の言葉の意図が理解出来なくて、どういう意味だろうと言葉の続きを待つ。


 「祓具、創りに行こうか」







 

 


 

_____


 学園内高等部工業科____






 

 祓具、創りに行こうか_____、という弥子君の言葉で体育科のトレーニング施設を後にした僕達は、午後から予定があるという悠太君と別れ、狼君と弥子君の3人で、祓具を創りに行く為工業科の校舎へと足を運んでいた。


 「それで、なんで工業科なの?」


 普通科とは違った見慣れない校舎内にキョロキョロと挙動不審になる僕を横目に、慣れた様子で歩みを進める2人に尋ねた。


 「工業科はものづくりに強い異能力や技術を持った生徒ばかりって言ったでしょ」

 「あ…」


 弥子君にそう言われてつい先程の会話を思い出した。


 「え、それじゃあ祓具は工業科の生徒が作ってるって事!?」

 「正解」



 驚きが隠せない僕に弥子君は口角を上げて笑った。「まあ正しくはその大半を、だけどね」なんて言っているが、その大半を僕と同じ生徒が作ってるだなんて凄すぎる。


 「そんな工業科の中でもトップクラスの能力を持った後輩がいてね、折角だから回道の祓具はその子に頼もうと思ってさ」

 「そんな凄い人に……」


 大丈夫かな、と心配する僕とは対照的に弥子君はどこか楽しそうだ。不安気な僕を見兼ねてか、狼君は顔を覗き込むようにして僕を見た。


 「んな顔すんなよ、お前も同じ能力者だろ」

 「う、うん……」


 「それは確かにそうなんだけど…」と、僕はやはり自信が持てなくて尻すぼみになる。狼君や弥子君の能力は勿論のこと、此処、工業科の校舎内は見た事も無い物や武器で溢れかえっている。これら全てを僕と同じ生徒が創っただなんて、同じ能力者である僕とは天と地程の差がある。だから自然と眉が下がってしまうのは仕方が無いと思う。


 「………あ、ところで妖って一体どうやって祓うものなの?」


 僕より数歩先を歩く2人に聞く。そんな問いに2人は歩みを止める事なく、顔だけを僕の方に向ける。


 「目を潰すんだよ」

 「目……?」


 そう言った弥子君に、確かに僕が見た妖にもギョロギョロと不気味な目があったけど……と思い出す。そんな僕の思考を読み取ったかのように、狼君はその細長い人差し指で自分の目を指差した。

 

 「目っつってもこれの事じゃねぇよ?妖の目っつーのは、妖の核の部分な」


 そう言って今度は親指を自分の心臓に突き立てて見せた。妖の核……、それが一体何処なのかいまいち想像が出来ない。


 「まあ、人間で言うと心臓みてぇなもんだな、その目を潰す……要は破壊する事で妖は祓える」

 「その、目って言うのは一体何処に…?」

 「目の位置は妖によってバラバラだから、自分で探し出して潰すしかないんだよね」

 「探すって、何か特徴みたいなものがあるの…?」


 そう聞くと弥子君は顎に手を当てて「うーん、」と考える素振りを見せる。

 

 「…いや、なんて言えばいいのかな……、目は妖の核……つまり存在源である負の感情そのもの。

 それは繊細で1番柔らかい部分、要は弱点なんだよ」

 「弱点……」

 「俺達も自分の弱点や触られたくない部分、隠したい部分は誰にも気付かれないように隠したりするでしょ?どんな生き物だって、自分の弱点になる部分は本能的に隠したがるものだからね。でもそれは、勿論妖も同じで目を隠そうとするんだ。だから分かると思うよ。

 まあ、今こうやって話聞いてるだけじゃいまいち伝わらないと思うけどさ、妖を祓う事になれば回道にも絶対分かるから安心しなよ」


 目を細めて優しく笑う弥子君の言う通り、いまいち伝わらないけど、2人がそう言うのであればそうなのだろう。

 でも、妖も異能力も分からない事だらけで、何も知らない、出来ない僕は本当に大丈夫なんだろうか。


 「だから、んな顔すんなって」


 そんな声と共に狼君は僕の頭にポンと手を乗せた。そしてそのままぐりぐりと僕の頭を揺らしながら言う。


 「お前はやった事ねぇんだから、出来なくて分かんねぇのが当たり前だろ。だから俺等がいんだよ」


 至極当たり前の事を、僕は言われるまで気付かなかった。だから竜胆先生もああ言ったのだ、一緒に成長してくれる友達を作りなさい____と。


 「それは、……友達ってこと?」

 「おう」


 そう言った僕に少し面食らった様な顔をした後、狼君は優しく目を細めた。僕はこの感情がやっぱりまだ慣れなくて、むず痒くて、勝手に熱を持つ頬が少し恥ずかしくて、緩くなる口角をきゅっと引き締めた。


 「着いたよ」


 そうこうしている僕の耳に弥子君の声が届く。2人が足を止めた先には「第7研究室」と書かれた部屋が見えた。そして___


 「あれ、奥墨(おくずみ)さん」

 「おう、高専寺と狐塚じゃねェか」


 「相変わらず仲良しだな」と、特徴的な江戸っ子口調で話す彼を、弥子君は「奥墨(おくずみ)さん」と呼んだ。狼君と弥子君は彼と知り合いの様で、何やら親し気な様子だった。2人の後ろからそっと覗きながら僕は奥墨さんを見る。

 第一印象は黒だった。真っ黒の和服に身を包み、赤い番傘を手に持った彼は高校生には見えない。僕より歳上なのだろう大人の落ち着きを感じる。墨汁の様な真っ黒い髪の毛は背中まで綺麗に伸ばされ、彼の頭上で一つに結われている。じっと観察していると、そんな僕の視線に気付いたのかバチリと目が合う。


 「見ねェ顔だな」

 「あ、……僕、先月編入したばかりで……、回道 廻です」


 名前を伝えて軽く自己紹介をしようとすると、「あァ、お前が…」と、彼は珍しい物でも見るかの様に僕を見た。 


 「不死身の回道 廻だろ?凄ェ能力のヤツが編入してきたって噂になってらァ。学園でお前の事知らねェヤツなんざ、いねェと思うぜ」

 「ええ!?」


 「そうなの!?」と驚いて狼君と弥子君を見ると、2人は当たり前だとでも言う様に大きく頷いた。


 「不死身なんて異能力持ってるんだから、そりゃ目立つに決まってるでしょ」

 「死なねぇなんてチートだからな」


 「しかも普通科」なんて言って狼君はケラケラ笑っている。いや、僕自身は何も凄くなんてないのに全然笑い事じゃ無いよ……。「うう…」と頭を抱えていると、ふらっと奥墨さんが僕の前に立った。


 「俺ァ奥墨 玄雲(おくずみ げんうん)、大学棟の医学部1年。よろしくな」

 「あ……、僕、高等部普通科3年です。よろしくお願いします」


 「おう、知ってらァ」と口角を上げて奥墨さんは笑う。僕より遥かに身長が高い奥墨さんが前に立つと、僕の体は簡単に彼の影に覆われてしまった。


 「奥墨さんも鐘鋳(かねい)に用ですか?」

 「あァ、ちょっとな」


 そう言って怪し気に笑った奥墨さんは手に持った番傘で肩をトントンと軽く叩いた。新たに出た名前に首を傾げていると、奥墨さんはその第7研究室の扉をノックもせずに何の躊躇も無く開けた。


 「創一郎(そういちろう)、いるかィ」


 一言で表すのなら、そこは武器庫みたいだった。ずらりと綺麗に壁に飾られたものや、物入れにきちんと整頓された武器が山のようにあった。

 そんな研究室の奥から、奥墨さんの呼び掛けで背を向けて作業をしていたであろう人物が振り返った。


 「……奥墨さん、アンタいい加減にして下さいよ。何回壊せば気が済むんですか」


 創一郎と呼ばれた彼は奥墨さんを視界に映した途端、眉間に皺を寄せ不機嫌を隠さない表情になった。麹色のサラサラなマッシュヘアが特徴的な彼は、少し中性的な顔立ちをしていて、やや釣り気味な瞳で此方を睨みつけていた。……いや、正確には奥墨さんを睨み付けていた。そんな彼に奥墨さんは少しも動じる事なく、ヘラヘラと笑いながら話を続けた。


 「いや今日は壊しちゃいねェ、ちと創一郎に頼みがあってな」

 「頼み……?」


 「どうせまた碌でもないことでしょう」と、相変わらず不機嫌な顔で彼は答えた。すると、彼は奥墨さんの背後にいた僕達の存在にやっと気付いたのか、彼の視線がチラリと僕達を捉えた。

 ……いや、正しくは僕達といる弥子君の姿を。


 「鐘鋳、久しぶり〜」

 「!

 狐塚さん…!お久しぶりです!!」


 ひょこっと奥墨さんの背後から顔を出して、ひらひらと彼に手を振る弥子君の姿に、彼は人が変わったかの様にキラキラと瞳を輝かせて立ち上がった。


 「わざわざ来てもらわなくても、俺が狐塚さんのとこまで行ったのに……」

 「……その差は酷くねェか?」

 「俺は奥墨サン好きですよー」

 「……そうかィ」


 そんな彼の変わり様にややショックを受けた様な顔をした奥墨さんに、狼君は欠伸をしながらそう言った。全く彼等の関係性が見えてこない僕はただ黙ってその様子を見ているしかなかった。


 「今日はどうしたんですか?」

 「いや、俺も奥墨さんと同じで鐘鋳に頼みたい事があってさ」

 「頼み、ですか?」


 「狐塚さんが俺に頼み……」、彼はそう言ってどこか嬉しそうに呟いた。そんな彼を見て弥子君は優しく目尻を下げた。そして狼君と奥墨さんの後ろに隠れる様にいた僕の腕をグッと引っ張って、


 「この子の祓具をね、創って欲しいんだ」


 そう言って彼の目の前に僕は連れて来られた。弥子君にそう言われて初めて僕の存在を認識したであろう彼は、奥墨さんの時と同じく、いやその時以上に眉間に皺を寄せ一瞬で不機嫌な顔になった。


 「……誰ですかこの人」


 「狐塚さんの知り合い……?」と、グサグサと突き刺すような視線を僕に浴びせながら彼は冷たく言い放った。たらりと冷や汗を流す僕に弥子君は「ほら、自己紹介」と僕に促した。

 ……いや、この状況でするの?僕めっちゃ睨まれてるんだけど。


 「は、初めまして。回道 廻です……、えぇっと、その、高等部の普通科3年に編入してきました」

 「……回道 廻…?」


 何か考える様に僕の名前を復唱した彼は、一拍置いて「…ああ、」と、何か思い出したかの様に声を上げた。


 「アンタあれか、不死身の編入生」

 「……あぁ、はい、たぶんそうです」


 奥墨さんが言っていた様にどうやら僕は本当に噂になっているらしい。彼の僕に対する視線がほんの少しだけマシになった様な気がする。

 僕の正体が彼に伝わったところで、弥子君は僕に言う。


 「回道、この子は鐘鋳 創一郎(かねい そういちろう)。此処、高等部工業科の2年生。鐘鋳は学園から必要とされる祓具のほぼ全てを創ってる、鐘鋳の異能力の右に出る人はいないよ」


 そう言って弥子君は鐘鋳君の肩に手を乗せた。弥子君にそう紹介された鐘鋳君は照れ臭そうに「いえ、そんな事は……」と視線を逸らした。


 「それで改めてなんだけど、回道の祓具を創ってくれないかな」

 「………………、それは、……勿論」


 いや、めちゃくちゃ不服そうじゃないか。


 クールな印象の鐘鋳君は意外と顔に出るタイプなのか、何を考えているのかがとても分かり易い。


 「ありがとう、助かるよ」


 すると弥子君はくるりと奥墨さんに向き直ると、すっかり蚊帳の外になっていた彼に問い掛ける。


 「奥墨さん、先に用事終わらせますか?」

 「いや、俺ァ後で構わねェよ。先に終わらせちまいな」

 「……ああ、そういえば奥墨さんも頼み事でしたっけ」

 「お前相変わらず良い性格してんのな」

 「あ、高専寺さん。お久しぶりです」

 「お前のそーゆーとこ、結構好きだワ」


 奥墨さんの頼みとやらをさらりとかわし、狼君の存在をたった今認識したかの様な発言をした鐘鋳君は、相当肝が据わっていて、僕より1つ歳下だなんて到底思えない。

 ていうか、彼は弥子君しか見えていなんじゃ……?なんて考えながら彼等の会話を見守っていると、くるりと此方を振り向いた鐘鋳君は僕に呼びかけた。


 「じゃ、さっさと終わらせるんで……こっち来てください」

 「あ、うん」


 言われるがまま僕は鐘鋳君と向かい合わせになる様に立つ。こうして改めて正面から彼の顔をまじまじと見つめると、釣り気味でやや丸みのある目と少し中性的な顔立ちのせいでなんだか幼く見えた。

 そんな事を考えながらどうやって祓具を創るのだろうと思っていると、正面に立つ鐘鋳君は徐に僕の方へと腕を伸ばした。

 そして____


 「ぶっ」


 ガッと勢い良く僕の顔を右手で掴み上げた。

 

 _____いや、なんで!?


 

 「いたっ!?、いだだだだだだっっ」


 

 華奢な体に似合わず頭蓋骨を割るかのような握力で僕の顔を掴む。その力の強さに僕はただただ叫ぶしかなかった。


 「えっ何!?ちょ、痛い!!鐘鋳君っなにこれ!?」

 「ちょっと静かにしてて下さい」

 「いや痛いんだけど!?鐘鋳君!!!!」

 「黙って想像して下さい」

 「何を!!!?」


 騒ぎ立てる僕に鐘鋳君は心底嫌そうな顔をする。いや、そんな顔されても死ぬほど痛いんだけど!!抗議しまくる僕に、ついに鐘鋳君は無視を決め込む。これは駄目だ……と、助けを求めようと指の隙間から狼君達を見るも僕の暴れようにゲラゲラと笑っている。

 痛みに薄らと涙が滲み始めた時、無視を決め込んでいた鐘鋳君が漸く口を開いた。


 「出来ました」


 そう言って、僕の顔を掴んだ右手はそのままに、反対の左の手の平を床に向けるようにして手をかざした。

 

 すると_____


 ピキピキとガラスにひびが入るかのような不思議な音を立てながら、鐘鋳君が手をかざした空間が青白い光を放ち始めた。その光は相変わらずピキピキと音を立てながら徐々に形を造る。僕が瞬きをする頃には光はもう形を成していて、それはどうやら刀の様だった。完成したそれを鐘鋳君が手にした瞬間、青白い光は消えてその全貌が見える。それと同時に、鐘鋳君は僕の顔を掴んでいた右手をパッと離し、僕は漸く痛みから解放された。


 「……へぇ、アンタ結構良い物持ってるんですね」

 「へ…?」


 「いてて………、」と、痛みから解放された顔を摩っていると、鐘鋳君はほんの少し目を見開いて手に取った刀を見つめて少し驚いた様な顔をした。

 

 その刀は酷くシンプルな刀の様だった。鍔の付いていないその刀は白一色で、その中で刃だけが少し青白く見えた。

 

 どう言う事なのだろうと思っていると鐘鋳君はその刀を僕に差し出してきた。


 「はい、これが回道さんの祓具です」

 「わっ」


 差し出された刀__祓具を手に取ると、刀なんて初めて握る筈なのに、何故か酷く手に馴染む様な感覚に陥った。それでも刃先には確かな重みがあって、これは本物の刀なのだと実感した。僕が祓具を手渡されると、さっきまでゲラゲラと笑っていた狼君達が祓具を見にぞろぞろと集まってきた。


 「これが僕の祓具………」

 「お、刀じゃねぇか」

 「へえ、かっこいいじゃん」

 「見慣れねェ形だな」

 「回道さんの祓具は刀ですけど……、これ普通の刀よりもかなり切れますよ」


 鐘鋳君は祓具を指差して言う。鍔もつかず、持ち手を雑にぐるぐると包帯で巻かれただけの刀は剥き出しの刃そのものだった。


 「正直、全然期待してなかったんで驚きました」


 珍しい物でも見るかの様に、鐘鋳君はまじまじと僕の祓具を見つめて言った。言っている意味がよく分からなくて疑問符を浮かべる僕に、鐘鋳君は少し考えるような素振りを見せた後、口を開いた。


 「俺の異能力「創造(そうぞう)」は、使う者に1番適した祓具を創造します。祓具を使う者の身体、思考、記憶、能力等…、それら全てにおいて1番適した祓具として形創ります。

 その祓具は、その人に馴染み深い……もしくは強く記憶に残っている物の形に形成されます。だから俺が創る祓具は、気味が悪い程体に馴染みやすくて、使った事が無いのに自分の手足の様に使いこなせるんです」


 あ……、だからか。初めて握った筈の祓具がこんなにも手に馴染んだのは。思わず「すごい……」と感心の声が漏れる。


 「回道さん編入生だし、能力の事も知らなかったって聞いてたんで、大したものは創造出来ないと思ってたんですけど……なんかやってたんですか?」

 「あ、いや、どうなんだろ……、覚えてなくて」

 「ああ……記憶喪失なんですっけ」


 自分から聞いておいて、僕の返答に大して興味無さそうに鐘鋳君は答えた。


 「確かにアンタの記憶の部分何もなかったな」

 「え?」


 _____それはどう言う事だろう?

 

 そんな僕を見てか僕よりもずっと身長の高い弥子君が、僕の顔を覗き込む様にして見た。


 「鐘鋳はね、人のあらゆる情報から祓具を創ってるから、その人の身体とか記憶とか能力とか……その人についてのあらゆる情報が分かるんだ」

 「あ……だから何もなかったって」

 「ただ、俺のは分かるとは言っても見えてる訳ではないので、記憶の内容とかまでは分からないですよ。あくまで情報として分かるだけなので」

 「な、なるほど」


 鐘鋳君の言っている事が分かるようで分からなくて、僕には難しい話だと完結する。それにしてもこんな短時間で優れた祓具を創れるだなんて、鐘鋳君凄いや。


 「ここにある祓具も鐘鋳君が創ったんだよね。こんなに沢山……すごいね」

 「いえ、これは自分でテキトーに創ったんで、誰にでも扱えますけどそんなに機能性も良くないですよ」

 

 「あぁ、使えそうなのあれば勝手に持って行って下さい」と鐘鋳君はどうでも良さそうに吐き捨てた。


 「なんだこれ、おもしれぇ〜」

 「おう、良いなそれ。俺にも貸してくンな」

 「……」


 既に部屋にある祓具を漁り好き勝手使っている狼君と奥墨さんに鐘鋳君は静かに青筋を立てていた。

 そんな事よりも僕はさっき鐘鋳君が言った事が気になっていた。


 「自分で創ったって、全部鐘鋳君が創ってるんだよね?」

 「?

 そうですけど」

 「自分で創ったって……」

 「……、ああ」


「それか」と納得した様に鐘鋳君は呟いた。


 「たしかに俺が創る祓具は全部俺が創造してますけど。アンタみたいに、誰かのために創る祓具はその人自身が想像しているものなんで、あくまで俺はただそれを形創ってるだけで、創ってるのは俺じゃないです」


 そんな事ないと思うけど……。そんな鐘鋳君に弥子君は「そこんとこ頑なだよね、鐘鋳が創ってるのにさ」と少し困った様に笑う。弥子君に頭を撫でられてされるがままになっている鐘鋳君は、「いえ、俺じゃないです」と子供の様に繰り返した。


 「いや鐘鋳君が創ってるんだよ!その人が想像してるものを創れるなんてすごいよ」


 「かっこいいね!」、そう言った僕に鐘鋳君は目を見開いて驚いた顔をした。


 「それ、奥墨さんと同じ……」


 と、小さく何か呟く様に言った気がしたけど、小さな声だったから僕には何を言ったのかまでは分からなかった。

 ハッとした顔をして、いつものクールな表情に戻った鐘鋳君は静かに僕から視線を逸らした。


 「……いや、そんな大層なものじゃないですよ。自分で創る物以外は、その人に触れていないと創れないですし」


 …………………………。

 

 「…………ん?」

 「触れてないと創れないんで、そこんとこ面倒なんですよね」

 「ちょっと待って、鐘鋳君」

 「何ですか?」

 「触れてないと創れないんだよね?」

 「?はい」

 「触れる()()でいいんだよね?」

 「そうですけど……」


 僕の意図が見えないのか、鐘鋳君は怪訝な顔をする。何なんだ?と考えるように右上を見た彼は、「……あ」と何かに気付いたように声をあげた。


 「触れるだけでいいなら、あんなに強く掴まなくても良かったんじゃ……」

 「…………、そっちの方が情報が分かりやすいんで」

 「いや絶対嘘だよね!!!?」


 気まずそうな顔をして、視線を逸らしながら彼は苦し紛れにそう答えた。顔に出やすい鐘鋳君が嘘を付いてる事なんてすぐに分かる。その発言に勢い良く噛み付いた僕に、彼は心底面倒くさそうな顔をした。でも僕はそれどころじゃない。だって死ぬほど痛かったんだから。


 「死ぬほど痛かったんだけど!!!」

 「んな大袈裟な………」

 「本当に!!!!!!」


 ギャンギャン喚く僕を見て、狼君達は相変わらずゲラゲラと笑っている。面倒くさそうな顔で逃げようとする鐘鋳君に騒ぎ立てていると、





 

 

 ____パタパタパタ





 

 と、遠くで鳥が羽ばたいているかの様な音が微かに聞こえた。窓も開いていないこの室内の何処から……と、辺りを見渡していると、その音は段々と此方へ近づいてきた。


 「何の音……?」


 すると何もない天井の1部がパァァと強く光り始め、その光りの空間からパタパタと音を立てながら何かが出てきた。その眩しい光のせいで僕は目を細める。

 

 光の空間が閉じて元通りの天井が見えると、その音の正体は真っ白な白い鳥のようだった。

 その鳥は数回天井を舞った後、僕の元へゆっくりと降りて来た。僕はどうすれば良いのか分からず、とりあえず着地点を、と慌てて鳥の前へと腕を差し出した。鳥はゆっくりと足を掛け、僕の腕へと綺麗に着地した。


 「白い、鳩?」


 その鳥はよく見ると鳩の様だった。ただ、一般的な鳩とは違って、汚れひとつ無い真っ白な羽根を纏っている。

 こんな所に何で鳩が……と、戸惑っていると狼君達が駆け寄ってきた。


 「伝書鳩じゃねぇか」

 「伝書鳩?」

 「聞いた事ぐらいあんだろ?離れた所から通信文(メッセージ)を運ぶように訓練された鳩のことだよ」

 「その鳩が、何で僕の所に?」


 僕の問い掛けに狼君は目を細めて妖しげに笑う。



 「____御役目だよ」








 

 

 ____




 

 東京都新宿区某所 中央線____



 

 ガタンゴトンと音を鳴らしながら軽快に走り抜ける電車。目まぐるしく移り変わる景色を窓越しに見つめて、僕は狼君、弥子君、そして奥墨さんと共に御役目を担う為、新宿にある目的の場所へと向かっていた。


 「その御役目は、どんな妖を祓うの?」

 「さあな」

 「さあなって……」


 ちゃんと教えてよ……と、僕の前でスマホ片手にテキトーな返事をする狼君を見つめる。ガタンゴトンと不規則に揺れる車内で、吊り革も持たず、片手に水の入ったペットボトルを持ちながらスマホを触って立つ狼君の体幹は一体どうなっているんだろう。


 「詳しい事は俺らにもわかんねぇんだよ」


 「なんも書いてなかっただろ?」と、手に持っている手紙を指さされ、確かにあの伝書鳩が運んで来たこの手紙には、妖のいる場所しか記されていなかったなと納得した。


 「とにかく、俺らは御役目が来たらその場所に行って、そこに居る妖を祓ってくれば良いんだよ」

 「ええぇ……」


 そんなものなのだろうか。


 妖を祓うっていうのに妖についての情報が少なすぎやしないかと少々疑問を抱くが、狼君達は慣れように事を進めるから、きっとそういうものなのだろうと僕は無理矢理納得せざるを得なかった。


 「それにしても奥墨さんも一緒なんて珍しいですね」


 僕の隣に立っている弥子君が、同じように狼君の隣に立つ奥墨さんにそう声をかけた。

 

 休日の昼下がり、人の多い車両の中、白と黒のみで統一された見慣れない制服を身に纏った僕ら3人と、真っ黒の和服を着た奥墨さんは、この空間の中どう考えても異質で、周りの人からの視線がチラチラと突き刺さっていた。

 それに加えて、狼君のそのサラサラで綺麗な銀白髪、弥子君の背中に背負った立派な日本刀、奥墨さんの大きな番傘と腰にさげた日本刀、そして何より3人の放つ異様なオーラ、視線を浴びる理由しかない自分達に僕は静かに冷や汗をかいていた。

 

 「俺達は回道の付き添いですけど、奥墨さんも同じ御役目なんて……なんかあるんですかね」

 「さァな、でもまあ不死身の能力者と一緒じゃ俺の出番なんざないかもな」


 そう言って奥墨さんは僕に笑いかけてきた。そんな僕はというと、弥子君の言った意味深な言葉に、これから待つ初めての御役目に対する不安がさらに大きくなっていた。


 「あの……ちなみに奥墨さんは何級なんですか?」

 「俺ァS級。高専寺と狐塚と同じだぜ」

 「ひえ……」


 「なんでェそりゃ」と、情けない僕の声に奥墨さんはケラケラと笑っているけど、それどころじゃない。S級の奥墨さんと同じ御役目って……、それS級の御役目なんじゃ……。何でB級の僕なんかが同じ御役目なんだ、と思わず項垂れる。

 

 しかしそんな僕の気持ちを尻目に、無情にも電車は降車駅へと到着し、項垂れる僕はドアの外へと追いやられた。







 

____



 

 「踏切?」

 「そうみたいだね」


 電車を降りて素早く御役目の場所を検索した狼君が道のりを提示してくれ、僕達はその場所へと辿り着いた。


 その場所はどうやら踏切の様だった。


 休日の昼下がり、踏切を渡る人々は決して少なくは無い。休日の学生や親子、老人など、色々な人が踏切を渡り歩いていた。でも、その他には特に変わったところは無いように感じる。


 「ここの何処に妖が……?」

 「それを回道が見つけるんだよ」

 「見つけるって、」

 「俺等は一応傍にはいるけど、これはお前の御役目だから基本ノータッチな」

 「そんなぁ……」


 情けない声をあげながら僕は項垂れる。祓い方もよく分からないのに僕1人でなんて無理だ、と僕と同じ御役目でこの踏切にやってきた奥墨さんに目線で訴え掛けた。

 しかし奥墨さんはこの場所に辿り着いてからというもの、ただただジッと絶えず人が行き交う踏切を見詰めるばかりで、僕達の会話には目もくれていなかった。

 それに何だかさっきまでと纏う雰囲気が変わったような……。


 「あの、奥墨さん、」

 「……わりィな回道、俺ァちょっとこの辺見てくらァ」

 「え!?ちょっと奥墨さん!!」


 元通りの陽気な雰囲気に戻ったかと思うと、奥墨さんは僕にそう告げ、こちらを振り返ること無くフラッと何処かへと行ってしまった。


 な、なんて自由な人なんだ……。


 「ど、どうしよう……っ」


 一人あたふたしてみても、勿論狼君と弥子君が手伝ってくれる訳もなく、本当にどうしようと僕は途方に暮れていた。





 

 

 ____そんな時、ふと目に止まった






 

 

 何処にでもいる学生。160少しの身長に、まだあまり筋肉の発達していない子供の身体。子供の幼さが残る顔を見ようにも、どうしてかその顔は酷く見えづらい。

 どうやら彼は中学生らしかった。休日だというのに動きにくそうな制服を身に纏って、その重たそうな大きいリュックが彼の小さな背中をすっぽりと覆い隠していた。

 

 カンカンカンと遮断機の降りる音がする。行き交う人々は足を止め、踏切内にいる人は駆け足で向こう側へと渡る。何もおかしな事なんてない。

 でも何故か気になったんだ。彼のその小さくて弱々しい背中が。


 彼の足元から伸びる影がゆらゆらと揺れ、その弱さを表すように僕には頼りなく揺れて見えた。





 

 ____いや、揺れていた




 

 「くるぞ」


 そう言った狼君の声と同時に辺り一帯が冷たい空気を纏う。何も分からなくても分かる、何かが、起ころうとしている。

 

 体に力を入れ、辺りを警戒していると____




 「オイデ」




 

 何処からか声がした。



 

 「ダ、レモ、ミテク、レ、ナィシ」


 まるで覚えたばかりの言葉を話す子供の様に。


 「ダレ、ニ、モ、ミェ、テナイ、シ」


 何度も、何度も、繰り返し、繰り返し。


 「コ、コハ、ツラ、ィ、キェタ、イ」

 

 その声は、耳ではなく、頭に直接響く様な感覚で、何度も何度も頭に届く。

 言葉が直接頭に入り込んでくるようだ。そのなんとも言えない不快な感覚に、僕は片手で頭を抑えながら必死に声の出処を探る。

 しかし、何度周囲を見渡しても何処にもおかしなところはない。能力者(僕達)以外の人間いつも通りで、まるで声なんて聞こえていない様だった。

 それでも絶えず聞こえてくる声に、頭を抑えて必死に首を振っていると____、







 

 

 「だれもみてくれないし」







 

 

 その声とは違う、しっかりとした人の声が僕の耳に届いた。


 バッと声のした方へと視線を向けると、そこには先程目に止まった少年がいた。



 

 でも、なんだか様子が変だ。



 

 「だれにもみえてないし」



 

 確かに、彼は最初からやけに弱々しくて儚げな雰囲気だった。でも今の彼は、なんというか、そう、異質だ。

 ブツブツと頭に響くこの言葉を復唱するように繰り返し唱えている。周囲の人々もそんな少年の様子にチラチラと視線を向けている。


 「ここはつらい、きえたい」

 「コッ、チ、コッチ」


 少年の言葉に答えるようにその言葉は頭ではなく耳に届いた。しかし声のする方には少年しかいない。


 「オイデ、コッチ、ォ、イデ」


 誘う(さそう)様に誘う(いざなう)様に少年へと語りかけられる。その声に導かれる様に少年の足は真っ直ぐ前へと動き始める。

 

 カンカンカンと警報の様に鳴り響く。遮断機はとっくに下がっていた。電車の音はもうすぐそこまで近付いている。



 

 「こっち、おいで」




 

 少年の身体が遮断機を押し退け、鳴り響く踏切内へと身体が侵入したところで、僕は漸く事に気が付いた。


 

 僕と同じく踏切内へと侵入した少年に気付いた人達が悲鳴を上げた。その声を背に僕は震える足に力を入れ、必死に地面を蹴った。電車もう視界の端に迫っていた。



 

 ____なんで気付かなかったんだッ


 


 沢山人がいる中で、どうしてか彼だけが気になった。彼の存在があまりにも儚げだったからだ。




 

 

 今にも死んでしまうのではないかと______






 

 

 けたたましい音を鳴り響かせながら電車はその勢いを殺せず、猛スピードで踏切を横切った。

 

 中途半端な受け身を取りながら勢い良く地面に叩き付けられたせいで背中が酷く傷んだ。辺り一帯に響き渡る悲鳴を背に、僕はそっと目を開けると腕の中にいる彼は放心状態のように、ぼーっと踏切を見詰めていた。


 「……きみ、大丈夫?」


 いてて……と酷く痛む背中を庇いながら、そんな彼に声をかけた。勢いのまま少年の元へと駆け出して、彼に衝突する形で反対側の踏切へと無理矢理押しのけたから怪我は無いかと心配していたけれど、彼はどうやら無事な様だった。電車が過ぎ去って遮る物が無くなったことで、元いた側の踏切からは僕達を見つめる視線でいっぱいだった。

 そりゃそうだ、目の前で飛び込み自殺するところだったんだから。

 

 少年は僕の問い掛けに、ハッとして目を大きく見開いた。


 「……僕、今、なにを…」


 その瞳は状況がよく分かっていないようで、少し濁って見えた。

 

 一体何が起こってるんだ……?と踏切の向こう側にいる狼君達に視線を送ろうとした時、踏切の真ん中に大きな水溜まりのような真っ黒い影が浮かび上がっているのが見えた。こんなものさっきまでは無かった筈なのに……。

 

 その影はどうやら他の人には見えていない様で、遮断機が上がった踏切内を皆その影を踏みながら歩いて渡っている。


 「なに、あれ……」


 どうやら少年にはその影が見えている様で、僕の隣でその不気味な黒い影を不安そうに見詰めていた。

 恐らく彼は、先程踏切内に侵入し自殺しようとした事で、負の感情が一気に高まり人としての境界線を超えてしまったのだろう。だから彼にはあの不気味な影が見えているのだ。


 つまり、あの影は妖で間違いない____


 背中に冷や汗が伝い、体に緊張が走る。暫くその不気味な影を見詰めていると、ズッという低い音と共に影から何かが這い出てきた。影から出てきてもそれは真っ黒のままで。違うのは靄のような見た目である事、そして人間と同じ5本の指が生えた腕があり、妖特有のギョロギョロとした気味の悪い目が付いていることだった。

 「ひっ」と恐怖に怯え青ざめた顔になる少年と、恐らく僕も彼と同じ様な顔をしているのだろう。そして何よりも恐ろしかったのは、そんな化け物がすぐそこにいるというのに、何も視えず、何も識らずに、すぐ側を通り過ぎていく人達が、僕は何よりも恐ろしかった。


 「コッ、チ、オィデ」


 その妖はまたもや同じ様な言葉を発するとギョロギョロと目を動かして、靄のような腕を此方に向けて思いっ切り振り被った。

 

 ブォンッという音と共に黒い靄の混じった凄まじい突風が吹き荒れる。僕は思わず目を瞑りそうになるが必死に目を開け、少年を庇いながら地面に這い蹲った。でも他の人までは庇いきれず、大丈夫かと周りを見渡すと、どうやら狼君と弥子君がカバーしてくれたみたいで無事なようだった。

 ホッとしたのも束の間、妖はさらに大きく腕を振り被った。先程とは比べ物にならない程の突風が吹き、僕達の体は勢い良く背後の建物に叩き付けられた。少年を庇って叩き付けられた僕の身体は、勢い良く建物にめり込んだ。「ガハッ」と血が混ざった咳が込み上げる。震える少年の手は不安そうに僕の制服を掴んでいた。


 「な、なに、あの化け物……」

 「……妖、だよ」

 「あ、あやかし……?」

 「ここにいて、全部終わるまで出てこないで」


 震える少年の手を握って、そっと手を離す。そんな僕に少年は「い、行かないで、お兄さん」と泣きそうな目で言うけれど、このまま二人で此処にいても危険なだけだ。それなら、祓う事のできる僕が行かないと……。

 

 「御役目なんだ」と、僕はそう言って震える少年の頭を撫でる。意味の分かっていない少年は変わらず泣きそうな顔をしている。僕は背負っていた祓具を取り出して、グッと握り締めた。叩き付けられた背中の傷はもうとっくに癒えており、震える足に力を入れて妖の元へと駆け出した。




 

 辿り着いた踏切内は騒然としていた。先程の突風で遮断機は吹き飛ばされて、折れ曲がって壊れた遮断機からはカンカンカンと警報音が鳴り響き、切れた電線がバチバチと音を鳴らしていた。折れた電柱が周辺の建物に倒れて、辺り一面に瓦礫が散らばっていた。

 狼君と弥子君によって付近の人達は全員無事な様だったけれど、只事ではない事態にパニックになり悲鳴をあげながら逃げ惑っていた。そのお陰で踏切付近には人が消え、狼君と弥子君の2人だけが静かに事の顛末を見守っていた。


 「ダッテ、イキテ、テ、モカヮラナ、ィシ、ダレニモミ、ェテナイシ」


 妖は覚えたての言葉を話す子供の様に嬉しそうに喋り続けていた。

 

 この刀で一体どうやって祓えば……。確か狼君達は妖の目を潰すって言ってた。でもこの妖の目は一体何処にあるのだろう。狼君達の言っていた目は、このギョロギョロと動く不気味な目ではなく、心の目だ。


 「コッチ、コッチ」


 妖はその人間の様な5本指を器用に動かし、僕に向かって手招きの仕草をする。すると次の瞬間、僕の身体は謎の追い風によって前方へと飛ばされ、一気に妖の目の前まで吹き飛ばされた。

 一瞬事で理解が遅れる。いざその黒い姿を目の前で見ると、不気味に蠢く目だけがそこに浮かび上がっているように見えた。

 妖は自身の体の靄を広げ、僕と妖の周りを黒い靄で包み込んだ。


 「ォイデ」

 「ゥゴボッ」


 思わず黒い靄を吸い込んだ途端、肺が切り裂かれる様な鋭い痛みが走った。感じたことが無い程の痛みに僕は堪らず地面に這い蹲る。ビチャビチャと汚い音と共に口から大量の血が零れ落ち、真っ白なシャツを赤く汚した。ゴロゴロと肺が聞いた事のない音を立てる。

 

 ____何だ、これは。何が起こった?


 

 やがて辺りを覆い尽くしていた黒い靄は妖の身体へと収縮し、視界が晴れる。明らかな致命傷を負わされた僕はただ地面に横たわるしか無かった。傷の治りがいつもより遅い。駄目だ、これでは修復が追い付かない。

 ギリッと歯を食いしばり、必死に身体を起き上がらせる。靄の晴れた新鮮な空気を吸っても、肺は切り裂かれる事はなくて、このダメージはどうやらあの黒い靄が原因のようだった。

 

 何故か死なない僕に妖は不思議そうに首を傾げた。すると今度は、妖はその指をぎゅっと閉じて拳を作った。次の瞬間、突風が僕に向かって全方向から押し寄せてきた。辺りに散らばる瓦礫諸共押し寄せ、硝子の破片が皮膚を裂き、瓦礫が当たると簡単に僕の骨は砕かれた。


「ぁあ"あ"ッッ」


 全身の至る所に鈍い痛みが走り、僕は思わず悲痛な声をあげた。一度に押し寄せる重たい攻撃に、傷の修復が間に合っていない。切り裂かれた肺のダメージが、傷の修復を妨げているようだった。


 駄目だ、このままでは死んでしまう……と、骨が砕けて感覚がない左脚を庇う為に、僕は未だに地面に大きく広がる黒い影に刀を刺して立ち上がろうとする。


 すると、刀が地面に刺さる直前、急に攻撃が止まった。地面の影は逃げる様に動いた妖と共に僕から距離をとった。

 何だ……?と思ったけれど、何にせよ僕にとっては都合が良い。荒い息を何度か繰り返して、漸く肺の修復が終わり傷付けられた他の傷が治り始める。やがて左脚の感覚も戻り、僕は刀を強く握り直した。

 

 しかし一度傷付けられた僕の身体は簡単に恐怖に怯え、カタカタと小さく震えてしまっていた。


 こんな化け物を、僕なんかがどうやって祓うっていうんだ。チラリと狼君達のいる方へと視線をやるが、彼等はやはり手を貸す気は無いようで、ただジッとこちらを見つめているだけだった。

 

 そんな事をしているとまたもや妖が「コッ、チ」と僕を手招きする。またくる!!と、身構えたが時既に遅く、僕はまたもや後ろからの凄まじい突風により妖の前まで吹き飛ばされる。そして先程と同じ様に黒い靄が辺りに広がり、僕達を覆い隠した。この靄を吸ってはまた肺を裂かれるッ!と、僕は腕で鼻と口を覆った。

 

 しかし、まずはこの靄をどうにかしないと話にならない。何とかこの靄を晴らせないかと、刀を振り靄のような妖の身体を斬ろうとするけれど、悪戯に刃を傷付けてしまうだけでまるで歯が立たない。まるで水に向かって刀を振っているみたいだ。


 何なんだこの妖は、目なんか何処にも見当たらない。







 

 

____


 

 「これちょっとまずいんじゃない?」

 「…………」


 靄の外、黙って回道を見ていた高専寺と狐塚だったが、靄の中で薄らと見える回道の様子に、狐塚は少々危機感を感じていた。対する高専寺も言葉は無いものの、瞬きひとつせずただジッと回道の様子を見詰めていた。


 「狼」

 「……いや、まだだ」

 「……このままいくと回道、(さわ)るよ」


 ちらりと高専寺を見詰めるが、その瞳は真っ直ぐに回道を捉えたまま動かない。


 「それにこの妖、回道と相性が悪い……。回道、()()()()に戻れなくなるよ」

 「…………、そうだな」


 スッと目を細めた高専寺は漸く一つ瞬きをした。それを合図に狐塚も体を動かした。背中に背負っていた日本刀を取り出し、高専寺は腕のブレザーを雑に捲った。


 外から見える靄はどんどん濃くなっていた。







 

____

 


 靄の中、みっともなく刀を振り続ける僕の体を妖は5本の指で掴みあげた。人外のその強い力にメキメキと骨が軋む音がする。その力強さに「ぁグッ」と情けない声をあげて、僕は奥歯を噛み締めるしか無かった。妖の体に近付いた事で、黒い靄はさらに濃くなる。思わず吸い込んだ黒い靄がまたもや僕の肺を切り裂いた。

 「ゔえッッ」と汚い声をあげ、ビチャビチャと口から大量の血が溢れ落ちた。腕の力が緩んで刀がすり落ちる。霞む視界の中、必死に目を開けると、さっきまで妖の体のすぐ下にあった真っ黒な影が、いつの間にか僕の足元に集まっていた。

 そして、その影は僕の足元からあっという間に頭まで、僕の影を覆い尽くした。



 

 その瞬間僕の世界は暗転した。


 









 

 ____暗闇の中、頭に声が響いた




 

 「どうして誰も僕を見てくれないの」


 「きっと誰の視界にも映らない」


 「誰にも私の姿なんか見えていないみたいだ」


 


 頭がガンガンする。脳に直接語りかけてくるように、沢山の人の声がする。


 いや、これは妖の声……?



 

 「どうして僕だけが」


 「羨ましい、妬ましい」


 「僕には、何も無いのに、どうして、どうして、みんなばっかり」


 「どうして、どうして」



 

 駄目だ、これ以上聞いたら駄目だ。この言葉はどれも僕には毒だ。

 

 だって、知っている。分かってしまう。この声を……。この妖を、僕は分かってしまう。









 





 

 ____いつも足元ばかりを見詰めていた



 

 人の顔を見るのは怖くて、目が合っている筈なのに、そこに僕が映らないことを知るのが怖くて。誰の顔も見ずに、足元ばかりを見詰めて、息を殺して生きる方が、僕にはずっとずっと、呼吸がしやすかった。


 

 でも、そうやって生きていくと、僕は自分の(こころ)が分からなくなってしまった____


 

 誰も見ないと言うことは、誰にも僕が見えないと言うことだった。

 幸せそうに笑う、楽しそうに笑う、そんな人達と、僕だって同じ人間の筈なのに。何故、こんなにも違う。



 

 苦しくて、辛くて、羨ましくて、妬ましくて__







 


 

 『きっとこんな人生、誰の記憶にも残らない』







 

 妖の声と僕の声が重なって言葉になる。全身の力が抜け落ちて、大量の靄が一気に身体に入り込んでくる。全身が張り裂かれるように痛い。何かが身体に入り込んでくるような感覚。



 

 でも、もう身体が動かなかった。だって、だって駄目なんだ。この妖は駄目なんだ。




 


 だって僕には、この妖は祓えない______








 僕は、観念するように、深い眠りに落ちるように、そっと目を閉じた。




















 

 

 

 ザシュッッッ








 目を閉じた瞬間、空気を切り裂く様な音と共に体を蝕んでいた感覚が消え、暗闇から解放された僕は地面に転がり込んだ。新鮮な空気が肺に広がり、僕は勢いよく咳き込んだ。


 「ゔッ、げほッげほッ」


 ヒューヒューと喉を鳴らしながら、晴れた視界に目を凝らすと、あの日と同じ2つの背中がそこにはあった。その名前を呼びたいのに、ダラダラと溢れ出る血が邪魔をして言葉にならない。


 「しっかりしな、回道」


 そう言った弥子君の右手には、いつも背中に背負われている日本刀が握られていた。恐らく先程の空気を切り裂くような音は、弥子君の持つその日本刀が靄を切り裂いた音だったのだろう。


 「や"、こくん……」


 やっと出た声は濁りを含んでいて覚束なかった。何とか肺の傷は治せたが、その他の傷付けられた全身の傷はまだ癒えておらず、その痛みで涙が込み上げる。

 痛む体に鞭を打ち、ぐっと上半身を起き上がらせると、弥子君は片膝をついて僕に視線を合わせてきた。


 「回道、その一線を超えるとこっちに戻れなくなるよ」

 「ゲホッ、な、に……」

 「そうやって妖と交ざると駄目なんだ。一線を引かないと……()()よ」

 「さ、わる……?」


 真剣な目をして僕を見詰める弥子君は、そっと僕の左腕に触れた。

 

 さわるって何だ……?僕の腕に触れた事だろうか。


 僕の腕に触れた弥子君は「ギリギリか……」と、何やらホッとした様子で小さく呟いたけれど、僕には上手く聞き取れなかった。


 そうこうしていると弥子君の背後で、ドゴォッと地面が叩き割れる音がした。音の方へと目を向けると、狼君が靄の妖を地面へ叩き付け、靄が辺り一帯に散らばっていた。そのせいか、妖は暫く動けそうにもなかった。


 「(みそぎ)か?」

 「……いや、ギリギリセーフ」


 僕達の元へとやってきた狼君は弥子君へと問いかけた。弥子君の答えに狼君は「そうか」と静かに呟き、僕を見た。そしてあの日と同じ様に「……大丈夫かよ」と僕に手を差し伸べ、僕はその手を借りて起き上がった。


 「あ、りがとう……」

 「…………」

 「狼君……?」


 僕をじっと見つめたまま、何も話さない狼君に少し戸惑う。

 結局一人じゃ妖を祓えず、助けられた僕に怒っているのだろうか。そんな事をぐるぐると考えていると目が熱くなる。そんな気持ちが顔に出ていたのか、狼君はポンと僕の頭に優しく手を置いて、「怒ってねぇよ」と一言呟いた。


 「回道、お前の優しさは正しい。なんも間違ってねぇ。………ただ、お前の優しさは正し過ぎる」

 「え……」


 狼君の言っている意味が分からなくて、弾かれたように顔をあげた。


 「妖は人間の負の感情から生まれたもんだ。だからその根源に触れれば、その妖が生まれる事になった人間の感情にも触れる事になる。

 さっきお前に聞こえてたのは、あの妖を生んだ人間の声でもあり、妖自身の声なんだよ」

 

 やっぱり、あの声は妖の声だった。ちらりと地面にめり込んだ妖を見つめる。先程の妖の声を思い出して、僕は自然と眉が下がる。


 「それだよ、それ」

 「へ……?」


 人差し指で僕の眉間をグッと押した狼君が呆れたように言う。僕は未だに話が読めなくて困惑する。


 「お前は優しい。ただ、その優しさは真っ直ぐで正しいから、どんなものにでも同情して、共感して、救おうとする……たとえそれが、妖でもな」

 「ッ」


 そう言われてハッとする。狼君の言いたい事が漸く理解出来たからだ。


 「お前、あの妖を祓えねぇって思っただろ」

 「ぁ……」


 小さく声を含んだ空気が口から零れ落ちた。

 

 そうだ、僕はあの時、妖の声を聞いて思ってしまった。

 

 あの妖の声が2人に出会うまでの僕と同じだったから。

 

 あの妖が僕とそっくりだったから。


 僕にはあの妖がどうしても可哀想に思えて、まるで少し前までの自分を見ているようで、とてもじゃないけど、僕には祓えないと思ってしまったんだ。



 

 「妖は負の感情そのものなんだよ。優しい人間程、その隙間に簡単に憑け入られる。

 お前にはアレがただの可哀想な妖に見えてたかもしれねぇけど、妖はお前の優しさに憑け込んで内側から殺そうとしてたんだぞ」

 「そんな……、でも、あれが嘘には聞こえなかった!」

 「嘘じゃねぇよ、あれは妖が生まれた感情そのものだからな。でもそれは、アイツの感情じゃねぇ……わかんだろ?」


 分かるよ……。狼君が言ってる事は理解できる。

 僕が聞いていたのは妖を生み出した人間の声であり、あの妖自身の感情じゃない。


 でも____、


「でも、僕には同情せずにはいられなかった……ッ」


 そうだ。あの妖が生まれた声と僕はそっくりだった。まるで自分自身を見ている様だった。それを無視する事なんて、僕には出来なかったんだ。

 

 僕の言葉を聞いた狼君は下を向いた僕の顔を両手で包み込み、優しく顔を上げさせた。そして、一拍おいて口を開いた。


 「()()するなとは言わねぇ……ただ、()()はするな」


 いつものヘラヘラした薄い笑みではなく、真剣に僕の目を真っ直ぐに射抜くその赤い瞳に、目を見開いたボロボロの僕が映った。


 「妖の声に触れて可哀想だと思うお前の優しさは間違っちゃいねぇし、その思いやりを止めろとは言わねぇ。でも、その感情に寄り添って、感情を共有して、妖と繋がる事で助けようとすんな。

 

 そうやって繋がると(けがれ)をもらって、()()()に戻れなくなるぞ」


 狼君の言った妖と繋がるというのは、さっき僕がした妖と感情を共有する事を指しているのだろう。そして妖と同じ感情を抱き、その感情に寄り添おうとした瞬間、僕の身体に何かが入り込んでくる感覚がしていた。きっとそれが繋がると言う事なのだろう。


 ゆっくりと狼君の言葉を飲み込んでいると、今度は弥子君が優しく僕に語りかけた。


 「いくら俺達が妖を生まない祓える血を持った能力者でも、結局は人間だからね。感情があるから同情もするし、共感してしまうのも無理ないよ。

 でもね、妖の根源に触れた時、それを主観的に捉えてしまうと(けがれ)をもらって(さわ)るんだ。そうすると妖が入り込んできて、妖と交ざって(けが)れたものになってしまう。そうなってしまったら、もう人間には戻れないんだ」


 「さっきの回道、結構危なかったんだよ」と、弥子君は伏せていた目をあげて困ったように笑った。そして一拍おいて言う。


 「だから俯瞰(ふかん)して()るんだ。同情はしても、共感して妖と交ざって仕舞わないように。穢れたものになって仕舞わないようにね」


 「ほら、傷はとっくに治ったでしょ」と、弥子君はいつ拾ったのか、落としていた僕の祓具を胸に押し付けた。


 「で、でも、どうやって祓えば……」

 「目を潰すって言ったでしょ」


 さも当たり前かの様に弥子君は答える。


 「分からないんだ……っ、目が何処にあるかなんて……」


 僕の言葉に弥子君はきょとんとした顔をした後、笑って言った。


 「分かるよ、回道なら。心の目は妖の1番繊細で弱い部分だ。妖の根源に触れる事が出来た回道なら、絶対に分かる筈だよ」


 微笑んだ弥子君はとても優しい目をしていた。その目に足の震えはいつの間にか止まっていた。

 

 僕は今度こそ自分の脚にしっかりと力を入れて立った。そんな僕の様子を見てか狼君も安心した様に笑う。そして僕の背中を片手で軽くトンッと押し出した。


 「ほら、行ってこい」


 その声に、僕は振り返らず妖を祓うために地面を蹴った。






 





 狼君によって辺りに散らされていた妖の黒い靄は、その身体を修復するかのように地面にめり込んだ影を中心に集まっていた。どうやらもう既に修復は終わった様で、先程と同じく5本の指が生えた腕を生やして、ギョロギョロと目を動かしていた。

 その目で僕を捉えた妖はまたもや僕を手招きして強い追い風を起こした。しかしさっきまでとは違って、僕はしっかりと脚に力を入れて立っていたお陰で、妖の思い通りに吹き飛ばされる事はなく、刀で黒い靄を斬りながら妖の元へと辿り着いた。



 

 ____不思議だ。触ったことも、使ったこともない筈なのに、この刀は僕の腕に良く馴染む。自分の四肢を動かすかのように思うままに使う事ができる。



 

 "「これ普通の刀よりもかなり切れますよ」"



 

 そう言っていた鐘鋳君の言葉を思い出して、鐘鋳君って本当に凄いんだな……と、ただ漠然と思った。きっと、さっきまで何も切れなかったのは、僕の心情をこの刀が写していたからなのだろうと、誰に言われてもいないのにそう感じた。それぐらい、この刀が良く手に馴染んで、その使い方が分かった。

 

 さっきまでとは様子が違う僕に妖も気付いたのか、妖の動きが少し戸惑っているように見えた。

 

 この妖の目は何処にあるのだろう、と目を凝らして視る。先程と変わった様子は何も無い。真っ黒で大きな影に黒い靄に覆われた身体。これの何処にこの妖の(こころ)が……。

 

 じっと見詰めていると、妖は素早く身体の靄を広げてきた。まずいッと思ったが、反応が遅れて僕の周りはまたもや靄に覆い尽くされてしまった。

 焦るな、落ち着け……と自分を落ち着かせる。とりあえずこの靄を吸い込まないように咄嗟に腕で鼻と口を覆う。このままじゃさっきと同じ事になってしまう、早く心の目を探さないと……。

 靄で覆われた視界は酷く視づらいが、必死に目を凝らす。

 何か、何かある筈だ。この妖の繊細な部分が…。


 すると、いつの間にきていたのか。探す事に必死になっている内に、自分の体の下に妖の真っ黒で水溜まりのような影が広がっている事に気付けなかった。バッと急いで上を見上げると、妖は僕の上に黒い靄を広げて影を作っていた。

 やばいッと、腕を上げ刀を振るおうとするが、それよりも先に妖の手に身体を掴みあげられた。掴まれた胴体がミシミシと変な音を立てて骨が軋む。その勢いのまま食い込んだ妖の手が力を強め、ゴキンッと僕の肋の骨を砕き割った。


 「ッッ!」


 あまりの痛さに喉からは音が出ず、はくはく……とただただ荒い息が漏れ出た。さらに、それにより靄の侵入を許した口からは、靄が簡単に入り込み、僕の肺を切り裂いた。「ゴブッ」と込み上げた血が口を伝って滴り落ちる。

 続け様に受けた攻撃に身体の力が一瞬緩み、刀を落としそうになるが、それを堪えて何とか耐える。

 

 大丈夫だ……、僕は死なない。やっぱり傷の治りは遅いけど、確実に修復しようと動いている。大丈夫だ、落ち着け……と、そう自分を落ち着かせる。

 

 先程と同じように僕達を覆い尽くす黒い靄は濃くなっていた。つまり、今僕は妖の根源に近いところにいる。だから見付けられる筈なんだ、心の目を。

 霞む視界の中、必死に目を凝らす。僕の足元には、先程と同じように、また妖の影がゆっくりと僕の影を覆い尽くそうと広がっていた。


 その影を見た瞬間、僕はある事を思い出した。


 ____あれ、そういえばあの時、




 

__

 

 "「目は妖の核……つまり存在源である負の感情そのもの。

 それは繊細で1番柔らかい部分、要は弱点なんだよ」"


 "「弱点……」"


 "「俺達も自分の弱点や触られたくない部分、隠したい部分は誰にも気付かれないように隠したりするでしょ?どんな生き物だって、自分の弱点になる部分は本能的に隠したがるものだからね」"



 

 ふと此処へ向かうまでにした会話を思い出す。その時は言っている意味がさっぱり分からなかったけれど、今分かった__


 


 "「それは勿論妖も同じで目を隠そうとするんだ、だから分かると思うよ」"


 __






 

 ああ、分かった。ちゃんと視えたよ、その(こころ)が___





 

 僕は手に力を入れ、しっかりと刀を握り締めた。僕の胴体を掴むその腕に向かって刀を振ると、鐘鋳君が創ってくれた刀はその靄をも斬り裂いて僕の身体は地面へと転がり落ちた。

 傷付いた身体を無理矢理引き摺ってすぐさま体制を整えて妖を見上げると、腕の靄は切れてバラバラになっているけど、思った通り妖にはダメージがないようだった。





 

 その事実で確信を得た僕は、そっと地面の影に触れる。




 ____あの時、地面に突き刺そうとしたこの刀を見て妖は僕から距離をとった。まるで逃げる様に素早く、何かを隠すかのように。

 それはただ、この刀からの攻撃を恐れて僕から距離を取ったのだと思っていたけれど、弥子君の言葉と、斬った筈なのにまるでダメージを食らっていないその身体を見て確信したよ。



 

 

 僕は刀を垂直に持ち、地面に向かって____いや、地面に浮かぶその真っ黒な()に刃を向ける。

 やっと僕の意図に気が付いた妖が飛び上がって僕から距離を取ろうとするけど、今度は僕の方が速かった。


 

 そっと刀を差し込むように、その影に向かって手を差し伸べるように、僕は妖のその真っ黒な影に向かって刀を優しく突き刺した___










 


 




 

 第三話「(かげ)名前(なまえ) (じょう)」-完-

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