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第二話『其ノ学園』






 



 

        其ノ学園は此処に或る___






 


 

___


 

 学園内高等部普通科____





 

 「__で、この一見難しいそうに見える問題も前回習った公式を応用する事で答えを導く事が出来る」


 カツカツと黒板をチョークが軽やかに走る。なるほど、これはこの公式を応用して解くのか。


 「どんな難しい問題も絶対に解けない事はない、その過程で学んだ事から絶対に答えを導き出す事ができる」


 日が差し込む教室には、チョークの音と竜胆先生の声だけが響く。なんとも静かで穏やかな時間だ。


 「それじゃあこの次の問題も同じ要領で__」


 突如、ガシャーンッと窓ガラスの割れる音が響き渡る。



 静かな時間が流れていた教室内にキラキラとガラスの破片が散乱した。



 え______?




 


 「ッあっぶねーだろ体育科ァ!!!!気を付けろ!!!」

 「わりーわりー!手が滑っちまって〜」

 「どんな滑り方したらこんな上まで飛んでくるんだよ!!!!!」

 


 た、体育科??



 

 ざわざわと人の集まる窓際に近づいて外を見ると、こちらに向かって大きく手を振るジャージ姿の数人の生徒の姿見えた。

 どうやら窓ガラスを破壊した犯人は体育科の生徒らしい。


 「はやくそのボール返してくんね?」

 「こんな重いものがボールなわけないだろ!!お前らは砲丸投げでもやってんのか!!!」

 「砲丸投げより重いんだぜ」

 「そんな物投げ込まれたら怪我じゃすまねーだろ!!!」


 さっきまで静かだった時間が嘘のように、途端に騒がしくなる空間。真下の校庭からヘラヘラとした笑顔でこちらを見上げる体育科の生徒達は、およそ普通の人間では持ち上げる事すら困難であろう重量のボールで、どうやらバレーボールをしているらしい。


 ……いや、意味が分からない。






 


 あの日、竜胆先生達に誘われてこの学園、


 私立祈納学園(しりついのうがくえん)に編入してから早数週間___





 「大丈夫大丈夫〜そんな大したことねーよ」

 「お前ら脳筋バカと一緒にされてたまるかァ!!」



 何というか、この学園は__



 「大体なんで体育科が普通科(うち)の校庭使ってんだ!」

 「いや〜今うちの校庭1年がサドンデスマッチしてっから使えねーんだわ」

 「相変わらずバケモンみたいな学科だな!」





 少し、変わっている______





 ギャーギャーと窓際で騒ぐ一部のクラスメイトを尻目に、僕や他のクラスメイト達は慣れた様子で竜胆先生の指示のもと、いそいそと散乱したガラスの破片を片付ける。


 「そういや体育科、この前家政科の敷地でも暴れてたらしいよ」

 「なんかその時は槍とか飛んで来たらしいな」

 「槍ですか、それはまた危ないですね〜……。



 


 _____いや〜びっくりしました!ね、廻君」

 「……えっ」


 まさか話しかけられると思っていなかったから急に話を振られて驚く。

 クリップピンで無造作に上げられた前髪が、目の前の彼の人懐っこい笑顔をより強調しているようだった。


 「あ、うん!ほんと、びっくりしました」


 話しかけられる、なんていう行為自体に慣れていない所為でなんだか顔が熱くなる。声が少し上擦ってしまったの、バレていないだろうか。

 そんな僕に優しく笑い掛けてくれる彼は、たしか、


 「えっと、仲平(なかひら)君…?」

 「そうですそうです!仲平 悠太(なかひら ゆうた)です!悠太でいいですよ〜」


 少し釣り上がった大きな瞳を緩ませてパッと花が咲いた様に笑う彼__悠太君は僕と同じ普通科のクラスメイトだ。


 「じ、じゃあ悠太君、体育科の生徒はいつもあんな感じなの?」


 誰かを名前で呼ぶことなんて、記憶を無くして以来初めてで少し緊張する。

 そんな緊張を誤魔化すように頭に浮かんだ疑問を口にした。


 「そうですね〜……。


 本当は学科ごとに敷地があるので、各学科は敷地内で授業する事が基本なんですけど……。体育科は先生を始め、なんとも自由な生徒や授業が多いようで、こうやって他学科の敷地で問題を起こす事は、そう珍しいことでは無いですね」


 なるほど、度々あるからこそ皆こんなに冷静で落ち着いていられるのか。僕なんか未だに心臓が破裂しそうなほど波打っているのに、悠太君は「まあ窓ガラスが破壊されるなんて事はそうそう無いですよ〜」なんて呑気に笑っている。

 そんな僕を見てか、悠太君はその人懐っこい笑顔で言う。


 「編入したばかりだと、色々と慣れない事ばかりで大変ですよね。僕で良ければ、なんでも言ってください!」


 その言葉に心臓の辺りが温かくなる。




 

 ………やっぱり、この学園は変わっている。



 僕が編入して来た時だって______



 


____


 「回道 廻です、よろしくお願いします」


 なんの当たり障りもない、至って平凡な自己紹介。



 

 あの日、僕が学園に編入する事が決まった日、まるで元々描かれていたシナリオの様に全ての事があっという間に進んだ。

 元々通っていた高校には、最初に出会った時既に竜胆先生が編入手続きを終わらせていたらしい。お世話になっていた施設は、全寮制の学園への編入に伴い、やむを得なく僕は施設から出る事になった。

 少ない荷物を持って施設を出る僕に、「行き先が決まって良かったわね」なんて施設の職員は安心したように笑い掛けた。でもその笑顔からは厄介払いが出来て良かった、と安堵の表情が滲み出ていて、僕はそれを真っ直ぐに見つめ返す事が出来なかった。



 

 竜胆先生に導かれるまま窓際の席に着く。真新しい制服独特のパリッとした着心地のせいで少し動きづらい。

 ずっと誰かと関わる事から逃げてきたから、今更どうやって関わればいいのか分からない。そんな事を悶々と考えているとポンっと肩に手を置かれる。


 「なあなあ!回道の能力ってなんなんだ?」

 「へ……?」


 驚いて顔を上げると、わらわらと僕の席を囲むようにクラスメイト達が集まっている。


 「てか髪すげぇな、どうなってんの?」

 「隈酷くない?」

 「こんな時期に編入なんて珍しいな」


 僕を囲むクラスメイトが一斉に話しかけてくる。こんな事初めてで困惑する。テンパった頭を必死に回転させて僕は口を動かした。


 「こ、この髪は地毛で、隈は、えっと、なんでだろう……。えっと、僕の能力は、何ていうか、死なない、みたいな感じ……かな」


 まばらに白髪の混じったこの髪の毛も、目の下に深く刻まれた隈も、不気味で気味が悪いとよく言われた。極め付けはこの死なない身体、そんな僕を人は化け物と罵った。


 此処でもやっぱり、僕は化け物なんだろうか。


 ドキドキと嫌に鳴る心臓がうるさい。ごくりと唾を飲み込んでそっと顔を上げると、僕の予想に反して彼等はキラキラとした目で僕を見つめていた。


 「死なないって不死身ってことか!?すげーな!」

 「それで地毛ってかっこいいな〜!俺も染めよっかなあ」

 「普通科には珍しいすごい能力だな」


 僕の想像とは違って彼等がそれぞれ口々にする言葉は、どれも思っていたものとはかけ離れたものばかりで拍子抜けする。戸惑う僕を、彼等は太陽のような眩しい笑顔で見た。



 

 「これからよろしくな!回道!」




 

_____




 

 編入初日に言われたその言葉に、見える景色がいつもより色付いて見えた事を思い出した。初めて向けられた嫌悪の無い綺麗で真っ直ぐな言葉は、思い出すだけでも心臓の辺りがじんわりと温かくなる。


 だから悠太君の言葉は、僕の心を温かくするには十分過ぎるくらいで、そんな心臓を抑えるように僕はきゅっと小さくシャツを握り締めた。


 

 ……この気持ちをどう表現すれば良いのかを、僕は知らない。


 

 こんな時、なんて言えば良いのか、僕には分からないんだ。



 「はーい、それじゃあ授業再開するから席に着いて〜」


 僕の思考を遮るように、パンパンっと手を叩いた竜胆先生の声が重なった。


 「それじゃあ廻君、また話しましょうね」

 「あっ……」


 そんな僕に嫌な顔一つせず、悠太君は自分の席に戻ってしまった。それにつられて僕も慌てて自席に着いた。いくら人と関わって来なかったとはいえ、自分の気持ちを表現することすら出来ない自分に嫌気がさす。


 「はあ……」と深い溜息を吐きながら、ふと割れた窓ガラスから校庭を眺める。そこでは恐らく何の反省もしてないであろう体育科の生徒達が、我が物顔で普通科の校庭を存分に使ってバレーボールを再開している。



 

 あ____高専寺君だ。


 


 バレーボールをしているとは到底思えない衝撃音が響く校庭に、見知った姿を見つけた。あの日竜胆先生と一緒に僕を迎えに来てくれた高専寺君や狐塚君とは、あれ以来会えていない。だからこの学園に編入してきて、僕は初めて彼の姿を見た。


 高専寺君体育科だったんだ、なんて考えながらぼーっとその姿を目で追いかけていると、そんな僕の視線に気づいたのか此方を見上げた高専寺君とバチっと視線が重なった。

 彼は一呼吸置いて、片手を挙げヒラヒラと此方に手を振ってくる。そんな彼に僕は慌てて手を振り返した。そんな僕を見て可笑しそうに笑った後、高専寺君は僕に向けて口をパクパクと動かす。


 何て言っているんだろう?


 所詮口パクのそれはグッと目を凝らさないと理解できない。



 

 "ま"


 "た"


 "な"



 

 …………またな?



 

 僕が理解したのが伝わったのか、高専寺君はそれ以降僕を見る事はなかった。





 __


 

 時は流れ学園内には昼休みを告げるチャイムが鳴り響き、待ちに待ったお昼ご飯に生徒達の足は弾み始める。巨大な学園なだけあって、昼休みになると一気に学園内は賑わいを増す。


 そんな中、お弁当など持たない僕は売店でお昼ご飯でも買おうとひとり席を立つ。そうして教室を出ようとしたところで、教卓に立つ竜胆先生に呼び止められた。


 「あ、廻君少しいいかな?話したい事があるんだ」




_____


 学園内高等部視聴覚室____

 

 

 話したい事があると言った竜胆先生に連れられるがままやってきたのは視聴覚室だった。


 普通の扉より少し重さのある扉を開けると、そこには大きなシアターのある広い空間が広がっていた。

 「テキトーに座ってて」と竜胆先生はスクリーンのセッティングをし始めたので、僕は大人しく前の席に腰掛ける。以前通っていた高校の視聴覚室より一回りも二回りも広いこの空間は、広過ぎて少し落ち着かない。手持ち無沙汰に道中で買ったお昼ご飯を手にそわそわしていると後方から重たい扉の開く音がした。


 「わりー、遅れた」

 「りんどーもう来てる?」


 振り向くと、そこには謝罪の言葉とは裏腹に全く悪びれた風のない高専寺君と狐塚君の姿があった。


 「とっくに来てるよ、全く君達のその遅刻癖はいつになったら直るの?」


 呆れた様子で溜息を吐きながら竜胆先生は不満を溢す。そんな竜胆先生を特に気に留めることなく、2人は僕の隣に腰を下ろした。


 「久しぶりだね回道、元気だった?」


 あの日以来、久しぶりに会った狐塚君が僕に笑い掛けた。


 「うん、元気だよ。狐塚君全然見かけないから、本当に久しぶりだね」


 久しぶりに2人に会えた事が嬉しくて自然と口角が上がる。誰かに会えて嬉しいだなんて、なんだか不思議な気持ちだ。

 そんな僕を見て、狐塚君は不思議そうにその長い黒髪を揺らした。


 「狼にはどこかで会ったの?」

 「あ、いや、高専寺君とは会ったっていうか、今日偶然見かけたんだ」


 へらりと笑いながら今日の事を思い出して口にする。そこでやっと、高専寺君が何故、僕に「またな」なんて口にしたのかを理解した。


 なるほど、あれは今日此処で会う事を知っていたからか。


 「回道は確か普通科だったよね……。て事は狼、またなんか問題起こしたの?」

 「俺じゃねーよ?ノーコンな奴が普通科の教室にスパイク決め込んでただけ。穏便に解決してたぜ、な?回道」

 「えっと、うん…?」


 いやいやと顔の前で片手を振り否定の意を示す高専寺君に、僕は昼間の様子を思い出して一体どこが穏便だったのだろうと考える。


 「りんどーはこういうとこ寛大だよね」


 俺達にはいつも口煩いくせに、と狐塚君は不満そうに口を尖らせた。その言葉にチラリと竜胆先生を見ると、相変わらず感情の読めない笑みを浮かべている。


 「まあ、それは置いといて!

 3人揃ったところで、廻君にざっとこの学園について説明しようか」


 パンッと一つ手を叩いて竜胆先生が空気を変える。準備が出来たのか、目の前の大きなスクリーンには学園の校舎が映し出されている。


 「本当はもっと早くに説明するべきだったんだけど、ちょっと色々と忙しくてね……」


 「ごめんね」と、そう言って僕に眉を下げた竜胆先生に、僕は慌てて首を振ってみせた。


 「じゃあまず大前提として、此処、私立祈納学園には能力者しか入学できない。入学どころか、能力を持たない普通の人間はうちの敷居を跨ぐことすらできないんだ。


 つまりこの学園の生徒達や教員、職員を含む誰もがどんな微々たるものでも能力を持っていることになる。


 そしてこの学園には、幼稚舎(ようちしゃ)から、初等部(しょとうぶ)中等部(ちゅうとうぶ)高等部(こうとうぶ)大学棟(だいがくとう)まであって、能力者が普通の人間と同じ様に学べるシステムや娯楽施設等が充実してる。

 ちなみに、そこの狼と弥子は幼稚舎から学園に通ってるよ」


 そう言われて高専寺君と狐塚君を見る。


 「幼稚舎って…そんな小さな頃から学園に?」


 思わず出た驚きの声に狐塚君が反応する。


 「幼稚舎から通ってる生徒は割と多いよ。まあ、幼稚舎から通ってる生徒は全員、登録済(とうろくず)みの能力者ばかりだけどね」

 「………登録済みの能力者?」


 初めて聞く言葉に、同じように聞き返せば今度は椅子にのけ反って座っている高専寺君が口を開いた。


 「登録済みってのは、この学園に予め能力が登録されてる家系の能力者の事だよ。本来、能力ってのは遺伝的なもんで代々受け継がれて覚醒するもんだからな。

 そーゆー代々受け継がれた能力を持つ家系の奴は既に学園に能力が登録されてっから、当たり前みてぇに能力が覚醒したらこの学園に入学すんの。

 でもごく稀に、能力を持たない普通の人間から産まれた子供に新しく能力が覚醒する事がある。そーゆー奴らは、存在を認知されると学園に入学する様に勧誘されて、途中から編入して来んだよ。


 ________お前みたいにな」


 高専寺君はどこか揶揄うように頬杖をつきながら僕を見て笑った。


 なるほど、だから僕はこうして勧誘されたのか。


 「でも、どうして学園に勧誘するんですか?」

 「それは、能力者にとって学園が外よりも生きやすい環境ってこともあるだろうし、能力をちゃんと制御できるようにしてあげることで、自分自身を守れるようになるでしょ?あとは、妖を祓える能力者に御役目(おやくめ)を担ってもらう為……、いや、これは後でいいか。

 

 ま、こればっかりは、学園のお偉いさんしか本当の事は知り得ないからねぇ……たぶん能力者の情報を学園で管理しておくと色々と便利なんだよ」


 そんな適当な、と呆れる程の物言いで竜胆先生は答えた。「じゃあ次いくね〜」とマイペースに進み始め、僕は再びスクリーンに視線を動かした。


 「更に学園は高等部から様々な学科に分かれる。廻君のいる普通科を始め、日文科、理数科、体育科、家政科、商業科、工業科等……数多くの学科が存在している。そして高等部で所属していた学科から、そのまま大学棟へ進学するのが基本の流れかな。学科選択は自由だけど、殆どの生徒達は自分の性格や能力の性能にあった学科を選択してることが多くて……。

 廻君の場合は、特に希望が無いみたいだったから無難に普通科にしておいたけど、学科変更は出来ない訳じゃないから、途中で変更希望があったらいつでも言ってね」


 ザッとスクリーンに映し出された学科の数を見て驚く。確かにとんでもなく大きな学園だとは思ってたけど、こんなにも沢山の学科が存在してるとは思わなかった。


 そういえば、今朝の出来事で高専寺君が体育科だったことは分かったけれど、狐塚君はどこの学科なんだろう。


 「……高専寺君は体育科だよね、狐塚君はどこの学科なの?」

 「俺は理数科3年。学園1問題の多い体育科とは対照的な学科だよ」

 「そりゃ理数科は朝から晩まで机に齧り付いてる様な学科だからな」

「はいはい、今は君達の煽り合いに構ってる暇はないの」


 狐塚君のその印象的な左目の目元に並んだ2つの黒子が、ピクリと動いたのはきっと気のせいじゃないんだろうな。悪戯に八重歯を覗かせて笑う高専寺君はなんだかとても楽しそうだ。笑ったまま見つめ合う2人。竜胆先生は手馴れた様子で制した後、僕に向き直った。


「それで、ここから少し廻君に大事な話」


 ふわりと先生の長いピアスが揺れて、深い青色の瞳が僕を映し出す。


 「説明した通り、学園は能力者にとって生きやすい環境を創り出すために存在してる。

 ……でも学園で暮らすに当たって、どうしても担ってもらわないといけない御役目(おやくめ)があるんだ」

 「御役目(おやくめ)?」


 先程聞いたような言葉に首を傾げる。

 

 「学園で暮らす能力者達にはこの世に蔓延る妖を祓う、「(はらえ)」と言う御役目が与えられるんだ」


 この学園に入学してから数週間。あまりにも平穏な毎日に、あの日見た妖と呼ばれた化け物は、もしかすると幻だったのではないかとさえ僕は思っていた。


 「妖を……あれを祓う?」

 「そう、祓うんだよ。妖を祓えるのは、妖を目視でき、かつ祓える異能力を持った僕たち能力者だけなんだ。

 だから学園は、能力者達にそれぞれ妖を祓う「祓」の(めい)を与える、言わば労働機関でもある」


 ……なんだそれ。そんなの聞いてない。そんなの無理に決まってるじゃないか。


 あの日起きた出来事を思い出すだけでも体が震えてくる。人のありとあやゆる負の感情だけでできた化け物を前にして僕は何も出来なかったんだ。


 「そんなの、出来るわけないじゃないですか…あんな化け物を倒せるわけが____」

 「だから学園が存在してるんだ。

 ここはあらゆる能力者達を育成する場でもあるんだ。何も死にに行かすような真似はしないよ。御役目も能力者の力に合ったレベルで与えられている。

 

 学園にいる能力者が全員、狼や弥子みたいに強い能力を持っている訳じゃないんだ。中にはあまり力を持たない能力者や、御役目には不向きな能力者だって沢山居るからね。

 学園本部は学園の能力者達に、それぞれが祓うことの出来るレベルで御役目を与えているんだ」


 その言葉を聞いて少しだけ肩の荷が降りる。とはいえ、僕に妖を祓う事ができるなんて微塵も思えない。


 「………それでも、僕に妖を祓う事なんて、出来るとは思えません」

 「まあ、確かに今の廻君には妖を祓うことの出来る力なんてないけど…」


 竜胆先生は何やら言い淀んだ後静かに口を開いた。


 「……でも、君のその能力は酷く戦闘向きなんだよ。

 今は、ただの不死身なだけの能力者かもしれない。でもこの学園で祓う(すべ)を身につければ、例えダメージを与えられても決して死ぬ事はない、最強の能力者になれる。

 それは廻君にとってとても辛いものかもしれないけど……、でもそれを見込んで学園は君を選んだんだ」

 「そんな……っでも僕に、そんなこと…」


 失望と、絶望と、恐怖……。期待を裏切られたかのような気持ちに僕の感情はぐちゃぐちゃになる。そんなぐちゃぐちゃになった感情を抑えるように、僕はキツく口を結んでぎゅっと拳を握りしめた。

 そんな僕を諭すように竜胆先生は静かに口を開いた。


 「……「祓」はとても大切な御役目なんだ。

 人が生きる限り、人が人とが共に生きる限り、人に感情が存在する限り、妖は生まれ続ける。

 そしてこれから先、もっともっと生きづらくなっていくこの世界は、きっと妖を増やし続けていく……。

 僕達能力者が祓う事を止めてしまったら、やがてこの世は妖に飲まれてしまうだろうね。


 ____だから僕達は祓わなくちゃいけない。


 まるで、それが僕達の役目であるかのように、僕達には祓う力が与えられているんだから。


 だから学園には廻君の力が必要なんだ」


 強い意志を持つ深い青色に見つめられて、僕は息を呑んだ。


 

 ……ああ、駄目だ。だって先生の言っている事は理解できるんだ。理解できるからこそ、そんな風に言われては僕には頷くしか道がないじゃないか。


 「わ、かりました……」



 ___でも、それでも、僕が誰かに必要とされたのなんて初めてだったから。



 握りしめた拳の力をさらに強める。



 「………ありがとう、助かるよ。


 ま!そんなに心配しないで。廻君が御役目を受ける時は基本的に狼と弥子の3人で組んでもらうから」


 「……へ?」と思わず間抜けな声が出た。


 「この前見た通り2人は能力者の中でもトップクラスの能力者でね、当たり前に御役目をもらってるんだよ。

 廻君が御役目をもらう時は、基本的に狼と弥子も一緒につくようになるから安心してよ」


 2人がどれだけ強いかなんてあの日の光景を思い出せばすぐに分かる。膨大な負の感情も、突き刺さるほど感じた死の恐怖も、一瞬にして掻き消す程の力を、僕はあの日目に焼き付けていた。

 そんな2人が一緒に居てくれることに安心して、握り締めていた手を解く。僕は安堵の表情を隠す事もなく、2人の方を向くと興味無さそうに欠伸をする高専寺君と、僕の視線に気付いた狐塚君が目を細めて口を開いた。


 「りんどーが言ってるみたいに、基本的には能力者のレベルにあった御役目が殆どだから、心配しなくても大丈夫だよ。回道の御役目には俺達も同行するし、これでも一応、俺達S級の能力者だからさ」

 「S級?」


 首を傾げた僕の後ろで「あ、忘れてた」と間の抜けた声が聞こえる。その声に振り返ると「ごめんごめん、すっかり説明するの忘れたよ」と竜胆先生がいつもの様にヘラヘラとした笑みを浮かべていた。


 何というか、本当に読めない人だな、と思った。その上手く感情を隠すかの様な薄い笑みが、更に竜胆先生という人を適当な人に仕立て上げているようだった。


 手際よくモニターを操作した竜胆先生は、新しい画面を映し出す。


 「御役目は妖と能力者のレベルに合わせて与えられてるから、俺達能力者は、学園本部によって祓う事の出来る能力であるかを基準に、それぞれ階級に分けられてるんだ。


 下から、D級、C級、B級、A級、S級、そして1番上のSS級に分けられる。


 下の階級にあたるD級とC級は、能力者ではあるけど強い力は無くて妖も殆ど祓う事は出来ない、だから視る事は出来る能力者って感じだね。

 

 次がB級。この階級にはあまり戦闘向きではない能力者や、能力が上手く使いこなせていない能力者達が多いんだ。


 その次がA級で、この階級が学園内の能力者の中で1番多い階級だ。この階級からは主に戦闘に特化した能力者や実力派の能力者達ばかりになる。A級能力者達からは御役目の危険度も格段に上がっていくからね。


 そしてA級よりも上であるS級クラスの能力者には極めて危険度の高い御役目ばかりが与えられる。その御役目をこなし祓える者が、狼や弥子たちS級能力者なんだ」


 一通りの説明を終えた竜胆先生は軽く息を吐いた。僕はその説明を聞いて、改めて高専寺君達がどれ程掛け離れた強さを持つ能力者であるのかをモニターに映し出された階級を見つめながら認識していた。


 「買い被りすぎじゃね?」

 「なんでそんなとこで謙虚なの」


 僕の横では、そんな会話が高専寺君と竜胆先生の間で繰り広げられていた。


 「狐塚君達がS級能力者なら、SS級の能力者はどれぐらい強いの?」


 僕は隣に座っている狐塚君に聞いてみる。


 「そうだねぇ…俺たちの全力を3分の1くらいの力で捩じ伏せちゃうぐらいの強さ、かな」


 怪しく目を細めた狐塚君に、たらりと冷や汗が流れる。


 「孤塚君達を3分の1の力で……」

 「まあその説明、間違ってないけどあんまり間に受けないでね廻君。狼と弥子はS級の中でも限りなくSS級に近い能力者だから」


 横から説明を付け加えた竜胆先生の言葉に思わずギョッとする。限りなくSS級に近いって、やっぱり2人ともめちゃくちゃ強いじゃないか。


 「狼も弥子もほぼSS級と言ってもいい能力者なんだけど、SS級は1番上の階級なだけあって、その数は2桁にも満たなくてね。

 SS級能力者は確かに存在してるんだけど、本当にごく僅かな能力者だけなんだ、だからほとんど存在しない階級と言ってもいい。

 まあ、表向きはS級が1番上の認識で大丈夫だよ」


 その認識で大丈夫なんだ、とは思ったけど口には出さなかった。そんなごく僅かなSS級能力者は神様かなんかなのだろうか。


 あ、そう言えば____


 「僕に階級はあるんですか?」


 ふと気になった疑問を竜胆先生に投げかけた。


 「勿論あるよ。廻君はB級の能力者だ。この階級はC級が大半を占める普通科では、とても珍しい階級なんだよ」


 B級という想定していたよりもずっと高い階級に驚く。その反面、御役目を与えられるぐらいなのだからそれもそうかと納得する。


 「普通科にB級能力者は廻君と悠太、あとは玲子の3人だけ。………だからきっと悠太も嬉しかったんじゃないかな、同じ階級同士は一緒に御役目を受けることもあるから。

 悠太、とても良い子でしょ?」


 み、見られてた……。


 今朝のやりとりを見られていたことに頬が熱くなる。竜胆先生の言う通り、悠太君はとても良い人だ。彼が優しさを象徴する様な人物であることが、あのたった数分の出来事だけで分かったのだから。

 僕は頬に熱を宿したまま、「はい、とても」と答えた。


 程なくしてパッとモニター画面が映り変わる。


 「ちなみに妖の階級もこれと同じ。


 D級はほぼ無害、小さな負の感情が妖になったものだから、おおよそ全ての人間に憑いている。この世に負の感情を全く持たない人間なんて居ないからね。

 だから妖を生まない人間なんて祓う能力を持つ血が通う、僕達能力者だけだと思っていい。僕達の異能力の力の源は血液だからね、たとえ僕達がどれ程の負の感情を持とうともこの血が負の感情を祓うから妖にはならないんだ。

 まあD級の妖は、あまり力を持たないD級能力者にも祓う事はできるんだけど……基本的に無害で、ほぼ全ての人間に憑いているD級を祓うなんてキリがないし、人間が自分でコントロールできる程度の負の感情だから、あまり御役目になることは無いかな」


 そう言われてやっと納得した。異能力者ではあるものの、同じ人間である僕達が何故妖を生まないのかずっと不思議に思っていたけれど、そういう事だったのか。


 「だけど、C級からは人間に害を及ぼす様になる。

 直接的な攻撃性はないけど、人間を唆し、誑かして簡単にその一線を越える様に仕向ける。

 危険度でいうと、廻君が受ける事になるB級辺りの妖からはかなり凶暴性が増してくるから要注意かな。ちょうど廻君が遭遇したあの妖はB級だね、自我が芽生え、確実に意識を持って攻撃してくる。

 あの妖は元々C級程度の妖だったんだけど、人間の負の感情が一定の境界線を越えることで、妖の階級は上がっていく。だからC級の妖でも負の感情が大きくなる前に祓わなくちゃいけないんだ」


 ……………………いや、いやいやいや。あの妖がB級?僕はあの妖相手に手も足もでなかったのに、あれを僕が祓う?……無理だ。


 サーっと血の気が引いていく僕を見てか、高専寺君が頬杖をつきながら反対の手で僕の背中を軽く叩いた。


 「まあそんなビビんなよ。あん時、お前は能力の事知らなかったんだから、なんも出来なくて当たり前。

 別に御役目も今すぐに与えられる訳じゃねぇし、俺等もいんだから大丈夫だろ」


 軽い発言とは裏腹に確かな強さを含んだその言葉は、僕を少し安心させた。


 「A級から上の妖は、言わずもがなしっかりとした自我をもった危険な妖ばかりになる。A級の僕はS級の妖に手も足も出ないだろうね」


 そんな恐ろしい事を、なんて事ない他人事の様に竜胆先生は言った。


 「それから妖の階級の見分け方だけど……、どういう訳か全ての妖は階級が上がるにつれ、その見た目はどんどん僕達人間とそっくりに成っていくんだ。

 おおよその目安としては、C級は言葉を、B級では自我が芽生える。A級になると四肢が生え、そしてS級になると、その見た目は僕達人間と殆ど変わらなくなる。

 SS級にまでなると、見た目はもう完全に人に成り見分けがつかなくなる。そしてさらに、SS級の妖はその負の感情が強大すぎるあまり、それが周囲の人間に干渉して、能力を持たない人間にも普通に目視できるようになるんだ。つまり、SS級の妖は、まるで僕達人間と同じように存在することが出来るようになるんだ。


 ………人の姿を成して、異能力と似た負の力を操るSS級は、なんだか僕達能力者にそっくりだと思わない?」


 ごくりと唾を飲む。そう言って妖艶に微笑んだ竜胆先生の瞳は何処か冷たくて、怖いと、直感的に思った。


 「……りんどー、怖がってるから」

 「ごめんごめん、冗談だよ」


 そんな僕を見てか、一声かけた狐塚君の言葉に竜胆先生はいつもの笑顔で僕に笑って見せた。


 「まあでも、見た目が完全に人に成るっていうのは本当だから気をつけてね。


 ……って言っても、能力者と同じ様にSS級の妖なんて殆ど存在しないんだけどね!

 だから妖も同様に表向きはS級が1番上みたいなものだよ」

 「な、なるほど…」


 今日1日ではあまりにも多すぎる情報に理解が追いついていないけれど、この学園の能力者が日々妖と戦っているということは理解できた。

 そう思うと改めて、高専寺君と狐塚君は優しくて強くてかっこいいなと思った。


 ………でも僕にもそれができるのだろうか。

 僕には2人の様な強大な力は無いし、妖を祓うなんてこと、本当にできるのだろうか。


 御役目を担うと頷いたものの、じわじわと不安や恐怖が押し寄せる。そんな僕の耳に、竜胆先生の優しい教師の声色が届いた。


 「………一つ、アドバイスをあげるよ。

 廻君はこの学園に編入する前、誰かの記憶に残りたいと言ったね。この世界に自分の生きた証を残したい、と」


 確かに言った。僕は誰の記憶にも残らない様なそんな人生から、そんな自分から変わりたいんだ、と。


 「「祓」は誰かを救う御役目だ。救われた人間は自分を救ってくれた人間を確かに記憶する。

 誰かを救うことは誰かの記憶に残ることなんだよ。

 

 きっとこれから、廻君は御役目を通して沢山の人と関わる事になる。人と関われば関わるほど色んな影響を受けて廻君は変わっていくし、逆に廻君が誰かを変える事だってある。

 こんな言い方は少し狡いかもしれないけど、御役目は廻君にとって「この世界に生きた証を残す」ことを後押しする大きな一歩になるよ。


 _____きっと、ね」




 「御役目は誰かを救うこと…」


 

 誰かを救うことは誰かの記憶に残ること___


 

 竜胆先生の言葉がストンと胸に落ちる。「御役目」を通して僕は変われるのだろうか。

 不思議と押し寄せていた不安が安らいでいく様だった。


 「……僕、頑張ってみます。

 上手くできるかなんて、分からないけど………でも、こんな僕でも誰かを救う事ができるなら」


 瞳を逸らさずに竜胆先生の瞳を真っ直ぐに見つめた。そんな僕に竜胆先生は少しだけ目を見開いた様な気がしたけど、すぐに優しく目尻を下げて微笑んだ。


 「……その言葉が聞けて嬉しいよ」


 竜胆先生がそう言った後、予鈴が鳴る。「もうそんな時間か」と竜胆先生がいそいそと片付けをし始め、僕も扉に向かう高専寺君達を追って慌てて席を立った。慌ただしく扉へと向かっていると、「あ、そうだ廻君」と僕を呼ぶ声が聞こえて、振り返る。


 「変わろうとする君にもう一つ。


 一緒に成長してくれる友達を作りなさい。思い切って声に出してみるといいよ。それは案外、大した事ないものだからさ、きっと君を受け入れてくれる。

 特に悠太は、君が編入してからずっと気にかけててね………。


 どんなに不器用な言葉でも心は伝わるものだよ。



 ______頑張れ!廻」


 不意に呼び捨てにされた名前に心が弾む。なんだかぐっと距離が縮まったみたいで嬉しい。名前を呼ばれるのがこんなにも嬉しいなんて、僕は此処にくるまで知らなかった。



 僕なりの不器用な言葉で、伝える______



 「ありがとうございます」と小さく頭を下げて、ヒラヒラと手を振る竜胆先生を背に早足に教室へと向かった。




 


_____



 

 キーンコーンカーンコーン

 

 と、全ての授業が終了した事を告げるチャイムが校舎に響く。

 結局僕は、せっかく竜胆先生にアドバイスをもらったのに、なかなかそのタイミングを掴めず放課後になってしまった。その上お昼ご飯も食べ損ねてしまって、本当についてないなと、思わず溜め息を溢した。

 肩を落としながら鞄に教科書を仕舞い、ふと教室を見渡すと、クラスメイト達は友人と言葉を交わしながら教室を後にしている。




 

"「一緒に成長してくれる友達を作りなさい」"





 

 そんな様子を見て、竜胆先生の言葉が頭の中を反芻する。


 「友達……か」


 僕はキュッと唇を結び、鞄を掴んで姿の見えない彼を探して教室を飛び出した。






 

 

 放課後に浮き足だった生徒を尻目に、あの笑顔を探して走った。普段運動なんてしないから、少し走っただけで息が切れた。そうして息を切らしながら昇降口まで来ると、やっと見つけた。







 


 "「それは案外、大した事ないものだからさ」"





 


 

 

 乱れた呼吸のせいで肩が大きく上下する。それを全て抑え込むようにして、空っぽのお腹に力を入れて、体温の上がる身体に背中を押されるように、僕は大きな声でその名前を呼んだ。









 「悠太君!!!!!!!」







 

 少し上擦ってしまった僕の大きな声に、名前の主__悠太君は目を見開いて振り返った。驚いて振り返った拍子に、その手に持っていた靴が音を立てて転がった。


 「びっ…くりしました」

 「ご、ごめんね!驚かせるつもりはなくて!」


 自分でも思っていたより大きな声が出てしまって、驚かせてしまったことに申し訳なくなる。ワタワタとひとり慌てる僕に悠太君は優しく微笑んだ。


 「大丈夫ですよ、廻君から話しかけてもらえるなんて思わなかったので嬉しいです。何か、困ったことでもありましたか?」


 どこまでも優しい彼に、グッと心臓の辺りが暖かくなる。

 僕はギュッと手に力を込めて、悠太君のその優しい瞳を今度こそ真っ直ぐに見つめた。


 「ゆ、悠太君にどうしても、伝えたい事があって……、

 

 あのっ今日は話しかけてくれてありがとう!!本当はすごく、嬉しかったんだ!!


 でも、僕、あまり誰かとちゃんと関わった事がなくて……、だから、その、こういう時……どうしていいのか、分からなくて……」






 



 "「どんなに不器用な言葉でも心は伝わるものだよ」"





 




 

 「……っ悠太君!!僕と友達になって下さい!!」




 

 言葉の勢いに押される様にギュッと目を瞑った。めちゃくちゃな事を言ってしまった恥ずかしさで、顔を上げられない。

 きっとほんの数秒にしか過ぎないその沈黙の時間が、僕にはとても長く感じた。


 クスクスと笑う声が聞こえて、僕は恐る恐る顔を上げた。そこには頬を赤く染めながら笑う悠太君がいた。


 「わ、笑ってる……」

 「いや、廻君にそんなこと言ってもらえるなんて思ってなかったので、つい嬉しくて……」


 そう言って口を抑えて笑う悠太君に、なんだかもっと恥ずかしくなって体温が上がる。


 ふうっと息を吐いた悠太君は、僕を見つめ返して嬉しそうにはにかんだ。


 「僕も、ずっと廻君と仲良くなりたいと思ってたんです。

 だから、なりましょう!友達!」


 そう言って悪戯に歯を見せて笑ってくれた悠太君が僕に手を差し出した。差し出された手の平に、僕はじわりと目が熱くなる。そんな熱を飲み込む様に目を力を入れて、僕は悠太君の手をゆっくりと優しく、宝物を包み込む様に両手でギュッと握り返した。




 

 

 

 人の体温がこんなにも温かい事も、誰かと交わす言葉がこんなにも優しい事も、誰かの瞳に自分が映る事が、こんなにも嬉しいだなんて、僕は知らなかった。




 

 

 「あ、ありがとう……」


 僕がそう小さく溢した瞬間、わぁっと辺りから歓声が沸く。

 その声にハッと我にかえって周りを見渡すと、握手する僕達を見て祝福の声をあげる生徒でいっぱいだった。




 

 そうだ、今は放課後で、しかもここは昇降口だった。



 


 そんなところで僕は………!と、恥ずかしさでいっぱいになる僕とは対照的に、悠太君は「ありがとうございます〜」なんて言って呑気に笑って手を振っている。いや、そんな事してる場合じゃないよ悠太君!


 「お、何してんの回道」


 声のする方へと振り返ると、そこにはお昼休みぶりに見る高専寺君と狐塚君。何とも恥ずかしいこの状況に、もうどうにでもなれと僕は意を決した。


 「こ、高専寺君、狐塚君……。

 ……っあの、僕!2人とも友達になりたい!!!」


 不意を突かれたような2人の顔に、お門違いにも初めて見る表情だななんて考えた。


 「今更だろ〜」

 「ほんと、回道は面白いね。俺等はとっくにそのつもりだったよ」

 「え……、そうなの?」


 何言ってんだ、とでも言いたげな高専寺君と、クスクスと笑う狐塚君の姿に拍子抜けする。その様子に、僕はなんだか肩の力が抜けて言えなかった言葉がスラスラと出てくる。


 「……じゃあ、2人のことも、名前で呼んでも良い…?」

 「おー、駄目とかねぇよ」

 「っありがとう……、狼君、弥子君」


 2人の返事が嬉しくて、その名前を噛み締めるように呟いた。そんな僕に、少しだけ僅かに狼君が目を見開いた様な気がしたけれど、気の所為だろうか。


 「人やば、さっさと帰ろうぜ」

 「あれ、仲平じゃん」

 「狼君に弥子君!!久しぶりですね」


 人生で1番勇気を振り絞ったこの数分間に、僕は置いていかれるように歩き出す3人をぼーっと眺める。

 

 程なくして、そんな僕に気付いた3人が此方を振り返る。


 「何してんの、回道」

 「帰るぞ〜」

 「廻くーん!一緒に帰りますよー!!!」


 不思議そうに僕を見る弥子君に、気怠げに振り返る狼君、僕に向かって大きく手を振る悠太君。





 

 

 

 そうか、暖かいのは心臓じゃなくて、心だった。







 

 ふんわり、優しい春の風が吹き抜ける。







 

  "「それは案外、大した事ないものだからさ」"






 


 ______ああ、本当だ。



 

 


 「うん!」


 力強く地面を蹴って踏み出した一歩は、今までで一番軽やかだった。













 

 


_____


 学園内立ち入り禁止エリア学園本部祈納神社___



 

 

 学園の中心に聳え立つ巨大な神社。一般生徒は勿論、教師職員ですら限られた者しか立ち入る事は許されない。そこは学園の中枢機関___学園本部である。






 

 「____報告」


 

 蝋燭の灯りだけが怪しく揺れる屋敷内に、不気味な布で顔を覆った数名の男女の声が木霊する。


 「例の不死ですが、普通科に編入、竜胆の監視の下、高専寺、狐塚と共に御役目を担う、と」


 「S級か……随分と手厚いな」


 「まあ、彼は極めて貴重ですので」


 「__して、不死の階級は?」


 淡々と言葉が飛び交う中、回道廻についての資料がガサガサと音を立てる。



 

 「不死__回道 廻の階級はSS級とする」



 

 静寂の中、集う者達の関心の声が漏れる。蝋燭の灯りに照らされ、恍惚とした口元が怪しく歪む。


 「____次、処刑対象はどうなっている」


 「未だ、所在は掴めておりません」


 「殆どの能力者についても詳細は不明のまま……」


 「分かっているのは、破壊(はかい)災厄(さいやく)か」


 幾つも重なる資料の中、写る2人の少年少女。まだあどけなさの残るその容姿には似合わず、大きく処刑対象と記されている。


 「災厄か……」


 「ああっ、なんと悍ましい……!」


 「あれから何年経ったと思っている!!!」


 「やはり、高専寺と狐塚に任せたのは間違いだったか……」


 各々の言葉が飛び交い、その度に蝋燭が不気味に揺れ動く。



 

 「____いえ、彼等が適任でしょう。




 


 彼等は当事者であり、___なのですから」






 

 何処からともなく吹く風が怪しく蝋燭の灯りを消す。






 


「___彼等の不始末は、彼等でにつけるべきでしょう」







 




 其ノ学園に木霊する声は一体誰のものなのか。





 



 

 


第二話「其ノ学園(そのがくえん)」-完-

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