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第一話『邂逅』







 



   きっと誰の記憶にも残らない、そんな人生だった








 


 

___





 

 雲一つない気持ちの良い晴れの日。


 そんな昼下がりの屋上で、乱暴に体を叩きつけられた反動で錆びたフェンスが鈍い音を立てた。程なくして、僕の顔目掛けて何の躊躇もなく筋肉質な拳が飛んでくる。

 なんて事無い、いつもの決まったルーティンだ。


 「回道(かいどう)ぉ、お前どこいたんだよ、探したんだぞ〜?」


 彼はそう言って殴られた反動で下を向いた僕の顔を、髪を引っ張って強引に持ち上げた。そんな彼の名前は、なんて名前だっけ。


 「ぅ……っごめん……、先生から資料運ぶのを頼まれて_」


 僕の回答が気に食わなかったのか、言い終わる前に鳩尾に重い蹴りが入った。力加減をまるで知らない不意打ちの蹴りに僕は強く咳き込んでしまう。鈍く痛むそこを庇うように醜く蹲る僕を、彼の取り巻き2人がさぞ面白そうに嘲笑った。


 「そんなことよりさ〜、……なあ、またヤらせてくれよ」

 「ぇ……?ま、待ってよッ!だって、ついこの前も……ぅぐッ」


 そう言った瞬間、その大きな手で思いっきり顔を掴みあげられる。ゴツゴツとした指が頬にくい込んだせいで酷く痛んだ。そんな彼は痛みに涙を滲ませる僕の顔をまじまじと覗き込む。長くてうざったらしい僕の前髪を一つ一つ丁寧に手で払い除け、僕の顔を露わにする。「やっぱりお前、可愛い顔してんなぁ」と、露わになった僕の目と無理矢理目を合わせて厭らしく笑う。


 「なあ、回道。俺らも色々溜まってんだよ、スッキリさせてくれよ、な?いつもんとこで待ってるからよ」




 

 

 _______ああ、醜い



 


 

 彼等3人、いつ見ても醜いと思った。穢い欲に塗れた人間の負の感情は、なんて醜くて悍ましいのだろう。


 一向に目が合わない僕が彼の逆鱗に触れたのか、スッと目を細めた彼は力任せに僕を殴って蹴って痛めつけた。そんな彼に続く様に取り巻きの2人も僕の身体を思うままに痛めつけた。下品に笑いながら気持ち良さそうに拳を振るう彼らは、僕をサンドバッグか何かだとでも思っているのだろうか。


「そんじゃ宜しくな〜」

 

「ヒューッヒューッ」と細い呼吸を繰り返し、完全に虫の息になった僕に気が済んだのか、彼等3人はいつもの軽い足取りで屋上を出て行った。

 去り際、醜く地面に転がる僕の耳元で「逃げたらあの動画、ばら撒いちまうからな」と最後にしっかりと脅す事も忘れずに。



 ところどころズキズキと痛む身体を庇いながら、しばらく寝そべって空を見上げる。いつもの事ながら彼等の暴力には加減がない。本気で僕を殺しそうな程に。そうして彼等は拳を振り下ろす度、どんどん醜くなっていく。

 

 真新しい痣の目立つ腕を空に向かって真っ直ぐに伸ばせば、より一層空が高いことに今更気が付いた。


 

 ____ああ、今日は本当に良い天気だ。



 

 昼休み終了の予鈴が鳴る頃には、もうとっくに痛みなんてものはなくなっていた。






 

 

__


 

 【自殺(じさつ)


 "自ら死を選ぶこと。自分を殺すこと。"


 そして、

 僕みたいな人間が自ら死を選ぶことで、どうしようもないこの人生に、ただ唯一の救いを求める行為だ。


 まあ、僕は死ぬことすら出来ないのだからどうしようもないのだけれど。


 

___




 

 「まあ色々とあるだろうが、まだ若いんだ。進学でも就職でも自分の好きな様にやってみなさい」


 ガラッと耳障りな音を立てて、進路指導室を出る。進路相談という名目だけの面談で、先生のくれた無責任な言葉が頭を反芻する。高校3年生の4月、世間の高校3年生達は自分の進路と本格的に向き合い始める時期だ。

 それは僕も例外ではなく、担任の先生と今後の進路についての面談をさせられた訳なのだけれど、貰った言葉は何とも無責任なものばかりで何の参考にもならない。僕が進学出来ない事なんて知っているくせに、教師という立派な立場から綺麗事ばかりの理想を語ってくる。まあ、もっとも進学するつもりなんてさらさらないのだけれど。

 感情任せに「はぁ」と深く息を吐くと、手に持った白紙の進路調査票がくしゃりと悲しげな音を立てた。





 

 __



 

 下校のチャイムが鳴り響く中、ずらりと並んだ下駄箱の中からボロボロになった靴を取り出す。


 まったく僕みたいな人間は、一体人生のどこに救いを求めれば良いのか。


 正面玄関を出てトボトボと歩きながら、ふとそんな事を考える。放課後になって浮き足だった生徒達の声が嫌に耳につく。放課後友達と遊びに行くだとか、今はこれが流行っているのだとか、最近出来たカフェに行くだとか、そのどれもが僕の世界には無縁の話ばかりで、やっぱり僕はどこか異質な存在なんだと、改めて思った。


 この小さな箱の中(せかい)はどこか居心地が悪くて、息苦しい。


 

 そんな空間から逃げ出すように僕は早足に正門を出る。


 「お、やっと出てきた〜、おーいそこの君!」


 いや、今はそんな事を考えている場合じゃない。それよりもこれからどうしよう。またヤらせてくれだなんて、ついこの前ヤったばかりじゃないか。自分達はスッキリするかもしれないけど、それに使われる僕はたまったもんじゃない。これからの事を考えるだけで吐き気がする。


 「あれ、聞こえてない?君に話しかけてるんだけど……」


 でもそんな事を考えたって仕方が無い。僕には逃げるという道は残されていないのだから。あの動画を彼等が握っている限り、強者が弱者を支配するこの箱の中(せかい)で生きる限り、僕は彼等のおもちゃでいるしかないのだ。

 結局僕は、彼等の言いなりになるしか____


 「君だよ、君!__回道(かいどう)(めぐる)くん」


 突然名前を呼ばれたことに驚いて、思わず足を止めて振り返った。

 其処には20代半ばぐらいだろうか、鎖骨まで真っ直ぐに伸ばした藍色の髪を左サイドで緩く束ね、ひらひらと手を振りながら笑顔で僕を見つめる男の人。


 「え……っと、僕ですか…?」

 「そう、君だよ廻君。君を待ってた」


 いや誰だ、この人。全く心当たりがない。

 

 そんな僕の怪訝な表情に気づいたのか、その人は相変わらずの笑顔で話し始めた。


 「僕は竜胆(りんどう) 恭平(きょうへい)、とある学園で教師をやってる。今日は君に話があって来たんだ」

 「僕に、話?」

 「そうそう、君を僕が務める学校に編入して欲しくてね。……念の為用心棒としてあと2人、君と同い年の学生も一緒に来る予定だったんだけど……、目を離した隙に何処か行っちゃったみたいだ」


 ふわりと風が吹いて彼の長いのピアスを揺らした。そのどこか妖艶な雰囲気に僕は目が離せなかった。

 

 スマホを確認しながら、人当たりの良い笑顔で話すこの人の言うことが、僕にはまるで分からない。


 「………あの、人違いだと思うんですけど。たしかに僕は回道 廻ですけど……、えっと…、竜胆さんがなんの事を言ってるのかさっぱり分からないし、なにかの間違いだと___」

 「いや、君のことだよ」


 それまでの笑声が嘘かのように被せられた真剣な声にドキリと心臓が跳ねた。真っ直ぐに見つめられる視線から逃げられない。


 「君は気付いてる筈だ、自分は他の人間とは違う異質な存在だって」


 まさについさっき考えていた事を当てられて、背筋に冷たい汗が流れた。


 「そして、君は()()()()()()()()()で、そんな君の人生は()()()()()()ところに存在してる」


 その言葉に思わず目を見開いた。

 

 そして気が付くと目の前まで来ていたその人に、僕は分かりやすい程に動揺した。


 「……な、に言って……」

 「____君が()てる世界、僕にも()えてるんだ」


 耳元で聞こえた言葉にぞわりと全身の毛が逆立つ様な感覚を覚えた。思わず反射的にバッと後ずさると、此方を見つめて怪しく笑う瞳とぶつかった。


 「__ほら、君にも()えてるんでしょ?」


 その瞬間、視界に写った醜くて悍ましい()()()


 嫌な汗が頬を伝うのを感じて、唾を飲み込む。


 「あ、そうそう。それから君と一緒にいた子達の()()()()は今相当危険だね、早くどうにかしないと彼等は____


 って、ちょっと廻君ー!?」


 隙を見て全速力でその場から逃げた。後ろから僕を呼び止める声が聞こえたけど、そんなもの気にせずにただただ全力で走った。


 

 あの人が何を言っているのか全く分からなかったのに、全てを理解出来てしまうのが怖かった。



 

 

 ただ一つ、僕はあの人と関わっちゃいけない。





 


 

__



 バタンッッと、強引にドアを閉めたことで大きな音が施設内に響いた。「はぁっはぁっ」と息を切らしながら帰ってきた僕に、施設の人達は驚いた顔をした。


 「め、廻君……おかえりなさい。どうしたの?そんなに慌てて……、何かあったの?」

 「ぁ……、い、いえ……」

 

 眉を下げながら僕の機嫌を伺うようにして声をかけてきたその目にハッとする。僕は当たり障りのない言葉を返して、早足に自室へと駆け込んだ。


 

 自室の鍵を閉めて僕はようやく息を吐いた。


 

 身寄りのない僕は、3年前からこの施設で生活をしている。

 3年前、僕は崩壊した廃墟の下敷きになって、そこから奇跡的に無傷で救出された。その時の事故が原因で、僕には3年前以前の記憶が存在しない。いつ、何処で、誰と、何をしていたのか、何も思い出せない。




 

 

 ただ唯一、自分の名前だけを覚えていた。






 しかしこの世界には、何処にも「回道 廻」という者は存在していなかった。そんな存在の無い僕は、流される様に此処の施設へと流れ着いたのだ。

 

 そんな事を思い出していると、薄い扉から職員達の声が壁を伝って聞こえてきた。


 「廻君、何かあったのかしら?」


 「さあ……?あの子あまり喋らないし、毎日ボロボロで帰ってきて…なんていうか……」





 



 『気味が悪いわ』






 

 

 そんな言葉聞き慣れた筈なのに、何故か痛む心臓が余計に僕を惨めにさせた。



 

 身寄りのない僕は当然施設で保護される事になり、この場所にいる訳だけど。存在しない名前を自分の名前だと言い張る僕は、施設内でも完全に異質な存在で腫れ物に触るかのように扱われている。さっきの人達だってそうだ。困った様に下げられた眉、一向に交わらない視線、皆がこんな僕を気味悪がってる。


 

 ふと横にある鏡を見る。そこには僕という存在が鮮明に映し出されていた。

 白髪の入り混じった黒髪に、上手く寝付けなくて出来た深い隈、ボロボロになった制服。そして何より、いつ見ても傷一つないこの身体が僕が()()()であることを証明していた。皆が僕を嫌って、気味悪がるのも無理はない。だって、僕にも僕が分からないんだ。

 

 そっと鏡の自分に手を添えて額を合わせる。ひんやりとした温度に自分の体温も奪われていくようだった。



 "「君は気付いてる筈だ、自分は他の人間とは違う異質な存在だって」"



 

 「一体何なんだ、あの人も…………僕も」



 「________僕は、一体何なんだ」






 

 

__



 日もほぼ落ちきった夕刻、僕は彼等との約束のために施設を出た。生憎とこんな時間に何も言わず手ぶらで出掛ける僕に、声をかける者は施設(ここ)には存在しない。



 

 憂鬱な気持ちとは裏腹に、あっという間に約束の場所に着く。

 なんの偶然か、彼等が好んで集まるこの場所は、3年前僕が救出された廃墟の跡地だった。

 

 立ち入り禁止のテープを無視して中に入り込む。中途半端に復興されたこの廃墟は、今にも崩れそうな箇所が幾つかある。慣れた足取りで危ない箇所を避け、最上階の奥を目指す。その場所に近付くにつれ、ゲラゲラと下品な笑い声が聞こえてきて吐き気がした。

 建て付けの悪い扉を開けると、不気味に歪んだ三日月の目が一斉に僕を映した。


 「待ってたぞ回道ぉ〜、早くこっち来い」


 そう言って唇を吊り上げて彼は笑った。そんな彼の傍には取り巻きの2人がスマホのカメラを起動させて僕を待ち構えていた。



 

 ああ、本当に吐き気がする______



 

 彼等に逆らう力を持たない僕は、黙って彼等の元へと足を進めるしか無かった。言われるがまま彼等の元へとやって来た僕を3人は慣れように取り囲む。1番ガタイのいい彼は嬉しそうに僕の顔を掴んで持ち上げると、舐め回すように僕の顔を見た。


 「相変わらず傷一つ付かねぇ可愛い顔だなぁ、お前は」


 彼はそう言うと、顔を掴んでいる手とは反対の空いた手をシャツの中へと滑り込ませ、厭らしく僕の身体をまさぐった。思わず身体を捩って離れようとするけど、僕の顔を掴んだままの彼の手がそれを許さない。僕の身体の上を好き勝手に動くその手は、僕の身体を熟知しているかのように厭らしく動き回る。

 程なくして、その手の動きに僕の身体は嫌でもビクッと反応し始める。そんな僕に彼は気持ち良さそうに喉を鳴らし、手の動きをさらに大胆にした。ただ肌を撫でていただけの手が胸の方へと上がってくる。それと同時に、彼は僕の顔を掴んでいた手を離して僕の身体をその冷たいコンクリートの床へと組み敷いた。仰向けに倒れ込んだ僕に馬乗りになるようにガタイのいい彼が乗り上げると、ひ弱な僕にはもう逃げる事は出来ない。

 バッと勢い良く僕のシャツを捲り上げると、露わになった胸の突起をキュッと摘んだ。「ぁっ……」と思わず出る声に僕は急いで歯を噛み締めた。そんな僕の反応を楽しむ様に、彼は空いている片方の突起を口に含んでは噛んだり舐めたりして僕を嘲笑った。



 

 

 気持ち悪い。吐き気がする。思わず抗議の声をあげそうになるが、それをしてしまうともっと酷いことになる事を、僕はこの身を持って知っている。



 

 こんなにも屈辱的なはずなのに正直に感じてしまうこの身体は徐々に熱を持ち始め、堪えきれなくなった声と共に熱い吐息が漏れる。生理的な涙の滲む目を隠そうと顔を横に逸らすけれど、それを許さないと言わんばかりに彼は片手で顔を掴んで見下ろした。


「女みてぇな声出しやがって……、なあ回道。お前今、自分がどんな顔してんのか分かってんのかぁ?」


 興奮しきった顔で息を荒くさせながらそう言った彼は、悪魔のように口角を吊り上げた。そんな彼と同じように、僕を見下ろす取り巻きの2人も、スマホ片手に興奮して頬を紅潮させながら厭らしく僕を見下ろしていた。


「……ッはぁっ、ぁっン、し、らない、よ……ンぅッ」


 彼に感じさせられる自分が悔しくて、絶え間無く僕の胸を弄る彼の手に、漏れる吐息を噛み殺しながら苦し紛れにそう答えた。そんな僕にさらに興奮した様子の彼は、不敵な笑みを浮かべると僕の体をうつ伏せにして、腰を彼の方へと突き出す様な体勢にして押さえ込んだ。彼は素早く僕のズボンを引き下ろすと、熱を帯びた窄まりへとその太い指を沈めた。


「__っは、ァんッ」


 ついに堪えきれなくなった声が漏れる。そんな僕にはお構い無しに、彼は指を増やして僕の中を自由に掻き回す。そこから逃げ出そうとするも、彼の空いた手が僕の手首をグッと押さえ付けて逃げられない。顔を伏せて必死に耐えていると、彼は指を抜いてカチャカチャとベルトを鳴らした。次にくるモノが何なのか、僕には分かりきっていたけれど、逃げる事の叶わない僕は黙って無様に腰を突き出すしか無かった。「……はぁっ……はぁっ」と、肩で息をする僕の尻に彼の凶暴な硬い熱の塊が宛てがわれる。


「お前の顔、ばっちりカメラに収まってるからよ、後でじっくり見せてやるよ。

 だから精々、楽しませてくれよっ____!」

 

 僕がグッと歯を噛み締めると同時に、ソレはずんッと僕の身体の奥深くまで貫いた。


「……ッ!!〜ッッぁあ"!!」


 僕のささやかな抵抗も虚しく、彼等と僕だけのこの広い空間に僕の情けない喘ぎ声が大きく響いた。いつまで経っても慣れないその感覚に、自然と背中は弓なりに反り、伏せていた顔が上がる。暴力的に与えられる快楽から逃れようと腰を引くけれど、僕よりも大きな彼の手が僕の両手首を強く押さえ込んで離してくれない。僕に覆いかぶさって、時折耳に舌を這わせながら彼は僕の首元で熱い吐息を漏らした。


「あ……っ、っや、ぁん……!、ふっ……んぅぅ……ッ」

「……っあー、まじたまんねぇっ」

 

 彼が本能のまま腰を動かす度に僕は情けない声をあげ、そんな僕に彼は熱い息を僕へと吐きかけた。何度も何度も壊れるように奥を突かれる度に、どちゅッどちゅッと卑猥な音がこの空間に響き渡った。



 

 痛い。苦しい。気持ちが悪い。彼に突かれる度に漏れるこの声も、興奮して目を細めながら僕を見つめる彼等も、全部、全部、気持ち悪い。何度経験しても溢れ出る不快感に、僕はただただ早く終われと願いながら目を閉じた。






 





 

 

 

 闘う力を持たない弱者が、圧倒的な力を持つ強者に支配されるのはこの世では当然の摂理だ。だから、弱者()強者(彼等)に支配されるのなんて至極当然の摂理だったのだ。

 




 





 





 


 僕の身体を使って、全ての性欲を発散して遊び尽くした彼等は、酷くスッキリとした顔をしていた。そして満足気な顔で衣服を整えながら、取り巻きの撮っていた先程の動画を大音量で流しては声をあげて気持ちの悪い笑みを零した。

 彼等3人の性欲が発散されるまで好き勝手に使い回された僕は、乱れた呼吸を繰り返しながら一刻も早くこの場から去りたいが為に必死に重い身体を引き摺って乱された衣服を整えた。彼等は己の欲を何度も何度も僕の中に吐き出した。吐き出されたその部分が気持ち悪くて、今すぐにでも掻き出したい衝動を抑えてフラフラと立ち上がる。そんなボロボロの僕を彼は呼び止めた。


「待てよ回道、今日はまだ終わっちゃいねぇよ」


 その言った彼が手に持つ金属バットに背筋が凍る。こんな事は初めてだった。


 初めて此処に連れてこられた時、彼等は嫌がる僕を笑いながら無理矢理性欲処理に使った。泣いて嫌だと言えば余計楽しそうにして身体を弄び、止めてくれと抵抗すればそれを力と快楽で捩じ伏せた。そんな僕の姿をばっちりとカメラに収めた彼等に脅されれば、僕はもう何度でも言いなりになるしか無かった。

 そうして彼等に目を付けられた僕は、こうして彼等の都合で廃墟(ここ)に僕を呼び出しては性欲処理に僕を好き勝手に犯したり、ストレスが溜まった時は気分が晴れるまで力のままに僕を散々痛め付けた。

 

 ただ、彼等は「可愛い顔に傷が付くと萎えちまうから」等という理由で、性欲処理に使う時は僕を袋叩きにする事は決してしなかった。

 

 だからさっさと帰ろうとした。性欲処理の役目を果たした僕は、今日この場所にはもう用済みである筈だからだ。なのに、どうして……。


「俺達ももうすぐ卒業だろ?いくらお前が言わねぇったって、絶対に言わねぇ保証はどこにもねぇんだよ」


 カラカラと彼が金属バットを引き摺る音が不気味に鳴り響く。彼が僕の方へと近づく度に、僕の体はカタカタと震えを強くした。そんな僕の頭に手を置いて、耳を伝って頬へと手を滑らせながらそっと僕の顔を上げる。


「そ、んな……僕、絶対言わないよ……ほんとに、」

「俺だって辛いんだぜ?お前の中は熱くて気持ち良いし、特にその……可愛い顔が、痛みと、恐怖と、屈辱に、涙でぐちゃぐちゃになってる時の顔が最ッ高に興奮すんだよ……!!」

 

 そう言った彼の顔は今まで見たどの笑顔よりも己の醜い欲望に染まりきった悪魔のような笑顔だった。


「ぁ……っ」


 恐怖で声も出せず涙を滲ませるしかない僕を見て、彼等3人は楽しそうに唇を歪ませた。そして彼は僕から手を離し、手に持った金属バットを大きく振り上げた。

 

 「だからさあ、これは仕方ねぇよなぁ!!!」


 そう言うと同時に、持っていた金属バットを勢いよく僕の頭に振り落とした。キィンと少し甲高い音が響いて、頭蓋骨にヒビが入ったかのような鋭くて重い衝撃が走った。いつまで経っても慣れない容赦ない痛みに僕はたまらず倒れ込んだ。

 そのガタイのいい体に力のまま硬い金属で殴られると悲鳴は音にすらならなかった。目がチカチカして頭が回らない。ただドクドクと滴り落ちる血の温かさに、ああ、僕は殺されるのか、と何処か他人事のように思った。


 「お前は俺が見付けた玩具だ!!最期まで責任取って可愛がってやるよ!!玩具(それ)以外にお前の価値なんかねぇんだからなあ!!!」


 耳障りな彼らの声が容赦無く僕を刺す。ひしひしと突き刺さる容赦ない殺意に僕はただただされるがままになった。意識を飛ばす暇も無い程に3人は僕を殴り殺そうと、痛めつけながら罵倒する。

 気にする事なんか無い。なんて事ない、いつも通りの光景だ。別に気にならない……平気だ。平気な、筈………なのに、


 チカチカする視界の中。力無く地面に横たわる僕は、だらだらと口から血を零しながら彼等を見上げた。カヒュッと聞いた事のない呼吸の音が自分の口から零れ出てくる。そんな僕にはお構い無しに、彼はもう既にその金属製のバットを大きく振り上げていた。



 



 彼らにとって偶然見つけた()という存在は、遊ぶにはとても都合の良い玩具だった。



 闘う力を持たない弱者が、圧倒的な力を持つ強者に支配されるのはこの世では当然の摂理だ。だから彼等が僕を殺すのだと決めたのなら、僕が此処で彼等に殺されるのなんて、至極当然の流れなのである。

 



 結局僕は、学校でも施設でも、何者にも成れなかった。強いて言うのなら、皮肉にも僕は彼等にとって都合の良い玩具という存在には成る事が出来たのだろうか。

 


 目の前の彼は、その筋肉質な腕でバットを僕目掛けて勢い良く振り降ろす。

 

 ああ、その一撃でこの惨めな人生を終わらせる事が出来たのなら、どれ程良いことか。


 


 でも、駄目なんだ。だって、僕は_____








 





 ザシュッと、聞き慣れない音がこの空間に嫌に響いた。


 

 ____刹那、ビシャビシャと顔に浴びる夥しい量の血。



 

 なんだ……?これは、一体、何が起きて____


 

 目の前には右腕の無い彼と、床には無惨にも抉り取られた彼の真っ赤な右腕。カランカランっと無機質な音を立てて、彼が持っていた筈の金属バットが地面に転がった。


 

 その後ろには、なんとも形容し難い悍ましい化け物の姿___


 

 それはついさっきまで彼にベッタリと()()()()()はずなのに、まるで自我を持ったかのようにギョロギョロと目の玉を回して滴り落ちる血を嬉しそうに舐めている。


 「カ、イドゥ、ャ、ラセテ、ク、レョ」


 右腕を無くして醜く蹲って叫ぶ彼のそばで、化け物はブツブツと楽しそうに喋っている。


 「うわあああああああ!!!」

 「お、おい、おまえ腕が……っ」


 さっきまで楽しそうに僕を殴り殺そうとしていた筈の取り巻きの2人の体は恐怖で震え上がってしまっていた。でもそれは僕だって同じだった。今までに感じたことのない程の恐怖。先程まで彼等に与えられていた恐怖なんか、可愛いものに思えるくらい。ただただ目の前に迫る、今までで1番近くに感じる()に体が震えて動かない。


 化け物の目の玉が取り巻き2人を映したと思った瞬間、グチャッと1人の身体半分が文字通り握り潰された。最早人間の形を成してない彼だったものは力無く冷たいコンクリートへと転がった。そんな彼だったものを見て、思わずヒッと情けない声が出た。


 「こっちに来るなああああ!!」


 自分の隣で、一瞬にして殺された仲間を見たもう1人はパニックになったのか、情けない声を上げながら扉へと震えた足で走り出した。しかしそれも虚しく、その手が扉を掴む前に、化け物はドスッと彼の腹に綺麗に穴を空けた。大量の血を吐いて倒れる彼の腹の穴をかき混ぜながら、化け物は楽しそうに、嬉しいそうに目の玉をギョロギョロさせた。

 恐怖に圧倒されて動けない。腰が抜けて地面に座り込む僕の目の前で、右腕を無くして醜く蹲ったままの彼が此方へと手を伸ばしてくる。恐怖に怯えきって涙を流しながら僕に助けを求めてくる彼には、さっきまでの力で支配していた強者の面影はどこにもなかった。


 「な、なあ……っか、いどぉ…った、すけ___」


 ヒュッと耳元で風を切る音が聞こえた瞬間。目の前の彼の頭に化け物の鞭のような手が突き刺さった。声をあげる間もなく絶命した彼の姿に、僕の恐怖は最高潮に上る。


 「っあ、ああ……」


 駄目だ、恐怖で舌が回らない。彼等に殴られた傷の痛みも最早感じないぐらいだ。

 ビュッとその鞭のような手が僕の身体を吹き飛ばす。


 「ぅぐッ」


 容赦なく壁に叩きつけられた痛みに呼吸が上手くできない。彼等人間の力なんかとは比べ物にならないその痛みに生理的な涙が滲む。

 そんな僕にはお構い無しに化け物は続けて、まるで植物のようにうねる触手で僕の腹をグチャリッと突き刺した。耳にした事のない肉の破れる音がダイレクトに耳に響く。腹の底から込み上げる血が「ガハッ」と口から溢れ出てくる。串刺しにされた急所からは絶えずダラダラと血が溢れ出て、冷たいコンクリートの床に真っ赤な水溜まりを作った。


 


 _____なんで、こうなった。



 

 楽しそうに目の玉を動かす化け物は、未だブツブツと何か喋り続けている。恐怖からなのか痛みからなのか、目の前の化け物を見つめる視界が涙でぼやける。


 なんで……僕なんだ。僕が一体、何したって言うんだ。






 


  "「あの子あまり喋らないし」"


 


  "『気味が悪いわ』"

             



 "「相変わらず傷一つ付かねぇ可愛い顔だなぁ、お前は」"




 "「玩具(それ)以外にお前の価値なんかねぇんだからなあ!!!」"





 



 ッそんなの!そんなの僕が一番分かってるよ!!!









 

 ついに溢れ出した涙が頬を伝ってポロポロと零れ落ちた。赤い水溜まりに落ちる度に、それはピチャッピチャッと音を立てた。



 

 _____ああ、僕はきっと、思っていたよりもずっとちゃんと痛かったんだ。


 

 この世界で何者にも成れなかった僕は、きっと誰の記憶にも残らない。


 

 この世界に僕の生きた証は何も残らないまま、誰に気付かれる事も無く消えていく。

 


 きっとこのまま____











 



 "「君に、た……い…だ、の…よ」"










 


 ふと、誰かの声が聞こえた。

 

 その声を、僕は知らない筈なのに。酷く懐かしくて、傷付いた僕の体を優しく包み込む様で____



 


 身体が熱くて、目が燃えているみたいに。まるで僕じゃない誰かが、僕自身に訴えてくるみたいで。

 

 僕が、僕じゃないみたいだ____



 







 




 

 ________駄目だ


 

 このまま何もせず消えてしまうなんて、


 そんなの、そんなのッ絶対に駄目なんだ!!!






 


 

 

 僕のお腹に触手を突き刺したままの化け物は、ケタケタと楽しそうに喋りながらもう1つの触手を僕目掛けて振り翳してくる。

 身体の熱さに身を任せて、力任せに勢い良く触手を引き抜いた。あれ程硬くめり込んで身動きも許さなかった触手がグチュリと音を立てて引き抜かれた。栓を失った傷口からは、今までとは比にならないほどの赤黒い血液がびちゃびちゃと零れ落ちた。燃え上がるような熱い目からは、ツゥーッと何かが伝う。それが涙なのか血なのか僕には分からない。ただ、不思議と頭の中がすっきりとしている。

 しかし、そんな気持ちとは裏腹に血が流れ過ぎた僕の身体には力が入らない。立っているのがやっとだった。


 赤く染まる視界の中、あれほど速かった化け物の攻撃がスローモーションのように映る。立っているのがやっとの僕には、その攻撃を避けられるような力は残されていない。

 だが、その攻撃が当たろうが結果は変わらない。例えば、僕が()()()()()だったら、もうこの時点で絶命しているのだろう。

 

 ____だけど


 例えこの世界の誰もが僕を殺そうとも、僕が終わることは絶対にない。





 だって僕は()()()()んだ




 

 目の前に迫った触手に、これからやってくるであろう壮絶な痛みを想像してギュッと目を閉じた。








 


 その時_______












 



 

 

 ドゴォンッッッ!という轟音と共に凄まじい突風が吹き荒れ、建物全体が大きく揺れた。



 

 驚く暇も無いまま、僕は突風に吹き飛ばされて土埃と共に壁にぶち当たった。


「うっ、げほっ……一体、なにが……」


 土埃が建物内を舞う中、なんとか状況を把握しようと目を開けるも、大きく破壊された壁の瓦礫と舞う土埃に何も見えない。

 程なくして、徐々に視界がクリアになると、何かに吹き飛ばされて壁にめり込んだ化け物が視界に映った。


 そして______


 


 「あんまり無茶しないでよ」

 「加減してんだから大丈夫だって」


 破壊された壁から月明かりに照らされて、2人の青年が現れた。


 1人は、月夜に反射してキラキラと輝く銀白のような色素の薄い髪を靡かせて、もう1人は、深い青味のかかった綺麗な長い黒髪を背中まで伸ばし、背中には刀のような形をしたものを背負った青年だった。

 彼等は僕と同じ高校生だろうか。この辺では見かけない黒と白で綺麗に統一されたブレザーの制服が、その2人の異質さをより強調しているようだった。

 

 目の前の化け物に2人は何ら驚くこともなく、迷いのない足取りで僕の方へと歩いてくる。


 「りんどーの言う通りだったね、この人で間違いない」

 「ああ、急所やられてんのに生きてる……。


 ______大丈夫かよ?」


 そう言って、その銀白の髪をサラサラと靡かせた青年は地面に座り込んだままの僕を見下ろした。彼の鮮血の様な赤い瞳が、怪しく光って僕を真っ直ぐに射抜く。

 彼らは何か知っているのだろうか。


 「え、あ、誰………」


 未だ状況が読めない僕に、目線を合わせるようにして銀白の髪の青年はしゃがみ込んだ。


 「俺は高専寺(こうせんじ) (ろう)。んで、後ろに居んのが狐塚(こつか) 弥子(やこ)。お前と同じ高3な」


 銀白の髪の青年は、自身を高専寺 狼と名乗り、その赤い瞳を細めて笑った。その後ろでは長髪の青年__狐塚 弥子と紹介された青年が、人当たりの良い笑顔を浮かべながら僕を見下ろして言う。


 「俺達2人、君のことを迎えに来たんだ」


 

 ______一体、何を言ってるんだ?


 

 「迎えにって、どういう………」


 僕の酷く困惑した声に、銀白髪の青年はフッと薄い笑みを零した。


 「お前を、学園に迎え入れに来たんだよ」


 それはなんだか、とても聞き覚えがあった_____






 


 

 


 "「そうそう、君をぜひ学園にってね」"









 

 

 心当たりのある僕の表情を読み取ってか、長髪の青年が柔らかい物腰で言う。


 「竜胆って人が君に会いに来てたでしょ?俺達も一緒に、君に会いに来たんだよ。


 ______君のその異能力を見込んでね」


 ドクンッと心臓の波打つ音が聞こえた。

 

 この人達は僕のこの身体(体質)を知っている。そしてこの身体(体質)を異能力と呼び、それを見込んで僕に会いに来たと言う。


 「い、異能力………?」

 「そ。君のその力は体質なんかじゃない。異能力だよ、君自身のね」


 彼等の言う様に異能力というものが存在するのであれば、僕のこの身体(体質)にも説明がつく。でも、だからと言って、彼等の現実離れした話は、にわかには信じられ無かった。


 「い、異能力って、そんなのあるわけが___」


 突如、視界の端で蠢く黒い影。


 「危ない!!!っ後ろ!!」


 考えるより先に声に出ていた。壁にめり込んでいた筈の化け物が、その鞭の様に長い腕を背を向ける彼等目掛けて振り翳していた。

 一方の彼等は、僕の声に何ら焦るような様子もなく、未だ笑みを浮かべたまま呑気に僕の方を向いている。すぐ後ろにはあの悍ましい化け物の攻撃が迫っていると言うのに。


 何をしてるんだ!早く、早くっ逃げないとッ!

 

 そんな僕を横目に、狐塚君は徐に化け物の攻撃に向かって手を翳す____



 駄目だ!!!もう避けきれない____ッ


 

 冷や汗が頬を伝ったのと同時に、化け物の攻撃が彼等に直撃した______








 

 

 と、次の瞬間。何かに弾かれたかの様に化け物の腕が弾け飛んだ。


 「え………」


 何が起こったのか分からない。だって明らかに避け切れる距離では無かったし、なりより、確かに攻撃は当たっていた筈だ。現に化け物自身も何が起きたのか理解できない様で、目を白黒とさせている。


 「一体、なにが………」


 困惑している僕を振り返って長髪の青年は言った。


 「君と同じだよ。俺も、俺の能力を使ったんだ」


 そう言って笑うと、未だに座り込んだまま立つことの出来ない僕を置いて彼等は2人で話を進め始めた。


 「やっぱ先にアイツ片しとくか?碌に話も出来ねぇ」

 「ま、一応俺達そのために呼ばれた訳だしね」

 「あ、あのっ!」


 彼等の話についていけなくなって、僕は思わず口を挟んだ。


 「さっきの、何なんですか」


 彼等はチラリと僕に視線だけ向けると、怪しく口元に弧を描いた。


 「まあ見とけよ。能力ってのがどんなものか、口で説明するより直接見た方が分かりやすいからな」

 「とりあえず君は、巻き込まれない様に出来るだけ俺から離れずに……って別に大丈夫か。


 だって君___死なないんだもんね」


 そう言うと2人は僕に背を向けた。その背中は僕とさして変わらない筈なのに、何故だかとても大きくて頼もしく見えた。

 

 そして銀白髪の彼は、ニヤリと口元に笑みを浮かべると化け物目掛けて飛びかかった。そのあまりの速さに僕はもちろん、化け物も目が追い付いていない様だった。化け物が彼の姿を捉える前に、銀白髪の彼がパァンッと気持ちの良い音を響かせながら勢い良く蹴りを入れた。


 「ギュィッ」


 気持ち悪い奇声をあげて、化け物は吹き飛ばされながら壁にめり込んだ。彼の蹴りの凄まじい威力に、周囲の瓦礫やガラスの破片等が竜巻のように舞う。

 しかし、何故か僕___いや、長髪の彼の周辺だけが、まるで見えない何かに覆われているかのように、全てが弾き返されている。動揺して彼を見上げるも、「ほんと派手だね〜」なんて言って、呑気に笑っている。


 「どうして、ここだけ……」


 絞り出した僕の声に長髪の彼は「んー?」と振り返る事なく答える。


 「……ああ、俺の異能力だよ。君が異能力を持っているように、俺たちもそれぞれ異能力を持ってる。


 例えば、そこで好き勝手暴れてる狼の能力は「人離怪力」。その名前の通り、人間離れした身体能力を持つ異能力で、武闘派能力者の中でもかなりの武闘派……まあ、そんなの見てれば分かるか」


 そう言って笑った彼につられて、僕も銀白髪の彼の方へと視線を移す。彼の地面を蹴ってからの滞空時間、コンクリートの壁をも拳一つで軽々と破壊出来る力___確かにそれは、人の力というにはあまりにも人間離れし過ぎていて、異能力等というものを持ってしないと説明がつかなかった。


 「で、俺の能力は「矛と盾」。最強の武器と最強の盾を持つ能力」


 そう言って彼は背中に背負った刀を横目に見た。おそらく彼の言う最強の武器というのが、背中に背負ったその刀なのだろう。それじゃあ最強の盾は____?


 「最強の、盾って…?」

 「最強の盾____身体だよ。俺のこの身体が最強の盾なんだ」


 そう言ってまたもや長髪の彼は笑った。そして頭上にハテナマークを浮かべる僕に、小さく笑みを溢して言う。


 「俺のこの身体は、見えない最強の盾に覆われていて、全ての攻撃を弾き返してくれるって感じかな」

 「身体って…………、でも今、こうやって僕の周りにも、攻撃は一つも当たってない……」


 そうだ。彼の説明では、彼自身は見えない盾に覆われていて攻撃は当たらないようだけれど、僕まで攻撃が当たらないのは可笑しいじゃないか。


 「そうだね、君にも当たっていない。なんなら俺の周りには攻撃が一切当たっていない。


 分かりやすく言えば、俺は自分の身体を覆っているこの盾を自由自在に操る事ができるんだ。その盾を今、俺の身体じゃなくて俺の周りに発動してるんだ。だから今、俺の身体は決して最強じゃない。今なら俺の身体に攻撃は当たり放題……。

 ま、そもそも、周りで弾いてるから俺の身体には傷一つ付けられないけどね」


 そう言ってまた一つ、最強の盾は流れてきた攻撃を弾いた。

 僕にはもう何が何だか分からないけれど、この有り得ない光景は、僕に異能力と言うものを信じさせるには十分だった。


 「そろそろだね」


 そう言われて僕は再び銀白髪の彼に視線を戻した。そこには、見る影も無くボロボロに弱りきった化け物がいた。そして、傷一つない銀白髪の彼が赤い瞳を光らせて化け物を見下ろしていた。


 「加減しとくな?」


 一言そう告げると、銀白髪の彼はその赤い瞳を細めて化け物目掛けて勢い良くその拳を振りかぶった。


 

 ドゴォンッッと、加減しているとは思えないほどの破壊力で、彼の拳に乗って凄まじい風圧と瓦礫が飛んでくる。しかし、もちろん最強の盾に守られている僕達にはその瓦礫当たらない。

 

 そして、今までとは比にならないほどの威力により、化け物の身体は四方八方に飛び散って、そして消えた。言葉通り、跡形も無く消えたのだ。

 開けた視界から其方を覗くと、そこには銀白髪の彼ただ1人だけがゆらりとその場に立っていた。


 「……すごい」


 思わずそう溢した僕に、長髪の彼は小さく笑ったような気がした。







 


 


 「いや〜流石、相変わらず容赦ないねぇ」


 静かな空間にパチパチと場違いな拍手の音が響いた。そしてその音と共に聞いた事のある声が聞こえてきた。声のする方へと視線を向けると、そこには夕方に出会った男__竜胆 恭平と名乗る男が扉に体を預けて立っていた。


 「……りんどーは相変わらず性格が悪いね。居るなら手伝ってくれても良かったんじゃない?」

 「竜胆先生ね?

 そもそも用心棒のために君達を連れてきたのに、僕が出たら意味無いでしょう?

 ……それに君達ならその程度の(あやかし)、余裕で祓えるでしょ」


 ヘラヘラと話す竜胆さんに、長髪の彼は笑顔を崩し顔を歪めてみせた。そんな彼等に竜胆さんは不敵な笑みを浮かべて、


 「____大体君達、遅刻してるの忘れてないよね?」


 その言葉に2人の動きがピタリと止まった。


 「加えて建物もこんなに破壊して…………。

 

 帰ったら始末書、提出してもらうから」


 ニコリと笑った竜胆さんに「げえっ」と、2人の顔は大きく歪んだ。

 

 そんな様子を、何処か他人事の様にただボーッと眺めていると、くるりと竜胆さんが僕の方を向いた。


 「廻君、また会えたね」


 「今度は逃げないでねー」なんて言いながら竜胆さんは僕の元へと歩み寄ってくる。地面に座り込んだままの僕の前にしゃがみ込んで、竜胆さんは優しく笑った。


 「君が無事で、本当に良かったよ……。その様子だと、異能力の事は聞いてるかな?」


 ボロボロの僕の姿を見て、竜胆さんが同情するように悲しげに眉を下げた気がするのは僕の気のせいだろうか。


 「僕の、この身体が異能力によるものだと言う事は、何となく解りました。でも……、さっきの化け物は、一体何なんですか……?」


 彼等の話を聞いて、異能力というものについては少しだけ理解することが出来た。でも、さっきの化け物については何も分からないままだった。

 僕の問いに対して、竜胆さんは少し声のトーンを落として話し始めた。


 「あれは人間の負の感情そのものだよ」

 「負の感情………?」

 「そう、人が誰しも持ってるマイナスの感情。それがああやって形になって現れる、僕達はそれを(あやかし)と呼んでる」

 「………あやかし」

 「妖は普通の人間には目視出来ない。目視出来るのは動物やごく稀に幼い子供、あとは霊感と言われるものが強い人間、そして僕達能力者だけがその姿を目視することが出来る」


 その説明に僕は一つ疑問を覚えた。


 「あの……でもさっき、僕と一緒に襲われた彼等には化け物……その、…妖、の姿が見えていました」


 そうだ。普通の人間である彼等にも妖の姿は見えていたのだ。それに彼等が特別霊感が強いなんて話は聞いた事がないし、そんな風には見えなかった。

 

 それじゃあ一体何故_____?



 

 「例外があってね。

 普通、人間には妖は目視出来ない。……でも、形になった妖の力が一定の境界線を越えてしまうと、その妖はたちまち自我を持つようになるんだ。そうすると、妖の負の力が強すぎるあまり、その力は周囲の人間にまで干渉し、普通の人間にも一時的に目視出来るようになる」

 「一定の境界線を越える………?」

 「君に初めて会った時、もちろん能力者である君には()()()()彼等が生み出した妖が見えてたでしょ?」


「!」


 思わずドキリと心臓が跳ねた。


 「君には最初からずっと視えていたけれど、君はそれをずっと視ないようにしてたんだ。そしてもちろん、普通の人間である彼等にはその妖の姿なんか見えていなかった」


 ___そうだ。僕にはずっとその醜い姿が見えていたんだ。でも僕は、ずっとそれを視ない様に、視えない様に過ごしてきた。


 「妖というのは人間の負の感情が形になったものだ……、だから妖は人間の感情の大きさに比例して力を得る。

 最初はただ側に取り憑いて、誑かしたり、唆したりの悪さをする程度だけど、人が人間としての境界線を一度でも越えてしまうと、一気に負の感情が高まってその妖は途端に自我を持ち、己の感情のままに周囲の人間を無差別に襲う様になる」


 ________人が人間としての境界線を越える?


 その言葉につい先程の出来事が頭をよぎる。僕には一つ思い当たる事があったからだ。


 「彼等は本気で君を殺そうとしたでしょ__?」


 ________そうだ。

 

 彼等はこの廃墟を訪れた僕の身体を欲望のまま好き勝手に弄んだ後、自分の私情のままに本気で僕を殺そうと鉄の塊を振りかぶった。彼等にとって、どれだけ僕の中に己の欲を吐き出そうとも、感情のままに僕の身体を痛め付けようとも、決して傷むことの無い僕の身体はとても都合の良い存在(玩具)だったからだ。


 「己の感情のままに君を殺そうした彼等は、人が人間として存在できる境界線を軽々と越えてしまった。そしてそれは、自我を持つ妖を生み出すには十分だったんだよ」


 チラリと息耐えて動かない死体となってしまった彼等を見つめる。その顔にはもう恐ろしくて堪らなかった笑みは無く、恐怖で顔が歪んでしまっていた。




 

 ___ああ、気持ち悪い。まるで誰かに腹の中をぐちゃぐちゃに掻き混ぜられてるみたいだ。



 

 だって、もし、もしも僕が、

 

 僕という存在がいなければ、彼等が妖を生み出す事なんて事はなかったんじゃないか。

 

 彼等を化け物にしてしまったのは(不死)ではないのか。

 (不死)さえいなければ、彼等は負の感情に呑まれる事も、殺される事もなかったのではないか。



 

 彼等が死んだのは______



 

 「僕の、せ__」

 「お前のせいじゃねぇ」


 溢れ出る自責に飲まれそうになった時、一筋の光が差すようにその声は聞こえた。ゆっくりと顔をあげると、銀白髪の彼が眉間に皺を寄せて心底気分悪そうに彼等を見つめて「……チッ胸糞悪ぃな」と呟いた。そして死体として転がった彼等を親指で気怠げに指差して言う。


 「彼奴らが死んだのはお前のせいじゃねぇ……、こういう奴らはいずれ必ず妖を生み出す。お前がいてもいなくても変わんねぇよ」

 「そもそも彼等を救えなかったのは俺達の責任だから、君が気にする事はないよ」


 銀白髪の彼に続いて長髪の彼も言う。彼等のその言葉がじわじわと胸に広がって、重くのしかかった僕の自責を少しずつ溶かしていく。


 「ていうか、2人共別に助ける気なかったでしょ?」

 「りんどーも人のこと言えないじゃん、見てた癖に」

 「先生ね」


 目の前のそんな会話に少し心が軽くなる。そんな僕を見て、竜胆さんは一拍置いて改めて口を開いた。


 「……妖に対抗でき、祓う事が出来るのが僕達能力者だ。妖を祓い、現世の均衡を守るために能力者は存在している。


 ただ、どうしても人間と能力者では視ている世界、生きている世界が違う。だから多くの能力者は、この小さな世界(箱の中)で生きていくのが難しい」


 その話を聞いて無意識に眉が下がる。僕が学校や施設で異質な存在であったのも、この世界が生きづらいと感じたのもきっとこのせいだ。僕は皆と、視ている世界、生きている世界が違いすぎたのだ。


 「だから学園は存在している_____」


 俯く僕の耳に、その言葉は力強く響いた。そっと顔を上げると、竜胆さんの瞳が真っ直ぐに僕を射抜いていた。


 「学園には、君と同じで様々な能力を持った人間が集まっている。そしてその能力者達を育成し、能力者にとって生きやすい環境を作り出すために創り出されたのが学園だ。



 ______さて、前置きが長くなったけど。廻君、君には今2つの選択肢がある」


 そう言って竜胆さんは2本指を立てて見せる。


 「君はこれから僕達と一緒に学園に来るか、このままこれまでと同じこの小さな世界(箱の中)へと戻るか……。


 ____君はどうしたい?」




 どうしたいって、そんなの______



 「………僕には、何も無いんです。3年前の事故で、それ以前の事が…何も思い出せないんです。だから僕は僕を何も知らなくて、誰に聞こうにもこんな身体の僕を、気味悪がって、嫌って………気付いた時には独りでした」


 それも全て、仕方のない事だと諦めていた。

 

 何も思い出せないのも、皆が僕を嫌うのも、独りぼっちな事も。そのどれもが仕方のない事だって、ずっとずっと独りで諦めてきた。


「みんなと同じように生きられない僕は、この世界で何者にも成れなくて……。だから、きっと………僕は誰の記憶にも残らないまま、この世界に僕の生きた証は何も残らないんだろうなって……」


 僕の話に3人は静かに耳を傾けてくれる。膝の上でギュッと握り締めた拳が鈍く痛んだ。


 「それはきっとこれからも変わる事は無くて、この小さな世界(箱の中)で独り生きていくんだって……僕はもう、それで良いって思ってたんです」


 一度歯を食いしばって、震える唇を無理やり動かした。


 「でも、違った……、僕はあの時、気付いたんです」


 一度口に出すと、もう耐え切れないとでも言うように、それはボロボロと溢れ出てきた。

 

 「僕はっ、ちゃんと生きたかった!みんなと、同じように、……生きたかったッ!!化け物としてなんかじゃなくて、ッ人間として、みんなと同じ人間として………ッ!

 殴られる度にちゃんと感じる痛みも、好き勝手に使われるこの身体もっ、罵倒に痛むこの心臓だって……、ッちゃんと僕は此処に生きてるんだって、証明したいんです!!」


 

 ____そうだ。僕はずっと誰かに気づいて欲しかったんだ。

 

 僕という存在が今、確かに此処に生きていると言うことを。



 「誰にも気付かれないまま、終わりたくない!僕はっ君達みたいに強くなりたい……ッ!!

 ッそれで、誰かの人生に、僕と言う存在がちゃんと居たんだって……、この世界で、僕はちゃんと生きていたんだって、証明したいんだ!!!」


 なんの格好もつかない、涙でぐちゃぐちゃの顔を上げて真っ直ぐに彼等に伝えた。記憶をなくしてから、どんなに酷い目に合わされようともこんなにも涙を流した事は無かった。

 ごちゃごちゃと並べただけの分かりずらい僕の言葉を、彼等が真正面からしっかりと受け止めてくれるのが嬉しかった。


 ジャリッと、地面を踏む足音が聞こえて其方を見る。黒と白の制服に身を包んだ彼等2人が、落ちた瓦礫を踏み壊しながら僕の元へと歩いていた。

 そんな彼等を見ていると、ふと、地面に画面のひび割れたスマホが転がっているのが目に入った。それは僕が言いなりの弱者に成り果てた原因である、死体と成った彼等のスマホだった。そんなスマホが彼等のすぐ足元に落ちている。その事実に僕の背中には冷たい汗が伝う。


 駄目だ、まずい。そのスマホの中には、彼等の撮った僕の動画の数々が入っている。どうしよう、それを見られでもしたら、きっと彼等は僕を軽蔑する____


 流れ落ちる涙はそのままに、みるみるうちに僕の顔は青ざめていく。そんな僕の思いも虚しく、銀白髪の彼はスマホの前で立ち止まった。


 

 しかし立ち止まったのはほんの一瞬で。

 彼は酷く軽蔑するような冷徹な目でスマホを見下ろしたかと思うと、その長い足を振り下ろしてガシャンッとスマホを粉々に砕いて僕の元までやって来た。その行為はまるで、体の奥深くまで支配されていた僕の鎖を壊すかのようで。


 呆気にとられる僕の前にしゃがみ込むと、その手で優しく僕の顔を包み込んだ。


 「……学園にはさ、お前みたいにすげぇ能力持った奴等がそれぞれ色んな事情抱えて、この世界で自分の思う人生生きてっからさ」

 「君の思う人生も、君らしく生きられるんじゃないかな」



 そう言って、僕の顔を包み込んだ銀白髪の青年__高専寺君は、絶え間無く僕の頬を伝う涙をその細長い指で救い上げた。そして、長髪の青年__狐塚君が、その暖かい手の平で僕の頭をふわりと優しく撫でた。


 

 ああ、本当。君達2人は強いだけじゃなくて、こんなにも優しいのか_____



 「だから、来いよ回道!」



 不意に呼ばれた名前に、彼等に厭らしく呼ばれ続けた記憶がよぎる。

 同じ呼ばれ方なのに、君達から呼ばれるとこんなにも暖かくて、そして、どこか懐かしい。

 


 「……僕は…変われる、のかな」

 「回道は今、自分で変わろうとしてるんだ。だったら変われるよ」


 初めて感じるこの胸の鼓動は、何故か心地良くて嫌いじゃない。






 


 


 "「(めぐる)」"







 


 

 ふとまた僕を呼ぶ声が聞こえた。

 

 それはとても懐かしくて、そして何故か泣きそうになる。




 

 「答えはもう出たみたいだね」


 竜胆先生からスッと差し出された手の平を見つめて、僕は一つ深呼吸をする。

 

 ぐしぐしとボロボロになった服の袖で強引に涙を拭った。そして僕に向かって真っ直ぐに伸ばされた手の平に、もう既に傷一つない自分の手を重ねる。

 

 そんな僕の手を優しく握り返して、そっと手を引いた竜胆先生は嬉しそうに笑った。




 

 「歓迎するよ廻君!


 ____ようこそ、学園(がくえん)へ」










 




 


 

 これは、




 


 とても奇妙なこの世界で、僕が確かに生きたことを証明する、そんな僕の怪奇譚(かいきたん)だ_____









 



 

 


第一話「邂逅(かいこう)」-完

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