第28話 巨壊のゴッドフレイ
洞窟の外に出て魔導着を脱ぐと温暖な気候であるはずの場所でも、風が吹いていてとても涼しいと感じた。さっきまで灼熱地帯にいたので当たり前のことなのかもしれないが。
「うおー、汗でびしょびしょだぞー。こりゃ温泉に入るっきゃねーな」
「この辺に温泉なんてあるんですか?」
「おう、あるぞ。火山地帯周辺は温泉ができやすいからな。あたしがこの村にいる理由の一つだ」
「へー、そうなんですね。でも温泉っていったら熱いお湯なんじゃないですか?」
「もちろん熱いお湯のところもあるが、それだけじゃねえ。熱くないところもあるし、いろんな効能があるところもある。まあ、行ってみればわかるさ」
一旦モルトの家まで戻ってから温泉地へ向かうことになった。そしていくつかの温泉に入り、それぞれの効能を聞いた。傷を癒すところ、身体強化を促すところ、本当か噓かわからないが若返りの効果があるところ、様々だった。一番効果を感じたのは身体強化の温泉だった。その温泉に入るとじわじわと体全体から力が湧いてくるのがわかった。
温泉に入るうえで戸惑うこともあった。それは混浴であるということだ。グラムは鍛え上げられて筋肉の付いた豊満な肉体を惜しげもなくさらしているのだった。それを見たロイは恥ずかしくなって体を外側に向けていた。モルトはというと温泉に近づいてきた、よくわからない小動物と戯れていた。
ニマの村に帰りサラマンダー契約後の体の変化を確認した。カランとの修行の成果もあるのか全体的にステータスが上昇していて、ジョブやゴーレムなどのレベルも上がっていた。
ニマにはしばらく滞在することなった。グラムと模擬戦をして、彼女が持っている武器の秘密を知った。
戦器エンリ。初期形状はハンマーであることが多いが、グラムの意思の赴くままにその形を変えることができる。あるときは大剣に、あるときは盾にと。この戦器の力で魔王オスヴァルトを討ち取ったのだろう。だが腑に落ちない点もあった。模擬戦をするなかで、勇者グラムと言われるにふさわしい強さかといわれると、そうは感じなかったからだ。実力的に言えばロイの〈チャクラ六〉程度といえるだろう。そのことについてグラムに直接聞いてみたが「まあ、いずれわかるだろうよ」と返答をはぐらかされるばかりだった。
この地でグラムと修行をして、合間に温泉に入って疲れを癒す、という日々を送っていた。相変わらずモルトがつくる謎の飲み物を飲んでいるのだが、成分は教えてくれなかった。しかし効果はかなりあるようで、以前よりも確実に強くなっていることを実感していた。
いつもと変わらないニマの日常に、その光景はやってきた。ニマから南東の上空に青紫色の大きな魔法と思われる光が見えた。
「おい、あの光は魔族の魔法だぞ。グランリーフ北部だ」
「イズリットの街を素通りしてきたってことですか?」
「わからん。ひとまず急いで向かうぞ!」
「はい!」
急いで厩舎に戻り馬とシャイロンに乗り込もうとする。モルトには「魔族が出た。隠れていろ」とだけ言って。
「待ってください。何かの魔物がこっちに向かってきています」
この村の周囲に配置していたサーチアイからの情報だ。
「速い、 上です!」
見上げる間もなくその魔物は急降下して、大きな拳をすぐ近くの地面に叩きつけていた。その衝撃で地響きがしている。
「へ、まずは一人っと」
拳の場所にいたのはグラムだ。
「グラム!」返事はない。
現れた魔物には頭から角が生えていた。魔族だ。大きさは四竜よりも大きい。手足は大木のように太く筋肉が異常に発達していて筋繊維の溝が深い。あごには髭のようなものを蓄えていて、体全体に金色のオーラをまとっているようだ。
魔族の拳が少しずつ浮き上がってくる。
「おい、レディに対して随分なあいさつじゃないかよ」
拳の下の地面から声がする。グラムは生きていた。
グラムは持ち上げた魔族の拳をもう片方の手で殴り飛ばす。打ち上げられた手は顔の後ろまで跳ね上がり、その勢いで状態が仰け反った。
「エンリ!」
戦器は形状を変えて元の大きさの何倍も大きいハンマーに形を変えた。それをそのままものすごい速さで魔族の顔面に打ち込んで、その体ごと吹き飛ばした。
グラムは少し息を切らしていたが、それは単純な戦闘による疲労によるものではないようだった。もともと体が大きいグラムだが、今の姿はそれ以上だった。体も赤みを帯びていて膨張していた。
「お前、バーサーカーか」起き上がってきた魔族が言った。
「ああ、そうだ。魔族のくせに詳しいな。こそこそ隠れて偵察してたのか?」
「ふん、この巨壊のゴッドフレイ様がそんなことするはずなかろう」
ゴッドフレイは力を溜めてから「ハアッ」といって解放すると、さらにまとっているオーラが大きくなった。
「遊びは終わりだ」
ゴッドフレイは勢いよく突進してくる。ゴッドフレイとグラムの激しい殴り合いが始まった。グラムはエンリを二つに分離し、ナックルに形状変化させた。拳とナックルの打ち合いで、周りに風と振動が起こっている。二人とも回避することなど全く考えていないという様子だった。拳とナックルがぶつかるときに衝撃波が起こる。打ち合いは続き、わずかだがグラムが押されている。グラムの腹部の隙にゴッドフレイの右下からの攻撃が襲い掛かる。グラムはそれをすんでのところで盾の形状になったエンリで防いだが、威力を抑えることはできずに空中に吹き飛ばされる。
ロイも〈チャクラ八〉を開放してゴッドフレイに立ち向かう。契約したばかりのサラマンダーを召喚し〈インフェルノ〉を放つ。
〈インフェルノ〉が命中してゴッドフレイがうろたえている。その隙に〈ゴーレムパンチ〉を何発かお見舞いする。だがそれほど深いダメージにはなっていないようだった。
「はっ、そんなんじゃ俺様は倒せねえぜ」ゴッドフレイは首を鳴らしながらそう言った。
吹き飛ばされたグラムはエンリを扇状に変形させて、反対向きに一振り二振りとエンリを振って風を起こさせる。その風の勢いで、吹き飛ばされる前の場所まで戻る。
「しつこいやつだ。そういう女は嫌われるぞ」
「へっ、そういう女が好きな男もいるんだよ」
グラムは自分の口元を手で拭いながらそう言った。
再びゴッドフレイとグラムが接近戦で殴りあう。だがやはり打ち合いではゴッドフレイに分があるようだ。グラムは一発もらいそうになるが、ぎりぎりで後ろに飛んで避けることに成功する。その一瞬の硬直にロイのサラマンダーが〈インフェルノ〉を放つ。
「最大火力だ!」
先ほどよりも大きな炎が轟音を立ててゴッドフレイに襲い掛かる。
「二度も同じ技が通じるかよ!」
ゴッドフレイは両手を前に突き出して「ハアッ」と言って〈インフェルノ〉をはじき返してきた。はね返された〈インフェルノ〉すさまじい速さでロイに向かっていく。
「ロイ!」
ガーディアンゴーレムの盾が間に合わずにロイは〈インフェルノ〉に焼かれてしまう。
「ふははは、自分の技でやられてしまうとは。なんとも滑稽だな」
〈インフェルノ〉が直撃し炎に包まれているにもかかわらず、ロイはもだえ苦しんでいるというわけではなくただ立っていた。
『〈スキル合成〉により〈インフェルノ〉と〈チャクラ〉を合成し〈サラマンダーオーラ〉を解放しました』
「力が、あふれてくる……」
体も少し膨らんで大きくなっているのか、上半身の装備が外れてしまっている。〈サラマンダーオーラ〉は体の表面に近いところから外側に向かうにしたがって黄色から黄赤色へとグラデーションになってロイの体にまとっている。
「チ、効かねえのかよ。まあいい。お前らが何しようとも無駄なあがきなんだよ!」
再びゴッドフレイは突進し手攻撃してくる。
ロイがその攻撃を受け流すとゴッドフレイは体勢を崩す。地面を足で踏み込みその周辺がその力によって凹む。下から腹部へのロイの一撃が入り、ゴッドフレイは「うぐっ」と声にならない声だし大きく宙に舞い上がる。
「へっ、やるじゃねえかロイ。だったらお膳立てくらいしてやらねえとな」
少しふらついたグラムが体勢を深く沈みこませてから勢いよく上空に飛び上がる。エンリは巨大なハンマーに形状を変えている。
「おうらよっと!」
頭上からハンマーを思いっきり振り下ろして、ゴッドフレイに叩つける。
打ちつけられたゴッドフレイは地面に向かって急降下する。だが今までの頑丈さを考えれば少し気を失っている程度なのかもしれない。実際にゴッドフレイにまとっているオーラはまだ消えてはいない。
落下地点付近にいるロイは力を溜めている。頭部から落ちてきているゴッドフレイの体が地面に近づいてくる。ロイは重心を前方に移動させながら、縦にした拳を前へと打ち出す。
「〈硬崩拳〉!」
首の後ろを抜けて、背中に〈硬崩拳〉が命中する。めり込んだ拳はゴッドフレイの体の内部から破壊していく。魔族の核が破壊される音がした後に、その全身がブルっと震えて地面に突っ伏して動かなくなった。──勝ったのだ。
その後、ゴッドフレイの体は少しずつ塵となって消えていった。ロイが初めて見る魔族の最後だ。その様子を降りてきていたグラムがじっと見ていた。
「どうかしたんですか?」
「いや、なんでもない。……終わったな」
「はい、強敵でしたね」
「ああ、だがグランリーフで何かが起こっているようだ。急いで向かうぞ」
「でも体は大丈夫ですか?」
「モルトからもらった回復薬がある。おまえの分もあるぞ、ほらっ」
腰のあたりから出した容器をロイに向かって投げた後、自分の分をゴクゴクと飲み干していた。すると体にあった傷がみるみるとなくなっていく。
それを見たロイは同じように容器に入った液体を一気に飲み干した。
「……力が、湧いてくる」
体の痛みと疲労が消えていく。
「そうだろう? モルトの回復薬はすげえんだよ」
グラムとロイは急いで厩舎に寄ってからグランリーフに向かうことにした。
「モルトさんと村の人たちは大丈夫なんですか?」
ボボの背に揺られながらロイは言った。
「あの村にそんなやわなやつはいねえよ」
ニマから南東の上空に見えた青紫色の光。グランリーフで何かが起ころうとしている。ロイは胸のざわつきを感じながら、グラムと森の中を駆け抜けていった。




