第25話 勇者グラム
数日後、相変わらずロイはカランに一発も入れられずにいた。
「うーん、やっぱり決定的に火力が足りねえな」
何日も一日中殴り続けていて、体力があるロイもさすがに「はあはあ」と息を切らして反論することもできない。
「そろそろニマに行ってみるか。ちょうど明日グラムも来るしな」
「グラムって、誰ですか?」
「何だ知らねえのか、勇者グラムだよ」
「勇者?!」
「まあいい、とりあえず行ってこい。あと、行ってからのことはお前が自分で考えて決断しろ。いいな?」
カランは少し意味深な言い方をしていた。それに、結局一発も入れられずに終わってしまうと思うと悔しかった。もっと強くならなければ。
最初のころは見た目が気持ち悪いと思っていた暗緑色の食事も慣れてくると段々癖になってきて、今では毎日食べても平気になっている。作ってくれるのはリーリエルだ。
「グラムはここへ立ち寄るはずだから、待ってるといいわ」
カランから聞いたグラムのことを話していたので、リーリエルが気を使って言ってくれた。
「わかった、ありがとうリーリエル」
そう言うとまたも小声で「リリーでいいよ」と言っていたが、恥ずかしかったので聞こえないふりをして「え?」と言うと、「何でもない……」と返事をしてきた。
朝と夜、一緒に食事をするようになって次第に距離が縮まっていっていると感じているのも事実だ。それ以外でも一緒に食器を洗ったり、近くに生えた薬草を取りに行ったりすることもあった。驚いたのはこの家にはいろんな魔道具があって、食器を洗う水も魔石を取り付けると出るようになっていてとても便利だった。錬金術の本も少し置いてあり時間があるときに読んで、取ってきた薬草を調べたりもした。そうやって何気なくも大切な日常を過ごしていたのだ。
「おーい、リーリエルいるかー」
出入口のほうから大きな声がする。
「グラムだわ」
リーリエルが先に行き、後からついて行く。
「よう、久しぶりだな。例の物はあるか?」
「あるわよ、ちょっと待っててね」
何か頼まれていたものがあるようで、別の部屋に探しに行った。
勇者グラム。その姿を初めてみるが、予想とまるで違う見た目をしていた。
獣人族の女性で、歳は十くらい上だろうか。骨太の体つきに、鋭い目つきで橙色の大きな瞳をしていた。金属の肩当にガントレット、皮の腰巻とブーツを身に着け、少しはだけた赤色の布の服を着ていた。出入口の横に昨日までなかったハンマーが置かれていた。おそらくグラムの武器だろう。
「お前がロイか。カランから話は聞いているぞ。ガキだな」
「なっ」ロイはまたこのタイプかと思った。ここでは横暴な人によく遭遇する。
「おおかたあたしのことも想像と違っていたってところだろう。たまたま魔王オスヴァルトにとどめを刺したことをランスのやつに報告されちまって、勇者様ってことになっちまった。おかげで南側に行くと騒がしくてしょうがねえよ。だから今はニマっていう小さな村に逃げて暮らしているってわけさ」
「そうだったんですね、初めて知りました」
「何だお前、ランスから何も聞いてないのか」
「そうですね、魔王討伐の時の話は全く……」
「まあいい、それでカランから聞いたんだがニマに行くってことでいいんだな?」
「え、ロイ、ニマへ行くの?」
グラムに頼まれていたものを持って帰ってきたリーリエルに聞こえていたようだ。
「まあ、そうだね。このままここでカランとやりあってても相手にならないし、それだったら別の何かを見つけにいってもいいのかなと思って」
「そう……」
リーリエルは緩めていた手を縮めた。
「またすぐに戻ってくるよ」
「そういやロイ、シャイロン持ってるんだってな。あたしも乗せてくれよ」
シャイロンのボボに興味津々なグラムだったが、むくれた顔のリーリエルを見て、
「なんだよ、冗談だよ。自分の馬でいくよ」
気の強そうなグラムだが、何故だかリーリエルには頭が上がらないようだ。
出発のための準備にとりかかるロイ。身に着けていた装備や手持ちの道具などはそのままこの家に持ってきてくれていたようで、それほど時間はかからなかった。
久しぶりに冒険用の装備を身に着けると、何だか身が引き締まる感じがする。
外に出るとカランがボボを連れてきてくれていた。引いて来ているのは使用人だが。
「よう、そろそろ出発か?」
相変わらずカランは腕組みをして偉そうにしている。
「そうですね、グラムさんが良ければ」
「あたしはいつでもいいぜ」荷物袋とハンマーを持ったグラムが言う。
「他に何か言うことがあるんじゃないのか?」
「え、あ、ボボを連れてきてくれてありがとうございます」と仕方ないから言っておいた。するとまたもや「ニヤ」とした表情をして満足気にしていた。ニマへ行けば少しの間この顔を見なくて済むだろう。
会わない期間があってもボボはロイのことをおぼえてくれていたようで、顔の頬を近づけてすりすりしてくれていた。
「じゃあ、そろそろ行きます」
「おう、ロイ。あの時は、バカにして悪かった」
「なんですか、急に……」
カランはその後何も言わなかった。こちらに向けている黄緑色の瞳は何を見ているのだろうか。
ロイはリーリエルのほうを向く。
「行ってくるよ、リリー」勇気をだして言った。
その言葉にリーリエルは目を見開いて微笑んだ、そしてその後に寂しがるような表情になった。
少人数だが見送られるのは嬉しいものだ。バハムの町の両親のことを思い出した。二人は元気にしているだろうか。クレア姉さんとしばらく会っていないアムル兄さん。独り立ちしてからというもの家族といる時間が極端に減ってしまった。だからこそ会う時の時間を大切にしなければいけないのだと思った。
グラムは自分の馬に乗り、ロイはボボに乗ってニマへと向かった。




