第18話 コボルトとオーク
朝の支度を終えて宿の外へ出ると、ハーディスと女オークがいて待っていた。
「おう、待っていたぞ。今日はヘルレイムが来れんので、代わりにオーク族のアンナが来てくれた。ヘルレイムと同じイズリットの街に住んでいる。パーはこの子と一緒に行ってくれ。では、よろしく頼む」
紹介されたアンナがこちらに頭を下げた。
女といってもオークだけあって人族よりも体が大きい。手足ががっしりしていて、少し黒みがかった紫の肌をしている。そして、垂れ下がった大きな耳が特徴だ。
「本日案内をさせていただきます。アンナといいます。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくっす」
パーとアンナが挨拶をしていると、ゲーデルがパーに歩み寄ってくる。
「じゃあ、僕はもう行くよ。パー、元気でね」
ゲーデルはそう言ってパーを抱きしめた。仄かな獣の匂いと、さらさらでつやのいい毛の感触が手に伝わってきた。
「ゲーデルさんも、元気で。次に会う時は見違えるように成長した、おいらの姿を見せてあげるっすよ」パーは得意げに言った。
「ははは、そうだね。お互い頑張ろう」
こうして二人はそれぞれの道へと歩んでいった。
「これから向かうイズリットはグランリーフから北に向かったところにあり、格闘技が盛んなところです。強さを求めるならうってつけの場所ですよ。それに、私と同じオーク族がたくさん暮らしています」
アンナは乗っている竜に行き先を指示した後に話しかけてきた。
「そうなんすね。おいしい食べ物とかはあるんすか?」
「あははは、ええ、ありますよ。イズリットは比較的温暖な気候で、狩りに適した動物や食材がたくさん取れますから」
「それは楽しみっす」
パーは尻尾をふって嬉しそうにしていた。
荷車を掴まれての空の旅とは違い、竜の背に直接乗っての飛行は風を強く感じることができて、とても心地いいとパーは思った。
時折、同じように竜に乗る者に出会うこともあった。もちろん竜に乗るにふさわしい者が乗っているだろうが、南のラモーネなどでは見ることがなかった光景だ。
しばらく空の旅が続いた後、目的地が近くなってきたのか飛行高度が下がってきた。段々と地上の様子が見えてきて、何かの農作物をつくっているところが見える。
「この辺りは、遥か昔火山地帯となっていたそうですが、今は休止しています。そのおかげで水はけのよい土を利用した作物が、豊富に取れるようになりました」
「へー、どんな作物っすか?」
「主に根菜類が多いです。植物の根っこ部分を食べるものです。栄養価が高いものもありますよ。それから、山に行けば身体強化の効果がある植物もあったりするようです」
「そうなんすね。なんか途中からちょっと難しくてよくわかんなかったっすけど、たくさん食べれるってことっすね」
「ま、まあそうですね……。あ、イズリットが見えてきましたよ」
アンナは街の方を指さして言った。
農業地帯を抜けて見えてきたのは、石造りの家が立ち並んでいるのが特徴の栄えた街だった。規模はラモーネくらいだろうか。
街の上空を飛び、一番大きな建物の平らな屋根の上に降り立った。その場所は街が一望できるほどの高さがあった。
階段を下りていくといくつもの部屋があり、その内の一つに案内されて入った。
「ヘルレイム様はまだ戻っていないの?」
アンナが部屋にいた使用人らしき女オークに声をかけた。
「はい、まだお戻りになられていません。ですが今日中には帰られると言っておりました」
「そう、それじゃあ彼に街を案内してから、また戻ってくるわ」
アンナはパーの方へ手を向けて言った。
「はい、行ってらっしゃいませ」使用人はパーの方を見て頭を下げた。
屋敷を出て街の通りを歩いて行く。
まず案内されたのは宿で、なかなか立派な建物だった。屋敷から近い場所にある。宿泊者はオーク族のほかに猫耳の亜人族も稀に見受けられた。宿の一階の待合室で、それらの種族が談笑しているのが見えた。寝床はオーク族を基準にしているのか、コボルトが寝るには大きすぎるものが置かれていた。
次に入ったのは食堂だった。目の前に冒険者ギルドがあるので覚えやすい場所だ。
「私は冒険者ギルドに少し用がある。何か好きなものを頼んでいてくれ。その機械があればできるだろう?」
「はい、できるっす」
アンナは「すぐもどる」といってギルドの方へ向かった。
機械とはゲーデルから渡されていた翻訳機のことだ。耳と首にそれぞれついている。ゲーデルがコボルト用に調整してくれたおかげで違和感なくつけられている。
洞窟で暮らしている時に通りすがりの商人が山賊に襲われていたのを助けたことがあったが、こちらが言っていることがわからずに恐れられて、馬車を置いて逃げて行ってしまったことが何度もあった。見た目が魔物に近く見えるせいで誤解を生んでいた。もちろん好戦的な種族がいることも確かだが、自分は違うんだという思いがあり、とても悲しかった。だが今は違う。この翻訳機があるおかげで異種族とも何の問題もなく会話ができている。あらためてゲーデルに対する感謝の気持ちが込みあげてきた。
「えーと、メニューっすね。字は読めないけど、絵が描いてあるから大丈夫っすね。このボアのステーキがおいしそうっすね」
食べるものが決まって、お店の人を呼ぼうと手を上げた。
「ん? なんかこの店くせぇぞ。くんくん」
後から入ってきた大柄のオスのオークがパーに近づいてきた。
「おい、おめえコボルトじゃねえか。お前みたいなやつはお呼びじゃねえんだよ、さっさとお家に帰んな」
「何言ってるんすか。俺はここに呼ばれてきたんすよ」
「お、こいついっちょ前にしゃべりやがるぞ。ん? なんか妙な機械つけてんな。俺に貸してみろ」
オークが翻訳機に手を伸ばす。
「これに触るな!」
触ろうとしたオークの手を払いのける。
「なんだてめえ、俺様にたてつこうってのかよ!」
オークは逆上して、今にもパーに襲い掛かりそうになっている。
「おいダロス、そこまでだ」
冒険者ギルドからアンナが帰ってきた。
「あ、姐さん。なんでここに……」
ダロスは明らかに動揺していた。
「私は彼の案内役を務めている。彼はヘルレイム様の客人だからな。わかったら、さっさとここから失せろ」
「え……、こんなや……。わかりやした、ここは引き下がります」
ダロスは潔くこの場を去ろうとしたが、パーのことは睨みつけていた。
注文したボアのステーキが運ばれてきた。厚く切られた肉が何枚も皿の上にのっていた。特製のソースがかけられ、湯気から食欲をそそる匂いがする。
「おいしそうですね。私も何か頼むとしましょう」
パーはボアのステーキを夢中でほおばった。さっきまで言い争っていたことなどなかったかのように。これがパーのいいところでもある。
「パーさんは冒険者登録を済ませていますか?」
「はい、済んでます。ロイさんたちがやってくれました。ひとつ上がってDランクだったと思うっす」
「では登録していくつか依頼をこなしているということですね。でしたらまた時間があるときにでもこの街のギルドの依頼を受けてもらえると助かります。また魔族の動きが活発になってくると、人手が足りなくなるでしょうから」
「そうなんすね、わかったっす」
二人は食事を終えて、ヘルレイムの屋敷に戻ることにした。




