第17話 世界樹の主
穴の中へ入っていくと、外で感じていた木の香りが増してきた。不思議と嫌な臭いではない。木の中はお城ではないかと思うほど広く、長く道が続いていた。
歩いて行くと、大きな広間にやってきた。奥に二人の人影が見える。さらに進み、左に竜人がいるのが見える。白い鱗に黄色の瞳。騎士のような鎧の胸に、赤い宝石のようなもの、おそらく竜のオーブが付いている。ペーが言っていた騎士竜ファーディンだろうか。そしてその奥の中央に、木の体でできた存在がいた。姿は人の形、人で言えば筋肉質な体つきだ。目は二つに見えるが、骸骨のような黒に黄緑色の瞳が不気味に光っている。エルフの耳のように長い角があり、その下にも小さな角が生えている。髪と思われるものは黄色で、角のようにとがった木が上に伸び、王冠のように見える。
「カラン様、連れてきました」
リーリエルは通路から広間に出たところで、カランに話しかけた。
「おう、ご苦労だったな。こいつらか、隠れてた魔族を捕まえたってのは」
「はい」リーリエルが答えた。
「ガキが三人にコボルトが一人か。ん、お前もしかしてペーか?」
カランがパーを見て言った。正直、ロイは言葉づかいが荒い人だと思った。
「いや、ペー様は俺たちの長老っす」パーが答えた。
「そうか、あいつ生きてたのか――」
カランは少し遠い目をして言った。
「今日来てもらったのは他でもねえ、俺たちが映っていたっていう機械を渡してもらうためだ」
「ちょっといきなり呼び出しておいて、いきなり人の物をよこせって、何なんですか」
ロイがカランに食ってかかった。
「ん? なんだ、お前。なんか文句でもあるのか」
「そうですよ、ゲーデルが一生懸命つくった大切なものを、簡単によこせと言うのはおかしいです」
「そうか……、なら力ずくでもらうしかないか」
「な――」
私が何かを言おうとする一瞬の間に、カランはゲーデルの目の前に立っていた。そして鞄ごと例の投影機を奪った。
それを見たロイが、鞄を取り返そうとカランに近づこうとすると、いきなり地面から太い枝が伸びてロイの顔面を殴りつけた。
殴られたロイは大きく吹き飛び、広間の横の壁に勢いよくぶつかり気を失った。
「あら、この程度で気を失っちゃうの? かなり手加減したんだけどなあ」
カランは気を失ったロイに近づく。その間ほかの三人は、突然の出来事に呆然と立ち尽くしていた。
「こいつまだまだ伸び代あるみたいだから、とりあえず潜在能力上げとくか。それから治療だな」
カランはしゃがんで、右手でロイの頭を持ち、左手を私の胸に当て〈ヒール〉を唱えた。
全身が黄緑色の光に包まれたかと思うと、次々と光の色が変わっていった。
ロイはゆっくりと目を覚ます。
カランはゲーデル、パー、マリンと、それぞれの潜在能力を開放していった。
「よし、お前ら、もう帰っていいぞ」
力を与えてもらった三人は戸惑って、硬直して動けなかった。
「何がもう帰っていい、なんですか。まだ話は終わっていないんですよ」
ロイはよろよろと起き上がって言った。
「何の話だ」カランは言った。
「ゲーデルはその投影機を渡すことを、認めたわけじゃないんですよ! それを返してください」
「お前のお友達は返せ、とは言ってこなかったぞ」
「それはあなたに怯えていて、言えなかったからじゃないですか」
「ふん、ここでは俺がルールだ。お前らが何を言おうと俺に従ってもらう。俺は俺に逆らうやつはボコボコにすると決めている。それが俺の流儀だ。気に入らなければ力で俺を止めてみろ。力ある者が力なきものを支配する、それがこの世の理だ」
「これは従う従わないの話じゃない。人としての尊厳の話だ。あなたはそれを踏みにじった」
ロイはカランを強い目で真っ直ぐに見て言った。
「だったら見せてみろよ、こんなちんけな機械一つ守れない、お前の尊厳とやらを」
カランは機械を指でもてあそび、うすら笑っていた。
「これ以上バカにするな!」
「〈チャクラ〉――八!」
チャクラが開放された力で、広間の壁が揺れている。カランは投影機をファーディンに投げて渡した。
「おいおい、そこまでやったら死んじまうぞ。ん?〈オートヒール〉か。いや、それでもだめだ」
ロイはすさまじい速さで向かっていき、ゴーレムの腕でカランに殴りかかる。
その拳はカランが防御する間もなく、顔面をとらえた。
殴られた顔面側から回転しはじめ、頭、胴体、足へと回っていき、後ろへ吹き飛びながら、手と足が高速回転している。その回転が壁へ激突する推進力になっているかのように。
カランの頭部が広間の壁に突き刺さり、見えなくなった。首から下がぶらんと垂れ下がる。
「え……」
思わぬ結末にロイは戸惑った。
ロイの真下の地面から分厚い植物の葉のようなものが何枚も広がるように生えて、ロイの全身をパクんと飲み込んだ。ゲーデルたちは顔だけ動かし、その様子をただ見ていることしかできなかった。
「安心して、大丈夫よ。これは彼の身を守るためにカラン様がやったことだから」
全く動いていなかった、二人の内のリーリエルがしゃべった。
「え、でも……」ゲーデルはそう言いながら、カランが突き刺さった壁の方を向いた。
「ああ、これも大丈夫よ。この程度、カラン様にとっては大したことではないから。カラン様はあなたたちが思っている以上にとても強いお方よ」
壁に刺さっているカランの両手両足が動き出し、壁に手足をつけて、自ら頭を壁から引き抜いた。そして虫のような動きで、壁に張り付いた状態で不気味に動いていた。
「そうだぜ、俺様は強えーんだぜ。ふー、なかなかいいパンチしてるじゃ、ねえか」
広間の地面に降りたカランが言った。
「なぜ、こんなことをしたんですか?」ゲーデルは意を決して言った。
「さあ、なぜだろうな。それから、お前は今から俺がその答えを言えば、そうだと信じるのか? 出来損ないのにんげんくん」
「それは……」
ゲーデルが答えに困っていると、リーリエルが会話に割って入ってきた。
「あなたたちが見た映像から判断するなら、魔王級の魔族が複数体いると考えられる。カラン様から力を開放してもらったようだけど、まだまだ足りない。今のあなたたちは、カラン様どころか私や隣のファーディンにも及ばないわ。あなたたち三人には、今後に備えて修行をしてもらいます。ゲーデルはハーディスのもとへ、パーはヘルレイムのところへ、そしてマリン、あなたは私と一緒に修行してもらうわ。ちなみに拒否権はないから、そのつもりでいて」
少しの間沈黙があった。ゲーデルは思った。カランに与えられたこの力があれば、ここから逃げ出すことくらいならできるのではないかと。しかしそんなことをしてどうなる。今ここで逃げてしまっては、あの映像で見た世界は変えられない。それにロイが大きな植物のようなもので捕らえられていて、その茎が地面に埋まっている。切り離せるかどうかはあやしい。
「あのー、ヘルレイムさんって誰っすか?」
「そうか、あなたたち知らなかったわね。この大陸にいる四竜のことは知っているわね。ヘルレイムはその一人の破壊竜で、イズリットという街を拠点にしているわ」
「破壊竜って、なんか怖そうっすね……」パーは耳を折って、肩を落とした。
「ふふふ、確かにそうね。でも大丈夫よ。パー、あなたならきっと仲良くなれるはずよ。何といっても、あいつは格闘バカだから」
「何かよくわかんないっすけど、わかったっす。さっきは驚いたけど、ロイさんも無事みたいだし、言われたとおりにしてみるっす」
「ありがとう、助かるわ」
ゲーデルはパーのあっけらかんとした態度に救われた感じがした。そうだ、ロイは無事なのだ。焦る必要はなかったのだ。いろんなことがあり過ぎて、気が動転していたのかもしれない。それにこれからくる未来のために、今よりももっと強くなっていなければいけないのは確かだ。気持ちの整理がついたせいか、急に緊張の糸が切れたような気がした。おそらくマリンも同じように思っていただろう。さっきまでの顔つきとは打って変わっていた。
「さあ、マリン。あなたは私と一緒に来てもらうわ」
「は、はい。わかりました」
マリンは戸惑い気味に言った。これからのことを思って不安になっているのかもしれない。
「ほか者は途中まで私と一緒に来てもらう」
いままでずっと沈黙を守って来ていたファーディンが口を開いた。やや低音だが、思っていたよりも透き通るような、いい声をしていると思った。
「あなたは騎士竜ファーディン様、でよかったでしょうか?」
「いかにも、私が騎士竜ファーディンだ。ここから東にいったライツハンドという街を拠点にしているが、カラン様の護衛を主としている。とはいってもあのお方に護衛など必要ないのだがな。あの方に勝てる者などこの大陸には存在しない」
先ほどの戦闘を見ていたので、この言葉の信用度は高い。手を抜いた状態で、ロイのあの攻撃をくらってもなお、ほぼ無傷だったのだから。
「それぞれの出発は明日だ。今日はここに泊まってもらう」
着いた先はグランリーフ内の宿泊場所だった。普段は国の要人が泊っていることが多いらしく、立派な建物だった。
「では、また明日の朝会おう」
そう言ってファーディンは去っていった。
パーと二人でどうしようか、と話し合い。ひとまず食事をとることにした。幸いにも宿泊施設内に食事を提供してくれるところがあり、そこで食事をすることにした。
「パー、急にこんなことになっちゃってごめんね」ゲーデルはばつが悪そうに言った。
「ゲーデルさんのせいじゃないっす。それにおいらの旅の目的は、いろんな世界を見て回ることっす。マリンさんが新しい仲間として入って、これからどうなるんだろうってわくわくしてたし、ロイさんたちと一緒に冒険ができないのは寂しいっすけど。次に会った時に今よりももっと役に立てるように、頑張ってくるつもりっす」
「パー、君ってやつは……。本当にいいやつなんだな」
「なんすか、急に。おいらは最初からいいやつっすよ」
「まあ、ちょっと食いしん坊だけどね」
「ちょ、そんなこと言わないでくださいよ、ゲーデルさん」
「ははは、よし、今日はお腹いっぱい食べるぞ!」




