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第16話 グランリーフ

 普段は三人乗っても広すぎるくらいだった荷車の中はボボの体でほとんどが埋まってしまっていた。おまけにゲーデルが「僕、高いところ苦手なんだよ~」と言って怖がっていた。表情には出さないが、ロイも高いところは苦手だ。それにひきかえ、パーとマリンは窮屈な空の旅を楽しんでいるようだった。

「わー、すごいっす。こんな高いところ初めてっす」

「ほんとねー、風が気持ちいいわ」

 今朝食べたものを戻しそうになりつつも、二人が開けた荷車の後ろから広大な森に、大きな川が枝分かれのように流れているのが見えた。人生初の空の旅は、お腹の不快感と清々しさがまざった、なんともいえないような体験となった。

「おい、君たち、そろそろ着くぞ」

 竜の足に自分の尻尾でぶら下がって、荷車の隙間からハーディスが声をかけてきた。荷車にかかっている布を横に開けると、前方に巨大な木が生い茂っていた。距離はまだ遠そうだ。その木の周りに幅の広い円線のような湖があり、橋がかかっている。泉の内側には街らしきものが形成されているのが見えた。

 竜が滑空し、下降し始める。風と緩やかな浮力を感じる。ないはずの何かしらの空気の匂いがする。空気が濃いのだろうか。

 着陸寸前、足から荷車が離される。「わあ」と全員が着地の衝撃に驚く。

「もう、もうちょっと優しく降ろしてほしいもんだわ」

 マリンが頬っぺたを膨らませながら言った。

「まあ、みんなが無事で何よりだよ」

 全員怪我らしい怪我はなかった。ボボも平気そうに「なぁー」と鳴いていた。

「私は先に行っている。そのまま入れるようにしておくから後でついて来てくれ」

「はい、わかりました」

 ハーディスは橋のほうへ向かっていった。橋の前にも後にも衛兵などによる検問はなさそうだ。そもそも人が見当たらないし、上空にも何もいない。ロイたちは言われたとおりに、ハーディスの後について行くことにした。

 橋に近づくと円線状の湖が見えた。近くで見ても水が透き通っていて、とても綺麗だった。

 橋を渡り終わってすぐくらいに、体がヌメっとする感覚があった。これは何だろうと、私が不思議そうにしていると、

「これは多分バリアね。それも特定のものは通すようにできている、かなり高度なバリアよ。私の村でも、言い伝えでは聞いたことがあるけど、実際に使える人は、私が知る限りではいなかったわ」

 マリンは真剣な表情で言った。

「それだけここが特別な場所なんだろうね」

 ロイは辺りを見回して、深呼吸した。ゲーデルが発明した謎の投影機の映像を頼りに、グランリーフという場所までついにたどり着いたのだ。

「あなたがロイかしら?」

 不意に声をかけられた方を見ると、エルフの女性が立っていた。背丈はゲーデルと同じくらい。黒みがかった薄い水色の髪に、赤みが強いピンク色の瞳をしている。質のよさそうな生地のローブを身にまとい、物々しい杖を持って、こちらをじっと見ていた。

「はい、そうですけど……」

「私はリーリエル。カラン様があなたたちに会いたいと言っているので来てちょうだい。あ、あとハーディスはまだ時間がかかると思うわ。なにせ魔族を捕らえることができたのが初めてのことだから。お礼を言ってなかったわね。ありがとう。それからシャイロンは一旦こちらで預からせてもらうわ」

 リーリエルは近くにいた使用人らしき人に手で合図を送っていた。

 映像でははっきり見えなかったので、リーリエルだとは気づかなかった。幼い子供に見えたのだが、思っていたよりも少し大人びている印象を持った。

「いえ、俺たちもカラン様に会うためにここまで来ました。――魔族はそこのパーが見つけてくれました。彼は鼻が利くので、姿が見えなかった魔族を発見することができました」

 パーの方へ手を向けて紹介すると、手を上げてそれに応えた。

「そう、面白い人たちね。コボルト族に、機工士、霞族の魔法使い、全く接点がなさそうなのに、どうやって集まったのか興味が湧くわ」

「マリンが霞ノ杜出身だってわかるんですか?」

「ええ、知っているわ。このロードガルド大陸の東にある、小さな村に住んでいる、強力な魔力を持った魔法使いの一族。瞳の黒目の部分が星型になっているのが特徴よ。よく見るとわかるわ」

 それを聞いて、他の全員がマリンの瞳をのぞき込む。

「わあ、ほんとだー」とゲーデルが言った。

 わかりにくいが、確かに黒目の部分が星型になっているように見える。

「ちょっと、あんま顔を近づけないでよ」マリンが少し怒り気味に言った。

 それを聞いてみんなが、少し驚いた後に笑った。

 そして、その光景を見ていたリーリエルも少し微笑んでいるようだった。

 グランリーフの森の中を歩いて、普段見ないような大きな木を何本も通り過ぎた。木でできた人が住んでいそうな家もぽつぽつと建っている。

「この辺りには他の人も住んでいるのでしょうか?」

 素朴な疑問を言ってみた。

「ええ、いるわ。主にカラン様の身のまわりのお世話をするエルフ族が住んでいることが多いわ。あとはカラン様が生み出す分身というか、魔法生物の木人もここで暮らしているし、住んでいなくても、この大陸の要人などがカラン様に会いに来ることもあるわ。あなたの生まれのレミオン国の王もその一人ね」

「レミオン国の王が、ですか?」

「そうよ。この大陸全土はレントカラン様が統治しているのだけれど、人が増えて全てを視るのが難しくなってきたころに、人族を主とした国をつくることにしたの。それがレミオン国で、そしてその国の内情を王が定期的に報告しに来ることになっているわ。ただ、人族は寿命が短いから、もう何代も入れ替わっているはずよ」

「そうだったんですね。ちなみにカラン様は何歳くらいなんでしょうか?」

「さあ、正確な年齢は私にもわからないわ。私が二百歳くらいだから、それ以上なのは間違いなくて、千年、二千年くらい生きていてもおかしくはないわ」

「に、二百歳!」

「そんなに驚くことないでしょ。人族で言えばあなたと同じくらいか、少し上の年齢よ」

「確かに、見た目はあまり変わらないと思いますけど……」

 ロイは動揺を隠せなかった。エルフ族は長寿とは聞いていたが、実際に目の前にすると、とても何百歳も生きてきたとは思えないほど、きれいな肌をしていたからだ。

「そんなに見つめても何も出ないわよ」

 じっと見ていたことに気づかれてしまい、恥ずかしさを覚えた。

 この道を通ってすれ違ってきた他のエルフも、実際には何百年もの時間を生きてきたのだと言われても実感がわかなかった。

「見えてきたわ、あそこがカラン様のいるところよ」

 指さされた方向を見ると、世界樹とは別の大きな木が見えた。木の根元に入り口らしき穴が開いていて、その上に大きな人の上半身が造形されていた。しかし、人の手で作られたというより、自然に樹木が成長の過程でそうなったというような感じに見えた。

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