9.ミサンガと色
やはりハロウィーンということもあって
どこもかしこも忙しそうにしている。
酒屋はあらゆる所からあらゆるお酒を集め、
パン屋はれんこんの形をした
特別なパンを焼いている。
ちょうど焼き上がったばかりのれんこんパンを
二人で食べながら歩いていると、
やはりどこから見てもデートに見える。
しかし、サーの方は私と二人きりで
歩いているというこの状況に
あまり興味を抱いていないのか、
普段の様子と全く変わらない。
少しの胸の高鳴りを感じながら
様々なお店に寄って行くが、
気分が高揚しているのは私だけらしい。
「よお、そこのお二人さん。
何でも願いが叶う魔法のアイテム、
ミサンガを買っていかないか?」
そうしてサーと並んで歩いていると、
威勢のいい声の男に声をかけられた。
男の店に並んでいるのは、
色とりどりのただの紐である。
どこからどう見ようと、
魔道具の類いには見えない。
しかし、何でも願いが叶うと言われれば
反応してしまうのが人間の性である。
「ミサンガ…?初めて聞いたわ。
これはどういうアイテムなの?」
「へへ、興味あるか?
これは今王都で大流行しててな。
見た目も中身もただの糸で編んだ紐だが、
これを体のどこかに結んで過ごすと、
どこからか現れた妖精がこれを切ってくれて
その瞬間に願いが叶うって代物だ。
即効性こそないが、王都ではこれで
願いが叶った奴がいるともっぱらの噂なのさ。」
見た目は本当にただの紐だ。
何かしらの魔法をかけてあるのかと
疑いをかけてみるが、
サーもこの紐には魔法の気配を
微塵も感じていないようだ。
種も魔法もないただの紐。
しかも妖精が絡んでくるなんて、
本当にこんな物で願いが叶うのだろうか。
「まぁ、疑うのも無理はない。
俺も初めて聞いた時は
若者たちの間で流行ってるだけの
ただのおまじないだと思ったもんさ。
……だがな、二人共よく聞きな。
ここだけの話、純粋な興味で
俺もこのミサンガを付けてみたんだが、
これが切れたと思った瞬間、
在庫を抱えてた商品が飛ぶように売れて
大儲けすることができたんだ。
おかげで借金は全部消えて、
今じゃ商人の中でも勝ち組よ。
ウソみたいな話だと思うだろ?
なに、信じて買えとは言わないさ。
俺も妖精をこの目で見た訳じゃないし、
材料も作る手間もほとんどかからない商品だ。
値段もその辺でお菓子を買うくらい安い。
あまり期待しなくていいから、
騙されたと思って買ってみな。」
男の言う通り、値段は安い。
沼に捨てたところで
ちっとも痛くない金額だ。
もったいないと思えばもったいないが、
これが願いを叶える可能性を
僅かでも持っているのなら、
少し試すだけの価値は十分にあるだろう。
「それじゃ、家にいる人の分も合わせて
4本買わせてもらおうかな。
サー、色はあなたが選んでよ。」
私とサー、シャルル、ロアン。
本家にいる家族たちにも
買ってあげたいと思うが、
私からの贈り物なんて
届いた時点で捨てられてしまうだろう。
そして、ここで色の選択をサーに任せたのは
私なりの考えがあってこそだ。
4本全ての色を任せたということは、
彼自身が身に付けるミサンガも
彼が選ぶということに他ならない。
自分自身が身に付ける物なら、
自分の好きな色を選ぶはずだ。
これでサーの好きな色が分かる。
さて、彼の好きな色は赤か、青か、緑か。
「では、この色とこの色を二つずつにしよう。」
「ほう、珍しいセンスしてるな。
他の若い子はもっと違う色を選ぶんだが。」
サーが選んだのは二色。白と黒だった。
意外と言えば意外だが、
どうしてその二つを選んだのか、
なんとなく先に分かってしまった。
そして、それがとても彼らしいと思った。
その理由とは、私を除く三人が
私の従者であることだ。
彼らがいつも身に纏っているのは
黒いメイド服と白い執事服。
従者としての立場と心構えを
忠実過ぎるまでに守っている彼らは、
自らが身に纏う色を白か黒に統一している。
外に出ている今だからこそ
サーの服装は白でも黒でもないが、
靴下の色からハンカチーフの色まで
徹底して統一しているのだ。
そうすることが当然であるように。
だからサーは白と黒を選んだ。
「毎度あり。願いが叶うといいな。」
4本のミサンガを受け取ると、
男の店から離れた広場へ移動した。
そこのベンチに座って、
お互いの手首にミサンガを結び合う。
そして、サーが私のミサンガの色までも
黒にしたのにも理由があった。
それは単純に仲間外れを作らないためだ。
私は普通の人間にあるはずの魔力がなく、
今も本家から離れた屋敷に追いやられている。
普通ではないから。他の人間と違うから。
もし私が他の人間と同じであれば、
こんなことにはならなかっただろう。
私の現状が隔離にあるのは、
私が仲間外れにされるべき人間だからだ。
そういう私の事情を理解しているからこそ、
サーは同じ色を二つずつ選んだ。
全て同じ色にしなかったのは、
おそらく男性と女性で分けるためだ。
女性である私とシャルルが黒で、
サーとロアンが白。
私のことが好き過ぎるシャルルは、
私とお揃いというだけで
より仕事に励んでくれるはずだ。
シャルルが頑張れば頑張るだけ、
サーとロアンの仕事が増えそうではあるが。
「……苦労をかけるわね。」
「私は執事。お嬢様が気にかけてくださるだけで
身に余る光栄でございます。」
やはり、サーには頭が上がらない。
結局サーの好きな色は分からなかったが、
私の彼へ対する理解度が
それなりに上がっていると分かったので、
もう無理に詮索することはやめよう。
これからも一緒なのだから、
ゆっくり少しずつ知っていけばいい。
「姉上、失礼致します。」
「うん……?」
突然、サーの手が私の前を遮った。
直後、小さな爆発音と
母親の叱りつける声が響く。
「こら!魔法をそんな風に使ったらダメって
いつも言ってるでしょ!」
何が起こったのか分からないが、
しょぼくれた男の子の声から
状況を察することはできる。
おそらく、魔法を使って遊んでいたか
何かイタズラをしていたのだろう。
怒られているということは、後者だろうか。
サーの手の隙間から
母親に手を引かれる男の子の後ろ姿を
こっそりと覗いてみると、
その小さな背中を見て私の心が軋む音がした。
「……。」
あんな子どもでさえ使うことができるのに、
私には使える魔法が何もない。
魔力がないのだから当たり前だ。
今まで散々味わってきたこの気持ちも
もういい加減慣れてくれてもいいのだが、
それはまだ当分先のことになりそうだ。
「帰りましょう。」
サーが手首に結んでくれたミサンガを
きつくぎゅっと握りしめて、
私は小さく頷いた。




