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7.魔女とリンゴ

ウサギの彼はイスから降りると、

私の足元で手招きをしてきた。

顔を近づけろという意味だろうか。

私はまた膝を折って、

彼の目線の高さに合わせる。


「今から君の魔力を測るけど、

痛くないから安心するといい。」


彼は小さな手を伸ばして私の額に触れる。

肉球のない手はふわふわの毛で覆われていて、

非常に肌触りがいい。

彼を抱きしめられなかったことを

少しだけ後悔していたのだが、

こうしてウサギの方から触ってもらえるのは

貴重な体験かもしれない。


「おや……?」


額に触れるだけでは足りなかったのか、

彼の手は私の頬へ伸びる。

更にはもう片方の手も出して

両手で私の頬を揉みしだいてきた。

ふわふわの手に触られる感触は

それはもう素晴らしいのだが、

目の前にいる彼の表情は真剣そのものだ。

ウサギは表情筋があまり発達していないと

過去に聞いたことがあるが、

彼の絵本の世界の住民だからなのか、

表情の変化がよく分かる。

そして、彼のその表情が徐々に

恐怖や焦りを帯びた物に変わるまで

そう長い時間はかからなかった。


「君…本当に人間かい……?」


全身を微かに震わせながら、

彼は私から距離を取った。

しかし、私には彼の言葉の意味が

よく分からないでいた。

人間かどうかと聞かれたら、

私は間違いなく人間である。

両親も姉も妹も人間で、

親切に人間以外の何かが

いるなんて話は聞いたこともない。

ただ一つ、私が他の人と一線を画す何かが

あるとするなら、それは私に魔力がないことだ。

しかし、魔力がないからと言って

それが人間ではないことにはならないだろう。

一体、彼は私の中の何を見たのだろうか。


「コホン……、あぁ…申し訳ないけど、

君の正体が何であったとしても、

私に君の願いを叶えることはできそうにない。」


彼は私の顔から手を離すと、

一歩二歩と下がって俯いてしまった。

こんなにもかわいらしい生き物に

謝られるというのはどうにも落ち着かない。

しかし、願いを叶えるウサギであっても

私に魔力を与えるのは不可能なことに、

私の心はショックを受けてしまった。

今まで試してきたことの中でも

特に期待していただけに、

それはかなり大きなショックとなった。


「そう…ですか……。」


私もガクリと肩を落とす。

せっかくここまで来たというのに、

結局無駄足に終わってしまった。

しかし、落ち込むのはもう慣れっ子だ。

ダメならダメでまた別の方法を

模索すればいいだけのこと。

今までも、ずっとそうしてきたのだから。

絵本の世界に入れたという状況も

十分に楽しむことができたので、

もうこの世界に留まる必要はない。


「帰ろうか。」


「はい。」


しかし、私はここで重要なことに気がつく。

この絵本から元の世界に帰るには

どこから帰ればいいのだろうか。

時間が経てば自然と出られるのだろうか。

あるいは何か特別なことが必要なのだろうか。

それとも中から出る手段はなく、

元の世界にいるロアンなどの助けを借りないと

出ることができないのだろうか。

私はなんとなく、誰かしらの救いが

来たらいいのにと思いながら空を見上げた。

するとその瞬間、空から何かが落ちてきた。


「な、なに…?」


ゆっくりと落ちてきたそれは、

普段から特に運動をしていない私でも

簡単に掴むことができた。

それは真っ赤に塗られた一つの果実。

それはこの世界に来た最初に

私が遠くの空に放り投げたリンゴだった。


「どうして今になって落ちてきたの…?」


あくまでも体感の時間だが、

私が原っぱでリンゴを投げてから

1時間は経過しているはずだ。

なぜそのリンゴが今更落ちてきたのか。

いや、あるいはこのリンゴは別物で

違う場所から落ちてきたのか。


「まあ、お嬢様のリンゴが帰ってきましたね。」


「別に私のじゃないから。」


どちらにしても、リンゴがあったところで

魔力が得られる訳でもないので、

私はそのリンゴを再び放り投げようとした。

しかし、私の手に収まっているリンゴを

すぐそばで見つめていた彼にとっては、

これはただのリンゴではないらしい。


「き、君!その悪魔の果実をどこで手に入れた!」


「どこって言われても……。」


もしかして、彼はリンゴが苦手なのだろうか。

視界に入れたくないくらいに

嫌っているのだとしたら、

彼には少し悪いことをしたかもしれない。

しかし、どこで手に入れたかと問われても

正しい答えを答えられる気がしない。

なぜなら広い原っぱで拾ったのだから。

人間の足で歩いても広いと感じる程に

広い原っぱで拾った物を

具体的に説明なんてできない。

それにしても、悪魔の果実だなんて

嫌っているにも程があるだろう。

リンゴに何か因縁でもあるのだろうか。


「む…?待てよ……。

悪魔の果実に魔力を欲する娘……?

まさか君、いや貴様、魔女か!?」


魔女?私が?童話に登場するあの邪悪な?

いやいや、いくらなんでも発想が

飛躍し過ぎではないだろうか。


「私は魔女なんかじゃないよ。」


「騙されないぞ!僕はもう魔女なんかに

好き勝手される訳にはいかないんだ!

貴様にはここで死んでもらう!」


まさに急転直下の急展開。

あれだけかわいらしかった彼の

全身の毛が逆立って、

彼の周囲を白い魔力が漂い始める。

その姿はまるで魔物であり、

先程までの彼はもうそこにはいなかった。

彼の額から生えた一本の角は、

相手の体を容易に貫通するだろう。


「だから私は魔女じゃなくて…」


「ええい黙れ!悪しき魔女め!

貴様らの今までの行いは

決して許されることではない!

僕たちはもう二度と騙されない!」


彼との話が噛み合わない。

彼のいう魔女というのが

私の想像している魔女と

同じ存在であるのかどうかすら、

今の私には分からない。

ただ一つ分かることがあるとするなら、

彼の発している殺意や怒りが

冗談や演技ではないことくらいだ。

私に魔力の才能がないと明らかになり、

多くの人から今の彼と似たような

強い感情を向けられてきたから分かる。


「死に様を晒せ!魔女!」


魔力を纏っての突進。

鋭い角を突き出しながら、

私の命を狙っている。

向けられた明確な殺意。

つい先日も同じような光景を見たが、

その時はシャルルとサーが助けてくれた。

そして今回はというと。


「失礼します。お嬢様。」


「わっ…!」


「待て!逃げるなぁ!」


シャルルが私の手を握ると、

目の前の光景が一瞬で変わる。

最後、彼の断末魔にも似た叫び声が

私の頭の中にまで響いていた。


「おや、随分とお早いご帰還でございますな。」


絵本を開いた部屋に戻っていた。

ロアンがちょうどお茶を淹れていたようで、

いい香りが部屋に広がっている。

時計を見ると、私が絵本を開いてから

5分あまりしか経過していないようだ。


「ただいま戻りましたわ。」


「私もただいま…。」


「えぇ、お二人共おかえりなさいませ。」


自分の心の整理もつけるために、

私はロアンに絵本の中で起きたことを話す。

リンゴ、原っぱ、空、木、森、ウサギ。

そして……魔女。


「そのようなことが……。」


あのウサギと魔女のことなど

気になることは他にもあるが、

シャルルと無事に帰ってこられたので

今日のことは掘り下げないようにしよう。

シャルルには空間の魔法を使わせてしまったし、

忘れてしまった方がいい。


「ごめんねシャルル。魔法使わせちゃって。」


「いえ、あの場面では私の魔法を使う他に

お嬢様をお救いする方法はありませんでした。

私こそお気を煩わせてしまい申し訳ありません。」


彼女の役割は私の護衛だった。

それをしっかりと果たしてくれたので

彼女を責める理由はない。

しかし、主と従者という関係上、

何かあった際の責任は全て

下の者が負わなくてはならない。


「いいよ、謝らなくて。

そもそも私のためにあの世界に行ったんだから。」


「寛大な御心に感謝致します。

では褒美として、今日こそお嬢様の

お背中を流させてください。」


「うん。それはダメ。」


いつも通りの彼女の振る舞いに助けられ、

その後はサーも交えて子どもの頃に

読んだ絵本や童話の話で盛り上がった。

あの絵本は話し合った結果、

処分するのも呪われそうなので

厳重に保管することになった。

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