6.願いとウサギ
「絵本っていうからには
何かの童話が元になってるのかな。」
のどかな雰囲気の原っぱを楽しみながら、
他に目印になりそうな物もないので、
私とシャルルは空まで伸びている
大きな木を目指していた。
おそらくは表紙に描かれていた木と
同じ物だと思うのだが、
肝心のウサギがどこにも見当たらない。
そのウサギのお願いを聞けば
何でも一つ願い事を叶えてくれるという、
神のような存在のウサギ。
一体どこにいるのだろうか。
「ウサギが登場する童話でしたら、
『魔法使いと木こり』や
『不思議の国とレモネード』、
『雨傘を差したウサギ』などでしょうか。」
「子どもの頃に繰り返し読んでた物語でも、
内容はあまり思い出せないのよね。」
私も幼い頃にはたくさんの童話を読んだが、
ウサギが出てくる物語はあっても
大きな木が印象的な物語は記憶にない。
この絵本を描いた人のオリジナルか、
あるいは様々な物語を織り交ぜているのか。
「あの木に行くにはこの森を
抜ける必要があるようね。」
しばらく原っぱを歩くと、
私たちの行く手を阻むように
不気味な森が待ち構えていた。
太陽は煌々と輝いているというのに、
その森の中は真っ暗で何も見えない。
まるで黒い絵の具だけを
水も使わずに塗りたくったようだ。
入ってみるまで分からないというのは
恐ろしいことこの上ないが、
目的地である大きな木に行くには
勇気を振り絞って森を踏破する必要がある。
「不気味ですが、嫌な空気は感じませんね。」
私の心臓はドキドキして暴れているが、
隣りにいるシャルルの表情は
普段の様子と変わっていない。
私はこんなにも穏やかではないというのに、
随分と肝の座っているメイドである。
「行こう。離れないでね。」
「はい。私はいつでもそばにおります。」
意を決して森に足を踏み入れる。
すると、やはりこの世界は
絵本の中なのだと思い知らされた。
外から見ていた時には
真っ暗で何も見えなかったのに、
足を踏み入れた瞬間に景色が変わった。
まるでページを捲った時のように、
別の世界に移ったようだった。
「まるで迷路みたいね。」
たくさんの木々と緑の葉っぱ。
そして、どこからか聞こえる鳥の声。
右も左も同じような景色で、
しかも後ろを振り返ると
来た道がなくなっている。
メルヘンな雰囲気はそのままに
しかし僅かに暗くなり、
まるで、悪い魔女でも出てきそうだ。
こんなところを彷徨っていると毒リンゴを
食べさせようとしてくるかもしれない。
「とにかく進みましょう。」
しかし、もう後戻りはできない。
一度足を踏み入れたからには、
ウサギがいると思われる木の所へ
脱出するしかない。
似たような景色ばかりで嫌になるが、
こういった世界には正解を導くための
何らかのヒントが隠されているはずだ。
でなければただの迷路になってしまう。
そして、そのヒントはすぐに見つかった。
「見てシャルル。あの木の枝、
なんだか矢印みたいに見えない?」
私の目が捉えたのは木の枝だ。
それは他の枝に比べると
どうも強い印象を放っていて、
何かありそうだと注視していると、
それが方向を示しているように見えてきた。
「あの枝の指す方へ行ってみましょうか。」
親切にも森の迷路は歩きやすく、
ここが道だと言わんばかりだ。
そして、いくつか見つけた枝の指す方に
右へ左へ歩いていくと、
これもまたページを捲ったように
突然視界が光の世界に包まれた。
「正解だったみたいね。」
「さすがお嬢様でございます。」
森を抜けた私たちを待っていたのは、
あの大きな木の根元のようだった。
真上を見上げても視界に収まり切らず、
一つの建造物のような太い幹は
空を支える柱にも思えてきた。
そして、その木のすぐそばには
パラソルの立てられたテーブルがあり、
一匹の白いウサギが優雅な様子で
イスに座りながらカップを持っている。
願いを叶えてくれるウサギとは
あのウサギなのだろうか。
あのウサギの言うことを聞けば
私の願い事を一つ叶えてくれるらしいが、
あんなかわいらしい生き物に
果たしてどんな力があるというのか。
疑問と不安を抱きながらも、
私はそのウサギに近づいた。
すると、ウサギはカップを置いて
ぴょんとイスから降りる。
「……第一の試練は恐怖へ踏み出す勇気。
第二の試練は観察から情報を得て、
答えへ結びつける知恵。
見事二つの試練を突破したこと、
心からおめでとうと言わせて頂くよ。」
二つの耳を揺らしながら、
ウサギは小さな手で拍手をしてくれる。
しかし、何より驚いたのは
そのウサギがとても渋い声で
言葉を発したことであった。
願いを聞くからには
ウサギと言葉を交わす必要があると
ある程度は予想していたのだが、
それが老紳士顔負けの渋い声だとは思わなかった。
童話の中には言葉を話す動物が
登場する物語もいくつかあるが、
彼らはみんな読者が想像しているような
かわいらしい声ではないのかもしれない。
「えっと…あなたのお願いを聞いたら
私の願い事を叶えてくれるって本当?」
目線を合わせるようにして膝を折り、
私は彼に話しかけた。
彼は赤く小さな目で私を観察すると、
ひくひくと鼻を動かして私の匂いを嗅ぐ。
その様子がとてもかわいくて
私は思わず彼を抱きしめそうになるが、
ウサギのように機敏な彼は
一息つくためにイスに座った。
そして、お茶を一口。
「いかにもその通りだよお嬢ちゃん。
僕のお願いを聞いてくれたら、
君のお願いを一つだけ叶えてあげよう。」
やはり彼が願いのウサギだったか。
しかし、重要なのはここからだ。
願いが叶えられるといっても、
その内容にどれだけの実現性があるのか。
「どんなお願いでも叶えてくれるの?」
「ふむ……可愛いお嬢ちゃんのために
どんなお願いでも叶えてあげたい所だけど、
残念ながら僕は神様ではないからね。
世界の理や運命を変えるような
大袈裟なことはできないよ。」
世界の理や運命を変えること。
それは例えば、死人を蘇らせて欲しいとか
時間を戻して欲しいといったことだろうか。
いくら願いを叶えるウサギと言えども、
できないことはできないらしい。
しかし、何でもできると言われる方が
かえって信用できないので、
ある意味では理想の答えかもしれない。
「なら、私に魔力を下さいと言ったら…?」
「君は魔力が欲しいのかい?」
「はい……。」
「どのくらい欲しいんだい?」
「人と同じくらいの魔力があれば…。」
「ふむ。その様子だと、どうやら君は
あまり魔法の才能に恵まれなかったようだね。
では、今の君の魔力がどれくらいなのか、
少し試させてはくれないか。」




