表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/20

5.絵本と魔道具

クレヨンで描いたような緑の原っぱに、

絵の具をこぼしたような青い空。

白い雲は空に固定されており、

風が吹く時には必ずそれが

小さな渦巻きになって見える。

うっかりすると私自身も

絵本の一部になってしまいそうな

世界観に思わず心を奪われ、

ここに来た目的を見失いそうだった。


「お嬢様ご覧ください。

真っ赤で甘そうなリンゴがありますよ。」


「美味しそう…には見えないけど?」


その絵本の中に私と共にいるのは、

屋敷で唯一のメイドであるシャルルだ。

黒を基調としたメイド服では

このメルヘンな世界の中で

異様なまでに似合っており、

彼女自身もこの世界を楽しんでいるようだ。

しかし、私たちがここへ来たのは

純粋にこの世界観を楽しむためではない。


「絶対甘くて美味しいですって。

ほら、あーんしてくださいお嬢様。」


「いらないから。それ普通のリンゴじゃないから。

食べちゃったら王子様が来ないと

一生起きられなくなるかもしれないから。」


「その際は私が王子様となって

お嬢様に熱い口づけをしますよ。」


描かれたリンゴは絵そのものだ。

手で持てるし重さも感じるが、

それが本物のリンゴでないことは分かる。

こんな得体のしれない物を

どうやって食べる気になれというのか。

しかも、食べてしまった後のことを考えると

余計と食べる気になんてなれない。

ここにいたのがサーであれば

私だって挑戦してみたいと

思わないこともないのだが、

距離感の近過ぎるシャルルとでは

私の貞操が危険だろう。

私はリンゴをシャルルから奪うと、

空の彼方目がけて思い切り放り投げた。


「あー!お嬢様のリンゴ!」


「いや、私のじゃないから…。」


こんなことで大丈夫だろうかと、

私はこの世界に来た時のことを思い出していた。


――――――――――――――――――――


魔道具とは、魔力を流すことで様々な

魔法の結果を生み出す道具である。


「やっぱりダメね……。」


しかし、その肝心な魔力がなければ、

魔道具は何も応えてくれない。

物心ついた時から一度も

魔力を感じたことすらない私には、

どんな魔道具もただのガラクタ。

ロアンが買ってきてくれた

ピアス型の魔道具だって、

私に持たせればただの綺麗なアクセサリーだ。

頭の中でどれだけ水を描こうと、

私の手に水は溢れなかった。

それもそのはずだろう。

何もないところから物は出せない。

水にしても火にしても、

それに置き換わる魔力がなければ

具現化しないのだから。


「お嬢様。そう気を落とさずに、

こちらを試しては頂けませんか?」


魔道具は過去にもたくさん試しているので、

今更上手くいかなくても落ち込まない。

しかし、せっかくロアンが私のために

買ってきてくれた物なのに、

その期待に応えられないのは苦しい。

イスの背もたれにぐったりと体を預けて

半ば放心した気分でいると、

ロアンは別の物をテーブルに置いた。


「これは何?ただの本に見えるけど…。」


表紙には大きな木と白いウサギの絵。

そして『願いのウサギ』という

タイトルから察するに、

メルヘンな世界の絵本か何かだろう。

しかし、ただの気分転換として

絵本を差し出してくるなんてことは、

ロアンに限ってありえない話だ。

きっとこれも魔法関連の何かだ。


「こちらも旅先で商人の方に

教えて頂いた品でございまして、

なんでもこの絵本の中で

ウサギさんからのお願いを聞くと、

願いを一つ叶えてくれるのです。」


「願いを一つ……。」


その願いは何でもいいのだろうか。

私の体に魔力を宿して欲しいと

願っても叶えてくれるのだろうか。

今まで数々の優秀な魔法使いに

同じことを頼んだが、

誰一人として実現できなかった。

それがこんな絵本一つで

叶えられるなんて思わないが、

これもロアンが私のために

手に入れてくれた物だ。

試さない理由はない。

しかし、絵本に入るなんて

一体どうすればいいのか。

それに、絵本の中に危険はないのだろうか。


「私も確証を持っている訳ではないので、

何かあった際のために

シャルル君かサー君をお連れください。」


「ロアンじゃダメなの?」


「いえいえ、私のような老いぼれなど

とてもお嬢様のお役には立てませぬ。

連れて行くなら私などより

若く優秀な二人のどちらかが良いでしょう。

それに、このようなかわいらしい代物は

私には少々荷が重く思っております。」


そう言われてみればそうかもしれない。

執事として優秀で若い頃には

騎士をやっていたロアンだが、

彼の歳を考えるとこちらの腰まで痛くなる。

メルヘンな雰囲気の絵本に

彼のような人間が入るのも

それはそれで良い物だと思うのだが、

本人が似合わないというのなら

無理に誘うのはやめておこう。


「それじゃ、シャルルを呼びましょうか。」


ロアンが絵本に入りたくないのは、

彼が男性であるからというのも

理由の一つだろうと思う。

こうしたおとぎ話というのは

昔から女の子の方が興味を抱きやすい物だ。

ならば、ここはサーを呼ぶよりも

シャルルの方がお似合いだろう。

シャルルの仕事ぶりをロアンに

見せないようにするためにも、

私は彼女を呼ぶためのベルを鳴らした。


「お呼びですか、お嬢様。」


ベルを鳴らしてから3秒あまりで

シャルルは部屋までやってきた。

この反応の良さがありながら

どうして仕事をさせると失敗するのだろうかと

私の中の疑問は絶えないが、

今はそんなことは黙っていよう。


「ロアンが魔法の絵本を持ってきたの。

この本の中でウサギを助けたら

願い事を叶えてくれるんだって。」


「まあ、それは本当ですか。」


本当か風説かなんてことは

実際に入ってみないことには分からない。

ロアンが世話になったという商人が

どのような人物なのか不明だが、

ピアスの魔道具を安く譲ってくれたり

ロアンが信用しているのなら、

悪い人間ではないだろう。


「嘘でも別に構わないわ。

本当だったら儲けものくらいの気持ちで

少し試してみるだけ。

ロアン。それで、これはどうやって入るの?」


今まで様々な方法を試してきたが、

そのどれもが失敗に終わっている。

この本もあまり期待はしていない。

それでも僅かな可能性が残っているのなら、

その先に何が待っていようと

私は飛び込んでいかなければならない。


「商人が言うには、本を開くだけで

入ることができるそうでございます。」


「分かったわ。シャルル、用意はいい?」


「はい。しっかりとお嬢様のお手を

握りしめて差し上げます。

何があっても決して離しません。」


シャルルにはほとんど

説明らしい説明をしていないのだが、

彼女は何も言わずに着いて来てくれる。

それだけ私の隣りに居られることが

嬉しいのだろうか。それとも他の理由か。

何にしても、信頼できる人間が近くにいると

それだけで心に余裕が浮かんでくる。


「う、うん。よろしくね…。

それじゃ、行ってきます。」


「えぇ、お二人とも、お気をつけて。」


シャルルと手を繋いだまま、私は絵本を開く。

次の瞬間には私の意識は

本の中に吸い込まれていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ