4.老執事とお茶
「ロアン、ただいま戻りました。
本日よりまたお嬢様にお仕えさせて頂きます。」
「うん、おかえりなさい。」
ヘクトとの婚約を破棄してから二日。
少しの間休みを与えていたロアンが
屋敷へと戻ってきた。
ロアンは私が本家から追い出される時に
お母様が仕わせてくれたベテラン執事で、
私が赤ん坊の時からお世話になっている。
私とサー、シャルル、そしてロアンが
この屋敷に住んでいる人間であり、
ロアンが今年で70歳を迎えたことと
彼の方から欲しい物があるので
少しお休みをいただけないかと言われたので、
慰安旅行も兼ねて時間を与えていた。
そして、帰ってきた彼の手には
彼のお目当ての品であろう物があった。
「それが欲しかった物?」
「えぇ、その通りです。」
手のひらに乗るくらいの小さな箱。
彼はそれを私へ差し出すと、ニコリと笑った。
どうやら私へのプレゼントらしい。
休みを与えたのは彼を労うためなのだが、
どこへ行こうとも私のことを
思ってくれていたようだ。
「開けてもいい?」
「もちろんですとも。」
かわいらしいラッピングも何もない箱を
丁寧に開けると、中には一つのピアスがあった。
透き通った青の宝石がついており、
見ているだけで魅了されるようだ。
早速耳につけて鏡を眺めてみるが、
こうしたアクセサリーはいつだって美しい。
とても綺麗なピアスだ。
心做しか私自身も美しく見える。
「そのピアスは魔力を帯びた宝石を
使用しておりまして、
どんな方でも水系統の魔法が使えるという
貴重な魔道具でございます。」
驚いた。まさかそんな物を持ってくるなんて。
魔道具の存在は私も当然知っている。
たとえ魔法の才能に恵まれなくても、
魔道具さえあれば誰だって同じ魔法を
使えるようになるという便利な品だ。
魔道具自体は別段珍しい物ではなく、
家のお風呂には水を沸かすための
水系統と火系統の魔道具が備え付けてあり、
キッチンに行けば火系統の魔道具がある。
それらは魔道具というよりも
家具としての意味合いの方が強いが、
使われている技術や素材は同じだ。
しかし、個人が身に付けるとなれば
話は少し変わってくる。
家具として使われる魔道具は
単純な構造の物が多く
素材の質もあまり影響しないが、
小型化された魔道具には
小さくても膨大な魔力を帯びている
希少な宝石が不可欠だからだ。
物にもよるが、一つが馬車一台と
同等の価値を持つと聞いたことがある。
「これ、高かったでしょ……?」
魔道具としての価値も然ることながら、
普通のピアスとしてもこれはいい品だ。
私の貴族としての知見がそう言っている。
決して安くない買い物だったはずだ。
「そうですな……。
商人が言うには聖金貨5枚分だそうです。」
「せ、聖金貨5枚……!?」
聖金貨は1枚あれば1年間は遊んで
暮らせると言われている硬貨だ。
それが5枚分ともなれば、
馬車どころか家を買えてしまう金額になる。
しかし、ロアンが旅行に出かけるにあたって
それなりに特別給与のお金は渡していたが、
さすがに家を買える程は渡していない。
一体、どうやってこれを手に入れたのだろうか。
「ご安心くださいませ。
お嬢様にお似合いの魔道具を求めて
各地を巡っておりましたが、
これは旅先で知り合った商人の方を
盗賊からお救いしたお礼として
特別に安く譲って頂いたのです。」
なんだ…。そんなことがあったのか。
それならそうと先に言ってくれれば
無駄に驚かずに済んだのに。
しかし、わざと必要な情報を隠して
伝えてくるやり取りは実にロアンらしい。
しばらく彼は留守にしていたが、
やっと彼が帰ってきたという実感が湧く。
「ロアン爺っ!帰っていたのですね!」
彼の帰還を待っていたのは私だけではない。
シャルルとサーはロアンから
従者とは何たるやという心構えを
徹底的に叩き込まれている。
私が5歳の時に二人は私の専属従者となり、
その時からロアンに武術も家事も
何もかもを教えられてきた。
二人とも武人としての実力は
元から目を見張るものがあったようだが、
料理や掃除、洗濯などは
たくさんの失敗を繰り返してきた。
この屋敷にやってきた当初なんて、
シャルルはいくつの皿を割っただろうか。
「これはこれはシャルル君。
私のいない間に粗相はしていませんね?」
「はいっ、何も問題ありません!」
屈託のないシャルルの笑顔。
しかし私は知っている。
ロアンの分まで頑張るんだと息巻いて
普段はロアンがやっている仕事をしている時、
彼女が余計に仕事を増やしていたことを。
花の水を変えようとすれば花瓶を割り、
本棚を掃除すれば本の順番が乱れ、
料理をさせれば塩と砂糖を間違える。
シャルルが何かをやる度に
サーがその後始末に追われ、
ここ数日はヘクトが来たこともあって
さすがの彼にも疲れが滲んでいた。
そしてそのサーはと言うと、
シャルルに少し遅れてやってきた。
ロアンお気に入りのお茶と共に。
「師匠、長旅でお疲れでしょう。
雑事は明日からお願いするので、
今日一日はゆっくり休んでください。」
サーがロアンを師匠と呼ぶのは、
単純に色々なことを教えてもらったからではない。
私がまだ本家の屋敷にいる時からずっと、
サーはロアンから剣術などの
稽古をつけてもらっていたのだ。
今ではロアンも歳を取ってしまったので
サーの方が強くなったようだが、
ロアンは執事になる前は王に仕える騎士として
それなりに名を馳せていたらしい。
ある時のいざこざの中で深手を負って
命からがら逃れたところを
私のおじい様に拾われたことをきっかけに、
本家に仕える執事として正式に雇われた。
騎士一筋だったロアンは一から家事を学び、
その片手間に若い男を中心に
護身術などを教えていた。
サーもそのうちの一人だ。
彼に手品を教えたのもロアンであり、
ロアンから全てを教わっているサーは
2代目ロアンと言っても過言ではない。
「おぉ、ありがとうございます、サー君。
ではお言葉に甘えて、
本日はお二人に任せるとしましょう。」
サーが淹れてくれるお茶の味も、
少しずつ美味しくなってきている。
まだまだロアンの淹れてくれたお茶の方が
香りも味もいいのだが、
私はいつかサーのお茶が
ロアンに届く日を私は楽しみにしている。




