14.朝とスパイス
昨日の大雪が嘘のように、
ハロウィーン当日である今日は
雲一つない晴天に恵まれた。
気温も昨日より暖かく、
実に過ごしやすい日となっている。
これなら雪かきをしなくても良さそうだ。
「おはようございます。
良い一年の最後に相応しい良い朝ですね。」
一年の最後という言葉に、
まだぽわぽわとしている頭で
今日がいつかを思い出す。
そうだ、今日はハロウィーンだ。
厳密には一年の最後の日ではないのだが、
年を越す前の最後の行事ということもあって
そういった扱いになっている。
「…おはよう、シャルル。
今年も良い着替えをするから、
早く部屋から出て行って……。」
どうやら今日の寝起きはいつもより悪いようで、
何を言っているのか自分でも曖昧だ。
しかし、そこを指摘してしまうと
理不尽なまでの私からの叱責が待っているので、
先日私から怒られたばかりのシャルルは
特に何も言うことがなかった。
「おはようございます、お嬢様。
今年も良い一年になりましたな。」
身支度を整えて階段を下りると、
ロアンが朝の掃除をしているところだった。
ハロウィーンの日には、
一年の終わりが近いということもあって
年を締めくくるような挨拶をするのが決まりだ。
皆で無事に年を越せることを感謝して、
新たな一年に向けて意気込むのである。
「おはよう、ロアン。
今年もいい年だったわね。」
しかし、何事もなく年を越すというのは、
私にとっては少々複雑な気持ちだ。
何事もないということはつまり、
何の成長もないということなのだから。
毎日のように様々な魔道具を
触り続けているのに、
魔道具はピクリとも動いてくれない。
これが悲しくないはずがなかった。
ただ、魔力が覚醒しなかったことと
生きて年を越えられることは無関係だ。
今は無事に生きていられることと、
サーやシャルルたちと共にいられることを
何よりもありがたく思わなくては。
「お嬢様、おはようございます。
今年もお嬢様にお仕えすることができたこと、
心より光栄に思っております。」
ロアンへの挨拶が済んだらキッチンへ向かう。
今日の朝ご飯はサーの当番のようで、
皿に乗せられたパンからは
焼きたてのいい匂いが漂っている。
「サーもおはよう。
今年も一緒にいてくれてありがとうね。
これ朝ご飯?私が持っていくよ。」
「ありがとうございます。
もうすぐスープも出来上がりますので、
シャルルと共に座ってお待ちください。」
今日は過ごしやすいと言っても、
寒い朝であることに変わりはない。
焼きたてのパンに温かいスープという
約束された朝ご飯があれば、
今日一日をいい気持ちで始められる。
キッチンと扉一枚で繋がっている
食堂へパンを持っていくと、
ちょうどシャルルがみんなの食器を
並べ終わったところだった。
最大で20人が座れる長さの
長いテーブルの上にパンを置き、
シャルルが引いてくれた上座の椅子に腰かける。
そして少しの間待っていると、
温かいトマトのスープと共に
サーとロアンがやってきた。
一つ一つのお皿にスープを入れたら、
目玉焼きとベーコン、スープ、パンという
隙のない朝ご飯の完成だ。
しかし、私はまだ何にも手をつけない。
主が食べるより先に食べるべき人間がいるからだ。
「……全て異常ありません。
どうぞお召し上がりください。」
今朝の食事の当番はサーだったので
わざわざ本人が確認する必要はないのだが、
それでも私の前で毒見をさせるのは
私が貴族の人間だからである。
今でこそ森の奥の屋敷に
ひっそりと隠れるように暮らしているが、
もしもこれから先、
私が人前に出るような機会があれば
貴族という立場故に命の危険が伴う。
だからこそどんな時でも
我先にご飯に飛びつかないように
日常的にやっているのだ。
…この毒見が初めて役に立ったのは、
シャルルが根の生えたジャガイモを
誤って使ってしまった時だったが。
「ではみんな、良い食卓を。」
空っぽのグラスを掲げると、
そこへシャルルが水を注ぐ。
そして、私が食べ始めてから
サーやロアンたちも食事に手をつける。
これが普通の貴族の屋敷であれば、
主と従者が一緒に食事をするなんてことは
滅多にないどころか皆無だろうが、
他に家族もいないこの屋敷では
私が彼らと一緒に食べたいと望んだ。
たまには一人で静かに食べたい時もあるが、
その時以外はこうしてみんなで
ご飯を食べるようにしている。
だって、寂しいから。
彼らと一緒にいる間だけは、
家族と離れている寂しさを
誤魔化すことができるから。
「いい香りね。…うん、味も美味しいわ。」
冷たくないように温められた
フォークやスプーンを手に取りながら、
テーブルに並べられた料理を堪能する。
まだ湯気の立ちのぼるトマトスープの
匂いを嗅いでみると、今まで感じたことのない
新鮮な感覚が私の鼻腔を突き抜けた。
スプーンで口へ運んでみると、
酸味の強いトマトと青いハーブの中に
何かのスパイスが隠れているようだ。
それは僅かな辛味を帯びているようで、
体を芯から温めてくれている。
「本日のスープには先日街で手に入れた
珍しいスパイスを使用しております。
あまり見かけない品ではありますが、
お嬢様のお口に合うと思いましたので、
研究も兼ねてお出しした次第でございます。」
先日というと、サーの好きな物を探るために
出かけた時だろうか。
色々なお店を回って色々と買っていたが、
まさかスパイスにまで手を出していたとは。
それに、今までに食べたことのない
新しい味覚のスパイスを
私の口に合う形に料理するなんて、
もはや一流レストランの料理長レベルだ。
ここまで来ると、なぜ双子でありながら
こんなにも差が出てしまったのか不思議になる。
「とても気に入ったわ。
寒い朝には特にピッタリね。」
「お気に召して頂けたのなら幸いでございます。」
「おかわり!」
そしてそのシャルルはというと、
どうやら彼女も気に入ったようで
あっという間に食べ終えて
空になったお皿にスープを入れていた。
そのまま食べても美味しいスープに
手でちぎったパンを浸して、
さらにその上にチーズを乗せている。
「シャルル、私にもチーズ乗せて。」
「はい!どうぞ!」
彼女があまりにも美味しそうに食べるので、
私も興味が湧いてしまった。
小麦色のパンに赤いトマトスープ、
そして薄い黄色のチーズ。
勢いよく口に放り込んでみると、
いやこれはどうしたものか、
思わず声が出てしまいそうになった。
スパイスの辛味が効いたスープを
全身に染み込ませたパンに
塩味のあるチーズを乗せることで、
お互いの良さを引き立てている。
料理の腕は大したことはないのに、
こうした少しのアレンジをさせると
シャルルの才能は開花するらしい。
それからも色々な食べ方をみんなで試して、
気がつけば私はいつもより二つも多くの
パンを食べてしまっていた。




