表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/20

1.お嬢様と双子

鏡を壊した。バラバラに壊した。

いや、窓ガラスだったかもしれない。

ほとんど朧げにしか覚えていないが、

自分の姿を反射していた何かに

怒りの矛先を向けたのは間違いないと思う。

その時の記憶が曖昧になる程に、

当時の私の心は荒れていた。

天井から吊るされた照明を壊し、

白のカーテンも引き裂いた。

そして、暗く散らかった部屋の中で

ただ一人の時間に蝕まれていたあの日々は、

今も時々夢として蘇ってくる。


「お嬢様、朝でございますよ。」


悪夢から目覚めさせるように

部屋のカーテンが開けられて、

私の顔は眩い光に照らされた。

窓から差し込む太陽の光は

遠慮というものを知らないのか、

傘を貫通する鋭い雨のように

これでもかと降り注いでくる。

その光のおかげで悪夢から

逃れることができたが、

急に顔を照らされるというのは

あまりいい気分のすることではない。

瞼を開けてぼやける視界を確保すると、

太陽の光の中から人影が現れて

私の顔を覗き込んできた。


「おはようございます。お嬢様。」


「うん……。おはよう…。」


まだはっきりしない意識の中で、

私はその人影に挨拶を返す。

わざわざ顔を見なくても、

聞き慣れた声で誰だか分かる。

おっとりとした声色に

僅かな色気をまとっている声。

彼女はこの屋敷にいる唯一のメイドだ。

私の寝ているベッドに腰かけながら、

彼女は息がかかりそうな程の

近すぎる距離で話しかけてきた。


「もうすぐ朝食の用意ができますので、

お召し物をお着替えくださいね。

もしかして、手伝った方がよろしいですか?

手伝いますね。すぐ脱いでください。」


「…やめて、一人で着替えるから。」


両手を差し出して抱きついてくる彼女を

強引に押しのけて、私はベッドから降りた。

起きたばかりなので少しふらつくが、

なんとか踏ん張って二本の足で立つ。


「残念です…。」


何が残念なのか分からないが、

本当に残念そうな表情をしている。

だからと言って彼女のやりたいことを

やりたいようにさせる程、

寝起きの悪い私には余裕がない。

残念がる彼女を尻目に見て、

私はクローゼットから服を取り出す。

その間に彼女はベッドを整え、

布団とシーツを担ぐ。


「ではお嬢様、また後ほど。」


決して軽くない布団を抱えながらも、

彼女は器用に頭を下げてから

静かに部屋を後にした。

一人残された部屋の中で

着替えをしようと寝巻きに手をかけるが、

服を脱ぐ前に私は部屋の扉を開ける。

すると、扉のすぐ近くに彼女がいた。

ただ近くにいただけならば何の

問題もないことなのだが、

彼女は扉に張り付いていたようで

妙に自然な流れで部屋に入ってきた。

そして彼女は慌てる様子もなく、

輝いた目で私を見つめてくる。


「これはこれはお嬢様。

やはりお手伝いが必要ですか?

私はいつでも手をお貸ししますよ。

さぁ、私に全てをお委ねください……。」


彼女の仕事ぶりは大したものだ。

三階建てのこの広い屋敷を

彼女を含むたった三人の使用人だけで

切り盛りしているのだから。

しかし、彼女はどうしようもないくらいに

私のことが好き過ぎる。

決して私が自惚れている訳ではない。

毎朝のように私の着替えを

手伝おうとしてくるし、

お風呂だって覗いてくる。

更には夜にこっそりと私のベッドに

潜り込んでいることもあるのだ。

好かれていることは素直に嬉しいが、

それでも彼女の距離感は近過ぎる。

いや、言い方を悪くするなら

これは変態的と言えるかもしれない。


「…シャルル。」


「はいっ、お嬢様のシャルルです。」


シャーレール・バンオンス。

愛称はシャルル。今年で16歳。

色気のある大人びた声をしているが、

シャルルの顔は愛嬌のある犬のように

青の瞳を輝かせている。

かわいらしいその顔を

いつまでも眺めていたくなるが、

私は彼女から顔を逸らした。


「手伝わなくていいから。サーを呼んできて。」


「がーん……。」


私が他の人間の名前を出すと、

シャルルは顔に暗い陰を落とす。

それが少しだけ可哀想に思ったが、

ここで同情するのは彼女の思う壺だ。

申し訳ない気持ちがないと言えば嘘だが、

今日は屋敷に客が来る予定があるので、

あまり時間を浪費することはできない。


「では…サーを呼んで参ります……。」


先程までのシャキっとした姿勢はどこへやら、

彼女はとぼとぼと歩いていく。

しかし、それが彼女の演技であることも

私は長年の経験で知っている。

ああやって肩を落として背を向けても、

彼女の表情はすぐに戻る。

そしてまた部屋の外から

私の様子を観察しているのだ。

その証拠に、扉を開けた瞬間には

彼女の背筋はピンと伸びていた。

布団を担ぎ直すような仕草もなく、

頭を下げて部屋から出ていく。

部屋に一人残されると

静寂に包まれて少し不安になるが、

サーが来る前に着替えなくては

うっかり着替えているところを

見られてしまうかもしれない。

それは私の方が申し訳ない気持ちになるので、

私は急いで服を着替えた。


「どうぞ。」


そして、ちょうど私が着替え終わった時に

部屋の扉がノックされた。

タイミングで考えてみても、

それが彼であることは明確である。


「…失礼致します。

お嬢様、おはようございます。

今朝のお加減はいかがでしょうか。」


サートラント・バンオンス。

私やシャルルは彼をサーと呼んでいる。

この屋敷にいる三人の使用人の一人で、

シャルルとは双子の関係にある。

顔つきもよく似ており、

二人とも年齢より大人びていて

夜のように暗い黒髪と

海色に透き通った青の瞳に

思わず吸い込まれそうになる。

だが、性格という面ではあまり二人は似ていない。


「良くはないわ。でも今日はお客様が来るから、

頑張らないといけないわね。」


「ではこちらをお召し上がりください。

心が落ち着くレモンティーでございます。」


二人の性格を恋愛で例えるなら、

シャルルが積極的に想いを

告げて詰め寄っていくタイプに対して、

サーは一歩も二歩も引いたところから

さりげなく好きな人を助けたりして

振り向いてもらうタイプだ。

こうして私の今日の気分や予定に合わせて

お茶やお菓子を用意してくれるのも

いつだって彼である。

語らずとも察してくれのが

彼の良いところであるのだが、

距離感の近過ぎるシャルルとは対照的に

サーは距離感が遠過ぎる。

何か用事でもない限り

彼の方から話しかけられることはなく、

私から話しかけたとしても

最低限の言葉しか返してくれない。

それが彼なりのコミニケーションだと

シャルルは言うのだが、

広い屋敷にたった四人しかいないのだから

もう少し話してくれてもいい気がする。


「客室には香りの良いキャンドルを

用意しておりますので、

どうぞお気を楽にしてくださいませ。」


「いつもありがとうね。」


「ありがたきお言葉でございます。」


ともあれ嫌われている訳でもなさそうなので、

私はレモンティーの香りを楽しみながら

午後に来る客人のことを思い出していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ