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おにぎりの白熊堂  作者: 黒本聖南
現在の白熊さんとあざらし君
2/13

営業中もいちゃつく二人

 冬の冷たい風が吹く、とある晴れた日、海沿いに建つ『おにぎりの白熊堂』は朝から営業していた。

 出入口からすぐの場所にあるL字のカウンター席、それに奥のテーブル席にはちらほら人が座っており、ラップに包まれたおにぎりが乗るお皿が手元に置かれた人もいれば、ほうじ茶の注がれた白熊柄の湯飲みに手を付けている人もいる。


 誰しも、おにぎりやお茶を楽しみながら、静かに読書をしていた。


 私語はお控えくださいと、出入口と奥に一枚ずつ貼られており、今のところ店にいる人々は、それを守ってくれている。

 店の従業員である海豹丙吾ことあざらしは、空いた皿はないか、ほうじ茶のおかわりを求める人はいないか、一応気にしながら、店主の白熊の言葉に甘え、読み途中の本に目を通していた。

 買ったばかりの文庫本には、いつぞや白熊からプレゼントしてもらった、おにぎり柄の青いブックカバーを掛けている。先端におにぎりのストラップが付いた栞紐が縫い付けられており、あざらしのお気に入りの一つになっていた。文庫本を読む時には、必ず使っている。

 今、あざらしが読んでいる本は……。


「あざらし君」


 囁くように名前を呼ばれる。本から顔を上げると、にっこりと微笑む白熊と目が合った。


「A卓のお客様と、五番テーブルのお客様にほうじ茶のおかわりお願い」

「分かりました」


 あざらしが返事をすると、白熊は頷き、あざらしから視線を逸らす。レジの前に立つ彼は今、入ってきたばかりと思われる外からの客の対応を始めた。


「本日は、おにぎりが筍の炊き込みご飯で、味噌汁が白菜と人参です」


 そのように説明する横顔を眺めてから、あざらしはほうじ茶の入ったウォーターポットを持って、先にカウンター席に向かった。

 この店では、カウンター席にはアルファベットを、テーブル席には数字をそれぞれ割り振っていた。白熊はもちろんとして、あざらしもどれがどの席なのか記憶している。

 そして、客がほうじ茶のおかわりが欲しい時には、最初にレジで渡される立て札を見えるように立たせることで、すぐにほうじ茶を注ぎに行けるようにしていた。


「ありがとう、あざらし君」

「いえいえ」


 客の一人に礼を言われ、あざらしは笑みを浮かべて返事をした。白熊が彼を『あざらし君』といつも呼んでいるから、常連の間でも『あざらし君』で定着しているのだ。

 互いに小声で言葉を交わし、それ以上会話をすることはなく、客は一足先に物語の世界に戻る。

 それぞれの客にほうじ茶を注ぎ終えると、店内で立て札を立てている客はもういなかった。そのままあざらしは自分の席に戻る。白熊も接客を終えて、カウンター内の作業スペースで新しくおにぎりを握っているようだった。

『おにぎりの白熊堂』のおにぎりは全て俵型。これは先代店主の頃から変わっていない。昔からの客の間でも、この店では俵型のおにぎりが出るという認識になっていた。

 白熊が手早く俵型におにぎりを握っていく様子を、あざらしはぼんやり眺める。白熊と初めて出会った時も、白熊はあざらしの為におにぎりを握ってくれた。その時も、今も、白熊が握る様子を見ていると、心が落ち着いてくる。

 あざらしの視線に気付いたらしい白熊が、あざらしに目を向けてきた。


「あざらし君の分もいる?」

「じゃあ、一つ。給料から引いといてください」

「そんなこと気にしないで。大切な人にはいつでも、お腹いっぱい、満たされてほしいんだから」


 握っていたおにぎりを皿に置くと、新しいおにぎりを作り出す白熊。気持ち、店に出すサイズよりも大きな気がする。


「し、白熊さん」

「あざらし君、私語はお控えくださいだよ」

「お、大きいですよ、それ」

「いっぱい食べて」

「えぇ……」

「──あざらし君は俺のおにぎり、飽きちゃった?」

「あるわけないでしょう、そんなこと! 未来永劫大好きです!」


 かなり大きな声を出してしまい、店中の人々からの視線を一身に集めてしまったあざらし。


「うちのあざらしがすみません」

「すっ……すみません」


 その謝罪を受け入れるように、次第に温かい視線が集まってきた。

 白熊とあざらしは相思相愛、この店に来る人達の共通認識である。

 黙々と握られた俵型のおにぎりは、皿に盛り付けられ、あざらしの前に置かれる。

 召し上がれ、と言ってくる白熊の瞳は温かい。

 冬の寒さも忘れるほどの温もりを感じながら、あざらしはおにぎりを口に運ぶ。


「……っ」


 筍のシャキシャキ感や出汁の効いたおにぎりは、頬が落ちそうになるほどに美味しい。あざらしは、ありがとうございますと小さな声で言いながら、白熊に頭を下げた。

 白熊の手が一瞬伸びて、けれどすぐに引っ込められる。まだ、おにぎりの補充は終わっていない。もういくつか作らないといけないから──あざらしの頭を触るわけにはいかないのだ。


「後でね」

「……はい」


 閉店後の楽しみができたな、と思いながら、あざらしも物語の世界に戻るのであった。

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