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おにぎりの白熊堂  作者: 黒本聖南
現在の白熊さんとあざらし君
11/13

ぺんぎん君

 店に最近よく来るようになった客がいる。明るい茶色のアシンメトリーな髪型をした、珈琲色のカーディガンに身を包んだ男子高校生。

 私語厳禁の店内で、よくあざらしに話し掛けていた。


「こんちわ、あざらしさん」


「今日は天気がいいっすよ、あざらしさん」


「あざらしさんはおにぎり作らないんすか?」


「あざらしさんはどんな本を読むんすか?」


 私語について、あざらしが控えめに注意すれば、それ以上は言わないが、帰り際に、そして次の来店時に、また話し掛けてくる。

 あざらしとしては、今は慣れたものの、元々は人見知りが激しかったせいか、その男子高校生が来た後は、少し疲れているようで──それが白熊としては、気になった。

 客も大事だが、あざらしだって大切だ。愛する恋人が困っているなら、なんとかしたい。


 また今日も、男子高校生──ぺんぎんがやってくる。


「こんにちわ、あざらしさん」

「……こ、こん」

「──こんにちわ、ぺんぎん君」


 名前は既に名乗られ、ぺんぎんと呼んでほしいと言われていた。白熊は普段よりも気持ち大きな声で、ぺんぎんの名を呼んだ。

 ぺんぎんもあざらしもびっくりしたように目を丸くし、白熊としてはそこまでじゃないだろうと思いつつ、ぺんぎんに話し掛けた。


「いつも来てくれてありがとう。たまには俺ともお喋りしようよ」

「……えっと」

「遠慮しないで。お客さんの対応を優先することもあるけど、君とはたくさんお喋りしたいな」

「……他のお客さんの迷惑になりますし」

「そうだね、ここにいる人の迷惑になったら駄目だね」


 白熊は笑みを浮かべて話していたと思うが、徐々にぺんぎんの顔色が悪くなっていくのが、白熊としては気になった。


「どうかしたの? 取り敢えずそこに座って。今、ほうじ茶用意するから」

「あの、えっと……」


 ゆっくり、ゆっくりと出入り口に向かって後退していくぺんぎん。まだ来たばかりだというのに。

 カウンター内にいた白熊は、そこから出て、ぺんぎんの元に行こうとしたが──その前に、あざらしが駆け寄っていた。

 心配そうに彼の背に手をやり、こっちに、と言いながら席に誘導する。


「白熊さん、ほうじ茶を」

「あ、うん」


 椅子に腰を降ろしたぺんぎんにほうじ茶を置くと、あざらしがそれを手に取って、ぺんぎんに渡そうとした。ぺんぎんはあざらしを見て、ほうじ茶を見る。

 飲んで、と言えば、ぺんぎんはおずおずと受け取って、口に含んだ。……今、指が触れなかったか。そういえばさっきも、背中触られていたな。なんて考え出して、それを振り払うように、白熊は首を横に振る。


「落ち着きましたか?」

「……はい」

「店主が怖がらせてすみません」

「えっ?」


 あざらしの言葉の意味に気付かないのは、この場では白熊だけ。

 驚く白熊の背後で「般若が背後にいたわね」「白熊さんの顔は見えないけど、般若は見えた」なんて小さな声で語るマダム達の話が耳に入る。

 白熊としては、般若!? であるが、無意識に般若を出していた。


「は、般若はよく分かんないけど、怖がらせたならごめんね。おにぎり、これ、サービス」


 手早く皿に塩握りとチキンライスのおにぎりを乗せて、ぺんぎんの前に出す。

 なかなか手を出せなかったが、あざらしがどうぞ、と言えば、やはりおずおずと手に取った。


「……あったかい」

「白熊さんのおにぎりは、あったかくて優しい味なんですよ。このおにぎりと同じくらい優しい人だから、安心してください」

「……ごめんなさい」


 おにぎりを持ったまま俯き、謝罪を口にするぺんぎん。はて、と白熊はあざらしを見て、あざらしは困ったような笑みを浮かべていた。


「その、ぺんぎん君。来てくれるのは嬉しいんですけど、あんまり話し掛けられるのはちょっと、困ってしまうので、今後は会話は控えめに、おにぎりと読書を楽しんでほしいです」

「……本当に、ごめんなさい」

「白熊さんもすみません、僕が相談していたら、般若なんて出さずに、もっと違うやり方で対応しましたよね。すみません」

「般若を出したつもりはないんだけど……うん、なんか俺もごめん」


 内心、般若? 般若!? な白熊なのだが、俯いたままのぺんぎんが口を開いたので、そちらに耳を傾ける。


「あざらしさんが、あざらしって名前だから、つい、お店に来て、あなたに話し掛けてたんです」

「あの、あざらしは名前じゃなくてあだ名で、本名は」

「本名は?」


 突然、がばりとぺんぎんは顔を上げ、あざらしを見つめる。

 少し驚きつつ、あざらしは自分のあまり好きではない名前を口にした。


海豹かいひょう、丙吾です」

「……海豹、海豹!」


 ぺんぎんは立ち上がって、あざらしとの距離を詰めてくる。だんだん白熊は嫌な予感がしてきて、カウンターを出た。


「顔は似てないけど、雰囲気は似てるなって……あの、もしかして──海豹乙音(おとね)さんの親族の方……です、か」

「あざらし君!」


 白熊があざらしの背後に回り、肩に両手を置くと、あざらしは白熊にもたれてきた。というより、身体の力が抜けてしまったようで、慌てて白熊があざらしを支える。

 その横顔は、さっきのぺんぎんよりも青い。


「あ、の」

「話の途中だけど、ごめん。あざらし君を休ませないと」


 店内の他の客にも、お騒がせしましたと一言謝り、あざらしを抱き抱えて、白熊は二階に向かう。

 その間、あざらしはうわ言のようにごめんなさいと繰り返していた。白熊は何度も、大丈夫だからと返したが、きっと、あざらしの耳には届いていなかっただろう。


 海豹乙音。


 それは──あざらしの義理の妹の名前だった。

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