表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86の約束  作者: 仙道 神明


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/26

Lap 8「因縁と火花」

 富士チャンピオンレース──スポット参戦の舞台は富士スピードウェイ。

 TOYOTA GR Supra GT4 でプロクラスのエントリーだ。


 古川代表、スタッフ数名に加え、ドライバーは早矢。そしてサポートとして悟の姿もある。


 初めて訪れる富士のパドックを、悟と早矢が並んで歩いていると──

 その様子を、ある男が遠巻きに見つめていた。


「……あいつが噂の“大物”ドライバー? はは、ただのオッサンじゃねぇか」


椎名崇人。

 早矢と同世代の若き実力派ドライバー──

だがその走りは粗く、勝つためには押し出し上等という危うさも併せ持っていた。


 彼はかつて、早矢と同じチームに所属していた。その後、早矢が電撃的にガレージ風馬へ移籍──以降は顔を合わせることもなかった。

 そんな椎名が、いきなり風馬レーシングのガレージへと乗り込んでくる。


「よう、久しぶり。……ウチから逃げて、随分たつよな」


 早矢は即座に顔をしかめた。


「何の用?」


「いやー、ちょっと懐かしくなってさ。あんだけ走り込んだ仲じゃん? ……でも正直、驚いたよ。なんで急に移籍なんかしてさ」


 椎名は、風馬レーシングのピット内を見渡す。


「こんな──パーツもろくに揃わなそうな貧乏チーム、どこに魅力があるわけ?」


 その言葉に、周囲のメカニックたちがピリついた空気を放つ。だが早矢は取り合わない。


「あいにく、私はこのチームが気に入ってるの。だから、もう用がないなら──帰ってくれる?」


 椎名は肩をすくめながら、悟の方へ目をやる。


「……そっか。じゃあ、その理由ってのは──もしかして、そっちのおっさん?」


 悟が振り返ると、椎名がニヤついたまま近づいてきた。


「 ……悪いけど、おっさんはジャマしないでくれる? ドライバー気取りなら、コース出る前に首痛めるだけだぞ」


「ちょっ──」


 悟が言葉を返すよりも早く、早矢が一歩前に出る。


「“おっさん”とは何よ! この人──悟さんはね、あんたなんかより、メチャクチャ速いんだから!」


 悟は完全に虚を突かれた表情だった。


「お、おい早矢ちゃん……?」


 椎名は目を細め、皮肉を込めた笑みを浮かべた。


「へぇ~……そりゃ面白ぇ。じゃあさ──そのうち、俺とも走ってくれよ。楽しみにしてるぜ?」


 挑発的に片手を上げると、椎名はくるりと背を向け、去っていった。


「気にしなくていいです。ああいう奴なんで」


 早矢は腕を組んで、ため息をついた。


決勝日の午後──


 決勝レースは好天の下、サーキットに甲高いエンジン音が響き渡っていた。

 ポールポジションは椎名崇人。その後方、予選7番手から早矢が追いかける形でレースはスタートした。


 序盤、椎名は完璧なスタートダッシュでホールショットを奪うと、そのまま危なげない走りで周回を重ねていく。

 コーナーの立ち上がりではやや強引にラインを押さえる場面もあったが、そのテクニックはやはり本物だった。


 一方、早矢も食い下がった。レース中盤には4番手まで順位を上げ、3位争いに加わる。

 だが、残り10周を切ったあたりで、無線が飛ぶ。


「水温が高い、冷却系の圧が抜けてるかもしれない……!」


 その報告に、風馬レーシングのスタッフが動揺する。


 だが早矢は「走れる」と即答し、マシンの挙動と相談しながら慎重にペースを維持。終盤はバトルを避けて、クリーンに走り切る判断を選んだ。


──最終ラップ。


 先頭でチェッカーを受けたのは、やはり椎名崇人。後続を大きく引き離しての完勝だった。


 早矢は懸命にマシンを運び、なんとか4位でフィニッシュ。レース後、ピットに戻ってきた彼女に、スタッフたちは労いと称賛の言葉を投げかける。


 そこへ──ヘルメットを脱いだ椎名が現れた。


「よぉ」


 早矢は呼吸を整えながらも、真正面から椎名を見据えた。


「……おめでとう。悔しいけど……速かったわ、あんた」


 椎名は口角を上げて、白い歯を見せる。


「だろ? でもな──正直、こんな下のカテゴリーじゃ物足りねぇわ」


 そして少しトーンを落として、だが真剣な目で言った。


「早矢。俺は、お前のこと……諦めないからな」


「はぁ? ……ちょっと、何言ってんの? 私はね、あんたのこと──大っ嫌いなの!!」


 鋭く跳ね返された椎名は、むしろ嬉しそうに笑った。


「そういうとこも、好きだぜ」


 言い残すと、ひらりと手を振って去っていく。


 その一部始終を、ガレージの隅で見ていた悟。近寄るでもなく、ただ距離を取って見守っていた。


 やがて、早矢がその様子に気づき、駆け寄ってくる。


「……悟さん、今の聞いてました?」


「……ああ、少しだけな」


「気にしないでくださいね、あんなの。一方的に言ってるだけですから!」


 早矢は少し照れたように笑う。その様子に、悟は一瞬だけ言葉を詰まらせた。


「……気にしてないよ。ただ……」


「ただ?」


「……お前みたいな子が、変な噂立てられるのは、ちょっとな」


「……噂って……」


 早矢は悟の顔をじっと見つめた。だが、悟は視線を外す。


「……悪い。俺が気にしすぎだな」


「……」


 早矢は何か言いたげに口を開きかけたが、結局何も言わず、そっと視線を落とした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ