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86の約束  作者: 仙道 神明


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Lap 4「クラシックの風に乗って」

「なあ悟。ちょっと頼みがあってさ」


 いつものようにオイルの焼けた香りが立ちこめる「ガレージ風馬」で、店長の古川がチラシを一枚手渡してきた。


 悟が手に取って見ると、それは『クラシックカーフェスティバル in 筑波』の案内だった。旧車限定のレースイベントらしい。


「今後うちでもな、チューニングカー作ってレースに出てこうかと思ってんだよ。宣伝兼ねてさ。で──」


古川がニヤリと笑った。


「手始めにお前のトレノ、使わせてくれないか?」


「……は?」


「もちろんレギュレーションに合わせるから、いじれてもライトチューンだけどな。見た目と中身、バランスよく仕上げる」


 悟は少し目を見開いたが、すぐに笑った。


「おー、いいじゃん。いつも世話になってるしな。……で、ドライバーはどうすんの?」


「んー……」古川は頬をかきながらチラリと後方を見た。


「早矢ちゃんに頼もうか、今ちょっと悩んでてな──」


 そのとき、ちょうどタイミングを見計らったかのように、ガレージの入り口で元気な声がした。


「こんにちはー!」


 白Tシャツにジーンズ、髪をポニーテールに束ねた早矢が、汗を拭きながら入ってきた。


「あ、悟さん!先日は応援に来てくださってありがとうございました!」


 古川が手を叩いた。「おう、ナイスタイミング!」


「表彰台おめでとうな」悟も笑う。


「いやいや、悟さんのアドバイスがなかったら、きっとあんなにうまくいかなかったです……ほんとに感謝してます」


「いや、俺は何もしてないよ。早矢ちゃんの実力だろ」


 そう言いながらチラシをポケットにしまおうとした悟だったが、その紙を早矢がすかさず目に留めた。


「あ、それ……!」


「ん?」


「これ、出られるんですか? いいなあ〜!私、こういう旧車系のイベント、一度は走ってみたかったんですよ」


「……じゃあ、ドライバー頼もうかな?」


「えっ……わ、私でいいんですか?」


「って思ってたけどなあ……」


 早矢がちらっと悟を見る。それはどこか茶目っ気のある視線だった。


「……悟さん、出てみません?」


「……は?」


「だって、悟さんの車ですし。私も全力でサポートしますから!」


「いやいやいや、ちょっと待てって!俺、そんな本格的なのは……」


「早矢の言う通りだな。お前の車だし、誰より走り込んでるだろ?」


古川もちゃっかり便乗してくる。


「ちょ……ええっ?」


 あたふたする悟を見て、早矢が無邪気に笑った。


「大丈夫ですって!何から始めればいいか、一緒にやりましょう!」


 悟はしばし黙り込んだあと、ふと車のボンネットに目をやる。


──30年付き合ってきた愛車。


 このクルマと一緒に、もう一歩踏み出してみても、悪くないかもしれない。


「……わかったよ。でも、俺、本当に素人だからな」


「大丈夫です!楽しみですね!まず、ライセンス取りに行きましょう!」


 こうして、悟の”初めてのレース”に向けた準備が、静かに始まった。


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