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86の約束  作者: 仙道 神明


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3/26

Lap 3 「素人の眼」

「悟、今週末ヒマか?」


 いつものようにガレージ風馬で缶コーヒーを飲んでいると、店長の古川が声をかけてきた。


「早矢が出るんだよ。86のワンメイクレース。観に来いよ、チケット余ってるからよ」


「……俺が行ってもなあ」


「いいから!たまにはリアルで走るのを“見て”こいよ」


 悟は渋りながらも、結局その週末、ツインリンクもてぎにいた。GR86がずらりと並ぶ。


 パドックから遠巻きに、悟は早矢の走りを見ていた。


(立ち上がりが……浅い?)

(ブレーキの入りが早すぎて、次の加速につながってねぇ)


 悟の目が鋭く細まる。コーナー進入時の角度、タイヤの鳴き、立ち上がりのタイミング。

 グランツーリスモで何百周も走ったコース、その“感覚”が脳裏に蘇ってくる。


「……ちょっと、話してみるか」


 予選が終わり、早矢は8位。


「やっぱ難しいなぁ……」と肩を落としていたそのとき、ガレージに悟がふらっと現れた。


「お疲れ。ちょっとだけ、言ってもいいか?」


「えっ、悟さん!? なんで……あ、観に来てくれてたんですか?」


「うん、まあ……古川に無理やり」


 そう照れくさそうに言いながら、悟は静かに口を開いた。


「……俺が言うのも何なんだけどさ。あくまで素人目線ってことで聞いてくれよ」


「うん?」


「さっきのビクトリーコーナー……入り方、浅い。角度つけすぎて、次のストレートに繋がってない」


「……え?」


「ブレーキ、1テンポ遅らせて、インに寄せてからアクセル入れた方がトラクション乗ると思う」


「……!」


 早矢の目が見開かれる。プロの現場にいても、なかなか言われたことのない指摘。でも、それは確かに“そこ”にあった。


「……ありがとうございます。やってみます!」


 悟は深くうなずくと、それ以上何も言わず、静かにその場を離れた。


──午後の決勝。


 スターティンググリッド8番手。早矢は深呼吸し、悟の言葉を思い出す。


(“角度”と、“立ち上がり”)


シグナルがブラックアウト!


一周、また一周──


 早矢のラインが変わった。ビクトリーコーナー、予選とはまるで違う進入角度。立ち上がりで一気に加速、前のマシンをアウトからパスする。

 順位がどんどん上がっていく。レース終盤、3番手争いでインを差し切る。


そのままチェッカー。


表彰台、3位──


 早矢はヘルメットを脱ぎ、シャンパンを受け取る。


「……あの人のおかげだ」


 彼女は人混みをかき分け、あたりを見渡す。でも──悟の姿は、どこにもなかった。


「本物のレースって面白いな……」


 悟は、静かに愛車のエンジンをかけ、帰路に就いていた。30年連れ添ったAE86のハンドルが、この日だけは少し軽く感じた。


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