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86の約束  作者: 仙道 神明


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Lap 24「決勝スタート」

 翌朝、岡山の空はどんよりと重たかった。

雲が垂れ込め、今にも泣き出しそうな空。予報では午後から雨──レース展開を大きく左右し かねない不確かな空模様だった。

 

 チーム“風馬レーシング”のパドックでは、朝から慌ただしい準備が進められていた。ピット裏ではメカニックたちが最終確認に追われ、モニターには各チームの戦略会議の気配が流れている。


 そんな中、スタートまでの限られた時間を使い、パドックでは恒例のピットウォークが始まった。


 色とりどりの傘をさしたファンが列をなし、各チームの前には長い行列。

 レースクイーンが笑顔でポーズを取り、マシンの前では子どもたちが目を輝かせていた。


 悟はサインに応じながら、照れくさそうに帽子を目深にかぶる。


「えーと、こっちにも並んでくださいね〜……あ、はいはい、サイン書きますよ」


 一方、早矢の前にはさらに長い列ができていた。彼女のサインを求めるファンの多さに、スタッフが列整理に追われるほどだ。

 子供や学生、カメラを構えたファン、老若男女問わず多くの人が彼女の登場を待っていた。


「ありがとうございます、応援よろしくお願いします!」


 早矢は笑顔を絶やさず、一人ひとりに丁寧にサインをし、握手を交わしていた。


 その表情に疲れはなかった。いや、それ以上に──どこか凛とした覚悟がにじんでいた。


 そして、刻一刻とレースのスタートが迫っていた。空には再び、細かな雨粒が混じりはじめていた。


──スタート20分前。


 グリッド上にマシンが整列し、各チームのスタッフが最終確認に追われる中、風馬レーシングのマシンも静かにその時を待っていた。


 パラパラと細かな雨粒がバイザーを濡らす。

しかし、路面はまだドライコンディション。微妙な空模様のなか、決断の時が迫っていた。


 その傍らで、古川・早矢・悟の3人が最後の作戦会議を交わしていた。


 古川が口を開く。


「……悟、体調どうだ?」


 悟はヘルメットを抱えながら、少し肩をすくめた。


「まあな、ここまできたら“無理すんな”って言われても聞く気はねえよ」


「だろうな」


 古川が苦笑を浮かべると、すかさず早矢が口を挟んだ。


「最初のスティント、思い切って飛ばします。できるだけマージン稼いでおきますから!」


 その瞳には、迷いはなかった。悟はわずかに目を細め、うなずく。


「……頼むよ。でもさ、タイヤどうする? ドライで行けなくもないけど、ちょっと怪しい空だよな」


 古川が即座に答える。


「ドライで行こう。今回は早矢のスティントを長めにとるつもりだ。雨は後半に強くなるって予報だし、行けるとこまで引っ張りたい」


 悟は少し考え込んだが、最後にポンと早矢の肩を軽く叩いた。


「だったら、なおさら飛ばしすぎんなよ。しっかり繋げて、いい形で俺にバトン渡してくれ」


「了解です!」


 早矢がにこっと笑い、ヘルメットをかぶる。


 風が少し強くなり、空がまた暗くなった。

レースは、もうすぐ始まる。


──


 スタートのシグナルがブラックアウト!


 早矢は、わずかに後輪を滑らせながらも、絶妙なクラッチミートで加速。ポールスタートの悠斗のアウト側をすくうように抜き去り、GT300の先頭に立った。


「よし……完璧!」


 ヘルメットの中で、早矢が小さく呟く。


 その後、早矢お得意の鬼ブロックを喰らわせながら、序盤は膠着状態が続く。

 後続との差を一定に保ち、淡々とラップを重ねていく早矢。

 だが20周目を過ぎたあたりから、GT500クラスがGT300をラップしはじめ、コースは急激に慌ただしくなる。


そして──


 給油とタイヤ交換、ドライバー交代のタイミングを見計らうピットの無線が飛び交う最中、悲劇が起きた。


「500が後ろから……! 危ないっ!」


 GT500の1台がGT300の集団を掻き分けようとしたその瞬間──

 アウトから早矢を抜きにかかったGT500車両が、早矢のリア左に軽く接触。


──スピン。


 砂埃が舞い、300トップを走っていた早矢は無念にも順位を落とした。


「ちっ……!」


 モニターを睨みつけた古川が怒声を上げる。


「このやろ!もっと上手く抜きやがれよ!」


 ピットの緊張が一気に跳ね上がる。


 モニターに目を向けた悟が呟いた。


「……次のスティント、ドライで行こう」


 その言葉に、古川が振り返る。


「おい、悟……無茶言うな。これから更に雨足が強まる、今もレコードライン以外は完全に濡れてるぞ!」


「いや、順位上げるにはそれしかねぇ。差を詰めるなら、賭けるしかないだろ」


 古川は数秒の沈黙ののち、渋々うなずいた。


「……よし、給油は予定通り、タイヤは無交換だ!このあと雨が強まり、セーフティーカーや赤旗の可能性がある、そのチャンスに賭けよう」


──そして早矢がピットイン。


 手際よく動くクルーが燃料を補給する。


ドライバー交代の瞬間──

 シートベルトを外した早矢が、ハァハァと肩で息をしながら悟に叫ぶ。


「悟さん……ごめんっ!」


しかし悟はヘルメット越しにニッと笑い、


「気にすんな。それより──俺の走り、よく見てろ!」


 力強く言い残すと、ハンドルを握り、ドアを閉めた。


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