Lap 20「クリスマスプレゼント」
12月25日・クリスマス
冬晴れの空が広がる朝。ガレージ風馬の店内には、いつも通りの空気が流れていた。
いつも通り、シュミレーター前でタイムアタックを終えた悟が古川の元に戻ってきた。
早矢も片付けを終えて、休憩スペースに顔を出す。
「ふー、疲れたー! 今日のタイム、まぁまぁってとこかな!」
「へっ、俺のが速かったけどな」
「え~っ、あれは一回だけじゃん!」
「あはは、確かにな」
そんなふたりに向かって、古川がニヤニヤしながら声をかける。
「今日はシュミレーター作業終わったら予定ないんだろ? どうだ、2人して食事にでも行ってこいよ!」
「……え?」
「な、なんで急に……?」
「実はな、スポンサーの招待で嫁と食事の予定だったんだが、嫁が風邪ひいちまってよ、代わりにお前ら行ってこいよ!」
「……」
「……」
「な、なんだよ、そんな顔すんなよ……!早矢に、その…あれだ、いつも世話になってるしな!スポンサー対応とか」
早矢の目がぱっと輝いた。
「都内の老舗ホテルだぞ! フルコース! 夜景見える窓側!」
「えっ、本当に……? クリスマスの夜にそんなの……!」
悟はぽりぽりと頬を掻きながら、照れたように苦笑した。
「……まぁ、せっかくだし。俺たちみたいなのが行っていいのかはわからんが……な」
「ふふっ、行く行く。ね?」
「お、おう。じゃあ、行くか」
──
いったんそれぞれ自宅へ戻り、ドレスとスーツに着替えた二人。日が沈んだ頃、悟がハチロクで早矢を迎えに来た。
「……乗るの、ちょっと緊張するな」
早矢はドレスの裾を気にしながら助手席に乗り込む。悟は軽く笑いながらエンジンをかけた。
「動く博物館だな、こいつは」
「でも、いい音。これが悟さんの音なんだって感じする」
赤信号で止まった交差点。フロントガラス越しに、街のイルミネーションがちらちらと映り込む。
「……今日のメイク、いつもより丁寧だな」
「そりゃ、クリスマスだしね。……変じゃない?」
「いや、似合ってる」
くすっと笑いあって、再び静けさが戻る。
クラシカルなエンジン音が、冬の街に馴染んでいった。
──ホテル到着
ライトアップされた高級ホテルのエントランスに、AE86が滑り込む。
そのレトロな佇まいに、出迎えたスタッフが一瞬動きを止めた。
「キーをお預かりします」
差し出された手を、悟がやんわりと断る。
「すみません。この車、ちょっとクセがあって。自分で移動します」
スタッフが戸惑いながらも頷く中、早矢がくすっと笑った。
「やっぱり、悟さんじゃないと動かせない車なんだね」
──クリスマスディナー
館内レストランの一角。静かな照明のもと、キャンドルが揺れるテーブルに二人が向かい合う。
グラスが軽く触れ合う音が響く。
「まさか、本当にこうやって二人で来るなんてね」
「古川のおかげだな。早矢ちゃんに嘘ついたことの罪悪感もあったんじゃない?」
「古川さん、嘘つくの下手なんだもん、バレバレ。」
コース料理の最後、デザートが運ばれてきたタイミングで、早矢が少しもじもじと鞄を開いた。
「……あの、はいっ」
差し出された小さな箱。中には、白と黒のツートンのAE86 ──ミニカーが収まっていた。
「急だったから、他に用意できなくて……でも、悟さんならこれが一番かなって」
悟は驚いたように笑い、自分のコートの内ポケットから小箱を取り出す。
「奇遇だな。俺も……用意してたんだ」
開けると、そこには真っ赤なGR86のミニカー。
思わず2人、同時に吹き出した。
「お互い、車バカってことか」
「うん。でも、それが一番嬉しいプレゼントだったりするんだよね」
キャンドルの炎が、ミニカーのボディを静かに照らしていた。
──その後のことは、あえて語るまい。
それは野暮というものだし、そもそも、語られるようなことでもないのだから。
ただ、ひとつだけ確かなのは──
あの夜、彼らの胸に灯った温もりは、冬の空気の冷たさなど簡単に溶かしてしまうほど、やさしく、そして確かなものだった。




