Lap 15「老骨に鞭打って」
──夏の夕方、日が傾き始めたガレージ風馬。
シャッターの隙間から差し込む光が、工具棚やジャッキの影を長く伸ばしていた。悟は、作業台の向こうにいた古川に声をかけた。
「なぁ、古川。……GT300に、出られねぇかな」
古川は手を止め、首を傾げる。
「ん? お前が? それとも早矢ちゃんか?」
「両方だよ」
「……」
古川は一拍置いて、鼻で笑った。
「冗談だろ? そりゃ気持ちはわかるが──GT300は遊びじゃねぇ。
GT3マシンを揃えるだけでも数千万、チーム運営費、エントリー費、スタッフの手配……」
「わかってる。金がかかるのも、夢物語だってことも。でもな──」
悟の声が少し熱を帯びた。
「俺には、もう時間がねぇんだよ。チャンスがあるなら、やれるうちに全部やりたい。
……自分の体が、動くうちにさ」
古川は、その言葉に眉をひそめた。
「……らしくねぇな。悟、お前がそんな風に食い下がるのは珍しい」
──沈黙が流れる。
古川はしばらく黙ったまま、オイルの染みた床を見つめていた。
やがて、静かに口を開いた。
「……やるとすれば、まずGT300にエントリーできるGT3マシンを買う。エントリーできるレースには片っ端から出て、勝ちまくって存在をアピールする。
──とりあえずスーパー耐久か。
その実績でスポンサーを引っ張る……それしかねぇ」
「……」
「簡単な話じゃない。金も時間も人も足りねぇ。でも──それでも、やってみるか?」
悟は、小さくうなずいた。
「俺のゴールは……早矢をGT300のグリッドに並ばせることだ。
それまで身体がもてばいい。老骨に鞭打って……なんとか、頑張るさ」
その瞬間──
物陰からひょこっと現れる人影。
「やだやだ!」
早矢だった。ずっと、陰で話を聞いていたらしい。
「私、悟さんとGT300乗るもん!……だから、一緒に頑張ろ?ね?」
笑顔を浮かべる彼女の瞳は、ほんの少し潤んでいた。悟は照れたように頭をかきながら、ゆっくりと頷いた。
「……ったく、しょうがねぇな。ほんとに、やるんだな?」
「うんっ!」
古川は肩をすくめ、苦笑した。
「なら、こっちも腹括るしかねぇか。期間は約1年ちょい、再来年の参戦を目標にする──
風馬レーシング、GT300プロジェクト、始動だ」
ガレージの奥で、AE86が静かに佇んでいた。
その横で、悟と早矢が並んで立ち、未来を見据えていた。




