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86の約束  作者: 仙道 神明


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13/26

Lap 13「鬼ブロック」

 残り時間わずか。レコードラインは乾いていた。悟が築いた30秒のリードも、椎名の猛追を受けてみるみるうちに削られていく。


「ドライならこっちのもんよ」


──残り3ラップ。


「……あと5秒差。背後まで来てる、ドライにすべきだったか……」


 モニターを睨みながら、古川がつぶやく。


そのときだった。


 1コーナー、椎名がブレーキングで早矢の背後にぴたりと張り付いた。マシン同士の間隔は、もはや“ゼロ”に近い。


「っ……!」


 早矢は必死にインを締める。ラインを消し、アクセルをコントロールしながら絶妙なブロックを見せた。


「……これよ。早矢ちゃんにはこれがあるのよ」


 ピットで見守る悟の口元がわずかに緩んだ。


「鬼ブロックだよ。後ろのクルマのラインを完璧に消す。簡単じゃない、すごい技術だ」


だが、椎名は引かない。


 次のラップ、同じ1コーナー。今度は強引にインを差してきた。


「悪いが──抜かせてもらうぜ!」


「っ、危ないっ!」


ガツンッ!


 椎名のマシンが早矢のリアにヒット。2台のマシンが同時にバランスを崩し、ハーフスピン──!


 会場中が凍りついた。しかし──どちらもギリギリで立て直す!

 2台は横並びのまま、怒涛の勢いでコカコーラ・コーナーへ飛び込んでいく!


「よしっ……!ポジション、守った……!」


 早矢がインを押さえ、首位を死守。だが、椎名は執拗だった。わずかに接触しながら、リアにプレッシャーをかけ続ける。


 ピットウォール、古川が思わず叫ぶ。


「きたねえぞ椎名このやろ!!」


 早矢は唇を噛みしめた。


「くっ……負けられない……悟さんが、命がけで守ったトップの座……そんな簡単に、渡せるわけない!」


──最終ラップ。


 勝負は、シケインへ。


 椎名がラインを変え、一気に抜きにかかる。


その瞬間──。


「……っ、あっ!」


 椎名のマシンが跳ねた。変えたライン上、まだ乾いていなかったのだ。ウェットパッチを踏んだ瞬間、リアが大きく流れ──


スピン!!


 白煙を巻き上げながら、椎名のマシンがコースアウト。早矢は後方を確認することなく、前だけを見て、ゴールラインを駆け抜けた──!


チェッカー・フラッグ!


 富士の決戦、勝者は──風馬レーシング with 悟と早矢。


ピットで、悟がそっとインカムを外した。


「……お疲れさま。最高だったよ」


「チェッカー!!」


 モニターの“1位”表示が固定された瞬間、ピット内が歓喜に包まれた。早矢のマシンはウイニングランに入る。


 エンジン音だけが静かに鳴り響くコース。観客たちの歓声とともに、彼女は静かに拳を握った。


「……やった……!」


 ピットロードへ戻ってくるGR Supra。チームクルーたちが駆け寄るなか、早矢がヘルメットを脱いで車を降り──


「悟さぁん!!」


 駆け寄ると、反射的に悟の胸へ飛び込んだ。驚いた悟が一瞬たじろぐが、すぐに笑顔で受け止める。


「よく頑張ったね、早矢ちゃん」


そのまま2人で肩を組み──


「せーのっ!」


ガッツポーズ!


カメラマンたちが一斉にシャッターを切る。


──数分後、表彰台前のスペース。

シャンパンファイトが始まる。


「いっけぇー!悟さーん!!」

「わっ、早矢ちゃん!顔にかかるってば!」

「これがレースの味だよっ!!」


 泡まみれになりながら、チーム全員が笑い合う。勝利の喜びは、エンジンオイルや汗以上に、胸に染み渡った。


──そして。


 ピットガレージに戻った一同。ひと息つきながら、チームクルーがタオルで汗と泡をぬぐっている。


「本当に……ありがとうございました。悟さんのお陰で、勝てました」


 座っていた早矢が、隣にいる悟へと素直に頭を下げる。


 だが悟は、すぐに首を振った。


「何言ってんの。早矢ちゃんの“鬼ブロック”がなきゃ、椎名に抜かれてたさ。しかもリアのダメージ、けっこう深刻だったよね?スローパンクチャーしてたんじゃない?

さすがプロ…。あんなプレッシャーの中で、冷静だったね」


 早矢が照れくさそうに笑う。


 そのとき、古川が立ち上がって声を張った。


「今回の勝利は、ドライバー2人だけじゃない!

スタッフ、メカニック、みんなの勝利だ!このチームの力だよ!!」


「「うおおおおお!!!」」


 ピット全体が歓声に包まれる。


 悟がふと首を傾げる。


「ところで……椎名は?」


 古川が鼻で笑った。


「あー……センターに呼び出されて、ペナルティと“厳重注意”だってさ。ぶつけた上に謝罪も無し、そそくさと帰っちまったよ」


「え、こっちに一言もナシ?」


 早矢が眉をひそめる。


「ほんっと……やなやつ!」


「それよりも、リアの修理しなきゃな。賞金、使わせてもらって──」


 古川の言葉を遮るように、早矢が声を張った。


「今日は、賞金で──皆さんでパーッとやりますかっ!」


「いいねぇーーーーーっ!!!」


 どっと笑いが広がるピット内。


古川「……」


 その瞬間、誰もが心からこのチームでの“勝利”を実感していた。


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