Lap 13「鬼ブロック」
残り時間わずか。レコードラインは乾いていた。悟が築いた30秒のリードも、椎名の猛追を受けてみるみるうちに削られていく。
「ドライならこっちのもんよ」
──残り3ラップ。
「……あと5秒差。背後まで来てる、ドライにすべきだったか……」
モニターを睨みながら、古川がつぶやく。
そのときだった。
1コーナー、椎名がブレーキングで早矢の背後にぴたりと張り付いた。マシン同士の間隔は、もはや“ゼロ”に近い。
「っ……!」
早矢は必死にインを締める。ラインを消し、アクセルをコントロールしながら絶妙なブロックを見せた。
「……これよ。早矢ちゃんにはこれがあるのよ」
ピットで見守る悟の口元がわずかに緩んだ。
「鬼ブロックだよ。後ろのクルマのラインを完璧に消す。簡単じゃない、すごい技術だ」
だが、椎名は引かない。
次のラップ、同じ1コーナー。今度は強引にインを差してきた。
「悪いが──抜かせてもらうぜ!」
「っ、危ないっ!」
ガツンッ!
椎名のマシンが早矢のリアにヒット。2台のマシンが同時にバランスを崩し、ハーフスピン──!
会場中が凍りついた。しかし──どちらもギリギリで立て直す!
2台は横並びのまま、怒涛の勢いでコカコーラ・コーナーへ飛び込んでいく!
「よしっ……!ポジション、守った……!」
早矢がインを押さえ、首位を死守。だが、椎名は執拗だった。わずかに接触しながら、リアにプレッシャーをかけ続ける。
ピットウォール、古川が思わず叫ぶ。
「きたねえぞ椎名このやろ!!」
早矢は唇を噛みしめた。
「くっ……負けられない……悟さんが、命がけで守ったトップの座……そんな簡単に、渡せるわけない!」
──最終ラップ。
勝負は、シケインへ。
椎名がラインを変え、一気に抜きにかかる。
その瞬間──。
「……っ、あっ!」
椎名のマシンが跳ねた。変えたライン上、まだ乾いていなかったのだ。ウェットパッチを踏んだ瞬間、リアが大きく流れ──
スピン!!
白煙を巻き上げながら、椎名のマシンがコースアウト。早矢は後方を確認することなく、前だけを見て、ゴールラインを駆け抜けた──!
チェッカー・フラッグ!
富士の決戦、勝者は──風馬レーシング with 悟と早矢。
ピットで、悟がそっとインカムを外した。
「……お疲れさま。最高だったよ」
「チェッカー!!」
モニターの“1位”表示が固定された瞬間、ピット内が歓喜に包まれた。早矢のマシンはウイニングランに入る。
エンジン音だけが静かに鳴り響くコース。観客たちの歓声とともに、彼女は静かに拳を握った。
「……やった……!」
ピットロードへ戻ってくるGR Supra。チームクルーたちが駆け寄るなか、早矢がヘルメットを脱いで車を降り──
「悟さぁん!!」
駆け寄ると、反射的に悟の胸へ飛び込んだ。驚いた悟が一瞬たじろぐが、すぐに笑顔で受け止める。
「よく頑張ったね、早矢ちゃん」
そのまま2人で肩を組み──
「せーのっ!」
ガッツポーズ!
カメラマンたちが一斉にシャッターを切る。
──数分後、表彰台前のスペース。
シャンパンファイトが始まる。
「いっけぇー!悟さーん!!」
「わっ、早矢ちゃん!顔にかかるってば!」
「これがレースの味だよっ!!」
泡まみれになりながら、チーム全員が笑い合う。勝利の喜びは、エンジンオイルや汗以上に、胸に染み渡った。
──そして。
ピットガレージに戻った一同。ひと息つきながら、チームクルーがタオルで汗と泡をぬぐっている。
「本当に……ありがとうございました。悟さんのお陰で、勝てました」
座っていた早矢が、隣にいる悟へと素直に頭を下げる。
だが悟は、すぐに首を振った。
「何言ってんの。早矢ちゃんの“鬼ブロック”がなきゃ、椎名に抜かれてたさ。しかもリアのダメージ、けっこう深刻だったよね?スローパンクチャーしてたんじゃない?
さすがプロ…。あんなプレッシャーの中で、冷静だったね」
早矢が照れくさそうに笑う。
そのとき、古川が立ち上がって声を張った。
「今回の勝利は、ドライバー2人だけじゃない!
スタッフ、メカニック、みんなの勝利だ!このチームの力だよ!!」
「「うおおおおお!!!」」
ピット全体が歓声に包まれる。
悟がふと首を傾げる。
「ところで……椎名は?」
古川が鼻で笑った。
「あー……センターに呼び出されて、ペナルティと“厳重注意”だってさ。ぶつけた上に謝罪も無し、そそくさと帰っちまったよ」
「え、こっちに一言もナシ?」
早矢が眉をひそめる。
「ほんっと……やなやつ!」
「それよりも、リアの修理しなきゃな。賞金、使わせてもらって──」
古川の言葉を遮るように、早矢が声を張った。
「今日は、賞金で──皆さんでパーッとやりますかっ!」
「いいねぇーーーーーっ!!!」
どっと笑いが広がるピット内。
古川「……」
その瞬間、誰もが心からこのチームでの“勝利”を実感していた。




