Lap 12「雨上がりのバトン」
富士スピードウェイ、決勝2日目の朝。
空はどんよりと曇り、霧のような細かい雨がピットロードを濡らしていた。
スタッフたちがレインタイヤをチェックし、マシンにウォームカバーをかぶせている。
ガレージの中では、古川がタブレットを手に最終ミーティングを始めていた。
「さて……レース2、戦略はこうだ」
古川の声に、悟と早矢が頷く。
「スタートは悟。残り35分を切ったところでピットイン、早矢に交代する。路面はウェットだ、慎重に走ってくれ」
悟は小さく「了解」と答えたあと、ちらりと空を見上げる。
「……この調子だと、最後まで降り続きそうか?」
「いや」
すかさず早矢が言葉を挟んだ。
「たぶん、私に交代する頃には雨は上がって、路面も乾き始めてるはず。レインからスリックに替えられるギリギリのタイミングになるかも」
「ふむ……タイヤ選択がカギか」
古川は難しい顔をするが、悟はあっさりと笑った。
「まあ、俺のスティントは“つなぎ”だ。ぶつけないように慎重に行くさ」
「つなぎって……そんな軽く言わないでくださいよ」
早矢が小声で笑ったあと、ヘルメットをかかげて言った。
「悟さんが無事にバトンつないでくれれば、それだけで十分ですから」
「はは、プレッシャーだな、そりゃ」
そう言いつつも、悟の目にはすでにレースモードの色が宿っていた。
雨音がピットの屋根を叩く。エンジンが始動し、静かに、しかし確かに、レース2が動き出す──。
午前10時、レース2がローリングスタートで幕を開けた。空には雲が残るが、降っていた雨は弱まりつつある。
悟の駆るGT4マシンが、ゆっくりと1コーナーへと向かっていく──。
──グリーンシグナル!
悟はクラスポールポジションから、絶妙なスタートを決めた。1コーナーをインベタで切り抜け、2位以下との差を一気に広げていく。
「おいおい……あいつ、ウェットでも速いんかよ!?」
ピットウォールでモニターを見つめていた椎名が、思わず声を上げた。
「……すごい、悟さん、めっちゃ速い……!」
早矢も思わず息を呑む。
悟のドライビングは、まさに職人技だった。
わずかに残る濡れた白線を避け、タイヤのグリップを最大限に生かすライン取り。
アクセルワークは滑らかで、滑るリスクのある立ち上がりでも微塵のミスがない。
──彼の頭の中には、何百回も走った“雨の富士”が鮮明に再現されていた。
グランツーリスモで、あらゆるラインと挙動を体で覚え込んだ成果。
「これは……ゲームじゃない。だけど、身体が覚えてる」
レースが始まって20分、雨は小ぶり。太陽が雲間から顔を出し始めるが、まだ路面は乾いていない。
「古川さん、もうドライタイヤで行けます!」
「いや、まだレコードラインは濡れてる」
ガレージの中、早矢と古川が決断する。
「タイヤ無交換でタイムを稼ぐ!」
モニターには、悟がトップでピットインする姿が映し出されていた。
2位との差は、なんと約30秒。
ピットで素早くマシンを降りる悟。早矢が駆け寄るその直前、悟はひとことだけ言い残す。
「……まだ濡れてるから気をつけて」
「……うん、ありがとう!任せて!」
タイヤは交換されず、バトンは渡された。再び富士の路面にマシンが飛び出していく──。
──その10秒後。
ピットでは、レース1の覇者・椎名が同じくマシンに乗り込みピットアウト、タイヤはドライを選択、早矢を追う。




