表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86の約束  作者: 仙道 神明


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/26

Lap 11 「爪先ひとつぶんの距離」

──レース1、決勝当日。


 午後2時、空は青く澄みわたり、富士スピードウェイのアスファルトが陽に照らされて熱を帯びている。


 風馬レーシングのGR Supra GT4 Evoがグリッドに並ぶ。


「作戦はこうだ。前半、早矢が一気にプッシュしてタイム差を稼ぐ。後半スティントで悟がタイヤを持たせて順位を守りきる。それでいくぞ」


 古川がガレージで二人にレース戦略を説明する。


 ポールポジションは椎名の乗るBMW M4 GT4。早矢はクラス2位のグリッドから、赤と白のマシンをスタートラインに並べた。


──シグナル、ブラックアウト!


 早矢のスタートは完璧だった。1コーナーを抑え、滑らかな加速で後続との差を開けていく。


 しかし──椎名はさらに速かった。


 その背中は、むしろ周回ごとに遠ざかっていった。


 スタートから30分が過ぎたころ、チームはピットインのサインを出す。クラス2位のまま、GR Supraはピットへ飛び込んだ。


「タイヤ……ずいぶん使っちゃった……」


 ブレーキの焼けた匂いとともに、ドアが開く。


「悟さん、タイヤ使いすぎちゃった……ごめん」


 と、やや気まずそうに言いながらバトンを渡す。


 悟は黙って片手を上げ、マシンに乗り込んだ。


 レース後半、コースに戻った悟は、驚異的なラップで周回を重ねていった。モニター上のタイム差はみるみる縮まる。

 トップとの差は10秒、8秒、6秒……そして残り3周でついに1秒まで迫る。


 ピットのモニターに映るラップタイムを見て、椎名が声を上げた。


「……お、おい、何やってんだ……?

俺が築いたタイム差が……全部、消えていくじゃねえか……!」


 その表情には、怒りよりも困惑がにじんでいた。

 “アマチュア”のはずの男に、プロの自分が築いたアドバンテージを削られている──その事実が信じられなかった。


だが──その時。


「……タイヤ、終わったか……」


 悟は唇を引き結んだ。


 ピットの早矢も、変化を察した。マシンの姿勢が微かに不安定になる。


「……私のせいだ……」


 早矢はつぶやき、両手を組んで祈るようにモニターを見つめた。


 だが悟は諦めていなかった。


「ここは……富士だ。最後の勝負は、ストレート……!」


 悟はコーナー進入での無理なブレーキングを避け、タイヤを労わりながら最終セクターへマシンを導く。


 ちょうどGT3マシンが悟を抜いていく。


「……使える……!」


 悟はGT3マシンが最終コーナー手前でアウト側に膨らむのを読んで、あえて早めにインへ切り込む──

 空気の壁を切り裂くGT3の“スリップストリーム”を完璧に捉えるためだった。


 さらに、最終コーナーでほんのわずかにアクセルを早く開ける。


「……トラクション、乗る!」


 リアが一瞬わずかに流れるが、絶妙なカウンターとスロットル調整で立て直す。長年のゲーム経験が染みついた“反射”だった。


マシンは鋭く直線へと躍り出る。


──残り600メートル。


 スリップに入った瞬間、マシンはまるで後ろから押されるように加速する。


──400メートル。


 前を走るBMW M4 GT4が、視界の中でじわじわと大きくなる。


──200メートル。


 もう“真横”まで来た。観客席からどよめきが起きる。


「……行け、悟さん……!」


 ピットの早矢が、無意識に両拳を握りしめていた。


──チェッカー!


 並んだ2台は、ほんのコンマ数秒の差でフィニッシュラインを通過した。


 結果は──クラス2位。だが、そのタイムは0.186秒差だった。


 まさに、あとわずか──“爪先”ひとつぶん、届かなかった。


「……悟さん、すごかった……!」


 と、早矢はピットロードに駆け寄り、涙を浮かべた笑顔でそう言った。


その夜、周囲はざわついていた。


「アマチュアがGT4でファステスト!?」

「経歴が空白すぎる……誰だこの男」


 悟の素性を探ろうと、関係者らが古川に詰め寄る。


「アマじゃなくて、元何かでしょ?テストドライバー?それとも海外帰り?」


しかし古川は笑ってごまかした。


「さあ?ただのゲーム上がりですよ、あいつは」


 半分本気、半分はぐらかし。


──夜、ホテルの部屋。


 悟はシャワーを浴び、ひと息ついたあと、ベッドの上に倒れ込んでいた。


 天井を見つめながら、今日のレースを振り返る。


「あそこでスリップに入れて、最終立ち上がりで…」


 思い返せば、自分の感覚と、ゲームで掴んだ“ライン”が見事に一致していた。


(……まだやれるのか、俺)


 思わず、そんな言葉が漏れた。


 気がつけば、窓の外には富士の山影。その大きさに、なぜか安心感を覚える。

 スマホを見ると、早矢からメッセージが届いていた。


悟さん、本当にお疲れさまでした!

明日も、楽しみですねっ


 悟は静かに笑った。


(……こっちこそ、楽しみにしてるよ)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ