第7話 生存に向けて
ゴブリン勢力に支配された学校から離れ、魔石を集めるため戦うことを決心した村正だが落ち着いて思考を巡らせたことにより1つ大きな疑問にぶち当たった。
──あの巨大ゴブリンは一体どこから現れた?
村正は知っている、この地域に存在するダンジョンであの様な怪物は目撃された試しもないと。
だからこその低ランク、だからこその最弱指定である。
だというに、あの巨大ゴブリンはただ大きく変異したでは説明のつかない威圧、言い換えれば王者足りえるカリスマを持つ個体に見えた。
そのことに村正は嫌な憶測を1つ抱いたのだ。
──あの巨大ゴブリンと同じような、強化個体ともいえる魔物が他所のダンジョンでも現れているとしたら?
と。
それは現状を生きる村正にとって、否定できる要素を並べられない憶測であった。
なぜなら今起きているこの現実こそ、女神を名乗る者の気まぐれのようなもので出来上がったのだから。
実際気まぐれか何か意図があるのかはこの際どうでもよく。
ただ村正は今後も女神がなにかしてくるという前提の上で、出来得る限りを尽くして備えなければならないのだと今になって強く自覚したのだ。
その点でいえば、今回のあの強化ゴブリンを打倒するというのも悪くないだろうと村正はポジティブに考える。
乗り越えなければならない最後の壁が女神であるのなら、今相対している強化ゴブリンなど壁ですらないと自分に言い聞かせることによって、ある種の鼓舞としている状態でもある。
いずれにせよ、ここ低ランクダンジョンで起きている事象が他所でも起きているのなら、むしろ恵まれた地点でスタートできたとこればかりは素直にそう思う村正であった。
高ランクダンジョンのある場所で同じ事態に見舞われたなら、それこそ今のようなポジティブ思考すらも浮かべられなかっただろうから、と。
戦う理由を新たに、ここより村正の快進撃が始まった。
佐々木村正という男は勇敢ではない。
されどやらねば死ぬという状況にまで追いつめられて蛮勇すら灯せないチキンでもなかった。
全身を包む騎士甲冑を身に纏い、威風堂々たる歩みで視線の先のゴブリンへと接近する。
もう何度も繰り返したその工程は、村正の精一杯の自信の誇示でもあった。
堂々と、胸を張り顔を上げ、一歩一歩強く大地を踏みしめる。
そうすることで怪物たるゴブリンに自分から接近する恐怖を誤魔化そうというのだ。
慣れは人の感覚を鈍らせる。
しかし村正には慣れの時間がまだもう少し必要であった。
「あああああああっ!!」
眼前のゴブリンも村正に気付き、涎を垂らし肉薄してくるのを見て気合いを入れる。
威風堂々たる歩みから、拳を振りかぶってゴブリンへと大きく踏みだした。
双方の距離は、既に両者間合いに入っている。
されど体格の差で先に攻撃が命中したのは、村正の拳のほうであった。
顔面に1発。
決して狙ったわけではなく、ただ成人男性の腰程度の背丈しかないゴブリンの顔面がそこにあったというだけ。
騎士鎧の手甲に覆われたそこらのハンマーよりも固い村正の鉄拳が、ゴブリンの顔を陥没させその身体を大きく吹き飛ばした。
まだ終わらない。
吹き飛んだゴブリン目掛けて重い鎧を無理やり動かすように前へ前へと。
村正にここで一旦の平静などというものはいらなかった。
そんなものは邪魔でしかないと、興奮冷めやらぬうちに吹き飛んだゴブリンに追い打ちをかける。
起き上がる前に腹に1発。
逆の手で更に1発。
両手を合わせて顔面にもう1発。
ここまでして村正はようやく攻撃をやめ、重い足でゴブリンを踏みつけ様子を窺った。
然したる間もなく、ゴブリンの身体は塵へと変貌する。
村正の過剰ともいえる猛攻に、途中でゴブリンの息は途絶えていたのだ。
「ふーっ」
未だ慣れない、今回でもダメだった。
それを表すように村正は緊張を息と共に吐きだした。
足元の魔石を拾い、ポイントに変換しながら次なる獲物を探す。
村正がその拳で戦うことを決めたのは、それしかないと思ったからだ。
結局、戦うことを決意したところで『アーマーショップ』の品目が更新されることはなく。
ただ蹲って相手が勝手に死ぬのを待つのは、戦うというのとは違うんじゃないかと思ったが故の行動だった。
奇しくも、村正の騎士甲冑は市販のハンマーや包丁などとは比べ物にならない硬度を誇っている。
幾度もアーマースキルのレベルを上げ、そこに付加された各種スキルの恩恵まで加わるのだ。
硬く、回復し、何故か怯まない。
何故かというかそれは【HPアーマー】によってダメージを肩代わりされているからなのだが、そんなことは知らないゴブリンたちからすればこれほど恐ろしい敵もいないだろう。
鉄壁を誇る村正だからこそ、通用するかしないかの壁を突破できない者に勝ちの目は一切ないのだ。
あの夜から幾度となく満月が欠け、空は静かに、大地に残る文明の残骸を見守った。
もう家々から上がる炎も、車が鳴らす警報音も存在しない。
誰もいなくなった大地の上で、村正は1人ゴブリンを相手に狩りを続けた。
そして誕生の日から3ヶ月が経とうとしている頃。
村正は、何度目かもわからない強行偵察に赴いていた。
「おおおおおおおっ!!」
村正の容赦ない鉄拳がホブゴブリンの胸を打ち据える。
苦悶の表情を浮かべるソレを他所に、横から間合いを詰め跳躍してきた個体の棍棒を手甲で受け止める。
返す逆の手で殴りつけるが、その時間で体勢を立て直したホブゴブリンと周囲を囲む他すべての個体もまた村正を容赦なく殴りつける。
掴まれ、殴られ蹴られと攻撃を受ける村正はそれに構うことなく手あたり次第に近い個体から反撃の拳を振るってやった。
1人の巨獣に挑む無数の動物。
まるでそんな背景を想起させる戦いが、ここ最近この学校のすぐ側の道で行われている。
すぐに戦いは終わり、そこに立っているのは巨獣……村正のほうだった。
塵に残った魔石を拾い上げ、最早思考するまでもなく手際よくポイントに変換する村正。
「ここまでやっても、キングは出てこないんだな」
いつもと同じ強行偵察の結果を残念そうに村正は呟いた。
ゴブリンの魔石から限界まで力を伸ばしたと判断した村正は、遂に学校を根城とするゴブリンの王に対峙することを決めた。
いかに『魔石ポイント変換率10倍』といえど、最弱の魔物で延々と強くなれる仕組みではないらしくここ最近では碌な強化もできていない。
故に、村正は挑むに足るタイミングが来たのだとそう判断した。
このときのために、新しいスキルも獲得し最低ともいえる作戦も練った。
村正は準備を整えたのだ。
彼の瞳に既に怯えの色はなく、戦うことに躊躇する素振りなどないことは先の交戦を見れば明らかだろう。
「決戦は明日だ」
強い闘志を瞳に宿し、偽らざる威風堂々とした物腰で道の先にあるだろうモノを見つめた。
きっと大きな戦いになる……去り行く村正の背中は確かな巨獣を宿していた。




