第6話 避難所で生きるモノ
村正の探索は続く。
もう村正が生まれた場所の近くでは魔石は落ちていないため、点々と場所を移動しながらの散策だ。
なおも生きた人間の姿は一切見ていない村正だが、自分が生きるための水や食料などにはまだ余裕がある。
ゴブリンは人間の死肉を喰らうがパンや米などには一切興味がないらしく、村正と食料で争う事態は避けられた。
もしダンジョンから溢れた大量のゴブリンがそれらパンなども喰らうようなら、村正も覚悟を決め戦う道を選んでいたかもしれない。
その点で村正はひとまずの安心を感じている。
そもそも思うことが、あまり考えたくはないがゴブリンらにとって人肉は娯楽の1つに過ぎないのではないかと村正は予想する。
というのもダンジョン内部には〝人間〟が食す資源も実っているという話だが、実際村正が見て知ったゴブリンはそれらを食べないのだ。
ならばどうやって生きているのか?
それは村正にもわからない。
されどダンジョン内部で人肉なしで生きてこられたゴブリンらにとって、それが生きるため必要な食事だとは思えなかった。
娯楽が生きるに必要な要素であるということは村正も理解しているが、ことこれにおいて流石に同族を喰われる光景を見せられるのにいい気分はしていない。
どうにもならないし、どうにかするつもりだってないだろう。
村正は物語の主人公でもなければよくできた聖人でもない。
ただのどこにでもいる、ちょっと生い立ちが不幸な15歳の子供に過ぎないのだ。
少なくとも自己をそう評価する村正。
彼は魔石集めの散策のうち気付けば見知った場所に訪れていた。
そこは、村正の通う学校の近く。
今まで、意識して避けていた場所だ。
だが時間と共にその意識は薄れ、村正は如何にゴブリンを避けて魔石集めに注力するかに重きを置いていた。
だからだろう、無意識で新たに魔石を求め歩いた先が、よく通った母校であったのは。
「……少し、様子だけ確認するか」
騎士兜のその奥で、じっと母校へと続く道を見据える村正。
その表情に宿るのは期待でもなんでもない。
ただ、ここなら生き残りもいるのではないかと、ただただそれを確認したいだけだった。
村正の住まう地域にも当然だが避難所は存在する。
母校の近くであればまさにそこが避難所として開け放たれることだろう。
この自然災害よりも更に危険な異常事態に、母校が避難所として機能していないはずがなかった。
それを知っていた村正は……敢えて近づかなかった。
何故か?
それは村正に、戦う術がないからである。
『アーマーショップ』というのはよくできた力だ。
生き残るための守り、耐久といった面でこれ以上に優れたダンジョンショップもないのではなかろうかと思案するほどには。
しかしその生存性に特化した守りの力は、保持者である自分だけにしか適用されないのだと村正はよくよく理解していた。
だからこそ。
避難所でその力を知った者たちが村正になにを求めるのか、それを彼は考えてしまったのだ。
自分だけに適用される守りの力。
覚醒者として、探索者として魔物と戦うことのできる特別な存在。
そんな村正に求められる利用方法など、命を張った物資調達か皆が逃げるまでの囮役か……邪推と言われるかもしれない、そう思いながらもすべてを否定しきれない村正は単独行動を決めたのだ。
そんな村正が今、無意識で来てしまったとはいえ邪推を重ねた場所の様子を確認しようと道を進んでいる。
もちろんその道程の中でも魔石がないか確認しているが、横道に逸れたりすることはなく最短距離を進んでいた。
この〝最短距離〟というのは〝現状〟においての、ではあるが。
「やけにゴブリンの数が多い……防衛戦でもやっているのか?」
道中、現れるゴブリンによって幾度となく最短距離を伸ばしている村正が、そう口溢す。
明らかに視認できるゴブリンが学校に近づくにつれ多くなっていると感じていた。
実際それが気のせいでなくとも不思議はない。
避難所には多くの人間がいるはずで、そこを攻略しようとゴブリンが集まっても不思議はなかった。
この地域にも多少は村正以外の探索者が存在するだろう。
その者らが中心となって防衛戦を敷いているのならば、最弱のゴブリン程度で攻略するのは難しいかもしれないと村正は考えたのだ。
その〝道〟を、見つけるまでは。
「……ダメかもしれないな」
その光景を、村正は既に知っていた。
この街で見たくもない、せめてもうしばし後のことだろうと思っていたはずの光景。
最弱のゴブリン程度ではどうやっても造れない、巨大なナニカによって踏み潰された家々が見せる道。
その〝道〟が、村正が目指す学校まで続いていた。
足を止め、村正は考える。
別に例え学校が既に滅んでいても、あるいは必死の防衛を続けていようとも自分にとっては関係ないと。
ただ様子を見に行くという、当初の目的の結果が予想と変わるだけでもとより関わるつもりなどなかったのだから。
少しの逡巡の末。
村正は学校よりの道程から、足を反転させた。
迷いなく、学校から遠ざかる。
自分には関係ないと、自分は物語の主人公などではないんだと、そう内心に強く綴りながら。
村正は、高いビルの上から学校の様子を〝偵察〟していた。
「これは僕が生きるためだ。他人の無念なんて関係ない。主人公じゃなくたって、皆生きたいから抗うんだってそれだけの話だ。勘違いするなよ」
誰に言っているのだろうか、と彼の行動を見守る女神が実在すればそう思ったことだろう。
しかし実際村正がその言葉を掛けた相手は自分自身。
自分の行動に疑問を持っているからこそ、せめて道を踏み外し過ぎるなと言い聞かせるための言葉であった。
ふぅ、と1回息を吐きだす村正。
数秒心の中を空っぽにし、余計な意思を持たせない状態で学校の様子を確認した。
目を凝らし、遠く眼下に見える学校のグラウンドに視線をやる。
校舎の方はほぼほぼ倒壊しているのを見て避難所としての機能は薄そうだと認めながら、その眼を向けたグラウンドには……。
大量のゴブリンと、別格に巨躯を誇るゴブリンのようなモノが佇んでいた。
──知らない。
あんな巨大な化け物、自分の知るゴブリンの姿にはないと村正は唾を飲み込む。
しかし遠くここより視認できるくらい、そのゴブリンは大きくそのゴブリンたる特徴を見せていた。
大きさは2階……いやもしかしたら3階建ての一軒家くらいあるかもしれない。
普通のゴブリンが成人男性の腰程度の背丈なのを考えれば、ちょっと変わったで済ませられるレベルじゃない。
そのゴブリンを認めた村正は思った、思わずにはいられなかった。
──アレを狩らねば、僕の生存性は破綻する。
それは単純にあのゴブリンが強いからではない。
周囲を取り囲む大量のゴブリン、それは〝率いられて〟いた。
明らかな知性。
確かな統率力。
強大な先導者。
3つ揃えばもう、この地域はあのゴブリンたちに……否、あのゴブリンに支配されたといっても過言ではない。
この地域で暮らす村正にとって、アレを認めた瞬間ここは敵地のど真ん中であるという認識に変わった。
平然と敵の陣地の中を闊歩し、ともすればゴブリンを亡き者にしたこともある。
嫌な汗が、村正の頬を伝う。
ここにきて、村正の認識は変わった。
それは今までの〝戦わなくてもいいだろう〟が〝戦わなければならない〟に変わった瞬間だった。
未だに村正に新しい攻撃手段などありはしない。
しかし目下の悩みの種はより大きな存在によって上書きされた。
──もっと力が必要だ。今よりもっと、効率的に魔石を集める必要がある。
ビルの屋上から踵を返し、村正は一度学校から距離を取る。
向かうはこれまでに散策を済ませた、もう魔石の落ちていない地帯。
村正はそこに、魔石を得るための戦いに向かったのだ。




