第24話 頑張れ
「これから……?」
村正の放った返しに、秋夏は目を困惑に染めた。
まさかあの悲惨な過去を聞いて、あっさりと「これから」などと流されるとは思っていなかったのだ。
「本当にお前は……他人に無関心な奴ですね。話を聞いていなかったのです? 楓様は避難民を……〝人間〟を守ることに固執してるから、これからなんて……」
「諦めたのか。お前さっき楓さんに意見してただろ。あれは〝これから〟を見据えてた」
「……簡単に言いやがるな。あれを言うに秋夏がどれだけ苦心したと思ってるです!?」
「でも言った。必要だと思ったから言ったんだろ」
「…………」
村正の気遣いも容赦も感じられない言葉に、秋夏はベッドの上で不貞腐れたようにそっぽを向く。
彼女自身わかっていた。
村正が言うことはいちいち〝すべきこと〟を押してくる。
もう悲壮感を出して過去を語る時はとうの昔に過ぎ去ったのだと思わされるから、秋夏は村正の方を向きたくなかったのだ。
そんな秋夏に村正は端的に現状を表現した。
「要するに楓さんは壊れかけってことなんだな。だから右近も左近もなにも言わないのか」
「……そうですよ。前はああではなかったのです。右近も左近も、楓様を想うからこそ言うべきことは言う奴らだったのです。今は想う方向が心配や不安になってるんですよ」
そっぽを向いたまま不服そうに返す秋夏に、「なんか他人事みたいに言ったな」と村正は内心呟いた。
まさか先程の楓への抗議で自分は言うべきことを言える側に立っていると思っているのか、いやいやそんなまさか、と村正は面倒な人間関係にわからなくなってくる。
もともと村正に友達などおらず、人生の相棒はエロ本になると確信していた男なのだ、無理もない。
しかしだからこそ、勿体ないなと思う村正。
壊れかけの楓に不安を抱く秋夏たちは気付いていないのだ、同じ不安を抱えているのは楓も同じだろうということに。
だからこそ避難民のことに対してああも敏感に反応するのだ。
それは村正が倉庫で物資漁りをしたときの楓の様子からも伺える。
今になって思えばあれが楓のトラウマを刺激する発言になったのかと無意識に腕を摩る村正。
そんなつもりはまったくない言葉だったのに、トラウマからくる拡大解釈とは末恐ろしいな、と。
それからしばらく、部屋の中には静寂が続いた。
秋夏も話すことは話したのか、そっぽを向いたまま動かない。
村正も村正でダンジョンショップを眺めるのに完全に没入していた。
しかし流石に長く見ていれば飽きるものなのか、村正はふと顔を上げて窓から外の様子を確認した。
──もう夜か。とりあえず今日はここで寝て、明日どうするかまた考えよう。ドラゴンに殺されるのは御免だけどクソガキは足掻いてるしな。
と、そこまで考えたところで視界に未だ秋夏の姿があることに気付く。
話は終わったのだしとっくに部屋から出てると思っていたのだが、まさかずっとああして不貞腐れていたのだろうか、と軽く戦慄した。
なにか声でもかけようかと思った村正は。
「…………」
そのまま腕を組んで瞼を閉じた。
物置部屋で寝ていた村正は座って腕を組めばそれで寝られるのだ……!
そうして動かなくなった村正を、不満そうに見つめる視線が1つ。
勿論のこと、秋夏である。
「女の子が悩んでるのに放置とか、これだからエロガキはガキなんですっ」
と、寝ている村正を起こすかのような声量でぷりぷり言い始めた。
──うるせぇ……。
毒親の喧嘩で騒がしいのには慣れていた村正も、長く崩壊後の世界で静かな夜を過ごしたためかそう感じる。
早く寝たい村正は仕方なく言葉を紡ぐことに。
「……僕はお前たちが羨ましいからな……頑張れと言っておく」
「は……?」
姿勢を変えないままそう言った村正。
秋夏はそれにわけがわからないという表情をしたが、村正はそれでも構わなかった。
もともとこの件で村正は部外者であるのだし、なにも言うつもりもなかったのだ。
ただクソガキの挑発に乗って一言いっただけなのである。
だが今の村正の言葉は、秋夏に対しての最大限の応援だったりする。
毒親のもとで育った村正には、両親の崩壊した関係など修復を望むべくもない状態だった。
村正にできるのはただ自分が生きる術を探すことだけ。
しかし秋夏たちは違う。
右近も左近も秋夏も、楓を想ってずっと側にいる。
その楓も、トラウマを抱えようと変わらない愛を3人に抱いている。
そんな光景を見てきた村正は、まだ4人の関係は修復も、他者を生かす術を探る道だって残っているように思えてならない。
だから羨ましいし、だから自分などがそこに入り込むべきではないと村正は思うのだ。
言えることはただ「頑張れ」の声援のみ。
特別事態を解決する方策が見つかったわけでも、絶対なんとかなると確信しているわけでもない。
でもまだそういう道が残っているうちは、村正は「頑張れ」と言いたくなった。
◆
「ん……?」
塔の窓から差し込む光で、朝を迎えたことを告げられる。
そこでやっと村正は自分がいつの間にか寝ていたことに気付いた。
既に部屋の中には秋夏の姿はなく、何故か床に転がっている自分を知って「あいつベッドまで運ぼうとしてくれたのか?」と頭を掻いて起き上がった。
バトルアーマーを装着した自分はさぞ重かったろうと、無念を感じさせる置手紙が横に置いてあるのを見つけ村正はそれを読む。
『頑張ったのです。頑張るのです』
前半のほうはベッドに運ぼうとしたことに対してだろうか。
後半のほうは……きっと昨夜の村正の言葉に対する返答なのだろう。
「……まぁ、限界までは見守ってみるか」
その手紙を見て、村正は行動方針をそう決めた。
ドラゴンに殺されるのは御免だけれど、秋夏の頑張りは見てみたい、と。
……だからまさか塔のリビングであんなことになっているとは、村正も思っていなかった。
朝食をいつものクルミで済ませ、楓たちはどうなったのかと様子を見に行った村正はそこで──。
「おはよう村正。話をしよう。私たち5人に関する、大事な話だ」
仁王立ちする楓と、その足元で拘束され転がされる秋夏の姿を、朝一番に見ることになったのだ。




