第23話 楓たちの過去
忘れ物がないか確認に来ただけの部屋で秋夏に遭遇した村正。
これ見よがしに話を聞いて欲しそうな秋夏に、村正は溜息を1つ吐いて床に腰を降ろした。
そして開かれるダンジョンショップ。
それは村正にとってある種の精神統一法だ。
誰かの大事な話を聞く前に、今自分にそれを聞く余裕があるのかを確かめているのだ。
探索者としての力は村正にとっての生きる術。
その〝生きる術〟を見ることで自分の中の焦りや悩みを感じ取り、余裕の有無を認識する……それが村正流精神統一法である。
「今までも、秋夏は1人だったのです」
「早いな……」
しかし精神を統一する前に話を始める秋夏。
まだ聞くともなんとも言ってないうえ、そもそもダンジョンショップを開いてる人間に大事な悩み相談などするのかという疑問が村正の内で沸き起こる。
だがそれでも、村正が話始めた秋夏を止めることはなかった。
……ダンジョンショップを漁る手を止めることもなかったが。
そんな村正の様子を見て安心したのか、秋夏は遠慮を捨てどんどん語り出す。
「家でもそうです。秋夏は生まれてすぐに探索者としての力に目覚めました。だから誰も秋夏の領域には着いてこれなかったのです」
「ふーん……」
ここで村正は、崩壊前の秋夏もやっぱりクソガキムーブかましてたのかなと内心思ったが、真剣に話している様子なので余計なことは言わない。
しかしこの話だけ聞くと凄い俺様系のクソガキだったのではとやっぱり思う村正だ。
「秋夏はクソガキでした」
「でした……? いや、なんでもない。続けてくれ」
「…………」
余計なことは言わないと決めた村正は、早くも見過ごせない言葉に待ったをかけた。
だが秋夏の「黙って聞け」という視線と圧力にすぐ回れ右をする。
そんなどこか話し手と聴き手で真剣度合が違う空気を見た秋夏は村正を無感情な瞳で見つめるが、彼はそんなとき決して顔を上げないのだ。
こういうときだからこそ、村正の目の前にはダンジョンショップが開かれている。
「……秋夏が変われたのは、崩壊の2年前。楓様と出会ってからでした。それはちょうど本家の楓様が探索者としての力に目覚め、分家で同じ力を持つ秋夏たちに声が掛かったのです。右近と左近と……そして秋夏が、楓様の側に集まった」
村正は知らないことだが、実際のところ本家分家で4人も探索者が同じ時代に生まれたというのはかなり希少な例であった。
右近と左近が30代の男性で秋夏がまだ中学生ほどと思えばその歳の差が大きいが、それでも世間一般的には大変珍しい事例なのだ。
だが村正はなにも言わない。
それは先程の秋夏からの圧力もあるが、彼の内心はこうである。
──結局なんの話なんだ。
特段、村正は秋夏の過去になど興味はない。
この事態に真剣に話すのだから塔内部の問題でも教えれくれるのかと思ったが、どうも先は長いらしい。
そんなことをダンジョンショップに目を向けながら村正は悟った。
秋夏からすれば聞いているのかどうか疑わしいことだろう。
「……はぁ。お前は本当に他人に寄り添わない野郎ですね。秋夏と楓様の馴れ初めを0から1000まで語ってやりたいですがやめておくのです」
「たすかる」
「まぁ、要するにかつてクソガキだった秋夏は、楓様の優しさと、高潔さと、親しみやすさと……他にもたくさんの慕う部分にひかれて変われたのです。楽しくて嬉しくて……ずっとこんな生活がこれから続くんだと、思ってたのです。……あの日、崩壊が起きるまでは」
◆~秋夏の回想~◆
あの日、秋夏はいつものように楓様と手を繋いで眠っていたのです。
夜遅い時間だったから右近も左近も、きっと寝ていたと思う。
秋夏は楓様の優しい温もりに包まれて、明日も同じように眠るんだと思ってました。
でも、崩壊が起きた。
決壊したダンジョン。
溢れる魔物たち。
喰われていく街の人の悲鳴……。
ちょうどこのブラッドウルフの出る街に遠征で滞在していた秋夏たちは、そこでの対応を余儀なくされました。
でも酷な事に、ブラッドウルフは狼の魔物で脚が速く、その上群れでなく単独で行動するからまったく手が足りない……いえ、届かなかったのです。
「いったいなんだと言うのだ……くっ、とにかく皆を塔まで避難させるんだ! 事態の把握は安全を確保してからでいい! 1人でも多くの者を塔まで誘導する。活路を開くぞ!」
「「応ッ!!」」
「わかったのです!」
不幸中の幸いだったのは、楓様が緊急時でも冷静な判断をできるよう教え込まれていたこと。
他にも1組いた探索者と手分けすることで、秋夏たちは多くの人を塔まで誘導することに成功していたのです。
勿論1人1人送り届けるなんてことはできないから、塔までの道に決してブラッドウルフを通さないよう、戦って戦って戦い続けました。
あとから知ったことですがそのとき塔は既に魔物除けの結界が起動していたので、それも誘導のスムーズさに拍車をかけていたのでしょう。
だから秋夏たちは、一通り見える魔物を倒しきって、安心していたのです。
これだけ我武者羅に、命の危険を鑑みず避難誘導に明け暮れたのだから成果はあるはずだ、と。
これでひとまずの安全は確保できたはずだと、塔に行って自分たちも休息と事態の把握をしようと思いました。
そんな甘さを崩す、2つの事件。
1つは楓様の御両親、つまり本家からの着信。
そこではAランクダンジョンから多数のドラゴンが現れ、探索者が命掛けで戦っているという感謝が述べられ……それを最後に途切れた通話。
楓様は繋がらない端末を少しの間じっと見つめていました。
「……早く塔へ行って事態の確認をしよう。今はとにかく、落ち着いて次の行動を決める場所が必要だ」
それでも楓様は動揺を押し殺して、名家の令嬢らしく前を向いて進みました。
それは直前に御両親から述べられた、探索者への感謝が頭に残っていたこともあるでしょう。
この現実に、今戦えるのは自分たちしかいないのだと、楓様は前を向いていたのです。
でもそうして進んだ前方に、塔の中で安全を確保した避難民たちは……いなかったのです。
そこにあったのは外に転がる屍の山と、固く閉じられた塔の門。
そして屍を喰らう僅か数匹のブラッドウルフ。
わけがわかりませんでした。
「……なんだ、これは……。なぜ、こうも塔の前で人が死んでいる……? なぜ、塔の門が閉じている……? こういうときのために、開閉を管理する者がいたはずだろう!!」
「「「…………」」」
秋夏たちは、何も言えませんでした。
だってそれは、その光景は……戦って助けたと思った人たちがみんな、地面に転がっている光景だったから。
楓様が1歩2歩と進むたび、地面に広がる血の池がバシャバシャと音を立てる。
その音で屍を喰らっていたブラッドウルフが襲い来る。
でも、そんな相手は右近左近の槍で容易く斬り伏せられました。
残ったのは、屍の山と血の池だけ。
「は、はは……はははははは!!」
「か、楓様……?」
「見てみろ秋夏! あそこに私たちが助けた避難民がいるぞ! あそこにも、あっちの影にも! よく見れば30人はいるではないか! よくやったものだな!」
「……生き残り」
突然笑い出した楓様は、この惨状の生き残りをすべて見抜いていました。
それはゴミの下であったり、あるいは屍の下であったりと、必死に生きるために隠れていた者達。
彼らを見てずっと笑い続ける楓様になにを言っていいかわからず、秋夏はとにかく事態の真相を聞き出そうとその生き残りの1人に聞いたのです。
なぜ、塔の門が閉じているのかを。
「あ、あいつらだ……あいつら、魔物が来たからって、門を無理やり閉じたんだ……! 管理人を殺してまで、依頼主の意向だから悪く思うなって……それで……俺、殺されたくなくてぇ……!!」
「ずっと隠れてたんですね。大丈夫、あなたは悪くないのです」
聞きだした事の真相は、つまるところ塔の中にその畜生共がいるという話でした。
どうしたものかと迷う秋夏は、これをどう楓様に伝えるかを迷っていたのです。
でもその前に塔の門が開いて、中から太った男と探索者の一行が現れて……そこからはもう覚えていません。
ただ1つ言えるのは、楓様が完全に壊れてしまったのは、その時であったろうということでした。
◆
「……これがお前が気にしてた塔内部の問題なのです。あの時から楓様は大分落ち着いてこられたけど、今でも時々言うのです。……彼らは人を殺めない。彼らは人を陥れない。害する悪意を持たぬ者たち、即ち善人であると。……楓様にとってここに残る避難民たちは、探索者として助けられた限りある命なのでしょう」
村正を前に、秋夏は語り終えた。
秋夏の、いや、楓の過去を。
そんな過去に村正は。
「それでこれからどうするんだ」
視線をダンジョンショップに落としたまま、過去ではなく未来を問うた。




