第21話 穴
「なんだ、これ」
塔への帰り道、先頭を歩きブラッドウルフとの戦いを一手に引き受けていた村正は奇妙なものを見つけ立ち止まる。
それを見て後ろの楓たちも同様足を止め村正にどうしたのかと尋ねた。
「なにかあったか?」
「あった……というか、土がないというか。穴があった」
「穴?」
村正の言葉を受け楓もその穴とやらを伺いに前へ出る。
右近左近は万が一に備え警戒し、楓の斜め前方を位置どった。
秋夏はとっくに村正の横で穴を一緒に覗いている。
「これは……穴だな」
「穴ですな」
「穴である」
「誰か穴に入りたい人でもいたんです?」
「いや人というかこれ、多分魔物だと思──」
秋夏の軽口に村正が返そうとした瞬間、その穴から今まさに村正が言おうとした存在──魔物が現れた。
「「シッ──!!」」
真っ先に反応したのは楓を守る右近左近。
村正は見つけても反応まではしなかった。
誰かを守るという意思の有無で対応が分かれた瞬間である。
なお楓は後方に跳んで弓を構え、秋夏は姿を消してどこかに潜んでいる。
そんな探索者としての経験の差が現れた村正たちだが、今回はなんということもなく現れた魔物は右近左近の交差する槍によって肉片へと変えられた。
地面に落ち、やがてその体が塵へと変わるまで楓たちは魔物の正体を凝視する。
それは、一言でいえば人くらいのサイズはある大きいミミズであった。
「ワームか」
「他所のダンジョンで出現する魔物ですな。しかしまさかここまでやってくるとは」
「新たに警戒が必要ですぞ」
「あいつら見た目がきもちわるいから秋夏は嫌いなのです。なにもこんな遠くまで来ないで欲しいのです……」
穴から出てきた大きなミミズの魔物に、いつの間にやら出てきた秋夏が顔を顰める。
村正はというと、1人ワームのことではなく穴の続く先を見ていた。
「まぁともかくだ。この街にも他所から魔物がやってきたのだから、警戒を強めよう」
「「御意」」
「う~。ワームなんてブラッドウルフより格下のくせに……。あいつら秋夏が潜むような場所にいやがるから大嫌いなのです~」
「……格下なのか?」
楓たちが話を締めようとしたが、未だ村正だけは穴の先を見つめ続けている。
それはこの場の楓でも右近左近でも秋夏でもない、村正だからこそ感じる違和感からくる行動だった。
「さっきの魔物はワームで、それはここのブラッドウルフより格下?」
故にしつこいように思われても、村正はその確認を怠ることができない。
「なんです? ワームなんてブラッドウルフと比べるべくもない危険度の魔物ですよ。流石にお前のいたところのゴブリンほどじゃないですけど、弱っちい魔物ですよ。そのくせ見た目がキモイ」
「そうか……」
「なんなんです……?」
村正は今の秋夏の言葉で、これが〝普通じゃない〟事態なのではと予想することになった。
彼の中で生まれた違和感は、もう既にその正体を掴まれようとしている。
村正はこの街の人間ではない。
もとはゴブリンのいた街で暮らし、崩壊後もずっとそうだった。
ゴブリンの覚醒個体を倒した後はこの街へと遠征に来たわけだが……ここで村正の違和感が今回現れたワームと結びつく。
村正は、街の境界線を知らないから、現れる魔物が変わったことでそれを境界線を越えたと断じたのだ。
事実この街に入ってからというもの、ただの1匹もゴブリンなど見ていない。
そう、見ていないのである。
それは村正がゴブリンの街にいた頃、そこでブラッドウルフを見ていないのも同じ。
──魔物には縄張りのようなものがあるとしたら? 縄張りとまではいかなくとも、生物の本能だったり習性があるのなら……格下のワームはなぜ格上の領域に入ったのか?
「村正? なにを考えているんだ?」
村正の頭の中で、嫌な予感がいくつか過ぎる。
それは村正が街を越えて移動してきたからこそ感じる、強い違和感が無視するなと言っている。
ワームが現れた時の違和感ではない、魔物が他の魔物の領域に侵入してきたという違和感を、簡単にそういうものだと割り切ってはならないと感じるのだ。
「──村正!」
そこで掛けられた大きな呼び声に、村正はハッと顔を上げる。
目の前には、近い距離に楓の綺麗な顔があり、村正をじっと見つめていた。
「あぁ……楓さん。綺麗だ」
「ななななにを言うんだね君は! そうじゃないだろ! なにか思うことがあるならはっきりと口にしたまえ。私たちはチームを組んでいたわけではないが、今はこうして行動を共にしている探索者だろ? 情報共有は大事だ」
眼前にあった楓の顔に思わず本音が漏れた村正だったが、楓のいった言葉に確かにそうかもしれないと納得した。
ここにいるのは自分だけではないし、楓さんたちにも世話になっているのだからそれくらいはするべきだ、と。
だから村正は話した。
街を移動する間に見て、経験したこと。
そこから感じる違和感と、推測を。
「……なるほどな。確かにそう言われれば、無視できない話だ」
話し終えた村正は楓のその反応を見て、やっぱり話して良かったと思った。
実のところ理解されなければ自分だけで調べようと思っていた村正は、楓たちの真剣に耳を傾ける姿に内心ちょっと嬉しさを感じていたのだ。
「それで村正は今言っていた可能性のうち、どれが一番高いと思うんだ?」
によによとアーマーの下で緩んだ顔だが、楓の言葉にしっかりしろと引き締める。
自分が始めた話、一番に自分が真剣にならなければと。
「結論から言うと、ワームが逃げてきた可能性が一番高いんじゃないかと思う」
「ふむ。その理由は?」
「最初はダンジョンから溢れるワームが、街に収まりきらなくなったんじゃないかと思ったんだけどね。でもワームはかなり弱い魔物で、サイズも人間程度しかないだろ。その上地面の下までが生存圏と考えると、この説を当て嵌めるべきは別にいそうだなって」
「別?」
「楓さんが言っていたじゃないか。Aランクの魔物は1体仕留めるのにも苦労する、それが大軍となって崩壊と共に溢れ、対応する探索者もみんな命を落としていった……って」
「……まさかっ?」
そう、村正が最初に思い浮かべた説を起点とするなら、その起点はワームじゃない。
より強く。
より大きく。
誰も数減らしをできないような、そんな魔物がいたはずだ。
「ドラゴン……⁉」
それは世界でも数少ない、竜を生むダンジョンの話。
楓から上位の探索者がそこで命を落とした話を聞いていた村正は、その可能性を思い浮かべたのだ。
もっとも。
「まだドラゴンと決まったわけじゃない。Aランクのダンジョンは他にもあるし、そこの魔物だって十分崩壊後の世界では脅威だ」
村正はただAランク相当の魔物が誰にも倒されず数を増やしてしまったのでは、と思っただけで、それがドラゴンまでとは確信が持てなかった。
事実Aランクのダンジョンはどこも似たような状況であり、楓たちは知らないが魔窟と呼ぶに相応しいことになっているのだ。
が、ここで村正では知らない情報を持つ楓たちが意見を述べた。
「……いや、悲しいことに先程現れたワームなのだがな、それを生むダンジョンの直線上にあるんだよ、竜のダンジョンは」
「……ふ、ふーん」
これには思わず村正も虚勢を張らずにはいられない。
まだブラッドウルフ相手に無双するのが精一杯の村正だ、月下狼にだって勝てるかどうかわかないし挑むつもりもないのに。
魔物の中で頂点に位置するドラゴンと聞いて、今度はどの街に行こうかもう考え始めている村正である。
5人で話し合えばこうも簡単にわかることであった。
ドラゴンのような手を付けられないAランクダンジョンのある街の現状。
そこを起点として起こりえる災いの数々。
既に問題だらけのこの街に、とびきり巨大な問題が空からやって来ようとしているのだった──……。




