第2話 崩壊世界の新人探索者
──『贈り物100年記念感謝祭!』
生まれて初めて自身の誕生を言祝いだ村正だったが、彼は突然の急展開に思考を混乱に落とされた。
ハッピーバースデーと共に右手に現れた紋様。
それに関して村正はアクセス許可紋であると無意識に近いレベルで認識した。
無意識で認められるほどに、この時代でおいて手の甲に現れる紋様とはそれ以外にあり得ないという常識があったためだ。
しかし続く、いやまったく同タイミングで鳴り響いた地鳴りのような音と、この村正の眼前に表示されるテロップの意味がわからない。
──『贈り物100年記念感謝祭!』
いやわからないというより、女神がなにかしらやったのではという不安が、思考を、そして判断を意図して鈍らせているのだろう。
だが事態はそんな村正に猶予を与えてくれるほど、優しい展開ではなかった。
村正の住む毒親の家は、ダンジョンにほど近い場所にある。
それはダンジョン出現当時、その得体の知れない存在にいつ牙を剥かれるかという不安もまたあったために、周辺地域の地価が大きく値下がりしたためだ。
言うまでもなく村正の毒親たちに金銭的余裕などない。
されど傲慢でプライドの膨張した毒親たちは、まともな一軒家に憧れこの地価の下がった物件を手にするに至った。
……値下がりしているとはいえその一軒家は村正が物置部屋を自室とするくらいには、小ぶりなものであったが。
閑話休題。
ここで重要なのは、村正が今いる場所はダンジョンのほど近くであり、眼前で表示されるテロップはそのダンジョンを贈り物と称して地球に出現させた張本人からのものであるということ。
更に付け足すならば聞こえ続ける地鳴りのような音は、正しくその『贈り物』から聞こえてくるような気がしてならなかった。
時刻は真夜中。
外は静寂と暗闇で満たされて然るべきその刻に、真逆の様相を世界は見せていた。
助けを求める悲鳴が聞こえる。
車の警報音が鳴りやまない。
窓から差し込む光が燃える炎を映している。
混乱の中、村正はこれだけは理解した。
──動かなければ死ぬ。
跳ねるように、村正は小ぶりな窓に縋りつく。
外の状況を少しでも確認し、逃走を図るかどうかを決めるためだった。
物置部屋の中には埃を被った粗大ごみが山となって道を塞いでいる。
これは村正の毒親たちが何かに使えるかもと持ち帰り、そして何にも使えずゴミとして部屋を埋めているだけの物たち。
それらを躊躇うことなく踏みつけ、村正は先を進む。
自身の制服が埃で塗れることもお構いなしに、1階の毒親たちに足音がうるさいと殴られるだろうこともお構いなしに。
途中、村正の身体を大きな衝撃が襲った。
それは村正がというより、村正が住まう家に向けた衝撃であった。
周囲の粗大ごみたちが音を立てて崩れる中、村正はそれを間一髪で吶喊し窓にまで辿り着くのだった。
「なんだ、これ」
窓から見えた光景は異常……否、狂気であった。
至るところから火の手が上がる。
しかしそれすら生ぬるいと云える惨状。
魔物が外を闊歩し、人を襲い──喰っていた。
「………っ!!」
炎で照らされたその〝現場〟を目撃してしまった村正は、こみ上げるものを堪えるために口を覆う。
人を喰っていたのは、緑色の醜悪な小人、ゴブリンだ。
その存在は村正にとってゲームなどでなく、よく知っている。
なぜならそのゴブリンという魔物こそが、村正の住まう地域に存在するダンジョンの魔物であるからだ。
話に聞いていただけだった。
村正が聞いた話の中で、ゴブリンとは最弱の魔物に数えられるもので。
実際、探索者を統括する協会が認定したダンジョンの危険度も、最下級のFであったはずだ。
それが現実として人を襲えば、こうも脅威的なのかと戦慄する。
いや現実はとうの昔に始まっていたのだ。
ただ村正が、探索者でない一般人がそれを〝自分とは無関係〟と切り捨てていただけで。
もう一度窓から外を確認すれば、大きなトラックが村正の住まう家に突っ込んでいるのが見えた。
先程の大きな衝撃は、あのトラックによるものだったのだろう。
運転席に人の姿は既になく、何かが引きずられた血の跡だけが残っている。
……ゴブリンの保存食にでもなったのか、と考えそうになったところを村正は必死に抑え込む。
今、自分以外の末路を思考して体力を消耗している余裕はないのだと、ここにきて村正の思考は混乱から立ち直りつつあった。
「外に逃げるのはダメだ。けどずっと立て籠もってもいられない。……戦うしか、ないんだ」
声に出すことで思考を明確化し、心を奮い立てる。
村正にはこの状況で絶望を打破する手段があり、それを意図して強く自分に言い聞かせることで一旦の平静を得ようとしているのだ。
村正の手段、それは彼の右手の甲にあった。
魔物が溢れ出しているこの現状で、村正が得たのはそれを打倒する探索者の力だ。
アクセス許可紋。
これが、これだけが己がここで生き残る術なのだと、村正は確信している。
アクセス許可紋にはそれを得ただけで突然力が漲るなどということはない。
あくまでできるのはダンジョンショップにアクセスし、その品目を魔石より変換したポイントで購入することだけだ。
一応、ダンジョンに侵入するにもアクセス許可紋が必要であるのだが……現状においてそれが今もまだ適用されているのかは定かではなかった。
魔石を持たぬ村正はダンジョンショップで買い物ができない。
しかし並ぶ品目を確認するだけでも、彼の今後の行動指針にはなるだろう。
何故ならダンジョンショップの中身は、各人によって並ぶ品目が異なるのだから。
それは剣士ショップであったり。
あるいは剣ショップであったりと。
同じように見えるこの2つでも、剣士ショップであれば剣術スキルなどが品目に並ぶ。
翻り剣ショップであれば剣士ショップより強力な剣を入手できるというわけである。
村正はこの状況において、戦士系統のショップを望んでいた。
戦士系統には共通の身体強化スキルなど、噂に聞こえるだけでも使い勝手が良いとされる品目が数々並んでいるはずなのだ。
魔石の1つもない状態での渇望、正しく捕らぬ狸の皮算用。
しかしながらここで生産系統のショップなどでようものなら、緊急性を要する現在においてかなり厳しい展開を迫られることになる。
村正は、願う気持ちでアクセス許可紋に触れ、ダンジョンショップを開いた。
瞬間、村正の前に思いがけないテロップが表示される。
『おめでとうございます! あなたは100年記念感謝祭初の覚醒者です! 女神より特典が与えられます!』
「……ショップは?」
急展開に次ぐ急展開。
もうお腹いっぱいだから勘弁してくれと辟易する村正は、されど表示されたテロップをしっかりと読んだ。
女神の特典だ、この事態を引き起こした根源に感謝するのも違うだろうが、それでも縋れるものは多いほうがよかった。
果たしてそこに表示された特典とは。
──『魔石ポイント変換率10倍』。
ダンジョンショップで強さを整える探索者においてそれは、成長率10倍をも意味する特典であったのだ。




