第18話 楓のギャップ
「そうですか」
秋夏の避難民をどう思う、という問いに対し村正は「どうとも」と答えた。
それを聞いた秋夏は一言そういって押し黙る。
静寂が村正と秋夏、2人だけの部屋の中を支配した。
村正はそんな気まずいであろう空気の中……ダンジョンショップを開く……!
恐れることなかれ、村正は訓練された1人強者である。
ぼっち強者とは言わない。
何故なら村正は今までどんな空気の中、場所であってもエロ本を片手に手放さなかった男。
ただ持つだけでなく女性の前でも授業中でもエロ本を熟読しながら平行して日々を生き抜いてきた。
そんな村正が唯一エロ本の存在を知られるのを恐れた相手など毒親くらいである。
例え横で幼児体型な美少女秋夏がちょこんと座って押し黙っていようとも、村正には関係ない。
村正は秋夏に用などないし、彼女が喋らないのなら村正は先程の高揚感を得るためダンジョンショッピングに明け暮れるまでなのだ。
しかしそれはそれとしてエロ本も欲しい村正。
秋夏が入ってくるとき楓がいることを期待していたこともあり、村正の精神は栄養を求めている。
村正は横で座る秋夏にチラと目線を寄越した。
忍者装束の所々は露出があって見る者が見ればさぞかし喜ぶのだろう。
だが村正の性癖からは完全に外れていた。
何事もなかったように目線を戻す。
どうやら村正の関心は押し黙る秋夏よりダンジョンショップに向いたようだ。
結果無言が続く。
静寂が場を支配……はしていない。
時折横から咳払いや発声練習の音が聞こえてくるが、村正が気にも留めていないだけだ。
そして村正は寝た。
明日も早い、太陽が活動の基準なのだから早寝早起きが大事なのだと、崩壊後は誰もが理解することだろう。
夜更かしは探索の天敵なのである。
バトルアーマーも脱がずに床で寝始めた村正に、秋夏は信じられないという目で驚愕を露わにした。
今まで自分が意味深に押し黙っていれば誰かしら声を掛けるなり、そわそわするものだったのに、この村正という男、他人に関心がなさ過ぎると。
そもそもなんでベッドがあるのに床で寝るのかと、素直に善意から運ぼうか迷う秋夏。
しかし「……なんで秋夏がそんなことしなきゃならないのです!」と首を振って立ち上がった。
「まぁ、お前は良くも悪くも自分で生きるタイプですね。楓様の寄生虫が増えないならそれでいいです。おやすみなさい」
それは果たして村正に向けた言葉だったのか、ただの秋夏個人の確認なのか。
それを確かめる間もなく、部屋から彼女が出ていく音を聞いて、村正もバトルアーマーの中で本当に目を閉じた。
今度こそ寝ようと、秋夏が残した言葉の意味を思考から追い出して。
翌日。
村正が部屋で持参した食料をもそもそと食していると、ノックもなしに突然扉が開かれる。
背後から聞こえた「おはよう村正!」という挨拶の声は楓のものだ。
やれやれ今度は何事かとバトルアーマーの頭部を閉じ、振り返った村正は楓の後ろに他3人もいることに気付いた。
彼らもまた致し方なしという顔をしているので、楓のこれは平常運転のようだ。
──まさかクソガキより楓さんの方がガサツとはな。これがギャップか……。
昨夜ノックをしつこくしてきた秋夏もまた考え物だが、楓はそれを通り越して最早気持ちのいい豪胆さだ。
男勝りな喋り方や服装から村正も察してはいたが、どうやら楓の気質とはそういうものらしい。
右近左近らの致し方なしという表情に納得しつつ、村正は楓の言葉を待った。
「村正! 約束通り、今日は物資を集めに行こう! 満月の日までに想定外に備えてたくさん用意しておきたいんだ。手を貸してくれ」
「……その話は保留だったはず。約束まではしてない」
楓の要件はどうやら問題どうこうではないただの探索の誘いだった。
村正としては魔石を集めたいこともあり別行動を所望するのだが、昨日えっちに負けて提案を保留としてしまったのもまた事実。
ただ間違っても約束なんて大仰な真似まではしていないと、村正は強く主張した。
「なにを言うんだ村正。昨日私の胸を見ながら快く頷いてくれたではないか。あれは嘘だったのか……?」
「ななななにを言ってるのかわからない。早く探索に出かけよう」
「うむ」
おかしい、僕の視線はアーマーで見えないはずなのに……と村正は慄いた。
エロ本を凝視できる村正も、実物の女性をガン見したことがばれて流石に慌てふためく。
話を逸らすためとはいえ、思わず誘いを了承したことには後になって気付いた。
──しかし今日の楓さん、なんだか昨日に比べて強引だな……これが彼女の普通なのか?
先に塔の前で待っているという楓たちを見送り、村正は残っていた朝食を口に詰め込んだ。
ダンジョンクルミは口の中でもそもそと水分を奪っていくが、幸い水も昨日補充したばかりだ。
手早く朝食を済ませて、村正も楓たちのもとへと向かうのだった。
物資を集めると楓は言った。
だから村正はダンジョンに向かうと思ったのだが、楓はまったく違う方角へと進んでいた。
「これはどこを目指してるんだ?」
「古鳴家所有の倉庫だよ。私はもともとこの街の生まれでもなければ育ちでもない。探索者としての活動で滞在していただけなのに、両親がなら物資が必要だと押し付けて来てね。あの頃はまた余計な真似をと、思ったものさ……」
「そ、そっか……」
若干気まずい空気が流れる中、村正は要するにそこで物資の生き残りを探すんだなと理解した。
ダンジョンで得られるのはあくまで天然資源であって、加工された製品ではない。
生きるために必要なそれらは楓の倉庫のほうが集まるのだろう。
「ふふ、暗い話をしてしまったかな? なら村正の今日の朝食を教えてくれ。君が食べていたあれは他所のダンジョン資源だろう? どんなものか気になる」
「あぁ、あれか……」
気まずい空気を入れ替えようとしてくれたのか、楓が明るい声音で村正のダンジョンクルミについて尋ねる。
それに村正は背中の泥棒袋をゴソゴソ漁って、実物を取り出しながら説明をした。
「ダンジョンクルミ。僕命名。無味無臭だけど栄養満点だ」
「へぇ~。ちょっと食べてみてもいいかい?」
「どうぞ」
村正の簡潔な説明にも興味を示してくれる楓。
ここまで説明したなら実食も必要だろうと、村正は1つを割って4人に渡した。
「……な、なるほど。これは1つで十分腹が膨れそうだな!」
「無味無臭でもそもそ。お前これ食べてるなら秋夏がなにか恵んでやるですよ」
「生きるための食事、ですな」
「然り。保存食には良いと思われます」
反応は、まぁ村正の見ての通りだった。
村正からすればダンジョンクルミは立派な食料で、常温での長期保存にもまったく問題ない優秀な栄養源なのだが、舌の肥えた名家生まれの楓たちには少々厳しかったようだ。
というより村正は勘違いしているが、あれを平気な顔して毎食食べていられるのは村正だからである。
1食だけならなんとか、という人は多いだろうダンジョンクルミ。
だが調理でもして活用しなければ毎食頂くなんて常人には全力拒否されるだろう間違いなしだ。
そんなダンジョンクルミの評価をここで初めて知った村正。
しかし。
「……む。しかしこれは、確かに村正の言う通り栄養が豊富だ。信じられないほど、人が生きるのに必要な栄養がすべて詰まってる」
と、そこで楓がスキルかなにかで確認したのか、ダンジョンクルミの食べ残しを見てそう発言した。
それには不満を露わにした秋夏含め無視できなかったのか、4人のダンジョンクルミを見る目が変わる。
「これ単体では無味無臭で食べにくいですが、それは逆をいえば如何なる料理にも応用が効くということ」
「砕いて混ぜれば、食感も面白く感じるでありましょうな」
「秋夏はこれをサッと焼いて食べたいのです。きっとコリコリになって美味しいのです」
栄養の話になった途端、活用方法を模索し始めるのは実に強かだった。
こういう人たちだからこそ、楓たちはこの崩壊世界で生き抜いてこれたんだろうと村正は感心する。
その楓はどうだろうと思えば、顎に手を当ててなにやら考え込んでいた。
「……ふむ。気になったんだが村正、聞いてもいいかね?」
「ものによる」
「うむ。なら試しに聞くのだが、村正のダンジョンショップは物の鑑定でもできるのかい? 勿論詳細は聞かないが、どうもその姿からは想像できないんだ。このクルミの栄養が満点だと、どこで知ったのかと思ってね」
「……話してなかったな、そういえば」
楓からの質問で、村正は初めてもといた街で獲得したダンジョンやら覚醒個体の話をしていないと気付く。
別に隠していたわけではないが、これでは情報交換というには今までのそれは貰い過ぎだと村正は思った。
話すのはいい、しかしどこからどこまでを話すか数秒悩み、そして「まぁ適当でいいか」と答えを出す。
思えば自分の今までを語るのは初めてだなと思いながら、彼はまず覚醒個体ゴブリンキングの話から始めることにした。




