第17話 村正の関心
楓から知りたいことを聞いた村正は、その後彼女から「一緒に行動しないか」という提案をされた。
が、それに関しては回答を保留とし、村正は自室への道を歩く。
──魔石集めを考えると団体行動は効率が悪い。ブラッドウルフに苦戦もないし……やっぱり断っておくべきだったか?
楓と一緒にいると精神的に必要不可欠な栄養が満たされる。
バトルアーマーの下の視線でそれを実感していた村正は、楓の提案を保留としてしまったのだ。
だがよく考えれば迂闊だったと村正は今頃後悔している。
楓たちには言っていないが、村正は楓の話を聞いて月下狼出現ポイントに向かうのも悪くないと考えているのだ。
そこには山といえる数の魔石が転がっている。
出現条件が定かでないからと見送るのが楓なら、そこで惜しむのが村正だ。
それは生まれや育ちの関係か。
あるいは月下狼を実際にその眼で見ていないから脅威を認識できていないだけかもしれない。
だが村正も村正で面倒な問題を抱えていそうな塔内部で長居などしたくないのだ。
塔から出ても同じ街で活動していればまた遭遇するかもしれない。
しかし効率を考えるとどうしてもあのポイントは頭から離れないのである。
「……おっと、すまん」
そうこう思考に耽っていた村正は、前を歩く人間に気付かず肩が触れてしまった。
ぶつかったという程ではないが、軽い接触でも日本人らしく反射で謝罪する。
これで終わり……普通ならそう思う。
少なくともお互い大げさに反応することでもないと。
しかし今回の相手は違った。
「う、うわあぁ……死にたくないっ……」
「え?」
避難民であろう彼は、接触した相手が漆黒のSFアーマーを纏った人物であるとそこで初めて認識したのだろう。
村正に自覚はないが、まだ子供といっていい村正が装着してなお、バトルアーマーは纏えば大柄な成人男性並みのデカさを誇る。
加えて声はバトルアーマーのマイク越しに伝わるため、低く重いと感じる者は多いだろう。
一目で村正を子供と見抜けるのは、それこそそういう観察眼を鍛えた者だけである。
つまり一言で表せば、今の村正は威圧感がすごい。
「死にたくないっ、死にたくないっ……ひぃぃぃ」
「あ、ちょっと……?」
村正が引き留める間もなく、男は怯えた様子で悲鳴をあげながら去っていった。
その様子を片手を伸ばして見送る形になった村正は、一体なんなんだとそのまま頭を掻く。
キリキリとアーマー同士が引っ掻く音だけが廊下に響いた。
「今の避難民だよな……? 皆人の良い者達って楓さんは言ってたけど、皆ああならそれはもうただ一見無害そうなだけなのでは?」
もう姿も見えない廊下の先を見つめて、村正はそう溢す。
人の良いと無害そうは間違っても同一視するものじゃないと村正は思うが、そんなことは名家生まれの楓なら自分よりよく知っていそうだとも思う。
結局よくわからないが、まぁ十中八九塔内部の問題が絡んでくるんだろと予想をつけた村正は何事もなかったという体でその場を立ち去る。
実際村正は自分はここの問題を気にするだけの関係者ではないと潔く傍観者の立場を貫く気満々だ。
そうしてあてがわれた部屋に戻った村正は、気分を入れ替えようと床に座り込んでダンジョンショップを開いた。
ここの魔石はゴブリンと比べてポイント変換率が高いとはいえ武装一体型アーマーはまだまだ先の高額商品だ。
しばらくは素体のバトルアーマーで戦うことになるんだろうと思いつつ、最初に買うならなにがいいかとショップを漁る。
「弾薬不要の無限ガトリング砲……収納可能なエネルギーブレード……空を飛ぶ飛行ユニット!? やばい、今までに経験したことのない高揚感だ。こういうのって考えるだけで楽しいんだな」
それは村正にとって新鮮な感触だった。
ずっとエロ本片手に高揚感は得てきたと思っていたが、それとは違う新たな高揚感に村正は動揺と同時に歓喜もしている。
最初なに買うか考えるために開いたダンジョンショップだが、今では用意された品目を漁るのに村正は夢中だ。
だから不意に叩かれた扉の音で、自分の内側から高揚感が去ってしまったことに村正は少なくない脱力を覚えた。
1つ、はぁと溜息を吐き、未だノックされ続ける扉を見る。
──このしつこさは秋夏だな。やっぱりクソガキ。
短気にも次第に音が大きくなる扉を見続けたまま、村正は座った状態でそんなことをぼんやり考えた。
「──おいエロガキっ! 無視するなエロガキ! いるのはわかってるのです!」
ついには扉の前で声を出して騒ぎ始めた。
ドンドンうるさい扉にギャーギャーうるさいクソガキ。
どちらもしつこいという点が不快感を煽るポイントだ。
出会って1日と経ってない相手にここまでできるのは最早才能だなと、やはり村正は座ったまま思った。
慄くことなかれ。
この程度のうるささなど毒親の家で育った村正からすればぬるいにも程があったのだ。
「開けろーーー!」
「勝手に開けろよ」
なお、村正が座ったままだったのは無視ではなくいつ入ってくるのか待っていただけである。
ノックしたなら上出来、早く開けて中に入ればいいだろと本気で考えている村正。
彼は、ここが自室だなどとは思っていない。
示された部屋で休んでるだけなのだから、警戒は解いてないし無断で入られても文句など宣うつもりはさらさらなかった。
秋夏はクソガキと村正に呼ばれてこそいるが、腐っても名家の分家生まれ。
こういうところは、村正とずれが生じても仕方ないことかもしれない。
「──ふぅ。動いたら喉乾いたのです。エロガキ、水。秋夏は客ですよ」
「チッッ!!」
それから無事部屋に入れた秋夏は、椅子があるのに床に座った村正を見て自分も横に正座した。
なお自分を客と自称する秋夏は1人で部屋を訪れており、もしかしたら楓さんもいるのではという村正の淡い期待を裏切ったために舌打ちされている。
断じて厚かましくも水を要求してきたことに舌打ちしたわけではない……はず。
渋々と出された村正持参のクルミ水筒を受け取ってゴクゴクと飲んだ秋夏は、「ふはぁっ」と満足そうに口元を拭った。
まさか丸々1個のクルミ水筒を飲み干すとは思っていなかった村正だが、その様子を見れば毒気も抜かれる。
楓とは比べるべくもない幼児体型ではあるものの、外面はいいのだ、秋夏は。
「さてエロガキ。話があるのです」
もっともその村正の抜かれた毒気も、秋夏が口を開くまでしかもたなかったが。
「エロガキ。ここの連中はどうでした?」
「……避難民のことか?」
「そうです」
わざわざ楓と別れてから単身部屋を訪れて、一体なんの用なのかと思えばそれは村正が傍観者をすると決めた内容と関係するものだった。
なぜ秋夏がそれを村正に聞きに来たのか彼は知らないが、先程のやり取りを思い出すと少し居心地が悪い。
しかし、村正がこの問いに答えるならこうだった。
「どうとも」
それは村正が避難民に対して然して興味がないから。
彼らは一見無害そうで大人しい連中であろう、しかしこの状況で待つだけでいられるのは与えてくれるものあってこそだ。
楓たちが物資を調達するから彼らは生きていられる。
塔内部で彼らがどんな生活をしているか知らない村正だが、先程のあの様子を見てまともに活動できるとは思えない。
30人という数は避難民としては少なくとも、物資調達という面で見ればこの崩壊世界では十分に手間である。
探索者でなければ塔の外では生きられないだろう。
だから塔の中で待つしかない……それがわかっているから、村正の彼らに対する評価は無関心。
与えているのは楓たちであり村正ではない。
情報を交換して協力関係のようなものになっているのも楓たちとであり避難民とではない。
村正はただ魔石を集めたいだけで、そこに避難民の手助けは必要ないのだから。
だから村正は秋夏の問いに対し、「どうとも」と返した。




