第13話 視線
村正が矢を見つけ警戒を増やしていた頃。
塔の上よりその様子を凝視する者がいた。
距離からして村正の側が塔を見ても米粒とすら思わないだろう。
だがその者は違う。
手に持った弓矢は遠方を狙うための武器で、当然そのためのスキルがダンジョンショップには用意されていた。
遠く離れた場所であろうと、その者にとっては目の前の物体を観察するのと変わらない。
村正は塔を避け移動し、ただの偶然だがその街に存在するダンジョンへと近づいていた。
そのことを認識したその者は声を挙げる。
「右近、左近、秋夏。出撃の用意だ。私の知らない探索者……見極める必要がある。果たして奴は、〝人間〟なのか〝魔物〟なのか……をな」
凛としたその声に、背後の3人が頷いて了解の意を示す。
袴にサラシ、左手に握るは黒くしなやかな弓矢。
大胆な露出の装備と相反してその者の容姿は大和撫子と呼ばれるもの。
その美麗な顔を強く引き締めて、女は弓矢に矢を持たず構える。
空の右手で狙いを絞るように、遠く呑気に歩く村正を見つめて言った。
「お前は敵か味方か……。もし敵であったなら、私は」
最後の言葉は紡がず、代わりに女は空の弓矢を射る真似をする。
その研ぎ澄まされた完璧な動作は本来なら寸分狂わず村正を貫く矢を放ったことだろう。
それが本当に貫けるかどうかはさておくとして。
女の瞳は、この世に悪は生きる資格なしという殺意渦巻く闇色を見せていた。
◆
「ダンジョンみっけ」
遠く離れた塔より向けられる殺意マシマシの視線にはまったく気付かず。
村正は偶然にも発見したこの街のダンジョンに喜びの声を挙げる。
迷いなくそのダンジョンに足を向けた村正は、背中に担いだ泥棒袋が大分軽くなったことを気にしていた。
一応いっておくが泥棒袋といってもスタイルの話で現行犯ではない。
ともあれその袋が軽くなったというのは物資が減ったということで、村正はその補充をこのダンジョンでできないかと考えたのだ。
減ったのは水だ。
食料は無味無臭なれど各種栄養満点なダンジョンクルミ(村正命名)が未だ十分に残っている。
だが水は食料より頻繁に摂取するくせに嵩張る上重い。
この街への遠征で村正は空のクルミに水を入れて持ってきたが、もともと現地調達できなければ厳しいとは思っていた。
文明が滅んだとはいえかつて人口密集地であったここに綺麗な川や泉なんてあるはずもなく、されどダンジョンの中であれば手に入ると踏んでいた。
故に偶然にも予想より早くダンジョンを見つけることができたのは正にとって僥倖も僥倖だったのだ。
ダンジョン内部に足を踏み入れた村正はずんずんと奥へと進む。
10メートルも進めばそこはもう森の中。
このダンジョンは内部が森林型になっているようだとそのことに村正は少し羨んだ。
村正が獲得したダンジョンは洞窟型で、鉱石類は豊富だろうが得られる食料など無味無臭のダンジョンクルミだけである。
彼が舌の肥えた生活をしていたなら別の食料を必死の眼で探していたかもしれない。
それなのにこのダンジョンは少し見渡すだけでも樹に実った果実が山と目に入る。
耳を澄ませば川の流れる水の音。
ブラッドウルフとかいう獣の唸り声も聞こえるが、村正は自身のアーマーを貫通できないことを把握しているため余裕の佇まいだ。
背中に背負った泥棒袋を泥棒スタイルで開封し、早速と水の音のする方へと駆け寄り補充した。
途中手近な木の実を捥いで懐にしまう動作も忘れない村正は、やはり泥棒の現行犯かもしれない。
されど咎める者などいるはずもないこの場所で、村正は思う存分に物資を補給し新鮮な果実に食らいつく。
「うまい」
これはこの街での主食にすると決めた村正である。
惜しむらくは果実であるが故に長くは鮮度を保てないことであろうか。
そういう点で見ればダンジョンクルミ(村正命名)は一向に鮮度が落ちていない。
無味無臭なくせに鮮度を保つことに優秀なダンジョンクルミに、村正の顔も微妙な表情だ。
しかしまぁそんなもんかと頷いて納得しましたという風を装った村正はアーマー頭部を再度閉じ、ダンジョンの外へと戻るため踵を返す。
忘れてはならない、村正は美食を求めてこの街へ訪れたわけではないということを。
単調な作業になりそうだとわかっていても、村正はこの街で魔石を効率よく回収するための動きをイメージしていた。
だからだろうか。
足元に突き刺さった矢に反応が遅れたのは。
「そこを動くな」
その声は村正の正面から聞こえた。
見れば、いや見上げれば建物の上でこちらに武器を向ける3人の男女。
まだいるかもしれないなと思いつつ、村正の能力ではそれを察知することはできない。
彼我の戦力差は不明だが、先手を打たれたことも含め不利な状況であると村正は認め、声を発した女の言葉に従って動きを止めた。
正面中央で弓を構える女。
髪を後ろで結い、鋭い眼光を村正に向けている。
左右には槍を構えた男が2人守るように立っているが、しかしそんなことは村正にはどうでもよかった。
──えっちぃお姉さんだ。
下半身の袴はまぁいいだろう。
しかし上半身は弓を射るのに不便そうなお胸をサラシで抑えているだけ。
綺麗なお腹もワンポイントのおへそも丸見えで、村正は最近補充できていなかった成分が満たされていくことを自覚し、アーマーの下でガン見した。
そんなことに気付かず正面の女は村正が素直に動きを止めたことを認め、満足そうに1つ頷いた。
そして弓は降ろさぬまま詰問を開始する。
「どこから来た?」
「ゴブリンのいたとこ」
「なにをしにここへ?」
「……遠征? より強い魔石が欲しくて」
「探索者のようだが、いつからだ。見知らぬ姿だ」
「崩壊の日と同時刻に。だから協会にも登録してない」
投げられる問に村正はすらすらと答えていく。
途中実力を推し量れるいつ探索者に、という質問もあったが、村正はえっちぃお姉さんから成分を補充するのに忙しくて頭が回っていなかった。
最初人を何人も殺してそうだなと村正が思った女の眼光も問を重ねるごとにその闇を潜め、質問が粗方終わったらしい頃には柔らかな目のそれと変わっていた。
どうやら無罪を獲得できたらしいと村正は背中の泥棒袋を一度よっせと担ぎなおす。
彼女らは恐らくここで活動していた探索者であろうし、この物資も押収されるかもしれないと村正は思うも、心の中ではこの出会いを女神に感謝することでいっぱいだ。
えっちぃお姉さんはこんな物資とは比較にならないのだと。
武器を降ろし、左右の男たちにも槍を降ろさせた女は、地の利を捨て建物から地面へと降り立った。
続くように男たちも降りたのを確認し、女は笑顔で村正に話しかける。
「いやすまなかったな。こんな世界だ、警戒は許してくれ」
「謝ることなんてない。あなたは何も謝ることなんてない」
「そうか、ありがとう」
話が通じているようでどこか噛み合ってない会話だが、正面の女は気付く素振りもない。
左右の男たちもただ控えているだけでなにか言うことはなく、村正の犯行は見逃され無罪を獲得している。
村正は満たされていた。
文明が崩壊し、生涯を共にすると誓ったエロ本も焼け落ちた時は正直落ち込んでいた。
されど世界はまだエロを捨ててなどいなかった。
故に村正は満たされていたのだ。
その問が、彼女の口から飛び出てくるまでは。
「そういえばゴブリンのいた街というと、近頃天を貫く閃光が昇っていたな。塔から私も見ていたのだが、あれは何事かと警戒していたんだ。なにか知らないか?」
「知らない子ですね」
村正は即答していた。
せっかくの良い気分をあんな問題児のせいで台無しにされてなど堪るかと、即答し一瞬で思考から跳ね除けた。
その間、僅かゼロコンマ1秒。
即答している間にも跳ね除けは始まって終わっていたという、村正の本気が窺える神業だった。
村正の即答を受け女はニッコリと笑い。
「なにか知っているようだ。塔まで連れて行って情報を交換しよう。この街ならではで知っておいたほうがいいこともあるしな」
と、左右の男たちに命じて村正を連行することを決めた。
御意、と答えた筋肉ムキムキの男2人に両脇を挟まれた村正は、翻り前を歩く女の背中を見て「せめて後ろ向きに歩いて」と心内で懇願した。
しかしずんずん先行する女に想いは届かず、村正は仕方なく成分の補充を弱めた。
……絶った、とは言ってない。




